3文字書くだけで甘く酸っぱい。
初体験。
子どもは
好き。
嫌い。
ママの人間だからだろう。
グサリとナイフで刺してくる。
しかも集団になると……。
二乗、三乗……∞。
バスでいつもとは違う駅へ向かうことに。
停留所へ行くと、
1、2、3、4、5、6……。
紺色の制服と帽子に身をかためた17人のガキの先客が。
会話を聞いていると玉川学園小学部の二年生らしい。
「みんなー!つめて乗ってねーっ!」
定期券で乗り込む子ども達の背を運転手さんの声が追いかける。
バスでは坐りません。
電車では坐ります。
昔読んだ沢木耕太郎さんのエッセイ。、
「席をゆずるタイミングや、やり取りが煩わしいから坐らない」
そんな言葉がバスに乗ると。
結構、感化されやすい性質なので。
《煩わしさ》というところにも深く同意なのですが、それ以前の影響力。
もちろん沢木さん、これは路線バスでの話で、
ユーラシアを立ったまま抜けて行ったわけではありません。
(大陸ではいつも最後尾の座席が指定席だったとか)
それにしても、あれって本当に寝てるのかな?
電車の中、吊り革につかまる高齢者の前で目を閉じる人たち。
《タヌキ寝入りチエック・ガン》なんか売り出されたらおもしろいのに。
「おい、君、寝てるわけじゃないようだね~」と肩を叩かれる。
色々と問題の多いアメリカですが、
高齢者に席を譲るというシステムはなかなかうまくいっています。
善意の人もいれば、見栄の人もいる。
義務感や周りの視線で立ち上がる人も。
でも、それ全部でシステム。
そうそう、初体験。
バスの中は子供たちの声でにぎやかなこと、にぎやかなこと。
本当に楽しそうだ。
あんなガキ時代、たしかにあった。
駅へ近づくに従いだんだんと混みあってくる。
平日の午後2時過ぎ、住宅地からバスに乗るのは
ガキ、年寄り、ぼくのような変な大人くらい。
弾丸はあるのだが、標的がきれてしまった。
ついにぼくが。
人身御供。
「あのー、あそこ。坐ってください」
腰のあたりからから聞こえてくる声。
生まれて初めてかけられてしまった一言に
一瞬耳を疑い、一応あたりを見回してみる。
彼は間違いなくぼくに言っている……。
「あのー、坐ってください」
「お、おれ?」
「はい」
「……」
「じゃあ今度乗ってくるじいちゃんかおばあちゃんに譲ってあげてよ」
「はい……」
(言葉を無視して次なるターゲットに声を掛かけるクソガキ)
「あのー……」
……
実は子ども達、混み合ってくると競うようにお年よりに席を譲り出していた。
停留所が近づく頃合を見計らったかのように、我先に立ち上がる数人。
ついに立っているお年寄りがいなくなり、オハチがぼくに
いや、それともぼくはすでにジジーに見えるのかな?
いや待て、彼らにはお年寄りと大人はおなじジャンルなのかもしれない?
それでも少しうれしい気持ち。
競争は好きじゃないけど、
競争も悪いことばかりじゃない。
日々、席取り合戦ばかり目にしていたので、
なんだか風呂上がりのホッピー(黒)のような喉ごし。