ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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野垂れ死
生きるということしか考えてなかった。
いや、
死ぬという言葉の浮かんだことがなかった。
この方が正しい。

「オクスリおいしいかな?」
「空缶どれくらい集まるだろう?」
未来はいつも疑問形。
手近にあるはずでの未来を考えながら生きていた。
1月後、1年後、20年後……。
そんな気の遠くなるようなものでなくても、未来。
すなわち生きている自分を見ていることに変りない。


「この人たちって幸せになれるのかな?」

《タイムズ・スクエア、最後のホームレス》
New York Timesの記事を読みながら浮かんできた疑問。

“Times Square Seven”
その筋の人たちは彼らのことをこう呼んでいたらしい。
タイムズ・スクエア界隈に残った7人のホームレス達。
2009年夏以来。

今、2010年3月にはとうとう1人にまで減らすことができたという。
この快挙をボランティア、市関係、警察の人たちは喜んでいる。
活動を続けてきた人として。
善意ある人として。
市民として。
ひとりの人間として。
色々な理由で。
結果を出した。
平均17年を路上で暮らしてきた彼ら。
6人の気持ちははどうなんだろう?

本人の意思を尊重し、根気強くに説得を続けてきた成果だという。


おじさんの名前はHeavy。
彼のねぐらが近所なので、仕事のある日には毎日見かけている。
いつもの場所で。
巨大な荷物を押しているかと思えば、
時に、全所有物を失い身ひとつで段ボールに寝転ぶ。
雨の日も、雪の日も。
もちろん今日だって。
タイムズ・スクエア最後の1人となってしまったおじさん。
1人、2人……。
欠けていく。
残されてしまった男。
"Times Square ONE"
屋根と壁を拒み続ける。


野垂れ死。
悪い語じゃない。
悪い行為とも思わない。
いつだって世間の一面だけを説明してくれる辞書には、
「道ばたなどに倒れて看護もされずそのまま死ぬこと。行き倒れ。また、それに似たみじめな死に方」
と出ている。

昔、自分の死を思い描く時には必ずこの言葉が出てきてた。
野垂れ死。
こんな生き方にどこか惹かれる自分がいる。

市役所そばの公園で、ウオッカの瓶を抱いて凍死していたTippie。
トンネル料金所そばで轢かれ、ぼろぎれのようになったShorty。
クスリ代を踏み倒し、穴のあいた身体で見つかったJack。

コンクリートという檻の中でしか生きることのできないホームレス。、
自由と引きかえに、野垂れ死をする自由さえ失ったホームレス。
道ばたで事切れようと、誰かの手をわずらわさなければならない。
たとえ物として処分されるにしても、
無表情ないくつかの手から手へ渡されなければ旅立つことを許されない。
自然に土へ還ることも、
野鳥についばまれることも、
風や水になることさえも許されない。
都会に飼われたホームレスは、最期の時すらも都会にゆだねる。

路上にで死を見つめる人は少ない。
「なんのために生きている?」
「生きるために生きている」
先にある時間がたったの1日という小さな塊であっても、
懸命に手を伸ばして掴もうともがく。

そんな場所から立ち上がるのに必要なのは
きっかけ。
偶然を必然と思える調子よさ。
そんなもん。

Times Square Six。
今ごろどうしているだろう。





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# by seikiny1 | 2010-03-31 09:00 | RCサクセション
日式鍋貼
あれって<解決>なんだろうか?
いずれしろ、中国当局に拘束されたらしい。
餃子に毒を仕込んだ、という男性が。

いつから『毒入り餃子事件』と呼ばれるようになったんだろう?
中毒の原因が人為的とわかったあたりかな?
事件ではなくて事故となったときに、混入物から毒となったのだろうか?
(正式には「中国製冷凍ギョーザ中毒事件」と表記するようですが)


数えてみたらたったの2回。
大牟田:福龍軒、そして町田:うまかっちゃラーメン。
どちらもパリパリ、ジューシーな上に匂いばっちり。
食後にキスなんてできない代物。
日本の手作り餃子はやっぱりうまい。

そんなことを考えてたらまたまたチョンボを発見。
久留米:五十番の鉄鍋餃子を落としていた……。
そういえばチャンポンも食ってない。
そうだ想夫恋の焼きそばも。
次からは《食べるリスト》を事前に作っとかなきゃダメだこりゃ。
やっぱり無限胃袋か……。



「……ん?」
人間の触覚、バカにはできません。
「なんだろう?」
1年の間に起こった変化にケツを刺されて落ち着けない。
まだ九州みやげでパンパンの鞄を下ろしていないというのに。


テレビだった。
実家のテレビが変わっていた。
とはいっても、地デジのためにわざわざ買い換えたわけじゃないらしい。
「ある朝、目覚めたら突然死していた」と母。
まだ買って5年くらい。
政府のおかげで皆が買い替えを強いられているテレビ。
薄型テレビはまだまだ製品として熟していないらしい。
5年でのお陀仏は早すぎる。
それでも買い換えなきゃ見られない。

左隅のシールが気になって、気になって。
「展示品でもつかまされたかな?年寄りと思ってなめられたか?」
訊いてみるとそんなわけでもないらしい。
どうしても、画面を見ながらもシールが気になってしまう。
はがしたい衝動にかられる。
「ま、昔の人だからしようがないか」
自分のものではないので、とうとう諦め、そのうちに慣れちゃった。

母親世代の人たち。
電気ポット、ラジオ、カメラ、アイロン、ソファー、車のシート……。
工場で貼られたシールやカバーをそのままにしている人が多い。
「年寄りだから……」
そんな言葉でひとくくりにしようとしていた。

(待てよ……)
年齢ではなく、民族的、文化的なものなのかもしれない。
帯つきの中古レコードは帯なしよりも<価値がある>。
似たようなことを違う世代でもやってるじゃないか。
アメリカ人がレコード、CDを買って真っ先にすること。
帯を捨てる。
CDなんてケースを捨ててしまう人も珍しくない。


シールの存在自体は気にならなくなった。
それでも書かれていることが気になる。
画面のことでもなく、
音のことでもなく、
地デジやBSでもない。
文字はどこか昔の表札にも似ていないこともない。
いかめしい表情に、訪なう者が背を伸ばしてしまうような。
ただ、異邦人のぼくにとって書かれている文言抽象画にしか見えない。
ピンとこない。

『世界の亀山モデル』

まったく意味不明で、気になり、気になり……。
とうとう検索してみることに。

簡単に言えば『純国産』。
国産をうたうモデル数々あれど、
その大部分はどこかを輸入部品に頼っているらしい。
一方、『世界の亀山モデル』は、
小さな部品に至るすべてが日本で生産されているとのこと。


あのシールは安心の純国産であることの証しであり、
誇りのエンブレムでもあり、
そして納得の。


ただ、本当の意味での純国産なんてもうどこにも存在なんかしない。
すべての工場労働を日本人に頼るのは夢物語。
いくら日本の材料、技術を使っても。
《純》は遠い夢。
純度の高いものは作れても。



「なんかバッカみたいだなー」
1990年代初頭、そんな疑問を持ちつつも働いていました。
金の力は偉大です。

日本製をアメリカ製にする作業の歯車として回っていました。

日本から送られてくる半完成の電子製品。
在米日系部品メーカーからは「アメリカ製」部品を仕入れる。
組み立てはアメリカで行う。

「おい、アメリカの電線って硬いな」
「ネジは合わないからカナダ製でいくか」

あの頃はたしか、
総コストの50パーセント以上が「現地」のものであれば
Made in USAと認められていました。
もちろんぼくの手も「現地の手」です。
さて日本の「国産」はどうなのでしょう?

そんな時代、街のあちこちで目に付いていたのが
「MADE IN USA」の文字。
製品のパッケージに。
店頭に飾られたサンプルに。
工場の壁に。

テレビの隅にあるシール。
そこに1990年代のアメリカの風景が重なり映し出される。

Made in JAPANの魔力は弱まっていく一途。
少なくとも以前ほどの力は期待できない。
『世界の亀山モデル』はどうだろう。



アメリカ製品が良質であった頃、
ここはどんな国だったんだろう?




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# by seikiny1 | 2010-03-30 09:50 | 日本とアメリカと
モノ。ヒト。
「使えた!」
成田で小さな感動。
1年以上前に購入し、
1年以上使ってないテレカ。
使えた。
以前、アメリカのテレカを何度も期限切れにしていただけに、
灰色の公衆電話へ入れるまでは少しビクビクでした。
(「失効しないよ」と聞いてはいましたが、やはりやってみるまでは……)


Suica、Pasmo、Edy、Sugoca
電子マネーと呼ばれるもの。
1枚も持っていないけれど、使っている人はよく見かけた。
(Taspoを使っている人を見かけたことはありません)
クレジット・カードで買い物をする人はあまり見かけない。
日本にて。

半分以上の人はクレジット・カードでお買い物。
ジュース1本を買う猛者がいたり
電子マネーなんて存在するのかしらん。
アメリカにて。

「持っているものでなんとか」
「持っていなくてもなんとか」
きっと国民性の違い。

もちろんアメリカにもプリペイド・カードはあります。
プリペイド携帯分数補給をしたり、
スターバックス、ターゲット、デパート……のもの。
こちらはどちらかというとギフトという色合いが強い。
使える場所も決まっているので、
ひと昔前の商品券のカード化といった方がわかりやすい。


日本から来る人が一様にビックリします。
プリペイド携帯のお手軽さに。
お金さえあればすぐにつながってしまいます。
クレジット・カードもいらない。
機械も20ドルしないですし。
これを見る限り、アメリカにオレオレ詐欺はない様子。


「あんたはアミーゴ以下や」
そんなことを言われ続けていました。
半年前まで。
携帯を持っていなかったから。
持てなかったのではなく、持ちたくなかったんです。

アミーゴとはメキシコ人の別称、蔑称。
彼らで「さえ」持っている、持つことが出来る携帯。
ぼくは持っていませんでした。
アミーゴ以下とは、この国で最低の最低を意味するものでもあります。
いくら冗談とはいえ。

プリペイドであるため、
不法滞在であっても金さえあれば携帯を持てる。
金の世界。
ほとんどのアミーゴ君たち、持ってますもん、携帯。
ぼくもやっとアミーゴ「並み」になったわけです。
ただ、使わないので毎月契約分数が余って、余って……。
これが目下の頭痛の種。


20年近くアミーゴ君たちを見続けてきました。

「顔つきが変わった」
最近そんなことをよく思います。
若い子達はかなりおしゃれになってきているし。
コミュニティーの力なのでしょう。
これだけ数が増え、歴史が掘られてきているのですから。
しっかりと根を下ろして、同国人を援助する人も出てきます。
政治家も出現し、選挙でも無視できない存在に。
もちろん政治関係は合法的に滞在中のアミーゴ君たち。

横のつながりは本当に強いらしいです。
今ではアミーゴ専門人材派遣会社まであるくらいだから。
どこかのレストランで欠員ができても翌日には埋まっている。
もちろん仕事を探す側も以前ほど難儀はしないと思います。
そんな、自信が彼らの表情に表れているのかな、と。
たとえアウトロー(法律上)であっても、ヒトは幸せな方がいい。

ただ、彼らをモノとして見てみたらどうだろう。
というのは、これまで彼らはヒトとしてではなく、
安価で比較的良質な労働力。
そう、モノとして見られてきたことが多いように思うからです。

さて、彼らをモノとして見てみます。
私見ですが、モノとして平均的な質はかなり落ちています。
随所にいいかげんさが目立つ。
あくまで平均値ですが。

コミュニティーの充実、立場の安定で、
以前ほど身を粉にして、身を削りながら働かなくても立ち行くようになった。
そんな精神状態が、以前ほど精悍でなくなった顔つき、
仕事の質にも出てくるのでしょう。



日本にもいる20年前のアミーゴ。







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# by seikiny1 | 2010-03-29 09:06 | 日本とアメリカと
コピー~アジアの片隅で
ちょっとだけ酔った躰を電車の揺れにまかせる。
NYの日系無料誌に目を落としていると、
懐かしい歌が頭を流れてきた。

プラスチックス『コピー』

♪……あっちもこっちもコピーだらけ
オリジナリティーない、ない……♪

この歌は現在のコピペ文化を憂いているわけでもないし、
ぼくも、「これはこれで、これが今なんだろうなー」
そう思う。
まだ高校生だったから、30年以上前の歌。


手に持つ日系無料誌はそんなこととはまったく関係なく、
ただ第一面に並ぶ広告のキャッチ・コピーが気になっていただけで。
その彩りは行ったことのないアジアの雑踏を彷彿させるんだけど。
ホーチミンあたりってこんな感じだろうか?


〓〓〓〓〓〓〓〓〓
●「レンタル料金がなんと $0」
(携帯電話レンタル屋)

●「パソコン販売修理」
(パソコン屋)

●「アメリカで運転免許を取得しよう」
(自動車学校)

●「インターネットからデジカメプリント」
(カメラ屋)

●「困ったことがあったら…」
(パソコン修理屋)

●「値下げ価格で登場」
(携帯ショップ)

●「24時間営業。NY最安級。TV番組DVD」
(レンタルビデオ屋)

●「メモリアルデーウィークエンドに行く……」
(旅行代理店)

●「定期購読申込受付」
(日系出版社ー自社広告)

●「電話する際には『▲×』を見たとお伝え下さい。何か良いことあるかも!」
(日系出版社ー自社広告)

●「日本語でインターネットできます」
(パソコン屋)

●「DVD無料通販カタログ。毎週無料デリバリー。TV番組32%OFF」
(レンタルビデオ屋)

●「ワシントン桜祭りに行こう!」
(旅行代理店)

●「ローカル電話サービス始めました。全米カナダかけ放題、日本へは1時間無料」
(長距離電話接続会社)

●「毎日読める!毎日発刊!」

(日系出版社ー自社広告)

●「タックスリターン受付中!出張サービス行います」
(会計士)

〓〓〓〓〓〓〓〓

こんなコピーをぼんやりと眺めていたわけです。
コピーねー……。



21:30 駅到着。
今宵は早い。




■プラスチックス・『コピー』》■






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# by seikiny1 | 2010-03-27 19:36 | 日本とアメリカと
無人コンビニ
「もったいないなぁ」
日本を歩くたびに思います。
7年が過ぎた今でもついつい目がいってしまうんです。

Edyは第4の通貨になることを願っているらしいですが、
ぼくにとって第4の通貨はいまだに空缶、ペットボトル。
「あ、80円だな」
「うんうん、これは600円はあるぞ」
などと値踏みをしながら歩いてしまいます。
これはNYでも同じ。

日本でも空缶やペットボトルが5円のデポジット制であれば、
乱立する自動販売機の地図を頭の中に作る。
ベストな経路を考えて毎日ゴミ箱をひっくり返す。
それだけでひと財産稼げそうな……。
もっとも制度化されてしまえばそれほど甘くはないでしょう。
それでも、街は今以上にきれいになり、
ホームレスの人たちの懐だって少しは潤うはずです。

子供の頃の話。
父親から小銭とビールの空き瓶を渡され、よく酒屋へ走りました。
たしか1瓶が5円でした。
もちろん少し大きくなってからは、
庭のケースに入れてある空き瓶を抜き取ってお小遣いにしました。
今でもあのシステムは健在なのかな?


ほんとにこれだけ自動販売機が乱立する国って日本くらいでしょう。
遠い昔、自動販売機の無法時代には
エロ本、コンドーム、樽生ビール、ウィスキーのポケット瓶、ハンバーガー、うどん……
ホント何でもありの観がありました。
もちろん酒は24時間売っているし。
しばらくして自動販売機が挨拶をしてくれたり、
「お釣り忘れないでね」と親切になったり。

ぼくもそうですが、
多くの日本人は対面が苦手、もしくは面倒くさい。
だからこそ、ここまで自動販売機が普及・浸透したのではないでしょうか。

もっとも大ざっぱに見られてしまうアメリカ人にもそういった部分はあるようです。
スーパーのセルフ・チエックアウト機
(バーコード・リーダーとモニターで客自身で精算する機械)
この3年程でかなり普及してきました。
「どうして機械を利用するの?」
そんなアンケート回答のダントツ第1位は、
「プライバシーが保たれるから」
ということらしいです。
もっとも、
「スーパーの商品でプライバシーを要するものって何?」
そんな疑問は残りますが。
案外本音は、
「モタモタするレジが自分ならば我慢できる」
「ふてくされたレジのネーちゃんの顔見たくないから」
そんなところにあるのでは、と拝察するのですが。


考えてみると、
マニュアルどおりの接客。
まるで同じのコンビニ・スマイル。
これは非体面の亜流ということもできますね。
極限まで私・個性をころし、客に接する。
われわれの多くは無意識のうちに、
カウンター向こうに人を、人格を見ていないのかもしれません。
(あちら側もその可能性は高い)
こんなところに、ここまで自販機とコンビニが増えた原因があるのかも。



「治安が悪いからアメリカでは自動販売機が普及しない」
そんなことをよく耳にします。
もちろんそうだとも思います。
しかし、あちこちに自動販売機があるからこそ治安が保たれている。
そう言えないこともない。

終電から降りて家へ向かう。
薄暗い道には誰も歩いていませんが、
ポツリ、ポツリと浮かび上がる自動販売機になぜかホッとしていました。
あれは街灯の代わりでもある。
灯りのあるところ犯罪は少ない。
灯りの向こうには人という存在がある。
灯りと人間は切っても切れない関係。



調べてみました。
ビール瓶。
今でも持ってけば5円くれるそうです。
ただし、スーパーなどの大型店舗では、
従業員に周知徹底していないところもあるらしく、
とんちんかんなうけこたえをされることもあるとのこと。

いや、いや。
日本は素晴らしい国です。
営業を終えた飲み屋さんの前。
ケースに入れられたビール瓶があちらにも、こちらにも。
NYだったら、
この第4の通貨間違いなくなくなります。
そんな光景を眼にすると、
この国が良識と信頼の上に成り立っていることがよくわかります。
「こんな国に生まれてよかったなぁ」と。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓
<無人コンビニ>
ググる。
am/pmが提案しているらしいです。
ぼくの思っているものとは違い、物理的な無人コンビニ。
大きな自動販売機を並べるというものらしいです。
ターゲットは会社の食堂や厚生施設。
「おにぎりからストッキングまで」の品揃えを目指す。

数年前、ドイツへ行ったとき巨大な自動販売機を見ました。
幅10m以上はある。
超アナログなこの自動販売機。
客が何かを買うと、後ろの窓が開いて品物を補給する。
ガラスばりのコインロッカーが一面に並んでいるような代物でした。
ドイツ人も対面苦手なのかな。





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# by seikiny1 | 2010-03-26 07:10 | 日本とアメリカと
オババ店
前回と同じ轍は踏みません。
まだまだ学習能力あり。

JFKの免税店でタバコは買わない。
現状、というくくりつきですが日本の小売のほうが安いですから。
アメリカではタバコがオープン価格です。
税金がかからない代わりに小売価格がお高い。

価格の面ではまだまだ日本はタバコ天国。
喫煙者を取り巻く環境は(アメリカと比して)地獄。
やはりアメリカは<権利>の国だからなのかなぁ。
日本は<義務>の国というイメージが強いです、ぼくには。


日本で買うのだったら、やっぱりハイライト。
しかし、どうしてなのか290円也。
一番古い記憶だと、
セブンスターの100円時代に、ハイライトは80円。
今、セブンスターは300円なのに、ハイライトは290円。
かつての関係のままであればハイライトは240円でいいのに。
セブンスターが情けなくなったのか。
ハイライトが偉くなったのか。


極力タバコ屋さんで買うようにしていました。
2年程前に見た、
「Taspo導入でタバコ屋さんが危機に」
そんなニュースが焼きついるんです。
近所にタバコ屋さんはありませんでしたが、町田市に出た時はタバコ屋さんで。

それにしてもタバコ屋のオババ。
愛想が悪いというよりも、ない。
それこそ、眉の毛一すじ動かすのも損。
そんな表情をしています。
動かぬ顔。
無言で差し出される水色の箱とと10円玉。
ちなみにこのパッケージは和田誠さんの作品です。

タバコが悪者となりつつある世間をはかなんでいるのか。
コンビニ憎し。そんな思いがオババをかたくなにしているのか。
でも、ぼく、お客さんです。

ま、あんまりいい気分のしないことは事実です。
かといって、あんなめんどくさいTaspoなんて作ろうなんて思わないし。

アメリカにあるのは不愛想であって無愛想ではありません。
そんな不愛想のベタツキのなさは、時として気持ちいい。
なんだか人と接するのがめんどくさい、そんなときには。
でも、このオババのは……。
もう少し長く日本にいたら
「なんとか表情を引き出してやろう」
と挑めもするのですが。
でも、不思議といい気分じゃないけど、悪い気分にもならない。
どこかにある、「そんなものか……」

そりゃ、マニュアル通りとはいえ、
コンビニの若く愛想のいいネーサンとやり取りする方が気持ちいい。
それでも、かたくなにオババの店へ。
自分のどこかに<上から目線>なんてのがあるのかもしれません。

あの置物のようなオババの姿こそ、
古来から日本にあるタバコ屋の姿なのかもしれません。
間にあった長い、長い自動販売機時代を経てポッと返り咲いた徒花。
(ガキ時分に父親の使いで行っていたタバコ屋のおばちゃんはやさしかったけど)

民営化した郵便局には笑顔が増えました。
専売ではなくなったタバコ屋には昔と変らぬオババ。

自動販売機でタバコを買う人の姿。
とうとう見かけることはありませんでした。



〓〓〓〓〓〓〓〓
Taspoってなんじゃ?

調べてみると「Tobacco」、「Access」、「Passport」の略らしいです。

●Pasmoは「Pasnet」+「More」
●Edyは「Euro」、「Dollar」、「Yen」に次ぐ<第4の主要通貨になって欲しい>そんな願いが込められているらしいです。








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# by seikiny1 | 2010-03-25 10:44 | 日本とアメリカと
《コカ・コーラ》-《ビール》=《デブ税》:滴(Splash)
「予算」と聞いて思い浮かべるのはジュース。
炭酸飲料もなにもジュースと呼ばれていたあの頃。

「柔道部は予算でジュースを買ってます!」
毎年、生徒会の予算会議ではそんな意見が出てくる。
文科系のクラブから。

ボール、ネット、竹刀、バット、ラケット……。
実際、柔道部ほど金のかからないクラブはありません。
遠征試合の旅費程度。
それでも体育会系タッグ・チームのおかげで、
毎年「取らなきゃ損」な予算を奪取。

チューチュー・キャンディー。
ぼくらの地方では「ナガ棒」と呼んでました。
折ったナガ棒を浮かべて飲むコーラは最高においしいんです。
ぼくの好みはオレンジのナガ棒。


ニューヨーク州議会では今年もあの予算案が提出されました。
デブ税。
今年は「Penny Per Ounce」なんて名前まで付けて。
要は、
「ダイエットでない炭酸飲料なに税金をのっけよう」
税率は<1オンス(=30cc)につき1セント>
缶コーラ1本が12セント高くなるわけです。

「肥満は万病の元よ。あなた達の健康のため」
「あーたたちデブのせいで、医療予算がかかってしようがないんよ」
そんな大義名分という伝家の宝刀を振りかざして。
タバコの時とまったく同じ。
公衆の敵を見つける。
正義の味方だからいじめても拍手喝采。

日本でも大河ドラマ「天地人」の影響か、
<義>という言葉が注目されたようですが、
<義>に頼るのはここアメリカも同じ。
「はい、私は正義です」と胸を張る。
たばこは$11(1000円)。

大義だろうと、小義だろうと、
揺れ動くひとつの価値観であることに変わりはないのにね。

映画「カサブランカ」の中、タバコをくわえたボギーこそ男の姿だった。
「スカッと爽やかコカ・コーラ」だったんだ。
過去の価値観です。
デブ専なんて価値観もあります。
歴史に見る美人なんて、今見ればオカチメンコだっているし。
価値観なんてそんなもの。
沢田研二の歌が流れてきます
♪ボギー、ボギー あんたの時代はよかった
男がピカピカのきざでいられた……♪


「お釣りなんかいちいちもらっとったらですね、
お客をさばくことなんてできませんよ」
こたつに寝転がりながら見ていたテレビ。
魚市場近くで盛況中、ワンコイン食堂の店主が
「500円でやっていけるんですか?」
そんなインタビューアーの声に答えている。
印象的なシーンでした。

さて、デブ税法案が通ったら1ドルのピザ屋はどうなるんだろう?
缶コーラが$1.15じゃ面倒くさいから$1.25になるのか。
それでも、$2受け取って25セント硬貨を3枚返すのは面倒くさい。
たぶん現場だけでも3秒は余分な時間がかかる。

面倒→客がさばけない→回転率低下→売り上げ低下→ピザの値上げ

年にコーラなんて1本飲むか、飲まないか。
そんなぼくにもデブ税の滴がきっと降りかかってくることでしょう。
「やーい、タバコ税上がってやんの」
なんて喜んでいる人にもきっと何かの滴が引っかかっているはず。
ご本人が気づかないだけでね。

それにしてもタバコ農家は大丈夫なんでしょうか?
1本でも多くのソーダを売ろうと、深夜まで店を空けてるパパママ・ストア。
きっとデブ税の滴をもろにかぶることと思います。

「そんなにしてまで金が欲しいんかい」
「支出を削る甲斐性・能力を持ち合わせてないんかい」

今日の昼食は1ドルピザを2枚。
周りを見回してみると、
●テーブル席に坐る人=18人
●缶入りソーダを持つ人=12人
(うちNon-Dietを持つ人10人)
もちろんこの数は時間帯、場所にもよると思います。
フジテレビのアンケートと同レベルです。
ちなみに時間は14:00、場所はチェルシーと呼ばれるエリア。

アメリカへやって来た頃は驚きの連続でした。
そんな中のひとつ。
バドワイザーの方がコカ・コーラより安い。
うれしい驚き。
そんな時代がまたやってくるかもしれません。
こっちの方はうれしくないですけど。

野球場、コンサートホール、雑誌の裏表紙。
これらはアメリカ最大の広告媒体ですが、
ひと昔前まではタバコ、ビール、炭酸飲料の独壇場。
タバコ、ビールは退場を余儀なくされ、次はコカ・コーラの番か?
スポンサーが消え、流産してしまう文化のないことを願うばかりです。
まさか自動車会社が一手に引き受けきれるわけもなし。

デブ税の前に、飲料水ペットボトルにデポジット課金をしてください。
街はきれいになるし、ホームレスも大助かりです。



おまけ。
ヨーロッパでの驚き。
マクドナルドにビールがあった。
もちろんぼくはセットのコーラをビールに替えてもらいました。







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# by seikiny1 | 2010-03-24 09:11 | 日本とアメリカと
アン・タッチャブル
(ハワイにでも行って買った方が早くない?)
「900人目の人が手にするまで9時間」
文字を追いながら、そんなことを考えていた。

調べてみると名古屋だけじゃない。
ハワイだけでもない。
フィリピン、マレーシア、インドネシア、韓国にもある。
クリスピー・クリーム。
『トリスを飲んでハワイへ行こう!』
じゃなくて
『ドーナツを買いにハワイへ行こう!』
そんな問題じゃないのはわかってます。

900番目の人。
9時間後に手にしたドーナツはさぞおいしかっただろうね。
カタチやその先に見ているものは違っても、
24年前、ぼくが飛行機に乗ったのとそんなに変らない。
あの日、LAX空港で乗り継ぎ便を待ちながら食べた、
ケチャップもついていないホットドッグと同じ味がするはずだ。
おめでとう900番目。


ここや、一風堂NYの列には「見せる」という面も間違いなくある。
一方、さばかねばならない列だってある。
さばいてナンボという列が。

ジワジワ、ジワジワと列が長くなってきた。
そうして2年程前にはじけた。
1ドルピザ屋の列。
安いのに美味い。
平均価格2ドル25セントのピザに全然負けていない。

”Next! What you want!?"
客なのに怒鳴られる。

絞りに絞られたメニュー。
この店でペパロニ・ピサを頼んでいる人なんて、
ピザ屋のカウンター内に見かけるイタリア人と同じくらいの割合しかいない。
誰もが1ドルピザを頼む。
7割程度の人は缶入りソーダも。

絞りに絞られた(であろう)人件費。
従業員の100パーセントがメキシカン。
寿司を器用に握るメキシカンがいるNY。
ピザ屋のスピーカーからメキシコ音楽が流れていても誰も驚かない。
ただ、気分がコケるだけで。
中国人経営のメキシコ料理屋に驚くこともなくなった。
寿司屋なんて韓国人・中国人のほうが多いだろう。

メキシカン。
公然の秘密。
もはや、この人たち抜きでNYのレストランは成り立たない。
合法であれ、非合法であれ。
この人たちがいるからこそ24年前の値段でピザを食べることができる。
ピザ屋の長い行列をさばいていくことができる。
それと1ドルであるからこそ。
日本でいうワンコインの感覚。
1ドル10セントでも、15セントでもここまではやらない。
高いだけにかえって収支が取れないだろう。


日本の居酒屋にて。
ホッピー頼んだらほっけが出てきました。
コロッケ頼んだらユッケだが。
ま、たしかにぼくは「モゴモゴ」とものを言ってしまうのだけれど……。







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# by seikiny1 | 2010-03-23 09:06 | 日本とアメリカと
ヒゲおじさんとぼく
日本に帰ると欲しくなる。
食後には満足感が得られ、
次の店でも美味しく食べられる。
いつまでも、いつまでも食べることができ、
空腹も満腹も感じることはない。
そんなわがまま無限胃袋が。
たった2、3週間でいいのに。
残りの半年くらいは何も食べなくていいから。
ビールかホッピーだけ飲めればね。


家飯
お好み焼き
ラーメン
ハンバーグ
喫茶店のモーニング・セット
おでん
納豆巻き
焼肉
串かつ
焼鳥
トルコライス
寿司
あの店
この店
……
きりがない。

でも行きたい、食べたい。
肥満なんかこわくない。


前回(昨年)はとうとう入(れ)らなかった。
今回もやっぱり。

ヒゲおじさんの店。
「やぁ。帰ってきたよ」
久しぶりにあいさつに行きたいんだけど。
入れない。

ドーナツは普通の人生3度分程の量を食べてしまいました。
もう食べたくないです。
ありがとう、ダンキン・ドーナツ。
友達から聞いたけど、あなたは日本でもやさしいオジサンだったんですね。
(とはいってもぼくも彼も警官ではありません)
でも、もう食べたくないです。
ありがとう。ごめんなさい。

ミスター・ドーナツの中華に惹かれています。
肉まんとか坦々麺とか。
ジャンクな味なんでしょうが、そっち系の味結構好きなもんで。
それでも、やっぱり。
脳裏どころか、脳表に焼き付いたドーナツ。
エクレアなんか昔は好きだったんだけどな。
(まったく失礼、勝手ですが、アメリカでもドーナツ食ってる人見るとアホに見えてしまう)

今回も敷居は高かった。
ありつくためには、おじさんに会うためには自分を変えなければダメなのでしょう。


さて、日本中にはいくつの銀座通り、銀座商店街があるんだろう?
もちろんぼくの故郷・大牟田にも銀座通り と 新銀座通り。
ミスター・ドーナツは新銀座の方にありました。
道路から階段を3段ほど下りたところにガラスドアがあり、
2階に飲食スペースが有りました。
川沿いの店。
川の質はともかく、ウォーターフロントのロケーション。
木製の壁を白いペンキで塗ってあったような……。
小学生のぼくにとって、その出現は衝撃的だった。

底に向けて描く緩やかなカーブ。、
アイボリー肌の表面に描かれたヒゲおじさん。
いつの頃からか、なぜか自宅にあった、そんなミスター・ドーナツのマグカップ。
身近にあったアメリカ。
10年後、青ライン入りの米軍マグカップを手に入れるまで、
ヒゲおじさんの向こうに揺れ続けていたぼくのアメリカ。

クリスピー・クリームに並ぶ人たちが見ているのとはきっと別なアメリカです。
「バタ臭い」という言葉が似合うような。


ミスター・ドーナツはずっと前にアメリカから消えてしまいました。
クリスピー・クリームの直営店って今でもNYにあるのかな?
昔、空き缶売りに行ってた近所のしょぼいドーナツ屋が日本で大人気だなんて……。
ニューヨークで1番多いチェーン店はダンキン・ドーナツ。
2番目がサブウェイ。



「サツマイモは一生食わんでよか」
昭和一桁生まれの父はそんなことを言っていました。
「ドーナツは一生食わんでよか
自分を変えなきゃ中華が食えない。
おじさんに会えない。





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# by seikiny1 | 2010-03-20 12:54 | 日本とアメリカと
ドアを開けろ
スタンダードという言葉はキライ。
それでも、時として必要とされるスタンダードは認める。

規格でああなっているのか。
それとも、いつの間にかああなってしまったのか。
業界標準?
ちなみに自主規制という言葉はもっとキライ。

記憶する限り、
《閉》は右。
《開》は左。
そんな配置になっている。
エレベーター内のボタン。
アメリカでの話。

盲目の人にとってこのスタンダード(?)は助かる。
点字表示の有無に関わらず
「この辺かなー」
と思って触れればそこにあるということが。
「だいたい」って大事なことだと思う。
安心感。

肉体面でも精神面でも盲目であることは怖い。
盲目にはなりたくない。
見えないことは困る以上に、怖い。
身近に(精神的)盲目の人がなんと多いことか。
冷めた眼で見ているぼくも、もしかしたら……。


24年間で変わったこと。
少なくともニューヨークでは。

エレベーターに乗り込み《閉》ボタンを押す人なんていなかった。
それが今では6割方の人が押す。

午後5時過ぎ。
オフィスのエレベーター・ホール。
「ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ……」
連打という言葉が浮かんでくる。
先に乗り込んだ女性は近づいてくる足音を耳にした途端、
《閉》ボタンのマシンガン打ちする。
忙しい、急ぐということに無縁であるぼくなら、
間違いなく《開》ボタンを押して待つ。
やさしいとか、そんなことではなく、
ただ時間があるだけ。


この数年、感じ続けているのはアメリカの日本化。
「ハーイ。次は7番にどうぞーっ」
スーパーマーケットで精算の列を交通整理する従業員。
《閉》ボタンを押すエレベーター利用者。
小さくなってしまった車、そしてトヨタはリコールに。
小ぎれいになっていく街並み。
なんだか縮んで行くこの国。

一方、日本では今でもアメリカの背を追いかける。
新しく導入される(らしい)タバコ税。
クリスピー・クリーム名古屋店に並ぶ900人。
マクドナルドでバカ売れしたNew York Burger。
ハーレー・ダビッドソンは永遠のあこがれ。
そんな背中を追いかけて、ぼくもこの国にやって来た。


水仙のつぼみがやっと柔らかくなってきた。
今日は18℃。




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# by seikiny1 | 2010-03-19 10:00 | 日本とアメリカと
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