一度も聞かなかった。
往きも、帰りも。
いつの間にかボタンを押さなくなっている。
いや、あのボタンは今でもあるのかな?
わからない。
「ポーンっ」
「ポポーンっ」
「ペプシ下さい。コークじゃなくて」
「新聞」
「タイルノールないかな?」
週に飛行機に乗る回数が地下鉄を軽く上回る暮らしをしていた時期が4年程ありました。
その頃、離陸前も、後も客室乗務員を呼ぶ音の聞こえないことはなかった。
ボタンが増えすぎたのか。
それともわれわれ人間はお利口さんになったのか。
ライト、空調、呼び出し。
ボタンは3つだけ。
それにイヤフォンの二股ジャックと使われない灰皿。
飛行機のシート周りについていたのはその程度。
そういえばこのごろはゲロ袋を見ないな。
最近ではボタンの数が(ぼくにとっては)無数となり、
今回もライトのボタンを探すのに2分程かかってしまう始末。
皆も僕といっしょで、呼出しボタンのありかがわからないのかもしれない。
「ま、いいか」なのかもしれません。
ビデオやゲーム、機内エンターテイメントの充実で、
他のことはそれほど気にならなくなってしまったのかもしれない。
やはり欲望にフタをされているのかな。
自分を見る限りではとても利口になったようには思えないので。
根がいやしい性質なもので、すすめられるとついついもらってしまう。
それほど腹は減っていないのにサンドイッチとか、
プレッツェルの小袋とか。
ワゴンが通ると必ずCanada Dry Ginger Ale。
乗務員たちは忙しい。
ある時間帯を除き、いつも動き回っている。
ワゴンを押して往復しながら食糧、飲み物の配給を繰り返す。
「大変だよなー」
後ろ姿を見ながら思い出していたのは、子供の頃に見かけていたあの風景。
冬空の下、黙々と石焼き芋のリヤカーを引くおじさん。
これもまた欲望へのフタなのだろうか?
ぼくは必然的出来事のおかげてキッパリと足を洗うことができた。
ドラッグ中毒患者治療によく使われる手法として、
「とにかく食べさせる」
隙がなくても食べさせ続けるというのがあります。
患者の欲求・欲望に合わなくてもとりあえずフタをする。
ドラッグ欲の穴に食欲のフタをかぶせ続ける。
若干、空気漏れはあるものの人間というポットの保温はできる算段らしい。
(ぼく自身もディーラーが見つからないスーパーボウルの夜、
ドーナツを食い続けたことがあります。
だから今でもスーパーボウルは大嫌いです)
飲み放題が魅力だった国際線でビールが有料になり、
機内での食糧配給が有料化がささやかれる今。
客室乗務員に悪夢の日々が帰ってくるのでしょうか?
夢の中でも
「ポーンッ」
鳴り続けるチャイム。
(あの音も工夫しているのでしょう)
日常で知らぬ間にフタを「かぶせられている」こと
きっとあると思います。