ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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……

みんなトライアングルが好き。
点2つは線に過ぎず、
3つになってはじめて面になる。
そこに線では味わえない安心を見出すのか。
それとも遠い文明発祥の地に想いを馳せるのか。

このごろ新たなトライアングルがひとつ。
チャイナタウン・トライアングル。
Canal St.-Centre St.-Walker St.の3辺に囲まれたデルタ。


日本での実感は、
国民的バッグであったルィ・ヴィトンの減少。
あそこでも、ここでもという風ではなくなっていた。
それでも数百万もする限定商品を買う社長夫人はいるらしいが。


チャイナタウン・トライアングル。
偽物ブランドバッグの王国。
度重なる摘発で店頭からはほとんど消えてしまった。
2003年以来の没収は総額50億円を越すらしい。
それでも消えない。


「あいつらには本当にやられてばっかりだよ」
10年ほど前、飲み屋の常連Jの声が響く。
バッグではないけれど彼は某有名若者ブランドの社長。
「でもな……」
オクターブ落ちたで続ける。
「正直な話、うちの商品より奴らの方がいいデキなんだ」


歩道を埋める人で真っ直ぐに歩くことのできないチャイナタウン。
ササヤく男がいる。


「リーバイスのセカンド(Gジャン)あるよ」
20年前、NYのビンテージ・ショップにて。
どこの店へ行っても同じようなササヤきが聞こえてくる。
カビとホコリの匂いに混じって。


売りたいものがある。
店頭に出したくない、並べられないものがある。
そんな時に人はササヤく。
求める者は救われる。
探している者はサインなんてぶら下げてはいなくても、
アチラから手を差し伸べてくれる。
本人は気づいていなくても、
Somebody's watching you.


(ブランド物バッグ探してんの?)
通りすがりの白人女性に声を掛けるアジア女性。
カーブのある背中に10年前、20年前のひとコマを思い出す。

中華街の"Bag Whisperer"たち。




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# by seikiny1 | 2010-04-12 09:20 | 日本とアメリカと
狼の皮をかぶった羊
「あ、落としましたよ」
吸いがらをポイする人。
空き缶を人ん家の前に置き去りにする人を見かけると、
必ず追いかけて肩をたたき渡してあげる人がいた。
「近頃は自然に還るものはヨシとしました」
以前ではアクセルを踏み込んで追いかけていたのに、
みかんの皮を窓から放り投げた車を見ながらニコニコしている。
年齢や経験というのは面白い。

かつての彼は羊の皮をかぶった狼だったが、
今は日向ぼっこをしているドーベルマンの横顔をしている。

羊の顔をかぶった狼。
出処はイソップ物語とずっと思っていたのだけれど、
古くはは新約聖書:マタイ伝に出てくるとのこと。
ぼくにとってはニッサン・スカイライン・GT-R(箱スカ)。


2日続いた真夏日もひと息。
今日のNYは平年並みといったところ。
それにしても気候がおかしいのか、
自分の軸がずれすぎたのか。
最近、平年並み、などの平均言葉を聞いてもピンとこない。
なんだかあいまいで、だまされているような気がして。
やっぱり性格の方がなじれてるみたいだ。

ドアを開けたときに感じたのは、
春ではなく秋の初日だった。
油断をしていた身体がヒンヤリ引き締まっていくのを感じる。
それでもチェリーの花は真っ白な花を咲かせ、
フードをかぶった二人の子どもが、
父親の周りをグルグルまわりながら通り過ぎてゆく。
気づいたらポケットの中に手を突っ込んでいた。
手袋はタンスの中に眠る。

マフラーを巻く人。
ダウンの人。
厚手のウールコートに身を埋める人。
Tシャツの人。
電車の中も期待と現実の格好の人々。
それでも2日前より冷えたとはいえ春日和。
ほぼ満員に近い。

日本では見られない風景。
自転車が3台。
1台は中華料理屋のデリバリーの人なんだろうか、
チャイナタウンにあるGrand Stで降りていった。


"Excuse me."
背後からきた影が人の間を縫うようにして移動していく。
先程までぼくの斜め後ろに座っていた女の子だった。
18歳ほどの彼女は全身黒ずくめ。
革ジャン、細身のコーデュロイ・パンツ。
黒革のサンダルとバッグには鋲が打たれ、
レイバンの黒いウェイファラーをかけている。
そこだけ茶色の、アミダにかぶった帽子。
デビュー当時のマドンナを思わせる風貌だった。

「???」
振り向いてみると、
先程まで彼女が座っていた席にはベビーカーに座る男の子に話しかけている父親がいる。


日本の街はきれいです。
いくらNYの街が以前より綺麗になったとはいえ、
まったく比較の対象にすらなりません。
もしろん清掃をする人の頑張りもあるでしょう。
それでも、
どうみても悪そうに見えるアンちゃんが、
「スッ」と仲間の輪から抜けてゴミ箱にペットボトルを放ったり。
住宅街にある自販機前。
黒塗りの車から降りてきた男性。
どうみてもその筋の方の格好をなさっています。
何も買うわけではなく、
手に持った空き缶3個ほどをゴミ箱に入れると運転席に乗り込む。

街には一時期ほどゴミ箱が見られないのに。
(以前よりは住みにくくなったかな?)
とは思うものの、日本人は基本的に几帳面と真面目さから抜けきれないのかな、
とも思う。
街には狼が増えた。
それでも大部分は狼の皮を被った羊ではないのか、と。
それは決して悪いことばかりではない。


以前は羊の皮をかぶることに憧れていました。
ぼくはそんな柄ではないし、
基本的に羊的部分が強いと思う。
たとえかぶってもそんな皮は窮屈着心地が悪い。
居心地のよい生き方をしよう、と。

でも、日本人のよくないところは自分の《楽》に甘えるところ。
ぼくも含めて。





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# by seikiny1 | 2010-04-11 08:56 | 日本とアメリカと
実家:ボンガーズ。国語辞典なんてクソ喰らえ
最初に日本で食べたもの(羽田の炙りチャーシューは除外)。
タイラギ貝柱の粕漬け。
従兄の奥さんmiwaちゃんの手料理。
んー、どちらも最高でした、ありがとう。

で、ここでは外食の話。
トップバッターはやっぱり《ダゴ(お好み焼き)》。
大牟田名物『高専ダゴ』という30cmx50cm(長方形です)程もある巨大さ。
30年前はペロリだったけど、こんなところに出てくる年齢。
最後の方は気合だけで食べていた感強し。
死ぬほど食べました。
ヘトヘトになりながら。
「とてもおいしかった」、といえば上品だけど大牟田弁では
「クソんごつ旨かったぁー!」


足掛け4日間の大牟田だったけど、
とても味濃いいものとなりました。
それもこれも従兄夫妻、そして親友のMちゃんのおかげです。
その時にはわかっていないけど、
「共に過ごすというのはすばらしいことなんだなー」
と、あらためて実感しました。
この3人がいなかったなら、今回大牟田に帰っていたか。
この先帰ることがあるか。
また、次も帰ります。

兄貴であり、師匠であり、善悪あらゆることの伝道師である従兄は。
大牟田駅近くでライブハウス:スタジオGUMBOというのをやっている。
明治時代に建てられた赤レンガ倉庫に自ら手を加えて。
そういえばmiwaちゃんの嫁入り道具、薪ストーブはもう取りつけられたかな?

到着した翌日の夜。
『よー帰ってきたね』ライブ&同窓会を貸し切りで開いてくれた。
10数年の空白を砂利で埋めるために。
小学校以来の同級生、卒業してからもずっとつきあってきたやつらが集まって。

適当に齢をとった懐かしい面々の間に、
秩序なない快適な時間が流れてゆく。
寝転がっていた10数年なんか「ポッ」と抜けて。
飲むわ、食うわ、喋るわ……。

とりとめの無い時間が過ぎていくく中、
ステージからの音がだんだんと大きくなってきて、まとまった。
従兄、Mちゃん、Kちゃん、Tヤン。
ボンヤリと射すスポットライトの下、4人が思い思いにボンヤリと座る。
The ボンガーズ。
Muddyで濃厚な音が心地よいブルーズバンドの演奏が始まろうとしていた。
ずっと以前はLariatt Blues Band。
「寿バンド」などと自嘲しながらやっているうちに、
はや20年が経過して今はボンガーズ。

♪……何時でも帰っえおいでよ、ここはセイキちゃんの実家なんだから……♪
1曲目には、その日のために作ってくれたのか、
ぼくの帰郷ブルーズが流れ出す。

「そうだ。ここは実家なんだ。
今、この空間に集まっている、
決して多くはないが濃い人間たち。
彼らは自分のファミリー以外の何ものでもない」

母は横浜へと越してしまい、
今、大牟田にぼくの家族はいない。
それでも血は少し薄かったり。
まったく交わっていなかったりするが、
ここには間違いなくぼくのファミリーたちがいる。
アタタカイ男たちが。
ほんの少しだけだけれど涙が出ていた。
そしてぼくがニューヨークに居ることのできるのも、
こんな護り神たちが地元にいればこそであることに思いいたる。

母、姉夫婦、妹夫婦。
横浜でも歓迎をしてくれた。
何の縁もなかったこの地も、またぼくにとっての実家となった。

実家の国語辞典での意味なんてどうでもいい。
2週間あまりの旅を終えて帰ってきたこのニューヨークも、
ぼくの実家として存在する。
実家とは、
帰るべき、帰りたい、帰ることのできる場所のこと。
そんな場所をいくつも持っている、なんて贅沢なんだろう。

いつまでたっても、どこか中途半端なニューヨークの日本人。
それはぼくを含めてのことだけれど。
中国人や韓国人とはまったく違う。
彼らは故国というものを断ち切ってきている。
だから覚悟がまったく違う。
すべてを賭けてこの地に根をはろうとしている。

それでもぼくは実家を、しかも3つも持つことができて幸せだし、
この先もこの幸せを選択し続けていくことと思う。
どの町でも笑顔で迎えてくれる人々がぼくにはいる。


「フッ」
空气の抜けるような感じでボンガーズの演奏が終わった。
スポットライトの下にはギターを弾きながら眠ってしまったTヤン。
頭をたれて椅子に座る姿が高田渡さんに見えてくる。




〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
ボンガーズ・ライブ

告知が遅れてしまいましたが、今日ライブです。
お時間のある方、駆けつけてください。

■《『虹の岬祭り』 キャンペーン・プレ・イベント》
期日:4月10日 午後6時から
場所:スタジオ GUMBO
   福岡県大牟田市不知火町2丁目3
   0944-56-6626
出演:DJ.SEIGO、龍太郎、朝倉ロッカーズ、MJ'S after、ボンガーズ、風太郎、DJ.ZONBIE、DJ.HaL、DJ.randam、DJ.disconcyan

■ 『虹の岬祭り』→必参加イベントです
(ボンガーズは5月2日18時から演奏)

今年20回目を迎える虹の岬祭り。
大分県の南部に浮かぶ島(大分県佐伯市蒲江町屋形島州の浜はまゆう公園)で開催されます。
期間:2010年5月1,2,3,4,5日
出演:出演者 アニーキー ア ゴーゴー!・あり&みさき・ANBASSA・キャラバンKAORI・九州ジャンベクラブ・小嶋さちほ・ギターパンダ・The ファミリー・サヨコオトナラ・生活サーカス・ダイヤーウルフ・DADA CHILD・たかのり・CHINA CATS・チェイシンドラゴン・鶴坊・ともレッド・FIRE・風太郎・Bone Tatsuya&MJ's・HOU・ボンガーズ・マッコイ池田・正木高志・南正人・MONETELIMA・山本公成・ラビラビ・りんどう・リキ・Rain man・天国バンド (アイウエオ順)

ゴールデンウィークはテントを背負って、フェリーに乗ってGoです。

■おまけ
タイラギ粕漬けの近藤食品本舗
  うまいですよー!
  おみやげで頂いて、ニューヨークでも食ってます。




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# by seikiny1 | 2010-04-10 01:31 | 日本とアメリカと
都市伝説
海外から帰ってきた時、他の人は真っ先に何を食べるんだろう?
「絶対に、毎回、鉄火丼!」とこたえた知人がいた。
それぞれにあるこだわり。
最初はたったの1回だけ。

NYへ着いて最初に食べたのはダブル・チーズバーガー。
バーガーキングでは、不景気のためか昨年12月から値段を$1.00に設定。
普通のチーズバーガーの方が29セント高いといううれしい逆転現象が起きている。

後悔するとわかっているのに。
ついつい食べてしまうのがジャンクな味。
案の定、数時間後に胸焼けが。
不健康極まりないのはわかってるんですがね。
それでもたまに食べたくなる。
止まらない。
止められない。
不思議な粉でもはいってるんだろうか?

カケラほどの愛想をなんとかキープしている店員とのやり取りで、
なぜか「帰ってきた!」という実感がわいてくるんですね、これが。

日本は日本のよさ。
マクドナルド・ネーさんのニッコリ。
こちらも帰ってきた感をかなりアップしてくれます。
それにしても《スマイル0円》というステッカ―。
本当にカウンター内に貼られているのかな?
まことしやかにささやかれる噂。
こういうのを都市伝説というのでしょうか。


子供の頃の話。
「白●町のラーメン屋、△■軒の裏に行は猫の首が並んでいる」
そんなことを話している大人たちがいた。
もちろん確認になんか行かなかった。
臆病だから。

こんなのもあった。
「たこ焼き屋のおやじは地面に捨てられた割り箸を拾ってる」
今思えば地球にやさしい元祖リサイクル。
実話だったとすればね。

あそこにゴミ箱があったかどうか覚えていない。
誰もが自然な流れで「ポイッ」と割り箸を地面に落とす。
今じゃすましてるけど、中国人の悪口ばかりは言えないな。
そんな噂を聞いて以来ぼく達子供は、
「ポキッ」
オジサンの目の前で割り箸を折って捨てるようになった。
意地悪だなぁ。

西日本とはいえ、たこ焼き屋は少なかった。
大牟田市は九州一お好み焼き屋密度が高い町なので、
その辺との兼ね合いがあるのかもしれません。
ちなみにお好み焼きなんて呼ぶ人はいない。
ダゴ。
お好み焼き屋はダゴ屋。
炭坑の閉山、三井の撤退で過疎化の進む町。
第三セクターなど色々やったが全部コケた。
見事にマルゴけ。
これだけこけ続ける町もめずらしい。
ニュースになるのはヤーさんとか、
つい先日は北九州から遠征してきた警官が、
14歳の少女と援交。
なぜかそんなのばかり。

今はダゴで町おこしをしようとしている。

余談でした。

行動範囲にある唯一のたこ焼き屋は市営プール前の露店だった。
秋になりプールが閉鎖となっても、
しばらくは同じ場所で営業をしていた。
今思うとあんな辺鄙な場所であんな時期に商売になったのか疑問ですが。

そんなわけでぼくの中でたこ焼きとプールは完全にリンクしています。
たこ焼きを食べると泳ぎたくなるし、
プールから上がって寝そべっている時にたこ焼きを食べたくなったり。
それに割り箸。

唯一のたこ焼き屋。
そこでは3個ずつが割り箸に刺されてた。
ガキでもなんとか買える3個。
1個ずつ売ってたのではオッチャンだって大変だ。
その落としどころが3個だったんだろう。
経木の皿にのせて右手小指のないオッチャンが渡してくれる。
もちろんナプキンなんてしろものはない。

たこ焼きは、
爪楊枝ではなくて割り箸とリンクする。
日本レストランの床、先の方に醤油のしみのある割り箸の片割れにたこ焼きを想ったり。


「なんて食べ方をするんだ!違う!」
透明パックに並ぶたこ焼き。
器用に爪楊枝で持ち上げる人たち。


最初に自分の中に根づいた文化が根幹を決定する。
最初に根を下ろした土地が好きになるように。
どんなにいやなことがあってもニューヨークが好きなのは、
きっとたこ焼きの割り箸と同じ理由なんだろう。


2010年3月某日。
陽の落ちた地下鉄東高円寺駅前。
人待ちをしながら急に泳ぎたくなってきた。




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# by seikiny1 | 2010-04-09 08:48 | 日本とアメリカと
バカ
「漫画を読むとバカになる」
幼い頃のインプットはすごい。
自分のことは棚に上げ、
マンガ本を手に歩く人を見かけると、
『バカ』
という言葉が浮かぶ。

ウチの親はそんな人でした。
漫画が載っている『小学●年生』が欲しかった。
でも、やってくるのは学研の『科学』と『学習』。
付録がおもしろく、それはそれでよかったのだけれど。

『ハレンチ学園』
『おそまつくん』
『キッカイクン』
『あしたのジョー』
『天才バカボン』
そういったわけで漫画はいつも
5歳年上の従兄の部屋で読みふけっていた。

高校生になると喫茶店が漫画を読む場所に。
漫画を読むために喫茶店へ行くとはいっても、
あくまで喫茶がメインで漫画はサブ。
入店するや
「今日はお泊りですか?」
なんて聞かれたことはなかった。

でも、この先、喫茶店の本流は漫喫になっていくのかもしれない。


HANAMI。
そんなものを初めとするニューヨークでの日系イベント。
常連といえば、
なぜか高々と腕を振り上げる和太鼓だけれど、
この3年ほどあとひとつの常連が加わり年々増殖している。

初めて見たときは、
「春の陽気に大量発生したキチガイか?」
と驚きもしたけれど最近はすっかり慣れてしまった。
常々思うのだけれど、
慣れ、馴れ、そして狎れっておそろしい。
麻痺、常用、そして中毒っておそろしい。

どうやって情報をチェックしているのだろう?
どこからかにじみ出てくるコスプレ軍団。
動物の本能に忠実なのか不思議と群れをなす。
ひとつではなく、
ここにも、あそこにも、あっ、あんなとろろにまで……。

ヒラヒラ・フリルに埋もれカツラをかぶった姫様。
あれは忍者か騎士か、それともカンフーか。
巨大なはりぼての鎌と未来の刀のようなものでチャンバラ中の人。
木にくくりつけられた団旗のようなものの下に集まる同志たちもいる。

彼らにとっての日本。
TOYOTAでもSONYでもPearl Harborでもなく、
MANGAの国。


受け手が発信者を引っ張ることがある。
そんな波を感じたのか。
3年程前に新装開店をした紀伊国屋書店ニューヨーク店。
2階の大半をコミックスが占め、
いまやMANGA君、MANGAちゃんたちのメッカ的様相を呈しつつある。
アメリカ人客がかなり増え、しかも以前では見られなかった若い層が多い。
かたやBook OFF。
こちらも新刊本を買えない貧しいぼくの境遇に似た少年少女が巣食う。
しかも立ち読み大歓迎ときたものだから、
彼ら、彼女らにとってはまさにHeaven。


普段使うP図書館は自宅近所にある小さな分館。
そんな施設でさえMANGAのみで埋められた本棚が6本。
1段に約50冊のコミックスが入る棚が各5段、
約1500冊の蔵書を持つ計算となる。

P図書館の午後3時。
1人、2人……。
学校帰りの少年、少女によるテーブルの占拠がはじまる。
次第に大きくなっていく声。
係員の注意が飛ぶ。
小声にはなるがやはり高まる感情を抑えきれないのか……。
また注意。
そんなことを延々と続けていく子供たち。
ちなみに図書館でのMANGAの分類はGraphic Novel。
ちなみにアメリカの図書館ではみなさん平気で飲食をする。
昨夏に見たこれまで最大の猛者は、
新聞紙(自前)をテーブルに広げ丸ごとスイカを切り出した。



ホームレスをやめてから日本へ帰った回数=3。
2004年、2009年、2010年。
そのたびに、
「あーマンガ読む人が少なくなったなー」
そんなことを思う。

ホームレスは経済に敏感だ。
街に落ちているものからその時の経済状況をつかむ。
たとえばシケモクの長さ。
たとえばスニーカー底の減り具合。
発行部数、実売部数なんかも出版社発表のものよりずっとあてになるのでは。
帰国中に何度か目にした漫画誌を集めるホームレス。
急激・確実に冊数が減ってきている。

かわりに増えているのがピコピコ。
電車でピコピコ。
ホームでピコピコ。
横断歩道でピコピコ。
歩きながらピコピコ。
Tweeterの普及でこのピコピコもっと増えるだろう。

「外国人が見たら恥ずかしい。いい齢をした大人が……」
識者と呼ばれる人はかつてそんなことをのたまわっておられた。
さて、現在、電車内の風景を外国人に見せて恥ずかしくないのだろうか?
あれは、あれ。
これは、これ。
識者と呼ばれる人は「文字離れが……」などと嘆いておられるのだろうか。
「おかしいぞ。ここはMANGAの神国なのでは……」
アメリカの若者に限って言えば、
今の車内風景を奇異に・寂しく思う人も多いはず。


さて20年後、マンガの世界地図はどうなっているだろう?
マンガは間違いなく文化だ。
頭が悪くなるかどうかはわからないけれど、
文化であることに疑う余地はない。
マンガは消えてしまうのか?
それともMANGA読者のために作者はせっせと書き続け、
逆輸入商品を買う日がやってくるのか。
かつてのHONDAのWINGのように。


「マンガを読むとバカになる」
そんな言葉を真に受けた政治家が長期戦略として、
海外でMANGA普及につとめてきたのであれば
「あっぱれ」の言葉を送りたい。
この伝でいくとアメリカという大国を確実にパーにする、
そんな勢いだから。



あ、またバカが通っていく。





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# by seikiny1 | 2010-04-07 09:08 | 日本とアメリカと
ブラウンバッグの街
映画館でコーラを買わなかったように、
飛行機でビールは買わない。
以前は無料飲み放題だったのだからなおさらだ。
財布の痛みよりも心の障壁の方が高い。
かといって国際線にビールを持ち込むことはできないし……。

あ、そうだ。
簡単なことだ。
免税品を持ち込んじゃえばいいんだ!
さすがにビールはないけれど、
JFK空港ではJack Daniel's 500ml瓶を仕込んで搭乗。


プラスチックカップにバーボンを注ぎ、
(こっちは無料の)クラブソーダを加える。
日本で流行っているらしいハイボールで雲上人。

それにしても。
空の上でいくら盃(?)を重ねても酔わない。
それでもリラックスはできる。
暇だし、眠れない。
減っていくバーボン。

「あら、あなた持ち込みはダメなのよ」
いきなり降ってくる天の声。
乗務員のネーサンが立っていた。
(そうか、だめなのか……)
「没収」という言葉がよぎり半ば諦めたのだけれど、
「ココ、入れとくからね」
ボトルを頭上コンパートメントに放り込んで行ってしまった。
むろんそんなことで負けはしない。


確実に流行りそうな気配がある。
水筒。
ステンレス・ボディーの水筒。
Poland Spring、evian……
夏場にはどこのゴミもはこのボトルで山盛りとなる。

タバコの税金は上げても、
デブ税を見当はしても、
飲料水ペットボトルのデポジット課金法案は通りそうもない。
増えるゴミ。
温かくなる地球。
そんな現状に少しずつ水筒を持ち歩く人が増えてきている。
おまけに景気の方も数字ほどには持ち直しておらず、
大瓶の飲料水を買い。
水道水にフィルターをつけ。
自宅で水筒に詰める。
財布にやさしい。

どうでしょう。
今年の夏から水筒を持ってみられては。
セールスマンじゃありませんが。

だが、ぼくは……。
水筒は近々買おうと思っている。
でも水は入れないだろう。
ビールを入れる。
街に水筒を持つ人が増えれば増えるほど、
路上でビールが飲みやすくなる算段。
風景にとけこんでさえしまえば目立たない。
水筒に移し替えてしまえば、
神経を使わなくて済む。
あっけらかんと、おいしく、おいしくビールを頂くことができる。


アメリカへ来た頃はこんなアメリカが好きだった。
法律上、路上での飲酒はNG。
それでもブラウンバッグ(紙製茶袋)をかぶせれば問題ない。
警官に対するリスペクト、
他の人に対する思いやりさえ持ち合わせていれば。
聞いた話では、
当時ニューヨーク市長であったコッチさんでさえ、
ブラウンバッグからビールを飲む姿をしばしば目撃されていたという。

いつの頃からだろう。
世知辛くなってしまった。

たとえブラウンバッグに入れていていようが、
問答無用でチケット(違反切符)を切られるようになってしまった。
法律的にはあちらに<分>があるのでしようがない。
それでも、「らしく」なくなってしまったこの街は寂しい。
おもしろいのは同じ市内とはいえ、
場所をブルックリンへと移すとグンとゆるくなってしまうこと。
人情。


「いいなぁ……」
新聞を読みながら頭の中に春が来た。
遠い昔を思い起こさせる記事。
《グレース・ピリオドの実施》

街からはパーキング・メーターがどんどん撤去され続けている。
もうしばらくすると、
"DOES NOT WORK."
と書かれた袋をかぶるメーターも過去の風景となってしまうだろう。
メーターからMuni-Meterというものへの置き換えが進んでいる。
要するにコイン式から、紙幣、カードへ。
カウントダウン式メーターから、有効期限の書かれたカードへ。
駐車する人はワイパーにカードをはさんで車を離れる。

「ちょっ、ちょっと待ってよ。ほんの今切れたとこだから……」
「だめ」
「頼むよ」
「無理。遅すぎたわね。残念」

ビールは冷たい方がいいけど、
警官は温かいほうがいい。
罰金の100ドルはデカイ。
とりあえずだだをこねる。
それでもダメなものはダメ。
四角四面。
杓子定規。
最近のチケット発行はオンラインになっているらしく、、
現場の端末ではキャンセルなどできないらしいが。

そこ(カード)に数字がある以上、
ドライバーも「今」を主張できにくくなってしまった。
その数字は明らかに「今」でない場合が多い。
デジタルは冷たいな。


グレース・ピリオド。
駐車時間を超過しても30分以内であれば警官の裁量にまかせる。
そんな時間。
機械が人間に、
法律が現場に歩み寄る。

こんな法律(?)ができるNYが僕はやっぱり好きだ。
アソビは潤滑油であるばかりか活力となることをわかっている。
線で人間を縛るこなんてはできない。
ぼくらは「1」でもなければ「0」でもない。
縛るのであれば幅のある帯でなくてはならない。
国境だって幅1cmの線でコントロールすることはできない。
ここはいい街。


NY行きの飛行機。
搭乗前に免税店で買ったWild Turkeyをお茶のペットボトルに移しかえる。
350mlをNYに着くまでに飲み終えてしまった。
1杯8ドルで換算すると96ドル。
100ドル近くを航空会社は失ったわけだ。

「持ち込みOKですよ。でも15ドル申し受けています」
そんなグレース・ピリオドがあれば。
ぼくのような小悪人もきっといなくなり、
航空会社にもなにがしかの金が落ちる思うのだけれど。

歩み寄りましょう。





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# by seikiny1 | 2010-04-06 09:03 | 日本とアメリカと
I'm No Angel
「おはようございます」

また脇を自転車で駆け抜けてゆく。
「おはようございます」

これまで何回帰国したか憶えていない。
それでも、見知らぬ人から挨拶を受けたのは初めてだった。
しかも、1分とあけずに2度。


Gregg Allmanの歌に"I'm No Angel"というのがあるけれど、
ぼくはかつて天使だった。
たぶん。
少なくとも母にとっては。
そう願いたい。


故郷、大牟田を出発する朝、
散歩の途中に見上げていたのは小さな教会。
40年以上も経てばあらゆるものが小さく見える。
時間のマジックにかけられていたのはあの頃か、
それとも今か。
そんな時に投げられたふたつの挨拶。
教会の傍らには小さな建物。
ぼくが通っていた天使という名の幼稚園。
自転車で駆け抜けていったふたりは保母さんなんだろう。
ぼくは幸せなガキだったのかもしれない。


日本で戸惑う。
歩きながら人と目が合ってしまった時に。
すれ違う人に挨拶を送るぼくに
「あんた、不審人物に思われるけんやめて」
袖を引く母。
5年前、久しぶりに帰国した時のこと。
アメリカでは微笑みと"Hi."という言葉だけですんでしまうものが。

日本はむずかしい。


教会を見上げながら浮かんでいたのはある夕方の風景。
幼稚園時代、一番思い出深い行事だった。
1年のうちでその日だけは日暮れ前に幼稚園へ再度足を運ぶ。
教会周りの藪の中、思い思いにペイントされたイースター・エッグを探しに。


永年忘れていたイースターという日。
再び身近に感じたのは14年前のこと。
祝祭日ではないけれどこの国の人にとってはやはり重要な一日。
昨夕のスーパーでは"Have a haapy hpliday."`の声に送り出され、
今日、日曜日は灰色のシャッターが下ろされていた。
重い袋を背負って行ったのにコイン・ランドリーは休み。
異文化から飛び込んだぼくにアメリカの祝祭日はどこか縁遠い。
それでも、イースターだけは少し違う。
街に春の気配が漂いはじめた頃、
イースターがやってきた数日後にぼくは年をとる。

イースター以外の祝祭日。
今でもそれほど感じることはできない。
祝祭日というより休日といった感じか。
その特別な日を祝うのではなく、休日であることを喜ぶ。
いいのかなぁ……。
ま、異人だから素直に休みを享受するだけにしておこう。


日本でも祝祭日を押したり、引っ張ってみたり。、
最近では知らない日に知らない休みがあったりする。
次は地方によって日程をシフトするとか、しないとか。


ガキなんて関係ない?
憲法なんてワシゃよう知らん。
みどり?
昭和?

今でも祭日に日の丸を上げる家庭はあるんだろうか?
そんなに簡単にあっちこっちへ動かせるものならば、
取ってつけたような祭日の名前はやめてしまい、
番号でも打って開き直っちゃえばいいのに。
<春一号>とか<金3号>とか。
<みかん>とか<急須>とか。

しかし、思うのは。
異国にいて、
クリスマスが血肉となっているものであったら、
New Year's Dayが正月だったら。
路上での冬を6つも越すことができたかどうか。


アメリカでの異体験。
1年中、至る所に星条旗が掲げられている。




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# by seikiny1 | 2010-04-05 09:46 | 日本とアメリカと
勝新太郎。映画館。都こんぶ。ハイネケン。ジンジャー・エール。
機内アナウンスを聞きながら浮かんてきたのは。

都こんぶ。
ボンタン飴。
兵六餅。


映画スタアの肖像画(写真じゃない)の並んだ2階劇場入口。
どうしたわけか、今でも憶えているのは、
陽に灼けて色あせた天然色。
勝新太郎のものだけ。

通りに面した窓口で入場券を買い2階へ上がるまで、
そこだけがボンヤリと浮かび上がる。
眠そうな顔をしたおじさんの前に置かれたガラスケース。
中で十分すぎる間隔をとって並んでいたのが、

都こんぶ。
ボンタン飴。
兵六餅。

それだけ。
飲み物はというと、瓶入りのコカコーラ、牛乳。
ほかに大人用に缶ビール。
どれも駄菓子屋の値段の倍以上もするのでもちろん買ったことはない。
兵六餅なんて駄菓子屋でも買ったことはなかったけれど……。
そういえばあの頃の映画館、
いつもスクリーンとの間に幾筋かの煙が揺れてた。
《禁煙》のサインは館内アクセント。


自宅近所にも桜の花がポツリ、ポツリ咲きはじめた。
公園の季節。
どうしてだろう?
たとえ昼間でも、屋外でリラックスすると無性にビールが飲みたくなってくる。

そんな時はハイネケン。
不思議なことに、公園や公共施設のカフェに置かれているのは圧倒的にハイネケン。
ハイネケン、それほど好きなビールではないけれど。
アメリカのインポート・ビールNo.1の地位はとっくにコロナのものなのだが。
なぜかハイネケン。
たとえ好きではなくても、ここはハイネケン。
カメレオンとなるために。
大衆という人ごみにまぎれるこむために。
カフェの周囲に散在するベンチに腰をおろし、カバンから取り出す緑の小瓶。
キーホルダーにつけた栓抜きを使って。
ビールに4倍もの金を払って飲むほどぼくは酔狂ではない。


近所の植物園で毎年行われるSakura Matsuri。
お花見気分の日系イベント。
この日だけは缶入りのサッポロビール。
もちろん自前の弁当を持って。
「不味そう!」という言葉しか浮かばない業者の弁当。
10ドル近く出す気は毛頭ないし、それどこらか金をもらっても食指が伸びない。
競争のない社会に発展というのはないのにね。

それにしても日系のイベントとなると必ず何処かから出てくる和太鼓。
天に向かい伸び、静止をするバチは何のため?
叩くためなのか。
見せるためなのか。
あの姿を見た途端に僕の気持ちはしぼんでしまう。


機内アナウンスは続ける。
「……アルコール類は有料となります。
ビールは7ドル。
カクテル類は8ドル……」
ジンジャー・エールをもらい自前のペットボトルの栓をひねった。





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# by seikiny1 | 2010-04-03 11:46 | 日本とアメリカと
桃色遊戯
『君は天然色』という歌があった。
19歳の頃だったと思う。
「バラ色の人生」などというけれどどんな色なんだろう?

「不景気になると黒色が流行る」
1980年頃、母の言葉。
川久保玲や山本耀司が流行りだし《カラス族》という言葉が生まれた頃。
そんな母の言葉と同じものに出会った。
「黒いフアッションが減少傾向、景気の持ち直しか」
そんな見出しだったと思う。
1週間前、ネットのニュースサイトにて。


「ニューヨークの街の色は?」
真っ先に思い浮かぶのが黒。
スリフト・ストアに行ってもTシャツ・ラックで白の次に多いのが黒。
圧倒的な割合を占める。
こんなのはやはり中古衣料を見るのが一番わかりやすい。
これがカリフォルニアへ行くと水色、オレンジ、黄色。
そんな色が増えてくる。
そんなわけでぼくのタンスも黒が多い。
それにしても。
久しぶりに新品Tシャツに腕を通すあの感覚を味わってみたくもある。

ニューヨークでは昔から黒がもてはやされる。
誰が着ても「それなりに」洒落て見えないこともない。
主張する色じゃないから応用がきき、
ワードローブを圧縮することができる。
住宅環境の悪いニューヨーク、
黒が多いのはそんな理由も大きいはず。

そんなニューヨークにもやっと春がやってきたようです。
今日の日中は20度。
10日ほど前には「あわや」と思わせる日々もあったけれど、
今回こそは本物の春でありますように。
それでも自然のことは自然が一番知っていて、
無彩色であったこの街にもこの2週間ほどで様々な差し色が出てきた。
草花、木々の新芽……。
この時期の散歩は生命の匂い。


自分のことや、状態を色で表すことの出来る人が羨ましい。
ぼくにできるのは、そんな抽象的なものじゃなく、
身近で印象に残ったもの。
夏休みだったら海の碧や深緑の翠であったり。
冬休みは白。
そして今回の帰国はピンク。
とはいっても、そんな場所に足しげく通ったわけではなく、
(その昔、風俗業界のことをピンク業界なんて言っていました)
ずっと桃の花が身近にあったから。
白梅よりも濃淡の差こそあれ桃色が多かった。


5歳年長の従兄。
帰省時には足かけ4日をつぶして相手をしてくれました。
飛行場で笑顔の出迎えにはじまり、
墓参り、家系ルーツ探索の旅、ジャンクフード紀行、温泉……
日中はどこへ行っても目端に梅の花。
きっとこの先、梅の花を目にするたびに短かくも幸せだったこの日々を思い出すことでしょう。

横浜へ移動する途中に立ち寄った太宰府天満宮。
ここも梅が満開で、
口からダラダラと血を流している園児の背景で、
満開の梅がなんだか和やかな空気にしてくれたり。
最後に訪れた高校生時代には見向きもしなかった。
幹が割れ、太い枝につっかえ棒を抱いた老樹や
古い建築物に目を奪われながら、
「お前もいい歳になったんだな」
そんなことをつぶやいている。

最近一番興味のあるのは苔。
日本に来るとどうしても苔のある方へ、ある方へ。
引っ張り込まれている自分がいます。
さて、こんな自分を色にたとえるとしたら何色だろう?

横浜の住宅地でも梅は咲き始めで、
熱海の梅園のものはほとんど散ってしまっていた。
残り少ない梅を見上げながら入った足湯。
あの「ジーン」とした熱さが今もよみがえってきます。


それにしても。
これほど梅の花を身近に感じた記憶がない。
やはり、
というか桜の存在が大きい。
これからはきっと梅も大きくなっていくのだろうけれど。

近所の通りではまだ若い枝垂れ桜が花をつけだした。
今月末には花見に行こう。
人の少ない週日を選んで。
もちろんバッグの二重底によく冷えたビールと弁当を忍ばせて。
花見の名所、植物園は持ち込み禁止だから。


バラ色の人生。
それは一色ではなく、様々な想いが織りをなす
世界にひとつしかない色なんだろうね。
それを絵にすることなんか不可能な。
今回、横糸に桃色が加わりました。


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# by seikiny1 | 2010-04-02 12:03 | 日本とアメリカと
「フッ」という瞬間
時おり思い出す光景。

暗闇の中を動く小さな背中がみっつ。
小学生のぼく、年長の従兄弟がふたり。
ぼくたちは線路脇に設けられた鉄道保安用の鉄製通路を歩いている。
どこかに行っていたわけじゃない。
ただ歩いていただけ。


小さな頃、線路は遊び場だった。
他校区との間を走る10数本の線路。
横を流れる幅50cmほどの浅い川。
ザリガニの宝庫だった。
「ウナギを捕まえた人がいる」
などという伝説がまことしやかにささやかれていたりした。
そのくせ、当時の線路がどんなものであったのかまったく思い出すことができない。
いつまでも絶えない石を踏む音、
5時前5分のサイレンが鳴ったあとの夕闇、
だんだんと大きくなってくれ列車のライト、
蒸気機関車が吐き出すススの匂い、
まだポケットの中で熱を持つ、平たく薄くなってしまった鉄釘、
よみがえるのはそんなことばかり。



●2007年=50、 2008年=33、 2009年=44、2010年=0 
(成功率=40.8%)
●2009年=623 

上はNY市地下鉄の自殺者数。
下は日本での鉄道自殺者総数。


地下鉄が来るのを待ちながらホームの上から線路を覗き込むことがよくある。
日本でも、ニューヨークでも。

日本では文字に違うことなく、
どこへ行っても紙切れ1枚落ちていない。

ニューヨークでは、
コーラの空缶、ペットボトル、新聞紙、オレンジの皮、電池、ヘッドホン、携帯電話、チキンの骨、紙幣、帽子……
まるでドラッグ・ストアの棚のような品揃えだ。
重苦しく赤茶の中に沈みこんだ枕木、
水たまりの中を丸々と肥ったドブネズミが走る。
唯一の救いは線路の細い接触面が反射する光。


「こんなところでだけは死にたくないな」
そう思わせるのに充分な光景だ。
数ヶ月前の高円寺駅構内。
転落した女性を救助するために線路に飛び込んだ男性。
もし、NYのような線路だったら二の足を踏んでいたかもしれない。
(しかし、3年程前のNY。こちらも人命救助のために飛び込み、無事生還を果たした勇敢な人がいました)

いっそのこと、日本の線路も掃除なんかやめてしまえば、
ある程度の人命を救えるかもしれない。
とりあえずは。
たとえ、結果として汚すことになろうとも、
最期の場所くらい選びたいのが人情だ。


余談だけれど、
いくら安全になったとはいえ、犯罪と隣り合わせのアメリカ。
犯罪が消えてしまうことは、この国の自由を脅かす原因となる。
そんな意見を持つ人もいる。



別に死のうとは思わない。
自殺しなければならない理由もない。
それなのに。
「いけねえ、いけねえ……」
そんな浅い経験をなんどかしたことがある。

近づいてくるヘッドライト、こだまする轟音の前、
1秒の数100分の1程度だろう。
「フッ」と気持ちを遠くに持っていかれそうなことがある。
線路には、
大きくなってくるヘッドライトには、
あの風には、
何かふしぎな力があるのかもしれない?


結果として自殺と断じられた人たち。
何%の人が自殺する意志と理由を持っていたのだろう?
もしかすると、ぼくたちはこの「フッ」を吹っ切れた
ただそれだけなのかもしれない。
山のこちらと、あちら、
ただそれだけの違い。


飛びこまれてしまった運転士のほとんどは、
以後、精神的疾患に悩まされるという。





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# by seikiny1 | 2010-04-01 10:41 | 日本とアメリカと
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