ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
お願い
当サイト・メインコンテンツ内にある全ての著作権は筆者に帰属いたします。無断転載及び流用は固くお断りいたします(トラックバックに関しましてはこの限りではありません)。
以前の記事
カテゴリ
<   2010年 04月 ( 25 )   > この月の画像一覧
ブラウンバッグの街
映画館でコーラを買わなかったように、
飛行機でビールは買わない。
以前は無料飲み放題だったのだからなおさらだ。
財布の痛みよりも心の障壁の方が高い。
かといって国際線にビールを持ち込むことはできないし……。

あ、そうだ。
簡単なことだ。
免税品を持ち込んじゃえばいいんだ!
さすがにビールはないけれど、
JFK空港ではJack Daniel's 500ml瓶を仕込んで搭乗。


プラスチックカップにバーボンを注ぎ、
(こっちは無料の)クラブソーダを加える。
日本で流行っているらしいハイボールで雲上人。

それにしても。
空の上でいくら盃(?)を重ねても酔わない。
それでもリラックスはできる。
暇だし、眠れない。
減っていくバーボン。

「あら、あなた持ち込みはダメなのよ」
いきなり降ってくる天の声。
乗務員のネーサンが立っていた。
(そうか、だめなのか……)
「没収」という言葉がよぎり半ば諦めたのだけれど、
「ココ、入れとくからね」
ボトルを頭上コンパートメントに放り込んで行ってしまった。
むろんそんなことで負けはしない。


確実に流行りそうな気配がある。
水筒。
ステンレス・ボディーの水筒。
Poland Spring、evian……
夏場にはどこのゴミもはこのボトルで山盛りとなる。

タバコの税金は上げても、
デブ税を見当はしても、
飲料水ペットボトルのデポジット課金法案は通りそうもない。
増えるゴミ。
温かくなる地球。
そんな現状に少しずつ水筒を持ち歩く人が増えてきている。
おまけに景気の方も数字ほどには持ち直しておらず、
大瓶の飲料水を買い。
水道水にフィルターをつけ。
自宅で水筒に詰める。
財布にやさしい。

どうでしょう。
今年の夏から水筒を持ってみられては。
セールスマンじゃありませんが。

だが、ぼくは……。
水筒は近々買おうと思っている。
でも水は入れないだろう。
ビールを入れる。
街に水筒を持つ人が増えれば増えるほど、
路上でビールが飲みやすくなる算段。
風景にとけこんでさえしまえば目立たない。
水筒に移し替えてしまえば、
神経を使わなくて済む。
あっけらかんと、おいしく、おいしくビールを頂くことができる。


アメリカへ来た頃はこんなアメリカが好きだった。
法律上、路上での飲酒はNG。
それでもブラウンバッグ(紙製茶袋)をかぶせれば問題ない。
警官に対するリスペクト、
他の人に対する思いやりさえ持ち合わせていれば。
聞いた話では、
当時ニューヨーク市長であったコッチさんでさえ、
ブラウンバッグからビールを飲む姿をしばしば目撃されていたという。

いつの頃からだろう。
世知辛くなってしまった。

たとえブラウンバッグに入れていていようが、
問答無用でチケット(違反切符)を切られるようになってしまった。
法律的にはあちらに<分>があるのでしようがない。
それでも、「らしく」なくなってしまったこの街は寂しい。
おもしろいのは同じ市内とはいえ、
場所をブルックリンへと移すとグンとゆるくなってしまうこと。
人情。


「いいなぁ……」
新聞を読みながら頭の中に春が来た。
遠い昔を思い起こさせる記事。
《グレース・ピリオドの実施》

街からはパーキング・メーターがどんどん撤去され続けている。
もうしばらくすると、
"DOES NOT WORK."
と書かれた袋をかぶるメーターも過去の風景となってしまうだろう。
メーターからMuni-Meterというものへの置き換えが進んでいる。
要するにコイン式から、紙幣、カードへ。
カウントダウン式メーターから、有効期限の書かれたカードへ。
駐車する人はワイパーにカードをはさんで車を離れる。

「ちょっ、ちょっと待ってよ。ほんの今切れたとこだから……」
「だめ」
「頼むよ」
「無理。遅すぎたわね。残念」

ビールは冷たい方がいいけど、
警官は温かいほうがいい。
罰金の100ドルはデカイ。
とりあえずだだをこねる。
それでもダメなものはダメ。
四角四面。
杓子定規。
最近のチケット発行はオンラインになっているらしく、、
現場の端末ではキャンセルなどできないらしいが。

そこ(カード)に数字がある以上、
ドライバーも「今」を主張できにくくなってしまった。
その数字は明らかに「今」でない場合が多い。
デジタルは冷たいな。


グレース・ピリオド。
駐車時間を超過しても30分以内であれば警官の裁量にまかせる。
そんな時間。
機械が人間に、
法律が現場に歩み寄る。

こんな法律(?)ができるNYが僕はやっぱり好きだ。
アソビは潤滑油であるばかりか活力となることをわかっている。
線で人間を縛るこなんてはできない。
ぼくらは「1」でもなければ「0」でもない。
縛るのであれば幅のある帯でなくてはならない。
国境だって幅1cmの線でコントロールすることはできない。
ここはいい街。


NY行きの飛行機。
搭乗前に免税店で買ったWild Turkeyをお茶のペットボトルに移しかえる。
350mlをNYに着くまでに飲み終えてしまった。
1杯8ドルで換算すると96ドル。
100ドル近くを航空会社は失ったわけだ。

「持ち込みOKですよ。でも15ドル申し受けています」
そんなグレース・ピリオドがあれば。
ぼくのような小悪人もきっといなくなり、
航空会社にもなにがしかの金が落ちる思うのだけれど。

歩み寄りましょう。





にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報
[PR]
by seikiny1 | 2010-04-06 09:03 | 日本とアメリカと
I'm No Angel
「おはようございます」

また脇を自転車で駆け抜けてゆく。
「おはようございます」

これまで何回帰国したか憶えていない。
それでも、見知らぬ人から挨拶を受けたのは初めてだった。
しかも、1分とあけずに2度。


Gregg Allmanの歌に"I'm No Angel"というのがあるけれど、
ぼくはかつて天使だった。
たぶん。
少なくとも母にとっては。
そう願いたい。


故郷、大牟田を出発する朝、
散歩の途中に見上げていたのは小さな教会。
40年以上も経てばあらゆるものが小さく見える。
時間のマジックにかけられていたのはあの頃か、
それとも今か。
そんな時に投げられたふたつの挨拶。
教会の傍らには小さな建物。
ぼくが通っていた天使という名の幼稚園。
自転車で駆け抜けていったふたりは保母さんなんだろう。
ぼくは幸せなガキだったのかもしれない。


日本で戸惑う。
歩きながら人と目が合ってしまった時に。
すれ違う人に挨拶を送るぼくに
「あんた、不審人物に思われるけんやめて」
袖を引く母。
5年前、久しぶりに帰国した時のこと。
アメリカでは微笑みと"Hi."という言葉だけですんでしまうものが。

日本はむずかしい。


教会を見上げながら浮かんでいたのはある夕方の風景。
幼稚園時代、一番思い出深い行事だった。
1年のうちでその日だけは日暮れ前に幼稚園へ再度足を運ぶ。
教会周りの藪の中、思い思いにペイントされたイースター・エッグを探しに。


永年忘れていたイースターという日。
再び身近に感じたのは14年前のこと。
祝祭日ではないけれどこの国の人にとってはやはり重要な一日。
昨夕のスーパーでは"Have a haapy hpliday."`の声に送り出され、
今日、日曜日は灰色のシャッターが下ろされていた。
重い袋を背負って行ったのにコイン・ランドリーは休み。
異文化から飛び込んだぼくにアメリカの祝祭日はどこか縁遠い。
それでも、イースターだけは少し違う。
街に春の気配が漂いはじめた頃、
イースターがやってきた数日後にぼくは年をとる。

イースター以外の祝祭日。
今でもそれほど感じることはできない。
祝祭日というより休日といった感じか。
その特別な日を祝うのではなく、休日であることを喜ぶ。
いいのかなぁ……。
ま、異人だから素直に休みを享受するだけにしておこう。


日本でも祝祭日を押したり、引っ張ってみたり。、
最近では知らない日に知らない休みがあったりする。
次は地方によって日程をシフトするとか、しないとか。


ガキなんて関係ない?
憲法なんてワシゃよう知らん。
みどり?
昭和?

今でも祭日に日の丸を上げる家庭はあるんだろうか?
そんなに簡単にあっちこっちへ動かせるものならば、
取ってつけたような祭日の名前はやめてしまい、
番号でも打って開き直っちゃえばいいのに。
<春一号>とか<金3号>とか。
<みかん>とか<急須>とか。

しかし、思うのは。
異国にいて、
クリスマスが血肉となっているものであったら、
New Year's Dayが正月だったら。
路上での冬を6つも越すことができたかどうか。


アメリカでの異体験。
1年中、至る所に星条旗が掲げられている。




にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報
[PR]
by seikiny1 | 2010-04-05 09:46 | 日本とアメリカと
勝新太郎。映画館。都こんぶ。ハイネケン。ジンジャー・エール。
機内アナウンスを聞きながら浮かんてきたのは。

都こんぶ。
ボンタン飴。
兵六餅。


映画スタアの肖像画(写真じゃない)の並んだ2階劇場入口。
どうしたわけか、今でも憶えているのは、
陽に灼けて色あせた天然色。
勝新太郎のものだけ。

通りに面した窓口で入場券を買い2階へ上がるまで、
そこだけがボンヤリと浮かび上がる。
眠そうな顔をしたおじさんの前に置かれたガラスケース。
中で十分すぎる間隔をとって並んでいたのが、

都こんぶ。
ボンタン飴。
兵六餅。

それだけ。
飲み物はというと、瓶入りのコカコーラ、牛乳。
ほかに大人用に缶ビール。
どれも駄菓子屋の値段の倍以上もするのでもちろん買ったことはない。
兵六餅なんて駄菓子屋でも買ったことはなかったけれど……。
そういえばあの頃の映画館、
いつもスクリーンとの間に幾筋かの煙が揺れてた。
《禁煙》のサインは館内アクセント。


自宅近所にも桜の花がポツリ、ポツリ咲きはじめた。
公園の季節。
どうしてだろう?
たとえ昼間でも、屋外でリラックスすると無性にビールが飲みたくなってくる。

そんな時はハイネケン。
不思議なことに、公園や公共施設のカフェに置かれているのは圧倒的にハイネケン。
ハイネケン、それほど好きなビールではないけれど。
アメリカのインポート・ビールNo.1の地位はとっくにコロナのものなのだが。
なぜかハイネケン。
たとえ好きではなくても、ここはハイネケン。
カメレオンとなるために。
大衆という人ごみにまぎれるこむために。
カフェの周囲に散在するベンチに腰をおろし、カバンから取り出す緑の小瓶。
キーホルダーにつけた栓抜きを使って。
ビールに4倍もの金を払って飲むほどぼくは酔狂ではない。


近所の植物園で毎年行われるSakura Matsuri。
お花見気分の日系イベント。
この日だけは缶入りのサッポロビール。
もちろん自前の弁当を持って。
「不味そう!」という言葉しか浮かばない業者の弁当。
10ドル近く出す気は毛頭ないし、それどこらか金をもらっても食指が伸びない。
競争のない社会に発展というのはないのにね。

それにしても日系のイベントとなると必ず何処かから出てくる和太鼓。
天に向かい伸び、静止をするバチは何のため?
叩くためなのか。
見せるためなのか。
あの姿を見た途端に僕の気持ちはしぼんでしまう。


機内アナウンスは続ける。
「……アルコール類は有料となります。
ビールは7ドル。
カクテル類は8ドル……」
ジンジャー・エールをもらい自前のペットボトルの栓をひねった。





にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報
[PR]
by seikiny1 | 2010-04-03 11:46 | 日本とアメリカと
桃色遊戯
『君は天然色』という歌があった。
19歳の頃だったと思う。
「バラ色の人生」などというけれどどんな色なんだろう?

「不景気になると黒色が流行る」
1980年頃、母の言葉。
川久保玲や山本耀司が流行りだし《カラス族》という言葉が生まれた頃。
そんな母の言葉と同じものに出会った。
「黒いフアッションが減少傾向、景気の持ち直しか」
そんな見出しだったと思う。
1週間前、ネットのニュースサイトにて。


「ニューヨークの街の色は?」
真っ先に思い浮かぶのが黒。
スリフト・ストアに行ってもTシャツ・ラックで白の次に多いのが黒。
圧倒的な割合を占める。
こんなのはやはり中古衣料を見るのが一番わかりやすい。
これがカリフォルニアへ行くと水色、オレンジ、黄色。
そんな色が増えてくる。
そんなわけでぼくのタンスも黒が多い。
それにしても。
久しぶりに新品Tシャツに腕を通すあの感覚を味わってみたくもある。

ニューヨークでは昔から黒がもてはやされる。
誰が着ても「それなりに」洒落て見えないこともない。
主張する色じゃないから応用がきき、
ワードローブを圧縮することができる。
住宅環境の悪いニューヨーク、
黒が多いのはそんな理由も大きいはず。

そんなニューヨークにもやっと春がやってきたようです。
今日の日中は20度。
10日ほど前には「あわや」と思わせる日々もあったけれど、
今回こそは本物の春でありますように。
それでも自然のことは自然が一番知っていて、
無彩色であったこの街にもこの2週間ほどで様々な差し色が出てきた。
草花、木々の新芽……。
この時期の散歩は生命の匂い。


自分のことや、状態を色で表すことの出来る人が羨ましい。
ぼくにできるのは、そんな抽象的なものじゃなく、
身近で印象に残ったもの。
夏休みだったら海の碧や深緑の翠であったり。
冬休みは白。
そして今回の帰国はピンク。
とはいっても、そんな場所に足しげく通ったわけではなく、
(その昔、風俗業界のことをピンク業界なんて言っていました)
ずっと桃の花が身近にあったから。
白梅よりも濃淡の差こそあれ桃色が多かった。


5歳年長の従兄。
帰省時には足かけ4日をつぶして相手をしてくれました。
飛行場で笑顔の出迎えにはじまり、
墓参り、家系ルーツ探索の旅、ジャンクフード紀行、温泉……
日中はどこへ行っても目端に梅の花。
きっとこの先、梅の花を目にするたびに短かくも幸せだったこの日々を思い出すことでしょう。

横浜へ移動する途中に立ち寄った太宰府天満宮。
ここも梅が満開で、
口からダラダラと血を流している園児の背景で、
満開の梅がなんだか和やかな空気にしてくれたり。
最後に訪れた高校生時代には見向きもしなかった。
幹が割れ、太い枝につっかえ棒を抱いた老樹や
古い建築物に目を奪われながら、
「お前もいい歳になったんだな」
そんなことをつぶやいている。

最近一番興味のあるのは苔。
日本に来るとどうしても苔のある方へ、ある方へ。
引っ張り込まれている自分がいます。
さて、こんな自分を色にたとえるとしたら何色だろう?

横浜の住宅地でも梅は咲き始めで、
熱海の梅園のものはほとんど散ってしまっていた。
残り少ない梅を見上げながら入った足湯。
あの「ジーン」とした熱さが今もよみがえってきます。


それにしても。
これほど梅の花を身近に感じた記憶がない。
やはり、
というか桜の存在が大きい。
これからはきっと梅も大きくなっていくのだろうけれど。

近所の通りではまだ若い枝垂れ桜が花をつけだした。
今月末には花見に行こう。
人の少ない週日を選んで。
もちろんバッグの二重底によく冷えたビールと弁当を忍ばせて。
花見の名所、植物園は持ち込み禁止だから。


バラ色の人生。
それは一色ではなく、様々な想いが織りをなす
世界にひとつしかない色なんだろうね。
それを絵にすることなんか不可能な。
今回、横糸に桃色が加わりました。


にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報
[PR]
by seikiny1 | 2010-04-02 12:03 | 日本とアメリカと
「フッ」という瞬間
時おり思い出す光景。

暗闇の中を動く小さな背中がみっつ。
小学生のぼく、年長の従兄弟がふたり。
ぼくたちは線路脇に設けられた鉄道保安用の鉄製通路を歩いている。
どこかに行っていたわけじゃない。
ただ歩いていただけ。


小さな頃、線路は遊び場だった。
他校区との間を走る10数本の線路。
横を流れる幅50cmほどの浅い川。
ザリガニの宝庫だった。
「ウナギを捕まえた人がいる」
などという伝説がまことしやかにささやかれていたりした。
そのくせ、当時の線路がどんなものであったのかまったく思い出すことができない。
いつまでも絶えない石を踏む音、
5時前5分のサイレンが鳴ったあとの夕闇、
だんだんと大きくなってくれ列車のライト、
蒸気機関車が吐き出すススの匂い、
まだポケットの中で熱を持つ、平たく薄くなってしまった鉄釘、
よみがえるのはそんなことばかり。



●2007年=50、 2008年=33、 2009年=44、2010年=0 
(成功率=40.8%)
●2009年=623 

上はNY市地下鉄の自殺者数。
下は日本での鉄道自殺者総数。


地下鉄が来るのを待ちながらホームの上から線路を覗き込むことがよくある。
日本でも、ニューヨークでも。

日本では文字に違うことなく、
どこへ行っても紙切れ1枚落ちていない。

ニューヨークでは、
コーラの空缶、ペットボトル、新聞紙、オレンジの皮、電池、ヘッドホン、携帯電話、チキンの骨、紙幣、帽子……
まるでドラッグ・ストアの棚のような品揃えだ。
重苦しく赤茶の中に沈みこんだ枕木、
水たまりの中を丸々と肥ったドブネズミが走る。
唯一の救いは線路の細い接触面が反射する光。


「こんなところでだけは死にたくないな」
そう思わせるのに充分な光景だ。
数ヶ月前の高円寺駅構内。
転落した女性を救助するために線路に飛び込んだ男性。
もし、NYのような線路だったら二の足を踏んでいたかもしれない。
(しかし、3年程前のNY。こちらも人命救助のために飛び込み、無事生還を果たした勇敢な人がいました)

いっそのこと、日本の線路も掃除なんかやめてしまえば、
ある程度の人命を救えるかもしれない。
とりあえずは。
たとえ、結果として汚すことになろうとも、
最期の場所くらい選びたいのが人情だ。


余談だけれど、
いくら安全になったとはいえ、犯罪と隣り合わせのアメリカ。
犯罪が消えてしまうことは、この国の自由を脅かす原因となる。
そんな意見を持つ人もいる。



別に死のうとは思わない。
自殺しなければならない理由もない。
それなのに。
「いけねえ、いけねえ……」
そんな浅い経験をなんどかしたことがある。

近づいてくるヘッドライト、こだまする轟音の前、
1秒の数100分の1程度だろう。
「フッ」と気持ちを遠くに持っていかれそうなことがある。
線路には、
大きくなってくるヘッドライトには、
あの風には、
何かふしぎな力があるのかもしれない?


結果として自殺と断じられた人たち。
何%の人が自殺する意志と理由を持っていたのだろう?
もしかすると、ぼくたちはこの「フッ」を吹っ切れた
ただそれだけなのかもしれない。
山のこちらと、あちら、
ただそれだけの違い。


飛びこまれてしまった運転士のほとんどは、
以後、精神的疾患に悩まされるという。





にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報
[PR]
by seikiny1 | 2010-04-01 10:41 | 日本とアメリカと
記事ランキング 画像一覧