ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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たこさんウィンナー
 ひと口目のコーヒーは<まだ>ぬるく風味も死んでいた。

 コーヒーというものは熱湯で入れるもので、淹れたてのあるいは保温されているものは熱い。どう考えてもこれは昨日の残りを暖めている最中としか思われない。一ドル二十五セント也。サイズ:small。
 レジで支払いを終えてカウンターに向かう。遅い朝の日光を浴びたカウンタートップには無数の粉状のものが散らばっているのが遠目にもわかる。腰をおろしてよく見てみると、それは予想通りパンを食べた時に落ちたパンくずだった。ここはベーカリーや簡単な食事、お惣菜を置くお店。
 零下の風が吹く道を歩く人々の姿に少々飽きた頃、空になったコーヒーカップを捨ててトイレへ入る。ゴミ箱こそ空だったが、お世辞にもそこはきれいといえる空間ではなかった。ドアをロックしようと振り返ると、誰かが足で閉めたのだろうか白いドアの取って付近には無数の黒い足跡が不規則に天井を向いて散らばっていた。
 手を洗い、ここを訪れた本来の目的を片付けることにする。ここではドイツ人のお肉屋さんが作る美味しいソーセージが売られている。そのお肉屋さんはお隣の州にあり、車がなければ出向くことは出来ない。マンハッタン内で他に売っている店を僕は知らない。冷蔵庫にパックされて並べられたソーセージ達はどれも少しだけではあるが、肉眼でそれとわかるほどにいたんでいた。手ぶらで店を出た。
 ここはマンハッタン内に数軒ある日本食料品店のうちのひとつ。今日の営業を始めてからまだ三十分ほどしか経っていない。

 人が、会社が、お店が荒んでいく時はまるで病気のようにその兆候が見て取れる。それは些細なことなのだが、人間の感覚とは侮れたものではない。そこに何かを敏感に感じ取る。ある者は離れ、ある者は手を差し伸べ、またある者は苦言を呈する。ただ当事者が症状を自覚することは少ない。
 どんなに貧しい人でも、古びたレストランでも病におかされていないものからは生の息吹を感じ取ることが出来る。一方、なんとかとりつくろっているように見えても湿った病の匂いを感じることがある。たった一つの病の兆候が目に、耳に入ればまた別のひとつに気付く。病にかかっているものもそれが末期になるまで気付かないことのほうが多いようだ。

 それが人であれ、組織であれ省みる事、他者の目を持って見つめてみることはとても大切なことだと思う。健康のチエックを怠ってしまうと病を見逃してしまい、多くの場合それは悪化していくほかに道はない。堤防に開いた穴は小さいうちに直しておかなければ、時と共に水が穴を削り続け突如として決壊してしまう。
 何でもないようなことだからこそ気を配る。
 毎朝、熱く香り高いコーヒーを淹れ、カウンターを磨く。トイレの掃除をし、腐りかけのものは処分してしまう。その以前に、余分なコーヒーを作らず、店内はこまめに掃除をし、食品には製造日時を明記する。なんでもないごく普通の事をしっかりやることが出来ればその姿勢は自然と伝わるものだ。人とはそんなものだと思う。
 刑務所で本当に罪を悔い改める人はどのくらいいるのだろう?
 そこでの生活は、焦点をその罪の悔悟に絞りこむだけではなく、規則正しく小さなことにも気を配ることによって行動、思考サイクルの改善をも狙っているのではないだろうか。

 日本人の多く住む街には日本人向けのビジネスが発生する。商品はその地にはないもの、その程度で納得せざるを得ないものである場合が多い。少し古い言葉を使えば「な~んちゃって」、というところだ。レストラン、商店、各種のサービス、個人のスキルなどなど<日本で通用するはずのないものが、外国では通じる>という神話を未だに信じている人が多いように感じ取られてしまう。言葉を換えてみるとニセモノがまかり通る社会。
 閉店前の日本食料品店で生鮮食料品の大安売りなどついぞ遭遇したことはない。
 しかし我々も、外国人もバカではない。それほど鈍い感覚をあいにく持ちあわせてはいない。
「腐ったりんごは落ちる」。

 美味いウィンナー・ソーセージを食べたい。
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# by seikiny1 | 2005-01-20 09:29 | 日本とアメリカと
made in japan
「ファ~ッ」
 丸く、大きく広げられた口に手はあてがわれていなかった。
 朝から役場へ赴き、その帰りに立ち寄ったチャイニーズ・ベーカリーでの光景。アンパン、メロンパン、クリームパン、揚げパン、日本風の大きなサイズの食パン……。ニューヨークにあるチャイニーズ・ベーカリーではその味は別として、日本のパン屋さんで見ることが出来るパンのほとんどを見ることが出来る。その上、日本ではあまり見ることの出来ない店員さんの大あくびまで見ることが出来る。

 日本で生まれ、もしくは長年生活をしている人達、特に接客業をその職とする妙齢の女性が口元に手もあてがわずに大あくびをしている図に出会った記憶がない。少なくともうつむくか、恥らうかくらいはしていたようだ。チャイナタウンを歩く時に、「チャイナタウンはこんなもんだ」、と知らずに思っていた自分自身にもまたびっくりする。<中国人=そんなもの>という公式がほぼ出来上がりつつあったのだ。
 人間の意識せぬ行動の底には、生まれ持ったものの他に多くの経験、体験が流れていることが多い。ついつい見逃しがちだが、とっさの行動や、土壇場の状況下でそれらは顔をのぞかせる。こういうことを<育ち>と言うのだろうか?ただ、これらはあくまで日本という土地で生まれ育った僕の中にある文化を基準にしているに過ぎない。先の大あくびにしても、場所を中国、香港、台湾、アジア諸国に移し変えてみたらなんら行儀の悪い光景ではないかもしれない。もしかしたら、<自分を素直に表現している>事として評価されることである可能性だってあるのだ。
 ほぼ確実だろうと思われるのは、人は、特に僕のような凡人は先天的なものよりも後天的なものに支配されることが多いということだ。生まれより育ち。知らず知らずの間に自分の中に蓄積されたものが、血となり、肉となりあくびをする時に手を動かし、トイレで用を足した後には洗面台へと向かう。たとえ、他国で生まれようとも別の国でその生の大部分を過ごせば行動はもとより、発想までもが育った国のもつものに限りなく近くなる。
 しかし、百パーセントになる日は来ない。

 法律上での立場は別として、アメリカ人になることは出来ない。どんなに頑張っても、自然と身についたものに及ぶ術はない。たとえ大学院を首席で卒業しようとも、子供にすら及ばないことがある。その逆も然りで、どんなに日本語がペラペラで、日本オタクであろうとも日本人になることは出来ない。そのものになりきるには、いく層もの世代を重ねなければ生まれ持つことが出来ない何かがある。さて、その世代になってそれを得た者は幸福なのだろうか?案外、自分の源流をたどって遠い国に恋をしてみたりするのかもしれない。世に皮肉はつきものだから。

 背伸びをせず等身大の自分で歩く。それが一番自然な流れであり説得力も大きい。目には見えない大きな力が背後にはそびえ立つ。無理をすることも節々では大切かもしれない、しかしどこかにひずみが生じてしまい長持ちすることが困難であるというのもまた事実。自分のDNAや育ちを否定することなく、それを肯定し伸ばしていくことが出来たら、と思う。

 アメリカに恋し、憧れ、やっとたどり着き十八年余を経て今考えることはこんなことだ。
 自分は日本人である、と。
 いいところ、悪いところすべてをひっくるめて。
 相変わらず遠回りをしているようだ。

 パン屋の店員さんのあくびも、ニューヨークでは不快とは感じない。それは偏った見方なのかもしれないが、この街ではなぜか許されてしまう。

 以前はよその土地へ行った時に「どこから来た?」、と問われると「ニューヨーク」、と答えていた。今は「ジャパン」、と答える。
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# by seikiny1 | 2005-01-19 10:05 | 日本とアメリカと
4ドルと99セントと
 16oz.(約500cc)のビールが税金込みで4ドル。
 これはバーでの値段ではなく一週間前にチエック・インした宿泊施設内にある売店での値段。しかもビールはアメリカで最もポピュラーな国産品(米国製)。

 一瞬の迷いもなく二本を買い求め、部屋へ入ると同時にのどへ流し込む。「ファ~ッ」という幸福の溜息がもれていた。
 普段は近所のデリで24oz.(約720cc)のやはり国産メジャーブランドのものを99セントで買い求めている。日常では16oz.に4ドルも払うなんてことはまずありえないことだ。しかし、その時は長旅でよほど疲れ果てており、頭の中はほぼ琥珀色に染まっていたのだろう。納得の値段だった。今、冷静になって考えてみても決して高い買物をしたとは思わない。
「あれは、あれでよかった」
 あの時の僕にとっては適正な値段であった。

 物の価値ほどあいまいで変貌自在なものはないだろう。もし、それを価格という金額のものさしに置き換える事を許されるのであれば、その数値は受け取る人によって、また同じ人であってもその時々に周りを取り巻く環境によって全く別のものとなってくる。価格を設定した人も含めて、それに百パーセント満足している人は一人もいないのではないだろうか。そもそも万人共通のものさしを作ろうということ自体に無理がある。
 誰が金塊を尊い物と決めたのだろう?
 行き先を失った砂漠の旅人にとっては、たった一杯の水が何物にも換え難い。
 性悪男に入れ込む女がいる。

 誰もが認めることの出来る価値というものは存在しない。物の価格のように多くの人がそれに従っているということはあるが。
 <戦い>がある者にとっては聖であり、他にとってはビジネスであったり正義であったりもする。全てのものには様々な矛盾が共存している。裏と表があるからこそものなのかもしれない。大切なのはひとりよがりになることなく、もうひとつの目から見た価値にも焦点を当ててみることのように思う。そういう目を持つことが出来れば、いつの日か僕はビールを口にすることがなくなるかもしれないが……。
 事の正邪は別として、何物かに価値を見いだすことができる人は幸せであると言えるだろう。それが許されるのは自分自身以外の何者でもない。言葉を換えれば自分自身で見いだすからこそ価値があるとも言える。光を失った目には何も映ることはないが、たとえ他人の目には小さな石ころにしか見えないものにも価値を見いだすことができる人はいる。そんな小さな石ころをいくつもポケットに入れて歩いていくことは、光明を失った闇を走り回るよりどれだけ幸せなことだろう。

 ただ見失って、目を閉じているだけで、目をこらしてみると大きな、小さな石ころがあちらこちらにゴロゴロしている。立ち止まって、そんなひとつをつまみ上げてじっと見てみる。そこには自分にだけ見ることが出来る光があるかもしれない。他人の価値観に惑わされることなく、自分の目を信じて行く。
 価値とは極めて自己中心的なものなのだから。

 一週間ぶりに部屋へ戻って来た。荷物を放り込み、その足でビールを買いに向かう。
 99セント。
 この価格が今の僕を幸せにしてくれる。
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# by seikiny1 | 2005-01-18 10:48 | 思うこと
街の拾得物
 昔、お金がない時にはよく下を向いて歩いたりしていた。お金がそうそう落ちているわけはないのに。しかし、たまたま入った電話ボックスで財布と目があったり、拾った古着のポケットからお金が顔をのぞかせていたりするのはそう珍しいことでもないような気がする。
 お金がある程度あるに越したことはない。資本主義の世界で僕らは生きているのだから。しかし彼等は探している時にはそっぽを向き、別段火急の要があるわけでもない時に微笑みかけてくれたりする。実に気まぐれな女性のようなものだ。

 実に不思議なことだが、こちらが欲にぎらついていたり、「何かはないか!?」とキョロキョロしていると何も見つけることはできない。それはお金に限らず、様々なチャンスや人などなど。生きていて<いいな>と思えることにそういう状況下で出会ったことはない。
 無欲という状態を一度は経験してみたいと思うのだが、どんなものなのだろう?そういう状態にある人はよく言われるように本当に<何かをひきつける>のだろうか?憶測に過ぎないのだが、そういう人は<何かをひきつける>のではなく、<何かが見える>のではないだろうか、と思う。たとえ他の人と同じ物を見ていたとしても、その目に映ってくるものが違ってくるのではないだろうか。道端に転がった小石を見ても、そういう人は感じ取るものが違ってくるはずだ。表面だけではなくもっと奥深くまで。物ではない何かが。そしてその小石もまた微笑を返してくれるのではないだろうか。

 出会いというものはそういうものだろう。
 ひとつひとつのものに目をやり、そこにどういう価値を見いだすか。お互いに肩の力を入れず、同じレベルで見つめ合う。それが出会いであるということすらも感じないもの。

 街を歩きながら後姿からでもそれとわかるほどギラギラとしている人がいる。そういった人の目に留まる事柄はやはり、直截適な何かなのだろう。それはビジネスチャンスであり、人でありとにかく益に直結するもの。わかりやすく言えば、オマンマ、欲望のたねだ。そして、彼らの目には小石は小石としてしか映らないのかもしれない。たとえギラギラでのどをうるおすことが出来てもまた乾いてしまう。そしてまた何かを求めながら歩き続ける。小石の下に流れる水脈に目が行くことはないだろう。表面をくまなく見渡すあまり、小さなことのちょっと深いところを見つめる目をなくしてしまう。

 街角に腰をおろして流れ行く人々を眺めながら、そういった事を考えてしまうことがある。「僕たちは余りに表面的な事を見つめるあまりに、もっと大事な何かを見落としているのではないか?」と。しかし、通り過ぎた道を振り返ってみてもそこに何も見つけることは出来ない。僕たちは前を向いて歩かなければならないから。

 探そうと思っても見つからないものをどうやって見つけたらいいのか?
 僕に出来るのは、ただただ自然体で生きること。
 いやなものにいはいやと言い、好きな人には好きと言う。自分に正直であり続けること。



*********明日1月11日よりしばらくニューヨークを離れます。
その間PCに触れるチャンスは多分ないと思いますので、次の記事のアップは米国東海岸標準時で1月17日になる予定です。*********
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# by seikiny1 | 2005-01-11 11:19 | 思うこと
工事はまだまだ続く
「あぁ、今日も来なかったな」
 部屋の水まわりの工事を始めてから一ヶ月以上が経つ。<ほぼ>毎週末彼らはやって来る。大晦日の夜、散らばった工具をかき集めながらお兄ちゃんは陽気に言った、「来週で多分終わるよ」。
 今は日曜日の午後九時三十分過ぎ。

 アメリカへ来た頃、スーパーマーケットの遅々として進まない長い列ではダイエーのおばちゃんを、送って数ヵ月後にボロボロとなって戻ってきた郵便物を無言で見つめながら佐川急便のお兄さんを思い出していた。
 そのつもりはないが、もしこのごろの僕の心情を文字に重ねてみるとしたら、「あぁ、こんなもんだろう」。
 それは<慣れ>や<あきらめ>ではなく、自分自身に確認を取っているようなものなのだろう。そういった思いが頭をよぎらなくなった時、また僕がアメリカという国に一歩近付いていくのかもしれない。

 昔は、アメリカの音楽、フアッション、若者風俗に憧れていた。しかし僕の目はその底流を見てはいなかったのかもしれない。その流れる川面だけを見つめて、そこから<自由>ということばを強引に引き出していただけなのかもしれない。それはまた、堅苦しい日本での生活に疲れた僕の裏の面だったのかもしれない。
 そのうち僕は海を渡って、つぶれたパンにはさまれたパサパサのハンバーガーを口にし、いつ来るともわからない次の地下鉄を待つようになった。それでも僕は笑っていたと思う。そんなひとつひとつに無意識のうちにこの国を確認していたとも言える。
 この国を手短に表現するとすれば、<スロー>そして<ルーズ>。ことばとしての響きは日本の人には良くはないかもしれないが、悪い意味ばかりでもない。とても奥が深い遅さであり、緩やかさでもある。こんな流れに身をまかせる事が出来て僕はつくづく幸せだと思う。
 大きく緩やかな流れの中で、僕という石は割れることなく大きな角だけが削られてきた。日本人度数はかなり落ちてしまい日本の地で日本人としては通用しそうもない。かといってアメリカ人になれるわけもない。とても中途半端な存在である。だが、そういう庭石にもなれないような石だからこそ見えてくるものもまたある。
 容積の限られたコップにはそれ以上の水を入れることは出来ない。アメリカの水が入り込んだために、日本の水が溢れ出した。それでもその両者の割合は、ある人にとってはとても美味しいカクテルであると言えるかもしれない。またある人にとっては吐き気を誘うものであるかもしれない。日本人では見落としてしまうこと、アメリカ人では目にもとめない事を見ることが出来るかもしれない。日本人もアメリカ人も目をふさぎたくなるような事を見なければならないかもしれない。
 自分の目に映るものに正直に生きていくこと。
 流れが曲がった先には滝があるかもしれないが、そこにかかる虹もまた美しいものだ。

 もっともっと美味しいカクテルを作りたい。

 イライラしながらも、やっと自分の番がまわって来たスーパーの列で、レジのおばちゃんとちょっとした会話を交わす。なんだか幸せな気分になれる。ぼくの祈っている幸福とはその程度のもの。

 冷蔵庫を開けると食べ物がなくなっていた。
 そろそろスーパーへ行かなくては。
 あいかわらず気が重い。
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# by seikiny1 | 2005-01-10 12:53
ブルックリン
 新宿はデジタル。上野や古くからある商店街はアナログ。渋谷はD/Aコンバーターを通り抜けてきた音符たち。町田はA/Dコンバーターで暗号化されてしまった数字列。下北は古いラジカセから聞こえてくるデジタル・ミュージック。
 数週間しか東京にいなかった旅行者に過ぎない僕が抱いた東京の街のイメージ。そこは広く深い。僕のように単にうわべを滑って行っただけでは、もちろん様々な小さなことにまで目が行き渡るはずもないのだが、あながちはずれとも言えないのではないか、とも思う。
 自信をもって言えることは、公衆電話が少なく皆が携帯電話を持っていることくらいだろう。
 僕は単なるお客さんに過ぎなかった。

 再びニューヨークの土を踏んでホッとしたのは、単に住みなれた街という理由からだけではない。そのリズムが、空気が僕にしっくり来る事を身体が感じたせいだろう。
 マンハッタン。ミッドタウンやダウンタウンの一部を除き、ここは心地よい程度にアナログとデジタルが共存している。アナログたちがデジタルの角を取ってくれる街。古いビルの跡にガラスとステンレス製のお面をかぶった新しいビルが建てられようとも隣り合わせの古いビルとなぜか仲良くなることができる街。
 街自体が持つパワーなのか、それとも人々の吐く息のせいか、この街は冷たいが暖かい。拒絶と抱擁が抱き合う街。本音と建前がひとつのベッドで眠る。そんなことが許される街とも言える。
 しかもマンハッタンは都会なのだ。都会として機能しながら苦悩している。その背後からチラチラと見え隠れするアナログの部分がまたいとおしくもある。
 公衆電話のある街。

 所用があり、昨日は久しぶりにブルックリンのダウンタウンと呼ばれるエリアへと足を運んだ。そこはブルックリンブリッジのブルックリン側に位置する。橋のもう片側はマンハッタンのダウンタウンと呼ばれる官公庁街、金融街へと伸びている。この橋のせいだろうか、このエリアにも古くから多くの官公庁やオフィスビルが立ち並ぶ。
 ブルックリンを東京の下町にたとえる人も多い。
 平日の夕方が夜に変わる頃のこの街の表情が好きだ。ストリートは雑多な人々であふれかえる。
 路肩では帽子、手袋、マフラー、腕時計などを売る露天商があちこちに店を広げ、99セント・ストアのレジには長い列が出来る。怪しげな安売り家電の店の前にはビラ配りが立ち、金ぴかの貴金属店のショーケースは燦然と輝く。遠くからパトカーのサイレンが聞こえるかと思えば、道端に止まった黒い車の中では警官がうたた寝をしている。スターバックスの中ではスーツを着込んだ男たちがコーヒーを飲み、そのガラスのこちら側には道行く人々に小銭をねだる男が。OTB(場外馬券発売所)では百以上の熱気を帯びた目玉がモニターをにらみつけ、その隣にあるバーガーキングの窓には<木曜日、ワッパー・サンドイッチ99セント!>の赤い手書きの文字が。
 しばし時の経つのも忘れ、薄暗い街を歩き回る。摂氏零度の街の風は冷たいがさほど気 にはならない。暖房の効いた部屋の窓を開け、くるまった布団から顔だけをのぞかせているような暖かさを感じる。これがブルックリンという街の空気なのかもしれない。
 冷たく、暖かい。僕にしっくりとくる街。

 ブルックリン・ダウンタウンからさらに電車で一時間ほど奥へ行くとコニーアイランド  凍った冬風が吹きすさぶそこは、人の心を暖かく包み込んでくれる。

 ニューヨークのそれぞれの街の表情を眺めていると、もっともっとあちこちの日本の街へ行きその街の横顔を、たまにこぼれ落ちる笑顔を見つめてみたくなってくる。
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# by seikiny1 | 2005-01-09 11:13
ことば
 氷の上にぶちまけられた魚たち。無造作に積み上げられた野菜。たったの一ドルで空腹を満たすことの出来るあやしげな屋台。路上に腰をおろして手作りのちまきを売る老女。ひっきりなしに駆け抜けて行く台車。まだ陽のあるうちにチャイナタウンで人とぶつからずに歩くことは不可能といってもいいだろう。
 この活気、エネルギーは一体どこから生まれてくるのだろう?

 はじめてニューヨークへ来た頃、チャイナタウンを歩くたびに見知らぬ中国人から声をかけられた。まくし立てるような中国語の嵐の中でこちらが唖然としていると、あきれたように首を振りながらスタスタと歩み去る。背中を追ってみると、少し先で別の人も同じ洗礼を受けていた。
「俺って、中国人に見えるのかな?」、と当時はその程度にしか考えていなかったのだが、それは間違いであったことにしばらくして気付いた。彼ら、彼女らはたとえ相手が熊のような白人だろうと、いかつい黒人だろうと、警察官であろうと、交通局の職員であろうと、はたまた顔見知りでありしかも中国語が通じないとわかっている者にさえ平気で中国語を浴びせる。多民族国家、多言語などの歴史的背景のせいなのか、流れる民族の血のせいなのか、彼ら、彼女らにとって<言語>という名のことばはさほど大きな意味は持たないらしい。大切なのは何を<やる>のか<やりたくない>のか、相手は<どう?>なのかということのようだ。たとえ相手が象であっても彼らは中国語を浴びせるのかもしれない。たまたま中国語という言語を知っているだけで、それがアラブ語であっても同じ事をするのかもしれない。彼らの前では、言語とは便宜上のたった一つの道具。自分の<ことば>を表す一方法に過ぎない。その地位はきわめて低く、あやふやなもののように僕の目には映る。
 時として、彼らをうらやましい目で見つめるもう一人の自分がいる。
 自分のことばを持つ彼ら。そのゆるぎない自信がうらやましく思えてくる。

 こんな話もあった。
 日本のバブル経済が全盛の頃、日本からは多くの企業がアメリカへ進出し、それに伴い多くの駐在員達がやって来た。彼らは企業によって派遣され、住居の保証、高給与などその待遇面ではとても恵まれていた。
 その一方で現地採用と呼ばれる、アメリカの学校を卒業してこの地で職に就く日本人も多くいた。待遇面では駐在員とは天と地ほどの差があったといっても過言ではないだろう。
 現地採用組は「英語もろくに喋れないくせに、ポッと来て部長のいすに座り高い給料持っていきやがって」、と面白くない。
 駐在員側からの言い分を聞いたことはない。
 学校こそ出ていなかったが、僕にも現地採用組の末席を汚していた時期がある。そんな僕でも駐在員達の待遇にはある程度納得はいっていた。全く自分とは縁のない世界なので、かえって醒めた目で見ることが出来たのかもしれない。
 彼等はことばを持っていた。言語の壁を越えることばを。
 確かに<英語>という言語のレベルに関してはアメリカの小学生以下の人が多かったことも否めない。しかし彼等は<仕事>ということばに関しては極めて堪能であった。不思議なことに最初は言語面でうまくいっていなかったアメリカ人との間の溝も仕事ということばで埋まり、時間の経過と共に物事はスムーズに流れていく。仕事ということばで口を開き、仕事ということばに耳を向けていた。彼等は仕事ということばのネィティブ・スピーカーだったのだ。もちろん例外もいたが。

 言語というのは確かに重要なことばのひとつではある。しかし、所詮はことばというコミュニケーションの道具の一つであるに過ぎない。どんなにその言語が流暢でも、中身が空っぽでは何も訴えることはできないし、心から相手のことばに耳を傾けることも出来ないかもしれない。
 言語という道具にとらわれることなく、なんでもいい、たった一つでもいいから自分のことばを持つこと。
 絵、写真、ダンス、料理、歩き方、人も見る視点などなど。必ず自分にあったことばがあるはずで、自分でなければ喋れないことばがあるはずだ。
 そしてことばには強弱をつけて。発するという強と、受けるという弱。一方通行ではひとりごとになってしまう。壁に向かって話しているのと同じことだ。たとえ最初は片言であっても、発する者に意志があれば不思議とそれは伝わるものだ。受ける者が注意深く耳を傾ければ伝わるものだ。
 一方通行(我を通す)ということは、たとえそれが多数派ではなくてもいやでも目立ってしまう。中国人に不快感を持つ人達は、そこにことばの一方通行を見出しているのかもしれない。

 とにかく、ことばを喋ってみることが大切だと思う。ことばという物は、喋っているうちに、聴いているうちに自然と上達していくものなのだから。
 たとえ自分のことばが通じない世界でもことばは通じる。相手の声を聞くことが出来る。自分にその意思さえあるならば。

 第二次世界大戦以前の日本のように、日本のことばが通じる環境を無理して作るのではなく、自分自身のことばを、耳をもっと研ぎ澄ませていきたいと思う。
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# by seikiny1 | 2005-01-08 10:14 | 思うこと
多期多会
 あまり着ることのないコートに久しぶりに腕を通す。ポケットからライター-が出てきた。
 BIC社製のライター。
 小学生の頃に憧れた四色ボールペン、タバコを喫いだした頃に父の机から失敬した白いライター、冬に外で喫うタバコの先は細長く伸びる、デザインを同級生に自慢したこと、火の大きさの調整が難しく風のある日は難儀したこと、18歳の頃最初にアメリカ製と出会った時の衝撃、チャイルドロックが付き出した頃の煩わしさ、炎が真っ黒なススを出す事を知った時のちらかったアパートの部屋、ガスの減りがはやくなった事に気付いた時にそばにいた友人の顔ぶれ、アメリカでフランス製を発見した時の新鮮さ、ボールペンの滑らかな書き味とすぐインクがボタること、などなどこれだけのことを容易に思い出すことが出来る。

 一体、人の記憶の中にはどれだけの<もの>が詰まっているのだろう?
 記憶=もの、と言っても決して言い過ぎではないかもしれない。ものは記憶という引き出しを開けるための鍵でもある。たった一本の鉛筆の中にも、人はそれぞれ別々のものを見いだし過去に遊ぶことが出来る。もし、この世からものが消えてしまったら多くの記憶はほこりをかぶってしまい二度と引き出しの中から姿を現さなくなってしまうかもしれない。
 風に舞う新聞紙、空きビンが互いにぶつかり合う音、底のすり減ったスニーカー。様々なものが無作為にその姿を現しては記憶を引き出していく。またそれらには記憶だけではなく新しい発見にも満ちあふれている。それまではただ憧れの四色ボールペンだったものの軸をひねってみて開けてみる。そこに今まで考えてもみなかったメカニズムを発見する。それを考え出した人のこと、研究に伴う努力、「なぜ研究者は白衣を着るのか?」、「緑のインクの使い道は?」、などの疑問。記憶と反対側からも色々なことが流れ込んでくる。
 ものとは過去との接点だけではなく、未来への接点でもある。まるでよく出来た関節のようでもある。Flashpoint.

 生きていくということは常に新しい<物>、<者>と出会い、懐かしい<もの>と再会を果たしていくことなのかもしれない。
 無駄な消費をする文化は好きになれないが、僕らはあらゆるものに囲まれて生きている。周りを包むもの達に目を見開いて歩いて行こうと思う。自分を見つめる為に、行く先を見極める為に。

 子供の頃から好きだった場所がある。文房具屋。久々に帰国し、かなりの時間をあちこちの文房具屋で過ごした。そこには憧れ、思い出、そして未来が詰まっていた。色々なものを手にとって眺めては棚に戻すことを繰り返す。ニューヨークに帰ってみると鞄の中からは筆ペンと小さな縦書きノートしか出てこなかった。
 昔、憧れていたこの国に住み暮らして得た最大のものは、自分の中の日本という<もの>。僕は日本への鍵というものを拾いに、アメリカへ来ているのかもしれない。
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# by seikiny1 | 2005-01-07 09:10 | アメリカとの距離
紅白歌合戦
 あいかわらずテレビは全く観ないのだが、借りてきたビデオをたまに観ることはある。
 日本人の多く住むアメリカの街で、日本のレンタル・ビデオ屋さんを探し出すことはそう難しい事ではない。僕がこの街にやって来た当時、すでに数件の店が存在していた。少なく見積もってもこの業種は二十年の歴史を持つことになる。
 「その商品は?」
 俗に言う海賊版だ。洋画に日本語字幕スーパーの入ったもの、邦画、アダルトもあるが、こと日本人向けのマーケットに限って言えば、その主力は間違いなく日本のテレビ番組を録画したものだろう。毎日のように日本のテレビ番組は飛行機に乗ってやって来る。
 十年程前だったろうか、日本から著作権保護団体の人達が海外での状況を視察するためにニューヨークを訪れた。当時の在ニューヨーク日系誌の誌面をにぎわせた位だから、この話題が日本人社会の中でどのくらい大きな関心事であったかは容易にうかがい知れる。「これで日本のテレビを楽しむことが出来なくなるのでは?」。人々は戦々恐々としていたことだろう。それほど日本のテレビ番組が持つ影響力は大きいということになる。
 結局この件は、<業者側が一本のビデオテープつき何がしかの使用料を団体側に支払う>ということを柱に、いくつかの制約付きでお目こぼしに預かったように記憶する。
 こういった事情で、日本の映像の海賊版はいまだに脈々と、しかも堂々と海外では生きている。

 日本の音楽業界ではCDが全く売れなくなってしまったらしい。
 二次以上の録音技術の進化、再生・配給媒体の多様化、人々の好みの多様化など様々な原因があると聞く。僕、個人的には魅力ある音源の減少や製作・販売会社の体質もかなり大きな原因だとは思うのだが、どうだろう?
 かつては、著作権=本、レコードというごく簡単な公式が成り立っていた。その後、カラオケや貸しレコード(CD)屋の普及などで、その権利関係はたびたび取りざたされて来た。時代の推移と共に情報媒体は膨らむばかりで現在に至る。そして未来へ。
 インターネットがここまで広く定着した現代、まるでその広がりと反比例するかのように著作権への意識は薄まってきている。無数の発表、発言の場でそれら全てを管理するのは不可能だろう。そもそもインターネットの背骨には<情報の共有>というものがあるのだから。コンピューター上で個人が思い思いに切り貼りをするのは至って簡単で、それを法律ごときで規制しようと思う方にどだい無理がある。
 そういう目でこの状況を眺めてみるとアナーキーという言葉が頭をよぎる。これを押さえつけるのにはものすごく強大な力が必要とされるだろう。
 力で押さえつけられた世界は住みづらい。そしていつの日か爆発の時を迎えることだろう。
 僕たちが快適に暮らしていく為にはやはりモラルが必要だと思う。それ無しでは秩序は確立せず、世は乱れるばかり。そこに花開くものも確かにありはするのだけれど。

 ここまでは<著作権>というからだを借りて話しをしてきたのだけれど、このモラルというものは、放置自転車、いじめ、老人や身体の不自由な人達への対処などといった現在取りざたされている社会問題の多くの根っこになっているように思う。もし、加害者と被害者という言葉を使うことが許されるのであれば、その<双方>が持つこの根っこに光を当てていかなければならない。
 これまでは法律のほかに<常識>という不文律でなんとかやってくることができた。常識がほとんど意味を成さない現代、求められるのは<良識>。単なる数の論理や、過去に縛られた常識ではなく、僕達の誰もが必ず心の奥深くに持っている良識を柱にしていかなければならない。それが必要とされる時代は既に来ている。

 形骸化した著作権。裏返してみれば、より多くの人の耳に、目にとまることが可能になったとも言える。それだけではなく、そこから想像すら出来ないような全く新しいものが生まれる無限の可能性をも秘している。この先、最低限のものだけを保護しそれ以外は個人の良識にゆだねることが出来るようになれば、もっともっと素晴らしいものが生まれ、この世は面白くなり快適に暮らしていけるはず。

 他人から縛られるのではなく、自分を見つめていこうと思う。
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# by seikiny1 | 2005-01-06 09:16 | 思うこと
最高の贅沢
 僕の暮らすアパートのバスルームには比較的大きな窓がある。縦1メートル×幅60センチほどのそれは、まるで一幅の絵のようにトイレに腰を下ろした時にちょうど良い高さに切られている。そこから見えるのはごくありふれたニューヨークのビルの裏側の風景なのだが、そこで過ごすひと時には何物にも換えがたいものがある。部屋が三階に位置すること、いまさら覗かれたってどうともない、という意識でカーテンはいつも開かれたまま。時間が止まってしまったようなそのひと時。赤や青のきれいな鳥が訪れ、リスが空を仰いで鳴き、少し向こう側を走るストリートでは人々が傘を開き出す。無心になれる場所。

 かつてはラジオの深夜放送を録音したテープが机の引き出しを満杯にし、続いて面白そうなテレビ番組や映画を録画したビデオテープが本棚を占領した。本やレコード、CDは常に山をなし書き散らしたメモが散乱する。
 そういったものたちは、その気になればいつでも手に触れることが出来る距離にあるだけである種の安堵感を与えてくれる。たとえ生涯に一度も手を触れることすらなくとも。記録とは安心の形のひとつ。
 記録、そしてその媒体や技術はそういった人間の<もう一人の自分欲>といったものを燃料にして発展を遂げてきた。オリンピックを例に取ると、さしずめ「もっと高く、もっと速く」といったところだろう。「いつかはそれを体験することが出来る。時間をやりくりしで隙間を作り、そこに新たな時間をを埋め込んでもう一人の自分を楽しむことが出来る」、というもう一人の自分を欲する気持ち。それがここまで技術の進歩を導いてきたのだろう。
 同じようなことが移動方法の発達、即ち高速化にも言うことが出来る。
 以前は歩いて数十日をかけた行程を、今では数時間で済ませてしまうことが出来る。「限られた時間をいかに有効に使うか?」この命題に向けて人々は知恵を絞ってきた。かつて「身体がいくつあっても足りない」、と嘆いていた人がこれらの恩恵を受け、それでも「身体がいくつあっても足りない」、とぼやく。乗り物の中で人々は本を読み、音楽を楽しみ、映像に見入る。
 飛行機の窓からは雲しか見えず、新幹線はトンネルの中を走り抜ける。

 毎日数十時間にわたる各局のテレビ番組を録画して、それらを数倍の速さで再生し数時間のうちに見る人がいるらしい。一日に十冊の本を読む人がいるらしい。ひと月に数度しか帰宅しない多忙な人がいるらしい。
 それらの凝縮された時間から彼らはなにを得るのだろう?
 情報?到達間?満悦感?
 「いかに凝縮された時間を送ることが出来るか?」
 これは現代人の価値基準のひとつに数えられる。
 僕の目にはそれが機械との共存、ましてや人間が生きているようには映らない。それは単に機械や情報の奴隷にしか見えない。ムチ打たれて進み、それを喜んでいるマゾな奴隷達。

 「もっと速く、もっとたくさん」の合言葉のもとに我々は進歩し、その生活レベルも向上してきたとも言えなくはない。これからも記録は大容量化、小型化の道を突き進み、速度はどんどん上昇を続けることだろう。人間の欲には限りがない。到達点というものは、はなっから存在しない。
 その見えない目標とは<ゼロ>であるのもかもしれない。人間が求めてやまないもの。何もない、動かない状態。人々が求める何かがそこにはある。

 最高の贅沢とは「いかに凝縮された時間を持つか」ではなく、どれだけ「ゼロに近い時間を持つか」ということではないかと僕は信じる。
 まっ白な時間を持つこと。

 人間の意志に関わらず時は流れる。それは誰にも平等に与えられたもの。そこにはスローモーションも、早送りも、ましてや一時停止などは存在しない。時計の針はいつも一定のリズムで時を刻み続ける。はたして一日にどれだけの白い時間を持つことが出来るのだろうか?


 ニューヨークは<スピードの街>と言われることがある。その一方で白い時間も確実に存在している。これが僕がニューヨークにこだわり続ける理由なのかもしれない。


<追記> 似たようなテーマで記事を書かれておられる方がいらっしゃるので、情報を下記させていただきます。

若きモンスターの逆襲:頑張らない生き方
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# by seikiny1 | 2005-01-05 09:45
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