最近は色々な出会い方があるので、
一概に「お会い」と言うことはできないのですが、
少ないながらも交流の続く人とは感覚的には「お会い」です。
ただ、<会う>という感覚は少しずつ摩耗しているような。
「初めて<お会い>したような気がしませんね」と言葉を交わすのは、
いいこと?それとも悪いこと?
ひげフレディーさん。
初めて架空空間でお会いしたのは5年ほど前のこと。
当時は日記なんてつけてなかったので詳細日時は不明。
そんなひげフレさんが配信しておられる
Pod Cast Radio ”Fredio"
に出演させてもらいました。
縁というのは本当に不思議です。
周りにいる人のすべてと、縁という糸でつながれています。
そのどの人とも、
「あの時、どこかの角を右に曲がってゴミ箱を覗き込まなかったら……」
出会えていない人しかいません。
それは親や兄弟もまた同じでしょう。
一昨日のこと。
約一月の間、頼まれ物をあちらこちらと歩き回りながら探していました。
もうほとんど諦めかけていたんです。
「ま、ここだって一度のぞいとかなきゃな……」
半分義務感のようなものに駆り立てられて入ったのは、
自宅から20mほどしか離れていない、とあるお店。
ありました。
先日はイベントの告知をさせて頂いたのですが、
絶対に結びつかないであろう何の関係もない友人同士が、
細いながらも同じ糸の両端を握っていたり。
今朝、久しぶりに通った路地。
道ばたに置かれていた数冊の本が気になって立ち止まる。
3冊あった本の中に、シカゴ美術館発行のシュールレアリズムの画集が。
それほど興味があるわけではないのですが、持ち帰ってみることに。
さて、ここからはどんな糸が伸びていくことでしょう。
このところ、様々な場面で縁というものを感じきます。
縁とは立ち止まってみること。
全く関係ありませんが、何度か形を変えたとはいえ、
手書き日記をつけだしていつの間にか2年経過。
このぼくがよく続いています。