ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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ルィ・ヴィトンの鞄
 さて、この年末にどれだけルィ・ヴィトンのバッグが売れたのだろう?
 一年間一生懸命に頑張った自分へのごほうびとして。そして愛するガールフレンドのために。

 先日、ある人から「なぜエキサイト・ブログを使っているのですか?」、との質問を受けた。ここでは、「なぜブログを始めたか?」、という理由は置いておき、「なぜ数あるサーバの中からエキサイトなのか?」、ということを自問してみた。コンピュータにはさして明るくない僕でも、日を重ねるにしたがい「エキサイトは使いにくい」という思いが募ってきている。僕に発せられた質問の背後には「どうして、よりによってエキサイトなの?」という言葉が秘められていたのかも知れない。
 理由は海外にいるあまり知識のないユーザーということに尽きる。

 インターネットの普及で海外にいてもある程度の情報は手に入る。ただ、そこから先へ行けるのは当人の知識と、貪欲さによる。これらを持っていなければ深いところまではなかなかたどり着くことはできない。そこそこ、というところで満足してしまう。しかし知識と貪欲さがあれば情報量は飛躍的に上昇する。
 アメリカへ帰って来てすぐに日本の知人から聞いたブログなるものを試そうと思った。彼から聞いたサーバー二社をのぞいて見る。しかし、今ひとつピンと来るものがない。ためらわずにyahooへ飛んだ。どうやらブログはやっていないらしい。MSNはあまり使わない。そこで以前、無料メールのアカウントを持っていたエキサイトへ行ってみた。ろくに調べもせず、まぁ調べても知識の持ち合わせが少ないので詮無い事であっただろうが、ここに決めた。

 やはりメジャーというものはとてつもない力を持っていると思う。気づかないところで自分の回路の中にそれは組み込まれている。そして、あちらもそういう人が多くいる事を知ってか、広く門扉を広げて待っている。「あそこの玄関先までたどり着けば何とかなるかもしれない」、という飢えた旅人達をやさしく迎え入れてくれる。これはメジャーになるためにはまず飛び越えて進まなければならないハードルのひとつなのだろう。
 確かにそこの海は広くて、凪いでいるように見えるかもしれない。しかし、海面下ではいくつもの故意、偶然などという名の海草が足を絡めとろうと待っているかもしれない。水の中で目を開けることができないならば泳がぬに越したことはない。凪と嵐は背中合わせなのだから。やらなければならないのは、その凪いだ海で知識や知恵といった泳ぎ方、そして体力を身につけることだろう。

 メジャーを思考するものは多い。
 その一方でマイナーにこだわる人もまたいる。メジャーの拘束では出来ない事を追い求めて。メジャーの静かで危険な海にとどまることなく、波が高く深海を持つマイナーの小さな海へ身を投じてみよう。そこにも危険はあるかもしれないが、また別の何かを発見することが出来るかもしれない。その中で泳いでいるだけではわからないメジャーの海の違った面を発見することが出来るかもしれない。

 今日、ニューヨークのJFケネディー空港へ行った。クリスマスイヴとあって、年末へ向けての長い休暇にどこかへ出かけるのだろう、地下鉄から空港内を走る電車への乗換駅の混雑振りは尋常ではなかった。人々は数台の乗車カード自動販売機の前に長蛇の列をなしていた。「これだけの人数をさばくのに一体何十分かかるのだろう?」。不安になりながらも列の最後尾につく。
 数メートル離れた場所で、「五ドル(乗換駅から空港までの運賃)のカードはここにあるよー!」、と大声で叫んでいる男がいる。だが、警戒しているのだろうか人々は寄り付かない。しばらくして彼はエプロンを着込んだ、その直後に人の波が彼を包んだ。彼の着たエプロンには交通局職員でなければ手に入れることが出来ない「MetroCard」のロゴが大書されていた。彼は中近東系の男だった。

 人々はメジャーというものの後ろにある<安心>を選び、買うのだろう。

 長い歴史のあるルィ・ヴィトン社のバッグ。実用的であり、その作りもしっかりとしている。そこで<安心>を手に入れたらしっかりとディテールや、会社の方針にも眼を開いてみてはどうだろうか?そして、次のクリスマスにはマイナーな海の中から自分への、彼女へのプレゼントを選んでみては。
 安心の向こうには冒険という道もまた続いているはずだ。
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# by seikiny1 | 2004-12-25 09:49
のし紙
「あなたが今年贈った物で、本当に心を込めたものはいくつありますか?」
「あなたが今年贈られた物の中で、相手の顔が見えたものがいくつありましたか?」

 お歳暮、お中元、クリスマス・プレゼント、バレンタイン・デーやホワイト・デーのギフト、誕生日祝い、結婚祝い、お香典、出生祝い、新築祝いなどなど。一体どれくらいの贈り物が存在するのだろう?そしていつまで増え続けていくのだろう?この内のどれくらいが儀礼的または慣習的なものなのだろう?
 全ての贈り物の発祥はやはり人の心から出たものだと思う。それが時を経るに従い自然と慣習化していってしまう。自分だけがやらなければ安心できない人もいれば、世間体を気にする人もいることだろう。そして慣習化してしまったそれに心を込めないのだから、当然見いだすことも出来ない。これが悪循環していき、人の目はただ、ただ物だけを見てしまう。これはもう贈り物とはいえないだろう。

 <贈る>という行為はとても難しい。贈る方も、贈られる方も。それはひとつの文化でありその人を表現する手段とも言える。
 贈る、ということから少しはみ出してしまうかもしれないがこういう人がいた。その人が受け取る給料袋は使い古しの封筒。会社に来た請求書類が入っていた封筒に給料を入れてホッチキスで封をして従業員に渡す。最初は信じられなかったが、毎回給料は使い古しの封筒だった。その会社は従業員がなかなかいつかず、商売も思わしくない。社長本人は頭をひねりながらも景気や、その地域の購買力などの問題にしていたらしいが、いやいやそんなことではない。そういう人の心や気持ちというのはあらゆるところに出てしまうので、わかる人にはわかる。それが商売に影響していると思うのだが。これは、贈るという事をあまりにも粗末にした結果の好例だろう。この給料袋を渡された従業員の心中は、袋の中身ではなく贈った人の心中を見ていたことだろう。
 それでは、贈り物は無個性がいいかというとそうでもない。個性のないそれはただ物としてその人の中を通過していくだけ。贈った人に対してではなく、贈られた品物に「ありがとう」を言う。もはや文化ではなく、社会悪と言えるかもしれない。これらの盛んな流通で贈り手、受け手それぞれの気持ちが麻痺してしまっている感がある。

 この時期アメリカでは一年で一番素晴らしいシーズンを迎え幸せな気分に浸ると同時に、頭を抱える人もさぞや多いことだろう。アメリカに限らず贈る方にとっても、家族や恋人へのプレゼントは嬉しいものだ。デパートなどへ行くと、たくさんの人がプレゼントを選んでいる。そういった人の顔を眺めているだけでこちらまで幸せな気分になってくる。
 アメリカはチップの国である。「ありがとう」をお金に換える。「おごちそうさま」を言う時にお金、髪を切ってもらってお金、タクシーに乗せてもらってお金……。と、ありがとうの気持ちはお金が伝えるというのがこの国の考え方のようだ。当然、そのありがとうをあてにして生活している人もたくさんいる。クリスマス前になると、アパートに住む人達はドアマンや、管理人に数十ドル、数百ドルの単位の現金のプレゼントをする(しなければならない)。また受け取る人もそれらを当然のこととしている。高級アパートのドアマンになれば、この時期数千ドルが臨時収入として懐に入るのも珍しいことではないという。これまた慣習化した贈答であることは間違いない。確かに、金や物にしなければ伝わらない気持ちというのはある。ただ一事が万事そうであるはずはないし、それはあまりにも寂しいことだ。

 子供のころ友達の誕生会があちこちで開かれていた。そして、それを開く方も行く方もそこにプレゼントがある事を当然と思い何の疑いも持っていなかった。あんな昔から、子供社会にすらこういった慣習があった。しかし、ただ一人だけいつも手ぶらで来る友達がいた。いつも「おめでとう!」と元気よく言って現れる。子供心にも「こいつはスゴイ!」と思ったものだ。プレゼントを渡すなんかよりも数倍の自己表現が出来ている。

 数々の物を贈り、贈られて僕たちは同時にひとつの自己表現法を放棄してしまっているのかもしれない。心から「ありがとう」、「よかったね」そんな気持ちを叫ぶことが出来なくなりつつある。
 
 贈り物は本当に気持ちを込められる物だけでいい。それが出来なければ贈る資格はないし、その行為に価値はない。
 贈られる物に相手の顔が見えない物はいらない。顔が見えなければただ困惑してしまうだけ。
 大変なことだろうが、失くしつつあるものを取り戻す努力をしていきたい。
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# by seikiny1 | 2004-12-24 09:30
コタツ
 最近とんと聞かなくなったニュースのひとつに「○○県で一酸化炭素中毒により死亡」、というのがある。昔の暖房用燃料の大部分は炭、石油であり、コタツや火鉢そして石油ストーブが主な暖房器具だった。冬場の部屋の換気にはことさら気を使ったものだ。
 高性能、高燃費の暖房器具が発明され、普及し、それに伴い一酸化炭素中毒で亡くなる人もかなり減ったようだ。文明の進化とはありがたいものだ。が、その一方で新たな死因があちこちで出てくるのもまた事実。文明とはまさに両刃の刃。

 コタツのある風景というものに長い間接していない。ニューヨークに住む日本人の中にはコタツを持っている人もいるが、その数は少ない。手に入りにくいのが最大の理由だろうが、アメリカでは全館・全室暖房がそのほとんどでコタツの必要性を感じる人は少ないだろう。
 「ニューヨークに来てまでコタツ!?」、と思われる方もいるだろうがコタツに惹かれる人は多い。ここに来てまでコタツを買う人達は、暖房器具としてではなくコタツがかもし出す空気を買うのだろう。
 コタツのある家庭の図を想像してみると、それはやはり暖かい家庭風景となってくる。コタツの上に乗ったかごの中にはみかんやおせんべいがあり、四辺には思い思いに人が座る。ある者は口を動かしながら新聞を読み、ある者はテレビに釘付け。ある者は編み物に熱中し、ある者は横になって眠っている。布団の中では足がぶつかり合いながらもそれぞれの場所を確保し、はしっこには生乾きの洗濯物が。たまに子供が転がっていたりもする。
 コタツとはてんでばらばらな家族がひとつの何かを共有できる場であるのかもしれない。
 僕が中学生になった頃、サイズこそ小さいものの自分専用のコタツを持つ友達が出てきた。どんなに小さくてもそれはコタツだった。僕は彼らがとてもうらやましく、自分用のコタツが欲しくて、欲しくてたまらなかった。その夢がかなった時、僕は十九歳になっていた。
 ここまでコタツに執着心があるのは僕だけだろうか?結構、多くの人が自分用のコタツに憧れた時期を持っているはずだ。
 コタツ欲には独立欲や家を買いたいという気持ち、そして家庭に対する思いに通じるものがあるのではないだろうか?そう考えてみれば、家族がなんとなく集ってしまうコタツの意味、魅力、そしてそこから新たに生まれるコタツ欲というのもわかってくる。日本の家庭にコタツを取り戻せば、頻発している悲しい社会問題も少しは減るかもしれない。

 当然な話だが、アメリカの家庭にコタツはない。
 「それに替わる物は?」、と考えてみるとやはり答はBBQセットだろう。<自宅の庭でBBQをする>。これは我々が思う以上に、アメリカ人にとってはかなり特別なことである。それはひとつの夢であり、また理想とする家庭像でもある。
 少し前の話になるが、家を買った友人がいた。引越しの当日、新居に運び込まれた荷物には全く手を触れずに、彼はデパートへと走った。BBQセットを買うために。その夜、奥さんと二人きりのBBQパーティーを開いたという。ニューヨークの二月だった。
 アメリカ人にとってBBQというのは単なる食事にとどまらない。そこはひとつのコミュニケーションの場であり、それを取り仕切るのはもっぱら男の役目。それには独立したという自覚と、自信、満足、そして大切な家庭の環というものが伴うようだ。夏になれば毎週末のようにBBQをやる家庭も決して珍しくはない。

 不幸なことに僕はこの世界でたった二つの国しか知らない。
 コタツとBBQの国。そこに共通しているものは何か?
 それは<火>。人類最大の発明であるとも言われる。想像の域を出ないが、この地球上のあちこちで火を囲んだコミュニケーションが行われているのではないだろうか?それは肌の色、言葉、風土、文化などに関わらず人間の本能から出てくるもののはずだ。日が落ちて暗くなったあと、地球のあちこちで人々が火を囲む姿が目に浮かんでくる。
 不思議なことなのだが、キャンプなどで焚き火をするとどこからともなく人が集まってくる。自然と火を中心にして語り、食べ、飲み、そして知らない者同士が仲良くなる。
 火には目で見ることの出来る実用性だけではなく、とてつもない力があるようだ。

 戦争の火ではなく、平和な火が灯り続けるように。

 あぁ、久しぶりにコタツで居眠りをしてみたい。
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# by seikiny1 | 2004-12-23 09:20
和洋
 今回はあまりきれいな話とはいえません。もしお食事中でしたらご勘弁下さい。

 あなたの家のトイレは洋式ですか、それとも和式ですか?
 物心ついた時に家のトイレは洋式でしたか?
 現在の日本家庭に於ける洋式トイレの普及率はかなり高いと思う。平均的な家庭に育った僕の家に洋式トイレがやってきたのは一九七五年前後だったと記憶する。多分このあたりが和式から洋式に移行するピークだったのかもしれない。そして奇妙なことに、これは日本の高度成長期の終焉の時期と一致する。人々はなにを求めて洋式に乗り換えたのか?そして物心ついた時から洋式トイレが身近に存在する場合、それはどんな影響を及ぼしていくのだろうか?
 僕自身を振り返ってみれば、トイレが洋式に変わった頃から自分の中の緊張感のようなものが少しずつなくなっていったように思う。そうしてそれは現在まで続いている。

 便所、トイレ、厠、御不浄、W.C.、はばかり、お手洗い、化粧室……。
 思いつくだけでも日本にはトイレに対する様々な呼び名が存在する。その中で日本人のトイレに対する距離感を最もよく現わしていると思うのが<御不浄>。「きよくはない」がそこに尊敬の念がこもっている。単に排泄を行う(不潔な)場所としてだけではなく、生活の中で何か別格の存在であるという意識の現われなのだろうか。そういう場で和式トイレにまたがるという行為は、知らず知らずのうちに毎日の生活に組み込まれた数少ない真剣勝負であったのかもしれない。

 一方、洋式トイレの長所は、まずリラックスできること。そして身体に障害を持つ人やお年寄りにもやさしく手を差し伸べているところだろう。また、映画のシーンなどに使われても画になる。和式だとそういうわけにはいかない。まさに生活に融け込んだ、あまり距離感のない存在ということだろう。
 洋式トイレに腰をおろしていると物思いにふけり、景色を眺め、本を読み、などなど心身ともにリラックスしているのを感じる。実際、僕に関して言えば様々なアイデアはトイレで浮かぶことが多い。それだけリラックスできている証拠だろう。ただ、学生時代に足を怪我した際、学校のトイレで「どうやってカタをつけるか?」と創意工夫する事を学び、「絶対にやり遂げる」という根性を身につけ、<痛みと排泄>を天びんにかけてそこから優先順位の存在を学んだようにも思う。そういう面では、洋式トイレは過保護なのかもしれない。

 いつもこんな事を考えているわけではない。ただ、今回の帰国では公共の場のトイレを使わせてもらうこと多く、そこには和式トイレがいまだに存在しているのを見てある種の安堵感を抱いていた。腰を下ろしたり、しゃがみこんだりしながら壁の一点を見つめ考えていたこともある。
 何よりの発見は和式と洋式の共存だった。それは多分衛生上の理由によるところが大きいのだろう。洋式一色に染まることなく、その場その場に応じて上手に使い分けることは大切なことであり、それは日本人の長所であるとも思う。この先、割合に変化こそ出てくるかもしれないが和式トイレが絶滅することはないだろう。同時に日本のトイレはきれいであり続けるとも思う。日本の公共の場にあるトイレがアメリカと比して格段に清潔なのは、管理する側の心配りもあるだろうが、それにも増して使う側のトイレに対する意識が違うからではないのだろうか。
 和式トイレがなくなり、公共の場のトイレが汚くなった時、日本人は日本人でなくなってしまうのかもしれない。

 自分自身の中に和式トイレ(真剣勝負)を持ち続けることにしよう。
 僕にとってこの毎日コラムは和式トイレなのかもしれない。一日に一度、真面目に物事に接し、考えてみる、ということでは。



 国会議事堂と議員宿舎のトイレを全て和式にしてしまえば、この国の政治も少しはましになるかもしれない。
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# by seikiny1 | 2004-12-22 09:03 | 日本
チャリというかわいい名の皮をかぶった怪物
  チャイニーズ・レストランのデリバリー、オフィスへ書類を運ぶメッセンジャー、ここ十年程増えてきた趣味の人達など、アメリカで一番自転車が多い街はニューヨークだろう。
 そうは言っても、日本の地方都市の足元にすら及ばない。通勤、通学など個人の交通手段としてはあまり使われていない。以前はよく見かけていた地下鉄車両内へ自転車を持ち込む人も最近では珍しい。

 久しぶりに帰った日本は自転車国になっていた。そして、その量、マナーに度々閉口した。今、自転車は怪物になりつつあるのかもしれない。
 怪物は狭い歩道を前から後ろからやって来て僕の真横をかすめて行く。駅周辺や繁華街のかつて歩道と呼ばれていた場所に行儀悪く寝そべっている。そのくせ一台一台を注意して見てみると、鍵がかかっていなかったり、かごの中に忘れ物があったりと誠に日本らしい風景が見えたりもする。

 僕が通った小学校では自転車は免許制だった(仮免まであった)。四年生になると受験資格が出来る。筆記、実技そして車体検査の全てを通過しなければ自転車に乗ることは出来なかった。
 この怪物はもうすぐ手がつけられなくなりそうだ。実技はともかくとして、-法規とマナーの講習を受けた者のみ乗車可-という許可制などにしなければその暴走は止められないかもしれない。
 不法駐輪(放置自転車)という怪物に対しても、車と同じで全て登録制にする。
 上記二点をやった上で、違反者は積極的に取り締まり罰金徴収、違反車両には駐禁をバンバン貼り悪質なものは没収。その車両は払い下げて小腹を膨らませようなんて考えはやめ、違反車両をまとめて中国や東南アジアへ対してのODAの一貫として供給する。そうすれば無駄な税金を払うこともなくODAが宇宙船に化けることもなくなるだろう。新しい駐輪場は違反者から巻き上げた罰金でまかなえばいい。

 こんな荒技でも使わない限り、そうやすやすとこの怪物はおとなしくならないところまできている。

 日本人は<マジメ>な人種だ。ただ、結構ご都合主義なところもあって物事をいいように解釈してしまったり、「あいつがやるから俺もやる」的なところもある(自分自身も含めて)。そして<法>にはほとんどの人が従う。路上禁煙条例にしても、色々な論議は出たが条例が施行されたらほとんど全ての人が守っている。千代田区を歩いた時、「ここは日本か?」と思うほど誰もタバコを喫っていなかった。気付かずに喫っていると誰も注意こそしないが、なじるような目つきで通り過ぎるので、あまりの痛さにそこが千代田区であることに気付いたりもした。
 まだまだ民主主義や自治の歴史の浅い我々のDNAの奥深くには「オカミには従う」という言葉が埋め込まれたままなのだろう。法律は守る。
 昔聞いた話にこういうのがある。旧ソ連の高官が日本を訪れた際「アメリカにくれてやるんじゃなかった」、とつぶやいたそうだ。それは、共産国家にすれば素晴らしい国になるという言葉の裏返しだ。それほど我々は法(オカミ)に従順な民族なのだろう。

 長い目で見ていたって怪物はおとなしくならないと思う。どこかにホネのある政治家はいないものだろうか?いや、こちらの方が難しい問題かもしれない。

 怪獣だけやっつけても、卵は残る。「なんで怪獣が生まれたか?」という事を誰もが考えていかないと。

 自分の例ばかりなのだが、三十年前、僕の生まれた街の人口は十八万人だった。駐輪場もないのに自転車は散乱していなかった。現在それは十三万人となり、二階建ての駐輪場はあるが自転車はそこここにあふれている。何が起こったんだろう?
 町から旧財閥系の大企業が消え皆よその町に働きに行く。親達は、少しでも良かれ、と思い子供達を近場ではなく電車で一時間以上かかる都市部の学校へやる。むかし都会にいた人達ですら乱開発で住む場所がなくなり郊外への移転を余儀なくされる。そして企業だけが都市部に残る。そんな様々なことの鬼っ子の一人が、世間を騒がせている自転車問題なのだろう。あと一人の親がモラルの欠如。
 政治家、金持ち、教育者そして親たちは自転車問題で大騒ぎする前に、それこそ長い目で物を見て判断していかなければ第二、第三の怪獣が生まれてくる。臭いものにふたをするだけでは何の解決にもならない。

 そしてまた法制化。
 我々は頭を押さえつけられる。
 日本の民主主義(というものがあるならば)が潰えるのはそう遠い日ではないかもしれない。

 さぁ、自転車で出かけよう。


*1日々雑想:福岡自転車事情1というサイトに、法規上の自転車の位置が紹介されていたので付記致します。

*2日々雑想:自転車が溢れている理由にさらに突っ込んだ記事を書いてくださいましたのでフォローアップ致します。ー2004・12・21ー
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# by seikiny1 | 2004-12-21 09:07 | 日本
文化マッチ
 タバコに火を点ける時
 日本人は押すようにマッチをする。
 アメリカ人は引くようにマッチをする。
「マッチをする」という言葉が日本では死語となりつつあるかもしれない。

 小さな頃、美味しそうにタバコを喫うまわりの大人達のそばにはいつも鶴の絵が描かれた徳用マッチの小型版(?)だった。
 少し時間が経つとそれは金属製のガスライターに取って替わられ、あっという間にその座を百円ライターに譲った。
 アメリカ映画やテレビの画面の中では男達、そして女達がさりげなく、しかもかっこよくマッチをすりタバコに火を点けていた。それは箱型ではなく、ましてや徳用でもないブックマッチ。たまに日本でも見かけることはあったが、それらのやすりの部分は映画のようにマッチの背中ではなく開閉する側についていた。

 Zippoの質実剛健のかっこよさにも惹かれたが、それでも僕をアメリカに引っ張ってきたのはマッチだった。
 朝陽の射し込むダイナーの長いカウンターでの朝食。
 無口なバーテンダーのいる、昼間の薄暗いバー。
 冬のビーチを散歩する恋人達。
 気付いてみたら、そんな小さな、ごくありふれた光景が僕の中に積み上げられていた。

 多分僕達、もしくはもう少し下の世代くらいまでが敗戦国としての自意識を無意識のうちに持っているのかもしれない。マイルドに洗脳されていたのかもしれないがやはりアメリカは憧れだった。決して洗練されているとは言えないが、そのバタ臭さが不思議な匂いを放っていた。そうして、その匂いに引かれ自分の気持ちに正直に僕は歩いてきたつもりだ。そんな空気の中で生活できる事を幸せに思う。
 ただ、もし、今の時代に僕が育っていたらどうだろうか?
 情報の氾濫ゆえのあまりにも多い選択肢。その上、アメリカに関する情報は多分以前では報じられなかったようなものまでも耳に入ってくる。そんな濁流の中でアメリカという枝を掴んだろうか?それ以前にその枝を見いだすことが出来ただろうか?たとえ運良くそれを掴んだとしても、それは小さな選択に過ぎず(しかもマイナス要因の多い)この国に来ることはなかったかもしれない。それを思うと、いい時期に生まれたと思う。

 禁煙ブームのさなか映画やテレビの画面の中に、かっこよくタバコを喫う男女を見出すことがめっきり少なくなってしまった。その上、強国の論理をゴリ押しするこの国から顔を背ける人も多いだろう。こんな、アメリカに夢を抱いて渡ってくる人達がこれからもいるのだろうか?
 僕はこれからもいるだろうし、そうあって欲しいと思う。
 日本にとって最も近い外国であることもその一因だが、やはりこの国の持つ文化の磁力というものはまだまだ大きいと思う。たとえかっこよくタバコを喫う男がいなくなっても、この国の文化は人々をひきつけ続けるだろう。
 文化には政治や経済を超える力がある。
 第二次大戦後の日本への進駐軍はそれを上手に使い統治をした。
 戦時下の日本でも、軍により検閲、統制が行われた。
 世界史をひっくり返せば、兵隊より先に宗教やそれにまつわる文化が送られた事も多い。
 政治家は文化の持つ力を知って、それを上手く操ってきた。

 願いはただ一つ、文化が政治を動かすことがあっても、政治家や金持ち連中の道具にはならないこと。


 僕の周りには未だにライターを使うことなく、マッチを使ってかっこよくタバコに火を点ける男達が大勢いる。
 あぁ、道はまだまだ遠い。
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# by seikiny1 | 2004-12-20 09:18 | アメリカ
マンガ
 眠りこける人、携帯電話に向かって小声で喋り続ける人、カップ麺をすすり上げる人、コーヒーを手に天井の一点をにらむ人、リラックスチェアをリクライニングにして目を閉じている人、ヒソヒソと話し込むカップル、コンピュータに向かう人、そしてマンガを読む人。
 日本に帰国した折り、メールをチェックするために数日に一度はインターネットカフェへ行っていた。というよりも、マンガ喫茶内に併設されたそれ、という方が正しいかもしれない。

 ここニューヨークにも古本屋チェーンのブックオフがある。地下一階、地上二階の売り場を持つそこへ初めて足を踏み入れた瞬間に変な感覚にとらわれた。違和感、とでも言うのだろうか。目に入ってきた光景が僕の持っていた書店のそれと少しずれていたからだろう。そこには、立つ者もいれば、座っている者もいる数十人の老若男女が思い思いの格好でジーッとコミックブックに目を落としていた。BGM、やたらと威勢のいい店員さんの声そしてしきりに繰られるページの音だけが聞こえてくる。「店舗内の一等地にマンガ?!」。二年程前のことだった。
 それまで僕の頭の中にあった書店の売り場地図ではコミックブックいえば店の一番奥か、階上だった。まぁ、それはあくまでも新刊を売る書店の地図ではあるのだが。
 東京に滞在していた際、探している本が紀伊國屋書店:新宿南店にあるという情報を得てそこへと向かった。真新しい高層ビルに囲まれた南店のドアを抜けた瞬間に、あの二年前の感覚がよみがえってきた。
 多分、日本最大の書店グループ、しかもそのフラッグシップ・ストアともいえるこの店舗の一階はコミックブックで埋められていた。

 日本の出版物で一番売れているものは何か?
 それはおそらく週刊誌にはじまりコミックブックに至るマンガなのだろう。街を歩けばあらゆるところで新品・新古品を販売しており、電車内、飲食店、公園のあちこちでそれを読む人も見かけるどころか、歩きながら読んでいる人さえもいる。電車のホームや網棚に置かれている本のほとんどもそうであり、読者は子供から大人まで。面白いマンガのほとんどには、原作者という存在があり(これなどは形態の変わった小説といってもいいだろう)。テレビのスイッチを入れればアニメがあちこちで放映され、映画の興行収入の第一位もアニメだと報じられている。
 先日、ある私鉄に乗っていた時に、本を読んでいる六十歳くらいの女性と隣り合わせた。なんとなく気になって、書店のカバーが付けられた本を覗き込んでみるとそれはコミックブックだった。

 これだけの量と層のマンガにとり囲まれている日本。マンガはもう娯楽ではなく一つのメディアと言えるだろう。使い古された言葉だがマンガ文化という言葉を改めて噛みしめた。そしてそれは読む(吸収する)という一次的レベルではなく二次的、三次的なレベルにまですでに発展しており、これからも続けていくことだろう。冒頭の喫茶内の風景というのもその一つの現れであると思う。それぞれのスタイルで上手に利用している。これは昼間の風景だが、夜になるとまた一段と変わってくるのだろう。聞くところによると、シャワー完備のマンガ喫茶もあるという。そういうものが増えてくれば、ゆくゆくはホテル業、不動産業にも影響を及ぼし生活のスタイルそのものすら変わってしまうかもしれない。

 マンガとは今に始まったものではない。僕の親の世代、いやその前から綿々と受け継がれ、そして常にある層からはハレモノ扱いをされてきたように思う。もうそろそろ文化として認められてもいいのではないだろうか?いや、認められないからこそマンガ文化は元気があるのかもしれない。
 アメリカにもマンガはある。多分こちらが先輩だろう。日刊紙の二ページは種々のマンガで占められる。ただ僕の勉強不足だろうか?そこに日本ほど文化を感じることが出来ない。娯楽の領域を出ていないし、社会への影響力は日本と比べてみると天と地の差があり、それは文化とすら言えないかもしれない。日本からの輸入品MANGAも英語になりつつはあるが、まだまだマニアのものでしかない。

 おそらく世界唯一の文化を持つ日本。もっとこいつを使っていかなくては。

 今年ニューヨークにも日本のマンガ喫茶が出来た。
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# by seikiny1 | 2004-12-19 10:01 | 日本
銀紙
 「クリスマス」、と聞いて最初に思い浮かべるのは?

 僕の場合は銀紙。
 あれは多分、幼稚園の頃だろう。父親が奮発してそれまでには見たこともないような大きなカシワの足を買ってきた。あれは多分ローストされていたのだろう、と今にして思うのだが。食卓の上にいくつも並べられたそれらの足先に巻かれた銀紙がとてもまぶしかった。姉と二人で目を輝かせてじっと見つめていた。あれはアルミ箔ではなく、僕にとってはいつまでも銀紙。

 この時期、街はクリスマス・イルミネーションであふれ、寒風にもまれながらも人々は幸せそうな顔をして早足に歩く。この国が一年中で一番幸せに満ちあふれる時期。
 人々はクリスマスプレゼントの買い物に忙しく、足早に歩く。
 日本でクリスマスとビジネスそして宗教に関してあれやこれやと言う人が出てきたのはいつ頃なのだろう?今年もすでに何かで読んだ記憶がある。
 以前はクリスマスとは、教会そして家庭のものだったのだろう。起こりは宗教的なものだろうが、今それは裾野を広げ恋人達、友人達で祝われることも多い。プレゼントのやり取りも多く行われ、それに伴いビジネスとしても大きな節目になるわけだ。一説によるとアメリカの小売業の年間を通しての売り上げの数割はこの時期に集中するとも言う。

 宗教とビジネス?
 まぁ、その関係は複雑なものがあるだろう。僕は現状でもいいと思うのだけれど。
 プレゼントを交換するという行為よりも、一緒に祝うということが大切だと思うからだ。たとえそこに宗教的背景が全くなかったとしても、その日、その時間を共有し幸せになる。プレゼントには送る人達のそういう気持ちが込められた副産物に過ぎない。ギフトとはそういうものだと思う。
 我々は初詣に行く。クリスチャンの人が行くこともあるだろうし、我々のそのほとんどは<一応>あまり自意識のない仏教徒である。来年の人出は九千万人以上(あらためて考えてみるとこの数字はすごい。老若男女ひっくるめて七割強!) と予想されているらしいし。初詣に行けばそこでお賽銭をやりお願い事をし、お守り、お札、破魔矢などを買う。神社にしてみればこれは立派な年間最大のビジネスだろう。そしておまいりした人は一年の事を思い描き幸せな気分になったり、気分を引き締めたりとその日はやはり特別な日であり、それらに対する散財に対してはおおらかになる。
 苦しいことの神頼みに始まり、葬式にはお坊さんを呼び、結婚式は神前か教会で行い、子供たちは教会付属の幼稚園へ行ったり……、と我々と宗教の距離感はそんなものなのじゃないだろうか?僕はこの距離感はとても好きだ。とても日本人らしく感じる。だからクリスマスを祝う。キリストが生まれたからではなく、みんなで幸せな時間を送る日がある事を嬉しく思うからだ。そういう日が一年に数日くらいあったっていい。たとえそこに宗教というものが確実に存在したとしても、それはほんの小さな要素のひとつでしかない。クリスマスは宗教の枠を離れ一人歩きをし、ついて行く人がこれだけいるのだから。

 昔の大戦で、何の申し合わせもないのにクリスマスの日に銃火がやんだ、という話を聞いたことがある。
 クリスマスという日を世界で宗教の枠を超えて皆で祝って欲しい。
 敵も味方も。
 たった一日だけでもそういう日があって欲しい。
 それは決して他人まかせではなく、一人一人がそれを思うことで実現していくのだろう。自分に出来る事をやる。

 War is over
If you want it
War is over
NOW

 僕が一番好きなクリスマスソング。
 Happy Christmas (war is over)/ John Lenon

この日、誰もがそれぞれの銀紙を見つけることが出来るように。
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# by seikiny1 | 2004-12-18 06:23 | 日本
食パンの値段
 外で酒を飲むことはよくあるのだが<食事をする>ということを中心に外食をすることは、ほとんどと言っていいくらいにない。僕の場合は、どうしても酒を飲みつつ何かをつつく、という事になるのであくまでも軸足は酒にある。ただ、同席する人の意識は<外食をしている>ということが多いようなのだが。
 僕は自炊派である。

 昨日、食材が乏しくなってきたのでス-パーマーケットへ行った。とは言っても、去る週末よりの水道工事がいまだに継続中で、少なくとも今週末までは台所の水が出ない、流しに水を流すことも出来ない。かろうじて使えるのが風呂場、そしてトイレだけは百パーセント機能している。そういったわけで、メニューの中心はどうしてもサンドイッチとパスタとなる。
 健康の事をあまり気にしない上に美食家でもない。買物をする場合の優先順位はどうしても安さになる。昨日スーパーで買った内訳は、食パン(99セント)、ハム(99セント)、乾パスタ(69セント)。その前に日本食材屋へ行きマヨネーズ(2ドル99セント)、豆腐(89セント)を買っていた。

 ここニューヨークでは街のエリアごとにガラッとその肌合いが変わる。そして商売というものはやはり需要を無視することが出来ないのだろう、同系列のスーパーでも立地によりその商品構成が少しずつ変わってくる。
 ユダヤ人が多いエリアでは、kosher foodの品揃えが豊富であり、
 ヒスパニック系の多いエリアでは、豚肉やまめ製品に目を奪われる。
 富裕層の住むエリアでは、グルメフードや輸入食品が整然と並べられ、
 僕の住むエリアでは、やたらと<99セント>と大書したオレンジのステッカーに買い物客が足を奪われる。
 そう、ここは貧乏人の住むエリア<だった>。

 なぜ<だった>と書いたかというと、それは今ここが過渡期のど真ん中にあるからだ。古くから低所得者向けの市営住宅ビルが立ち並ぶこのエリア。長いこと貧乏人の街だった。ところが、ここ数年交通の便の良さ、(多分)比較的手ごろな不動産物件の値段、大きな公園の近所であるなどの要素に目をつけた、俗にヤッピーと呼ばれる層がなだれ込んでいる。それは勢いを増すばかりだ。
 上記の条件に加え、数ヶ月前にショッピングモールの完成、プロ・バスケットボール・チームの本拠地建設予定、そして高層ビルの建設予定などが加わりまさにブームタウンの様相を呈しつつある。(「あぁ、大家さんが強気だから今年も家賃上がるのかなぁ」、と愚痴もついつい出てしまう)
 もちろん、上記の二つの建設に地元住民は大反対。この国の名物のひとつ反対運動を繰り広げている。そして、その運動の中心はやはり白人である。
 いや、この人達の特徴として思うのは、-それはこの国の歴史と、多分将来像にも重ね合わせてみることが出来ると思う- 先住民でもないのにひとたび自分たちが何らかの権利(?)を手にすると、ヒステリックにガンガンと叫びたて、大騒ぎすることだ。僕の目から見れば「そもそもその糸口を作ったのはあなた達ではないですか。先住の人達があなた達をどういう目で見ているか、その暮らし向きがどんな影響を受けたか考えたことがありますか?」となるわけだが……。こうなる事は流れとしてわかりそうなものなのだが、(これは僕自身にも言えることなのだが)「俺は例外だ」と思ってしまうのだろう。

 ショッピングモールの着工前後から街には動きがあった。
 中国人経営の魚屋、メキシカン・レストラン、自称「デパート」のよろず屋、99セント・ショップ、細々と営業していた昔ながらのバー……。それらの灯が消えていった。ある者は大型店舗には抗し切れなくなると判断して廃業、またある者は法外な家賃の吊り上げで出て行かざるをえなくなった。そして、その後にはなぜか洒落たレストラン、ラウンジ、小粋なコーヒーショップなどしか出来ない。多分これがヤッピー層に対するマーケティングなのだろう。
 この街は変わりつつある。

 そこが日本であろうと、アメリカであろうと僕はある町へ行けば必ずスーパーマーケットへ入ってみる。そこで、その町の空気を吸う。
 日本の地方都市では、以前は元気がなかった個人商店が協力し合いそれらが集まった小さなマーケット、そして昔からの商店街にエネルギーを感じた。
 一方、東京のスーパーマーケットでは、その規模や品揃え、集客力の割りにエネルギーを感じることはなかった。

 あのスーパーマーケットから99セントの食パンが姿を消す時、僕も次の街を見つける事になるのだろう。
 あの食パンを追いかけて。
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# by seikiny1 | 2004-12-17 06:34 | 日本とアメリカと
地べた
 中高生の時分は廊下や校内随所で、用もないのに悪友らと俗に言われる<ウンコ座り>をよくやっていたものだ。おかげで学生服のズボンのお尻の箇所に何度もほころびを作ってしまった。

 今回日本へ帰った際によく目にしたのが当時の僕と同じくらいの子達が街中に座り込んでいる姿だった。それはウンコ座りではなく、ある者はあぐらをかき、またある者は立て膝であったりする。共通しているのは皆お尻を地面につけていること。そして個人ではなくほとんどの場合が数人で円座を組んでいたことだ。人づてに聞いてはいたものの、実際に目にするのは初めてだった。それほどの不快感も受けず、ただ珍しいものを見る感覚にとらわれただけのこと。
 
 これらはまずアメリカの都市部では目にすることの出来ない光景だろう。彼らがそれをやるのは庭先かピクニックへ行った時くらいだろう。ピクニックにさえ折りたたみ式の椅子を持っていく者が多い。ソファーなんかを持ち込むつわものもいるくらいだ。
 他の都市のことはわからないがニューヨークに関してだけ言えば、ビルディングの入り口などの階段に腰をおろしている人達の何と多いことか。老若男女、ホームレスからスーツ姿のビジネスマンまであちこちの階段に腰をおろす。初めてマンハッタンに来た十数年前、こちらで知り合った人にハーレムへ連れて行ってもらった。平日のハーレム、そこかしこのビルの階段に腰をおろしている人達を見ることが出来た。案内してくれた人に「あの人達なにやってるんですか?」と訊いたところ、彼は「座ってるんだよ」、とぶっきらぼうに答えた。
 その後、この地で十年程生活して<ただ座るだけ>ということが少しだけ理解できたように思う。そしてその行動は僕の大事な血肉となった。
 そう、この国はやはり椅子の国なんだ。
 そして日本は畳の国なんだ。

 <座る>ということは大切なことだと思う。屋外では立っている事がほとんどだからだ。座る事により物理的にその視点が変わり、動かないことにより物がよく見えてくることもある。それらは脳に直結する。
 日本人独自の発想や考えというものがある。他の国の人には理解できないことも多々あるだろう。それらが地べたに座ることと無縁であると誰が言えるだろうか?

 屋外の低い視点から物事を見る彼らの目には何が映っているのだろう?そしてそれがどう消化され、どんな花を咲かせ果実を結ぶのだろう?
 僕は屋外に座り込む彼らを否定はしない。応援したいくらいだ。なぜなら自分自身がニューヨークの街中でそれを三ヶ月間毎日やり、それをやることによって何かが変わったのを実感できたからだ。
 彼らに頼みたいのは、しっかりと眼を開き、徒党を組むことなくやってほしいという事。心の目をも開いて、たくさんのものを見て色々な事を考えて欲しい。ただ、人に迷惑をかけないというルールには十分に留意して。このルールだけはニューヨークのホームレスもちゃんと守っているのだから。

 街の景観は少し悪くなるかもしれないだろうが、そこに大きな実がなるかもしれない。

 その辺の階段に気軽に腰をおろすことが出来ない自分を発見した時、僕はニューヨークを去るだろう。その時の自分にもっとあう街を探しに。そういう日は来ないで欲しいのだが。
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# by seikiny1 | 2004-12-16 09:25 | 日本とアメリカと
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