ここんとこ、とはいってももうかなり長い間、《自然》が時代のキーワードになってます。
たしかに自然は素晴らしく、大切なものです。ぼくだって自然は大好きです。それでも、《自然》を口にしていたり、「自然のために」と謳っていれば、なんだかわけがわからないんだけど「いいかなー」と許してしまっていることもままあります。誰も咎めだてしない、免罪符。それが今、現在、《自然》という言葉が持つ一面なのかもしれません。
果たしてみんな本当に自然を大切に思っているのでしょうか?自然と言ってはみても、実のところは、その向こう側にある人間を、自分をかわいいと思っている方が多いのではないでしょうか。当人たちが気づいていないだけで。
あとひとつの自然の話。
ランチに関して言えば、ぼくは外食派です。レストランで食べるとかテイクアウトするとかではなく(もちろんテイクアウトもしますが)、外で食べるという意味での外食派です。昼食屋外摂取派とでも言うのでしょうか。なんだかチャイナタウンにいる気分になってきました。目から入るものの力は偉大です。ちなみに真冬でもほとんど昼食屋外摂取派です。
立ち寄るスポットは気分、天候、時間帯により数箇所あるのですが、つい先日目にした自然の一景。
あまりの自然さについつい見落としていました。実に自然を感じさせる人を見かけたんです。風景に融けこんでしまい何の違和感もない人を。
あたりを用心深く見渡しているうちに自然を見つけてしまいました。別にヤバイことをしようとしていたわけではなく、タバコを喫う前に、
「露骨に嫌な顔をしそうなやつはいないだろうな」
と見渡すことが悲しき習慣となってしまっています。互いに嫌な目に遭いたくはないですから。
一度通り過ぎたはずの目が戻っていました。
チキン・オーバーライスをかき込む男、おしゃべりに余念のないカップル、屋外コンセントでiphoneを充電しながらも、もうひとつの携帯で話し込んでいる女性......。そんな中にひとりの男が見事に融けこんでいたんです。
よくよく見てみれば、オフィス街には少しばかり似あわないいでたちなのですが、どうしたわけか見過ごしてしまう。腰を下ろすハゲイトウの並ぶ花壇の縁石にはギッシリと氷の詰められた透明プラスチック・カップがひとつ。右手にはCoor's Lightの大きな缶(24oz)が軽く握られており、時おり口の方へ運ばれていく銀色の缶が陽の光を反射し、また休憩。よく見てみるとカップは黄色味を帯びた液体で満たされていました。どうやら彼のビール哲学第一条には「冷えていなければならない」と書かれているようです。そこへ入りきれなかった分をまず処理してしまおう、そういったハラらしいです。それにしても怯えた様子もなく、慌てるわけでもない彼のかもし出す空気が実に自然です。まるでひなたぼっこをしながらバナナを食べているように。
実はここ、Policeがよく巡回する場所でもあるので、申し訳ないですが興味深く観察させていただきました。しばらくしてやってきた紺色の上下は、ゆっくりと通り過ぎていってしまった。
こんな男のことをNaturalと呼ぶんでしょうね。
地球だけではなく、ぼくらもNaturalであるべきなんだなー、と思わせる一景でした。
そろそろ注射器を買いに行かなければ。
覚醒剤を打つためではなく、万年筆のカートリッジにインクを注入するために必要なんです。黒いゴムパッキン部が定期的に壊れてしまうんですね。
とはいっても注射器。
もう、何度も、何度も行っているんですけど、慣れません。薬屋のカウンター前で自分の番が回ってくるたびに、
(何か悪いことをしているような......)
そんな気分になってしまい、モジモジしたり、言葉が不明瞭になったかと思えば、やけに明るい笑顔を作って見せたり。まるでコンドームを買う中学生のように。
人間は自然に還らなければなりませんね。
「注射器一本!」と胸をはって。
路上の飲酒は禁止です。
ブラウン・バッグに入れていても反則切符を切られることはあります。禁止なんですから。
しかし、デリのカウンターでは何もきかずビールをブラウン・バッグに入れてくれ、頼みもしないのにストローをつけてくれます。
前に並んでいた赤ら顔のオッチャンはビールを受け取ると、「スポンッ」とハイネケンの緑の首を出し、栓を抜いて行きました。ドアの横に取り付けられた長いヒモの先ではずいぶんと年季の入った栓抜きがユラユラと揺れています。
ビール飲んじゃだめだけど、飲んじゃう。
あら、あんたご機嫌だね、だめだよ、しようがないね。
うん。でもおいしいんだよね。
マンハッタンではめっきり少なくなりましたが、ブルックリンにはまだまだ自然が残っています。