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ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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ベルボトム・ブルーズ
もう会えないと思ってた。
異国で生き別れになってしまった母子のように。
状況はかなり違うが、
7年近く行方不明となっていたぼく。
母の思いはどうだったのだろうか?
なかなかきくことができない。

右手にリーバイス646のベルボトム・ジーンズ。
左手に花柄シャツを下げてレジへ向かった。

15年前、ホームレスになったとき、
住みかとともに失った無数の洋服。
そんな中の1枚。
同色、同サイズ。
もしかすると「あの」シャツそのものかもしれない。


今でも考えることがある。
「あのとき、どうして売ることをしなかったんだろう?」
古着とデッドストックを1枚も。
手放していれば、たとえ足元を見られ買い叩かれたにしても、
莫大な金銭を手にしていたはずなのに。
それは、わかっていたことだったのに。


リクエストのGパンを見つけたあと、
何気なく店内を見回す。
グングングングン引きつけられていく。

最高の1枚だった。
これまで無数の古着を目に、手にしてきたけれど、
まったく同じものがあらわれた。
早足の夢遊病患者のように、しかし一直線に進みむ。
肩がぶつかっても知ったこっちゃない。
腕を通す。
ぴたり。

メジャーなブランドで同種、同サイズというのは、たまに、たまにある。
同種、特大サイズというのはたまにある。

無名といってもいいメーカーのもので、
それほど大量に作られたとは考えがたい。
40年近くの時が生産されてから流れている。
古着マーケットでもほとんど流通していない可能性のほうが高い。

まるで、この日、この時間に、
肉塊とオリーブオイルを持ったぼくがドアを押すことがわかっていたかのように。
待っていたかのように。

これは「あの」シャツなんだ。

もう絶対に手放しはしない。
たとえこの先、太ってしまっても。

ベルボトム・ブルーズ_b0063957_9215317.jpg

こんな体験をしてみると偶然という言葉は信じられなくなる。
これはたった1本の道だった、と。

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# by seikiny1 | 2010-05-12 09:22 | 思うこと
ティフアニーで晩酌を
ドーナツ屋に中華があったりする今日この頃だけど、
そば屋に座って
「フィレミニョンをミディアム・レアで。ほうれん草のソテーをつけてね」
と、言う人は普通いないだろう。
チョコレートを買うのであればチョコレート屋へ行けばいい。

以前はおみやげに対する姿勢が農夫型だった。
今はさしずめ金鉱掘りといったところ。
山に入り、勘と経験を頼りにツルハシを振り上げる。
筍を見つけたり、松茸と出会ったり。


「なに食べる?」
「うーん……和食かな……。たぶん」
おみやげの焦点といえばこの程度なので、
回転寿司へ入るわけにもそば屋に座るわけにもいかない。
とりあえず街へ出てアチコチのロウ細工サンプルをのぞいて。

「あの人の趣味は版画だったな」
「どんな日常を送ってたっけ?」
歩き回るうちに湧いたイメージがだんだんと強固なものとなっていく。
そのうち「これでなければ」というほどカチカチになる。
もうそれでなければ世界が終わりそうになってくる。


不思議なこと。
そんな物たちのほとんどが「もうだめだな、こりゃ」
諦めはじめた頃に見つかる。

暖を取るために飛び込んだ店の一番奥の棚でで見つけたり。
探し続けたペンダント・ヘッドをソー方の先にある闇市のよような露店で発見したり。
水筒の下見に入ったところで一点物のTシャツを見つけたり。
求めているものが絶望のふちで、
1度、2度、3度……。
次々と花開いていく。
冬の花火のように。

無駄足。
ギリギリ。
おみやげのキーワードはこのあたり。
もちろん日常でその人のことを思い、
アンテナを張っておくにこしたことはないのだろうけど。
怠け者。


今回の最難関は一番簡単と思っていたものだった。
従兄弟からのピンポイント指名。
チョコレート屋へ行けばチョコレートはあるはずだった。

Levi's 646のジーンズ。

「いや、具体的なリクエストって楽でうれしいな。
これならヴィンテージ・ショップへ行けば……」
相変わらず古着は好きだけど、
ヴィンテージ・ショップなんて10年位以上のぞいたことがない。
日頃はスリフト・ストアか、落ちてる物か。

甘かった……。

NYのヴィンテージ・ショップも、以前と比べるとなかなかの品揃えになっている。
しかし。
今回の徘徊で感じたのは画一性。
どの店へ入っても似たような印象しか受けない。
Gパンに関しては、ほとんどの店が501しか置いていない。
NY、古着屋に関してはかなり保守的なよう。
はっきり言って面白味ナシ。

「646ある?」
虚をつかれたような顔。
しばらくして苦笑を交じえながら「いやー、うちでは置いてないね」
そんなやりとりばかり。
ストックを持つ店もあったけれど、
出てきたのはウエストが40インチ以上もありそうな巨大なもの。

30軒ほどの店を回る。
途中、スリフトに首を突っ込みながら。

もうあきらめていた。
「なかったら、よかバイ」
従兄のやさしい声がこだまする。
甘えよう……。


休日。
スーパーの帰り道。
《魔がさす》というのはこんな場合にもあてはまるのかどうか。

日頃、敬遠している店がある。
ウチの近所も最近では、
おしゃれ君、おしゃれちゃん度が高くなった。
そんな人たち御用達の店。
「ふん、買ってやるかよ」
安くて、たまに掘り出し物の出ることは知っていたが、
そんな若者といっしょにされてたまるかい。
家から50mも離れていない古着屋には、意地で足を踏み入れてやらない。
そんな意地をも溶かしてしまうおみやげのチカラ。
ぼくはここでも転び伴天連となり、
肉塊とオリーブオイルの大きな缶をぶら下げて古着屋のドアを押す。

あった。
ウエスト、レングスぴたり。
青々とした生地はまだうっすらと毛羽立っていて程度は極上のAクラス。
おまけにラージEと呼ばれるタイプ。
破格値。

これはまわり道じゃなかった。
あそこに。
あそこに。
あそこに。
寄らなければ出会えなかった。
偶然なんかじゃない。

最近、偶然なんてものを信じなくなってきている。

こみ上げてくる笑いを抑えながら、Gパンとある物を手にレジへ。


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# by seikiny1 | 2010-05-11 08:58 | 思うこと
Almighty: 全能なる……
告白できない。
そんな気分になる時があります。
そんな場所が日本にはあります。

谷間でで弄ばれているように。
やっぱりゼロ円というのは罪だ。
5円でも取ってくれたら気楽なのに。
《居酒屋 革命》はやめて《居酒屋 幸ちゃん》にしようか。

食べるのはいい。いや、好きだ。
面倒くさいのが去り際だとか、駆け引きだとか。
日本では。

相手がそんなこを思っていないことはわかっている。
売り子さんは仕事に徹してるだけだし。
社長さんにしても太っ腹なところを見せとかないとアチコチ障りがある。

小さな半透明カップ入りの釜揚げうどんを渡してくれるのだって、
ライトバンであちこちへ立ち寄りながら、
ウーロン茶を自動販売機に補給していくのと気分的には変わらないはずだ。
日常として、仕事上の一景として通り過ぎていくだけ。
試食の客はお茶っ葉の何枚分ぐらいに相当するんだろう。

もっとも、そんなやり取りを楽しむ人だっているし、
「ゼンゼン関係ありません」なんて人は相当の数だろう。
「腹減った」それだけで行く人もいる。


それでも足を踏み入れなければならないときがある。
100%の客候補なのに、なぜかソワソワしている後ろ姿。
デパ地下の片隅にあるご贈答品売り場にて。

「さて、どれにしようか」
「なんだか嵩ばって荷物になりそうだな」
「煎餅が12枚か。人数分に2枚足りない」
「羊羹も美味そうだけど、切り分けるのがめんどくさいな」

店内をグルグルまわっていると、
小さなさつま揚げを差し出すオネーさんと何度か目があう。
「なんだこのおっちゃん物欲しそうな顔して……」
そんなこ吹き出しが見えるような気がしたり。
ウーロン茶、ウーロン茶……。わたしはウーロン茶。

もちろん義務感だけではなく、「届けたい」という思いもあり、予算がある。
行儀よく白い箱に並ぶ小袋たち、
ブックカバーにでも使いたくなるような包装紙。
思うところ、あの箱と包装紙にこそ本当の価値が宿っているのでは。
それでも買います。
でも、あと一周。
伝えたかった言葉をポケットに、あの子の家のまわりを歩いているように。

デパ地下歩きはどうも苦手。
かといって、もし日本でホームレスをしていたらどうだろう?
やっぱり食事に行っていたかな?
その辺はまた別世界。



日本で便利だと思うのはおみやげ文化。
需要があるので供給側にもぬかりはない。
儀礼だとか義理だとかが潤滑油になる国で、
心をカタチにするひとつの方法。
毎度、いろいろな場面で助けられる。

一方で困るのは日本へ帰るとき。
多くの人が口を揃えて言う。
「NYみやげは困ってしまう」
テロ煎餅、自由の女神饅頭、クラック最中、イーストリバー巨大うなぎパイ……。
もちろんない。
それは銘菓や名産がないからではなく、
そういう文化が薄いために需要がなく供給も生まれない。
「あの人のおみやげは激マズだった」
などと陰口を叩く人もそんなにはいない。

それでも義理と人情の世界に帰るわけだから、
手ぶらでは高い敷居。

昔は迷ったり、時間を費やすことはなかった。
すべての人に全能なる神、GODIVAのチョコレートを。
念のため、数個のスペアを用意して。
NY産でもないのに。
箱の大きさは愛の容量を代弁するわけじゃない。


そんなチョコを買うのでも精神的負担には結構なった。
今はおみやげを買うことが楽しい。
贈答品じゃなくておみやげを買って帰る。
カタチを持って飛行機に乗る。


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# by seikiny1 | 2010-05-10 09:28 | 日本とアメリカと
I'm living on the street, man......
悪い季節じゃない。
あくまで冬と比較してだけれど。


去年、風が冷たくなりだした頃、突如、出現した大きな白い看板。
2週間ほどで"Under Contracted"の小さな看板が増えていた。

「どうすんの?」
最初にきいてみたのは昨年の12月。
「どうしたの?」
の問いには答えてくれなかった。
大晦日の夜にに降る雨。
ぼくは飲み屋へと向かい、カッパを着たオジサンは道具を外へ出す。
「猫のこと頼むよ……」
うつむきながら。

「家族の事情を考慮してくれて、しばらく延ばしてくれたよ」
陽気に期日延期の話をしてくれた年明け。
「がんばってね」
翌日、ぼくは少しだけ明るい気分で日本へと向かう。


スーツケースを引きずって帰ってくると、
「約束しただろ。俺はしぶといんだ!」
2週間ぶりのニューヨーク、
最初に笑顔で迎えてくれた隣人は彼だった。

通りに面した部屋に聞こえてくるバラバラに音をたてるショッピングカートの4輪。
ビール瓶がぶつかりあう音。
そんな音が聞こえてくるたびに心のある部分が青色から赤みを帯びてくる。
緑が深くなってきた最近では、
垣根の間からのぞきこむようにしてショッピングカートの所在を確かめて帰るのが日課となっていた。

夏になるとフロントヤードから肉を焼く香ばしい匂いが漂ってくる。

"Hey, you wanna beer?"
誰もいないのにあたりを見回しながらささやくオジサン。
破格値で譲ってくれるビールの出所を聞くほどぼくも野暮じゃない。
ぼくの部屋で生産される大量の空き缶は毎週木曜日にオジサンの家に放り込む。
酔っ払った朝、10ドル分ほどの空き缶を見つけて引きずっていったこともあった。

"C'mon Baby! Come eat! Come eat!!!"
毎夜、8時頃、裏庭に面した窓から怒鳴り声が発せられると闇がうごめきだす。

10月の朝、庭の片隅に膝を立て70cmx30cm程の穴を鉄板で掘るオジサン。
土をかけ、四角い石を立てたあと長い間ひざまずいていた。
その日は一日中、猫語でしゃべるオジサンとガールフレンドの声。


オジサン。ぼく。あとひとり。
3人で半野生の猫くんたちの世話をしている。




ベッドマット、ソファー、棚、テレビ、冷蔵庫の扉、アリゾナ・アイスティー等身大看板……。
歩道に出しても誰も持っていかないほどくたびれたガラクタたち。
彼の引越しが決まったのはひと月前。
引越しというより退去。
先週木曜日にはブツブツといいながらも、
笑みまじりてガラクタをフロントヤードに戻す彼の姿。。
「あっちの都合で1週間だけ延びたんだ」
太陽の下、黒いレジ袋で巻いたハリケーンという安ビールを飲みながら。


「どう?猫たちは?ちゃんと食ってるかい?」
昨日、隣人から聴いた話では再度1週間延びた、と言うことだったのだが……。
「1週間延びたんだって。よかったね」
"I'm living on the street, man......"
つぶやく。
「ちょぅとうちに寄ってく?」
"Hey, I got to catch up that guy. See you later, my friend."
オジサンは止まった車から降りてきた少年を急ぎ足で追いかけはじめてしまった。


I\'m living on the street, man......_b0063957_827503.jpg


隣の家のゲートは鎖と錠前で巻かれてしまった。
そこは出て行くためのものではなく、入ろうとする者を拒むことしかしない。


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# by seikiny1 | 2010-05-09 08:27 | 日ごろのこと
杖引き
ウソをつける人。
マメで頭のいい人。
ぼくには向かない。
正直者というわけでもないけれど。
1回や2回くらいならそうそうボロも出ないだろう。
でも、一生つきあうと思うと気が重い。

そんなわけでペンネームという選択もあったけれど、
迷うことなく本名をとった。
ただ、ファーストネームの方は
「ほとんどの人が正しく読んでくれないだろう」
ということで、誠輝をセイキに。


死ぬまでに何度自分の名前を書くんだろう?
というのも、これを書きながら、
あらためて自分の名前を書くのが久しぶりであることに気づいたから。
ローマ字で書くことはあっても、
漢字で書く機会はほとんどない。
パスポートの更新をするときくらいかな。

最後に書いたのは……。
そうだ、スーツケースを送るときの送り状だ。
実家から成田への。

一番身近で、大切なテキストなんだからこからはもっと書くようにしよう。
好きな名前だからせめて一日一回。
とは思うもののどうしたらそうなるか?
朝起きて手帳に書くくらいしか思いつかない。
それにしても40年以上書いてるのに、
いまだに納得のいくように欠けたことのない自分の名前。


そんなわけで本名。
もう7年が経つというのに。

「いやー、おもしろい経歴をお持ちですね」
「大変じゃなかったですか」
「誰もができるワケじゃない貴重な経験ですよ」
「人生、そんなこともありますよ」
……
NYは狭いから嘘はつかない方がいい。

自己紹介のあとはほとんどがこんな風に会話が進んでゆく。
好奇と、感嘆と、時に揶揄がないまぜになった言葉たち。
毎度のこと反応に窮してしまい、
最近はアルカイック・スマイルをたたえるだけなのだけれど、
立場が逆転したとしたら。
事前に基礎知識がなかったら、
ぼくだって名前を聞いたあとの反応に困ってしまうだろう。
おあいこ。
もっとも、はなっから無視を決めこんでいる人もいまだにいるにはいる。

こんな言葉の背後にいくらかでも、
「大丈夫だぁ」感じとってしまうぼくはオメデタいのか。
それとも人々はやさしい気持ちを余分に持ちあわせているのか。


ちょっと長かったから寄り道ではあるかもしれない。
でも、回り道だったとは思わない。
その気持は日を追うに従って強固なものとなっていく。

Long and Winding Road
それはぼく自身のこころにも似て、
ぐにゃぐにゃに蛇行し、行きつ戻りつしながらの道かもしれないけど、
たった1本の道だと。
あの場所を通らなかったらここにたどり着くことはなかったと。
ここに通じているのはたった1本の道なんだと。
近道なんてないんだと。
で、ここが<なにか>であるかと問われると返答に困る。
それでもワン・アンド・オンリー。

その道をただ歩いてきただけ。
他の人が大学を卒業し、ちゃんと就職し……。
そんな道とまったく同じ道で。

でも、ぼくはここを通らなければあそこにはいけないわけで。
そんなふうに生まれ、そんなふうに生きている。

確信を持って言えるのは、
すべては一本道。

近道があったと思っても、
それも最初からそこにあった一本道。
回り道も近道も存在はしない。
歩いていさえいれば、いつかはどこかに着く。
あそこに着く。
歩いてさえいれば。


お散歩。


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# by seikiny1 | 2010-05-08 08:28 | 思うこと
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