交差点で立ち止まる。
歩道からおりて数歩のところ。
信号は赤。青になると白になる。
エンジン音が大きくなって、小さくなる。
信号が白に。
横断歩道と平行に引かれた白線で立ち止まる車。
たまにはみ出るヤツもいる。
それでも、ほとんどは行儀よく地面に描かれた印で立ち止まる。
もし、白線がなかったら……。
車たちは横断歩道近くまでにじみ出てくることだろ。
人に節操というものはあまりない。
10年ほど前、耳にしたこと。
「どうせひかれるんだったら、横断歩道の枠内でやれ」と。
内と外では補償金の額がまったく違ってくるらしい。
そんなことが、どこかにひっかかっているのか、
ぼくは横断歩道の真ん中を渡る。
1本の線。
踏み越えるにはなんの物理的障害はない。
アメリカでビルの屋上へ出られるところは少ない。
ほとんどの場合、堅牢な錠がおりている。
日本だと、
涼みに出たり、
月を見に上がったり、
仕事をサボったり、
ビールを持って花火見物をしたりできるのに。
もちろん宙に身をまかせることだってできる。
そこにあるのは申しわけ程度のフェンスばかりなのだから。
鳥籠の中にいるようなエンパイアステート・ビルの展望台。
そんなところからだって、たまに鳥になる人はいる。
大切なのはそこに線があるか、ないか。
一拍という時間は短く、長い。
垣根なんて、
塀なんて、
門なんて、
簡単に乗り越えるこができる。
戦国時代の濠や城壁とは違う。
それでも、人々は築く。
肉体を拒むものとしてではなく、
あいつの、そして自分の脆弱な精神を映し出す鑑として。
塀の上を歩く猫たち。
さて、ぼくを抑止しているものはなんだろう?
いいことなのか。
それともわるいことなのか。
とりあえず抑止力を振り払い飲みに行こう!