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ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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方便
午前2時。
トイレへ行くために灯りをつけると、30度ずつほど頭をもたげる。
台所の椅子の上で。
脱衣かごの上で。
ソファーの上で。
フロアマットの上で。
「なんだ?」
「あ、そう」
「~……」
半開きの目をぼくに向け、それぞれの納得。
ゆっくりと、あるべき場所へと頭が埋まっていく。

ここで眠らないときはどんな夜を過ごしているんだろう。
毎晩、同じメンツであることはない。

10匹ほどのネコくんたち。
はじめの頃は小さな物音を立てただけで、
ロケット花火のように消えていっていた。
いまでは、それぞれが、それぞれの場所を見つけ、
本能の軸足は警戒から休息へとシフトしている。



週に2度ほど駅近くで行き会う人がいる。
朝、駅を出る彼。向かうぼく。
黒いスーツケースを引きずる日本人。

先週の水曜日、初めて微笑みかけてみた。
すれ違う5m手前で。
2m。
口元の照れくさそうな笑みで返してくれた。



ネコくんたちとの関係もこんなものと似ている。
警戒、氷解、そして安心。
たとえ、名も知らぬ草が相手であっても。



去年はちょっとうれしい出来事があった。
1年半。

よく顔をあわせる人がいる。
同じ場所で、同じ時間に。
どうしたわけか、ぼくの姿をみとめると斜め上方45度に顔が向く。
そっぽを向く、とも言う。
ま、生理的に合わない顔なのかもしれないし、
ぼくの過去に否定的なのかもしれない。
人間嫌いなのかもしれない。
ただ、そこを見るのが好きなのかもしれない。

いつも微笑む。
たまに声を出し、少しだけ頭を傾けてみたり。
斜め上方45度。
別に、相手の態度が気に入らないからとかではなく、
意地悪してるわけでもない。
ただ、よく会う人だからあいさつくらいしなくちゃね。
名前は知らない。
素性を知もしらない。

これはぼくの物差し。
気のすむようにやっているだけ。


意地になっていたわけではないけれど、
正直なところ、ゲームと似たような感覚が出てきたことも否めない。

ある日の夕方、ニッコリと笑顔が還ってきた。
冷麦の中に緑色の麺を見つけたような気分になる。
そこに至るまでが1年半。

微笑を交換するだけでなにをするわけでもなく、
地下鉄サービス低下の話をするわけでもない。
ただ、顔を合わせたら微笑むだけ。
まったく、なにをやっているんだろう。



言葉は方便に過ぎない。
相手が未知の言葉しか操ることができなくても。
目が、耳が、口が不自由でも。
人間界以外の生き物であっても。
いや、もしかしたら椅子だって、靴ひもだって、枕だって
時間さえ与えてくれれば届く。
どう解釈をするか、どう返してくるかは別として。
ただ、手っ取り早く伝える道具として言葉があり、
時としてそれは音楽であったり。
絵画であったり。
ダンスであったり。
すべては方便。



それでもカタチを渡したいときがある。
カタチとして持っておきたいことがある。
ただ、本棚を見上げるように。

時々「ありがとう」を、しっかり言う。
無口なぼくだが、口を、舌を、のどを動かし、カタチにする。
たとえ相手が身近な人であっても。
いや、そうであればあるほどに。
そんなときの「ありがとう」は、
ライターを拾ってくれた人に向けるものとは少しだけ違う。


午後7時15分
左から感じる何か。
宙にある冷奴を皿へ戻し、ご飯をあげるために窓へ近づく。
慌てて非常階段を3段ほど降り、
心配そうな顔で様子をうかがっている3匹。
この絶妙な距離感。


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# by seikiny1 | 2010-05-19 09:41 | 思うこと
年に1度の常連
年に1度だけ立ち寄る店。
「1年に1度だけ」と決めているわけではないけれど、
結果的に1年に1度となり、そんなことが続いている。
最初に入ったのは夕立から逃れるため、5年前だった。


人ごみは大嫌い。
そんなぼくでもこの日だけは、
自らすすんで一片のゴミとなる。
毎年、近所で開催されるBrooklyn Fifth Ave. Festival。
地元の縁日のようなもの。
イカ焼きや金魚すくいはないけれど、シシカバブ―や射的がある。

毎年つまむ手巻き寿司。
今年はネギハマではなくただのハマチ巻。
$3.00也。

もう1軒の<日本人が経営する>日本レストラン。
周囲の派手さに飲まれて、毎年、引っこんで見える。
あやうく見落とすところだった。
店主の奥さんらしき女性の発する
"SUSHI!"、"COLD SAKE!"の声もあっという間に人ごみが吸いとっていく。

銀行近くでは今年も20台近くのビンテージ・カーが勢ぞろい。
「1932年型 ポンティアックよ。私のなの」と、道行く人に微笑みかける老婆。
去年も出品されていた黒色の1959年型 トライアンフ:TR3A。通称<トラサン>。
1980年型 オールズモビルを発見し、
いつの間にか1980年がそっちの時代に属するようになったことを知る。
そういえばNYのオールディーズ局:CBS FMからも、
最近はぼくが過ごした時代の曲が流れるようになっている。
Oldies But Goodiesか?

アニマル・シェルターのブースには、
里親を求める猫たち、犬たち。
今年も人だかりがするのは仔猫たちのケージ前。

たまに立ち寄るバーの前。
The Tru Britというバンドが今年も演奏をしている。
青シャツにユニオン・ジャックのネクタイというお揃いのいでたちで、
ストーンズ、キンクス、ビートルズ、フー、ゼム……
British Invasionと呼ばれた1960年代イギリスの名曲ヒットパレード。
拳をふり上げながら踊り狂う60近い男性の姿までが去年と同じだ。

新聞、銀行の勧誘。
サングラス、アクセサリー、工具、Tシャツ、寝具、アンチック……。
レモネード、焼きトウモロコシ、タイ料理、ホットドッグ、チーズステーキ・サンド……。
実演販売、あちこちで連呼される商品名……。
炭火の煙、炙られる肉の匂い……。


1時間かけて20ブロックほどの歩行者天国を蛇行し、
終り近くにある喫茶店に寄る。
$1.50のスモールサイズ・コーヒーを紙コップで。

いつもの小さな店。
最近では珍しくでWiFi設備(無線LAN)がない。
過剰な人だかりもなく、ゆったりと本が読める。

違っていたのはカウンターの向こうにいる人くらいのもの。
背の高い寡黙な男から、
健康的な笑みを浮かべる2人の若い女性へ。
時折り抱き合いながら話をするのは、ゲイだからだろうか。
どうでもいい。

今年はすぐに座ることができた。
そういえば、年々アイスコーヒーを頼む人が増えてきている。

ラップとしては比較的落ち着いた曲を背景に本を広げる。
いまひとつ。
音楽と読書がしっくり噛みあわず、開高健の世界に半歩ほどしか入っていけない。
「こんな音楽にはどんな本を持ってくればよかったんだろう?」
ビートとたけし?村松友視?万能薬の東海林さだお?
いや、この広い世界、
ラップで開高健を読む人もたくさんいるだろう。
そこから生まれてくるものは、ぼくには想像もつかない世界かもしれない。


錯覚……。
本から目を上げて考えごとをしていたら、不思議な気分に包まれていた。
今、この時。
1年前、2年前のこの場所に自分が移されても、
きっと何の違和も感じないんじゃないだろうか。
少なくとも世界はなにごともなかったかのように回っていく。
延々と続く時間。
永遠に終わることのないループを歩む。
また1年が過ぎ、またここに座る。
そして、また、ぼくは1年前の時に移されていいく。

1年前と変っているのは。
手巻き寿司から消えたネギ、ゲイのカウンター・パーソン、BGM、アイスコーヒー。
そんなもの。

いつの間にかBGMがスティーヴィー・ワンダーになっている。


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# by seikiny1 | 2010-05-18 08:16 | 日ごろのこと
追いかけられて
あてもなく外へ。
図書館で借りた本と水筒をかばんに放り込んで。

外で本を読むのは……。
通り過ぎる車の音、
ひとりごとのやまない男、
遠くから聞こえるパトカーのサイレン、
……
そんなすべてのものを自然として受け入れていながら。
街に溶けこんで本の世界へと入っていく。

本の一部となりつつも、
「日が暮れたら帰ろう」
と、こかで決めている正気の自分。
陽光で文字を拾いづらくなったら歩こう。


なんだか暗くなってきた。
それにしても、少し様子がおかしいような。
そういえば、前日流していたニュースのどこかで、
「サンダーストーム」という言葉を聞いたような、聞かなかったような。

それにしても自信がない。
考えてみると、昼間から夜。
一方が少しずつ増え、もう一方が減っていく。
等量になり一方がゼロに近づいていく。
そんな時間を屋外で過ごすのは久しぶりだった。
夕暮れという感覚が欠落している。
それにしても自信がない。


念のため。
帽子代わりに巻いていた麻の葉柄の和手ぬぐいを脱いで、
手帳と本をくるみ、レジ袋でおおう。
再度レジ袋に入れ、かばんのフラップを下ろして立ちあがる。

歩き出して半ブロックも行かぬうちにあたった。
「ポツリ」
たまたま木陰のベンチに坐っていたからあたらなかっただけなのか。
木の下では雨が上がった後でも雨が降る。
無数の葉がたたえている、それ以上の水滴が、
空気の動きで、重力で雨を降らせる。
あれは雨粒なのだろうか?
それとも既にただの水滴になってしまっているのだろうか?

そんなことを考えながら歩いていると、
次のブロックだけで雨粒の当たる頻度が確実に数倍になり早足に。
歩きながら再度かばんのフラップを上げ、
2重にしていたレジ袋の1枚を取りノートをくるむ。
身体は濡れても一向に構わないが、道具は困る。

前を横一列になってゆっくりと歩いていく、
黒人ベビーシッター数人と白人子供たち。
追い抜きながら。
どうしてだろう?
右肩越しに不意に振り返っていた。
普段、歩きながら振り返ることなんてほとんどないのに。

ほんの少し前、過去となったところ。
先ほど通り過ぎた交差点でバスが信号待ちをしている。
斜めに道路を横切って何とか乗り込む。

普段だったらこんな距離で乗ることは絶対ないのに。
1つ目のバス停で乗り込んできた日本人の女の子はぼくの前に座り、
ぼくは3つ目のバス停、Smoke Shop前で降りる。
「あ、そろそろ缶入りタバコを買っとかなきゃ……」
"Thanks."
運転手に礼を言いながら
(この国のバスにも車掌という人が乗り込んでいた時期があったのかな?)
などと考えたが、歩道に片足がついた途端にタバコのことともに飛んでしまう。

雨脚はかわっていない。
それでも早足で50mほどをを歩く。
自分の体のためでもなく、道具のためでもない。
窓を開けていくのを忘れていた。


帰り着くと3匹の猫達が。
窓ガラスににブチの入りの肉球を密着させてはりついていた。
タダイマ。




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# by seikiny1 | 2010-05-17 08:18 | 日ごろのこと
星くず兄弟
スパム・メイラーだったことがあります。
3ヶ月ほど。

それが仕事だった頃。
いや、それによって直接的にも間接的にも、
1セントの収入も結局はなかったことを考えれば、
職業的スパム・メイラーというよりも、
ボランティア・スパム・メイラーという方が的を得ている。



Kata, Kata......Click,Click......
3ヶ月かけて送ったメール総数は約6000通。
振り返ってみるとよく送ったものです。
2002年という時代だったからこそ成し得た技で、
今だったら迷惑メールホルダー経由奈落行き。



実は本は出たものの営業予算ゼロ円。
いったい何を考えて本を発行しているのかわからない出版社でした。
白菜を仕入れてシャッターを開けない八百屋みたいなもんです。
今になって考えてみると、はてなマークばかり。

もちろん当時は「本が出る」そのことだけに舞い上がってしまい、
はてなマークなんて浮かんでこない。
こんなところにもオメデタイ性格が顕著に出る。

新刊として本屋の店頭に並ぶのは数週間。
早ければ1週間で無数という名の海の一滴になってしまう。
浮かんでいるならまだしも、
酸素タンクを背負ってまで海底を物色する人はほとんどいない。
あとは闇から闇の裏街道をまっしぐら。

その上、こちらはNYに釘付けで、
グリーンカードはおろか、パスポートすら再取得していないのだから、
日本の本屋行脚するわけにもいかない。
いや、その前に飛行機に乗る金なんてなかった。
出版社とて、どんな頭をしているのか、営業に1銭すら使う気はない。

「とにかく誰かに気づいてもらわなければ……」
そんなわけで始めたのが自己本紹介メール作戦だった。
新聞社、雑誌社、放送局、書店では飽き足らず、
<本>、<書評>、<読書>、<ホームレス>……
考えられる限りのキーワードでGoogleの世界を駆けまわることに。
送りに送ったその数が約6000通だった。



「迷惑だと思わないんですか……」、長文のお叱りメールを頂いたり、
HP上で糾弾する人もいた。、
しかし返事のほとんどは好意の感じられるものたち。
紙にネットに電波に載せてくださった人たち。

「約6000通出して、400通近くの返信という数字。悪くはありませんよ」
励ましてくれたマスコミに携わる人もいた。
大手チェーン書店の社長さんから返信をもらい大々的に押し出してくれたり。
地方書店主の奥さんは、ぼくの地元書店の娘さんであったり。
買って、読んでくれたではなく、多くの人にすすめてくれた人が何人もいた。
今、思い出し、あらためてありがとうを言いたくなった。
「ありがとうございます!」



ぼくにとっては無数と言いかえることのできる点を世に放ち、
そのうちのいくつがキラリと輝いた3ヶ月。
今でも星座を結んでいるのは10粒くらいだろうか。
スパムメール座。
しかし星々は増殖をくりかえし、星座に、星雲になっていく。

10/6000=0.167%
この数が減ることはない。
ブラックホールとならない限り。

8年前だったからこそ出会えた人たち。
18年前だったた出会う可能性のなかった人たち。
星が生まれるネットの世界。
星くず兄弟の伝説。


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# by seikiny1 | 2010-05-14 09:24 | 思うこと
ハトよ
糞害に憤慨か。
いつもの場所、いつもの時間。
いつもとはちょっとだけ違う風景。

「こんな色にしたい」
「この色を守りたい」
そんな気持ちの露れだろうか。
1メートルほどの黒いポールの上につけられた立て看板は、
主張しないように主張している。
いや、主張しつつも主張しないよう心がけている、か。

黒枠に入れられた銀色の金属板にある言葉は、
"Please Do Not Feed The Birds"

目立たぬように、目立つ。
なんだか靴下に凝る男みたいだ。
調和を崩さぬように。ぬきんでないように。
かといって認識されなければ稲の中に埋もれる案山子とかわらない。

この配慮というか苦悩は、場所を運営する会社のものなのだろう。
ここでは警備員すら、
仕立てのいい細身のグレースーツに紺色のネクタイで巡回をしている。
風景に溶け込むように。
時折りトランシーバーに向かってしゃべりながら。
ここはビルの谷間にあるパブリック・スペース。

3年ほど通いつめているけど、
2年前までハトの姿を見かけることはなかった。
たまに見るのは数羽のスズメ程度で。
少しずつ、少しずつ増えゆく鳩の数。
200mほど離れた、別のパブリック・スペースからベンチが撤去されてからは。

ベンチがなくなり人が寄らなくなった。
エサをあげる人そのものがいないのだから、
空腹を抱えたハトはさまよう。
まるで肥満対策としてコーラにデブ税をのっけるみたいだ。
「どうしたんだ、最近また血色よくなってきたんじゃないか?」
「ああ、あそこの角のところでたらふく食ってるからな」

それにしても、いつも思うのだけれど、
ハトは、鳥はどのようにして情報の伝達をするのだろう?
誰かがエサを与えると、
遠くの高い空から一直線にやってくる集団を目にすることがある。
テレパシーでも持ってるんだろうか?
ハト語とスズメ語は共通なのだろうか?
それとも方言のようなもので、だいたいは互いにわかりあえるんだろうか?


効を奏して、とは言いたくないが、
作戦が的中しハトの寄ることがなくなったパブリック・スペース。
掃除は楽になったことだろう。
しかし、人も寄りつかない25mプールほどの2つの空間。
細い幹の木が10本ずつ植えてはあるが、
そこに生命はなく、まったく死空間となってしまった。
体はあるのに流れない血。
無駄なスペース。
沙漠の真ん中に置かれた卓球台のように。
立ちどまる人はいても、
ラケットとボールのないことがわかるとまた歩き出す。



普段はそれほど気にかけるわけじゃない。
風景の一部として、たまに目をあずける程度。
入り口に置かれた看板のせいだろか、
ハトたちの表情が、どこかもの悲しく見える。
緩慢な動きは、ひもじさのせいだろうか。
今朝、出現した看板で、今はまだ朝。
黒文字の功徳が顕れるには早すぎる。
ハトの表情はぼくが作り出しているのだろう。
人がハトにえさを与えるのと同じように。

さて、清掃の人が毎朝の棒雑巾から解放される日は来るんだろうか。
このハトたちはどこへ翼を向けるのだろう。



そういえば2年程前話題になったニューヨーク市の
「鳥への餌やり禁止条例法案」
はどうなったろう?
当時、世論を騒がせていたけれど。



"Please Do Not Feed The Birds"
この看板を目にするたびに悲しい気分になる。
最近では、糞に命中されても腹がたたなくなった。
そんな日は宝くじを買いにいく。

野性に還ることのできないハトたち。
土もなく、天敵もなく、飯もなく。
ハトは泣く。
都会に暮らす人間のように。



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# by seikiny1 | 2010-05-13 08:07 | 思うこと
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