ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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Bridge and Tunnel People
少し歩いただけでこの町が嫌いになった。

理由は単純。
この先も日光東照宮へ行くことはない、それと同じ。
徳川家康が嫌い、ただそれだけのこと。


ひとりになりたくて。
待ち合わせの約束を1時間さばよんで伝える。
午前11時、熱海駅前で同行者の車から降りた。
1時間だけ、ただブラリとするために。

熱海へは行きたくて行ったわけじゃない。
やむにやまれぬ事情で、といったところ。
それでも初めての町。
次はいつ来るのか2度目があるのかすらわからぬ町。
1時間でいいから自分だけの時間が欲しい。
欲ばりだ。

少し古びた商店街を往って、還る。
温泉マーク入りのまんじゅう屋、
干物屋、
郵便局
かまぼこ屋、
一里塚、
床屋
時代にシッポをふらない喫茶店……。
駅構内のかまぼこ屋で試食をしたあと風景にとけこむことにした。
周りを見習いベンチで缶ビールの栓を抜く。

駅前には足湯があった。
先程、梅園でつかったからもういい。
それ以前に『家康の湯』という名前が気にくわない。
歩くうちに通り向こうにあるビルが気にかかりだす。
途中に置かれる古く、小ぶりな蒸気機関車。
明治、大将の忘れ物らしい。


b0063957_819187.jpg




「ここは『登る』じゃなく、『上る』だろう……」

《機関車に登ってはいけません》
この10文字あまりの文章ででこの街が好きになった。


b0063957_8201335.jpg




国境線なんて言うけれど、
幅5cmほどでは用をなさない。
多くの場合は川や、海をはさんだり。
山のアチラとコチラだったり。
はたまた、長い長い城をこしらえてみたり。
帯は文化を隔てる。
人間がこしらえた塀という境界線、
その上をゆっくりと歩く猫たち。


Bridge and Tunnel Peopleという言葉がある。
あった、か?
今でも使うことはあるんだろうか?
少なくとも15年頃前まではよく使っていた。
川を挟んだ向こう側。
ニュージャージー、コネチカット、ロングアイランド……
そんなところからニューヨークへはるばるやって来る人たちのこと。
生活に必要なものはすべてあるのだが、
不必要なものが存在しない、存在を許されない町。
一種の蔑みと少しの同情を含ませて、
Bridge and Tunnel Peopleと呼ぶ。
日本の「田舎者」とは少し意味合いが違う。


熱海駅前。
大きなロータリーはあるのに近くに横断歩道がない。
ニューヨーカーに豹変して車道を突っ切ってもいいのだけれど、
日本の人の目はキビシク、怖い。
そんなときに地下道を発見。

静かなトンネルを抜けるとそこは駅前とは別世界だった。
うっすらと流れるBGM。
人の気配はない。
通りをはさんで建つ駅前のビル。
繁栄の残香はふんだんにある。
閉ざされたシャッターに湿った靴底の音が響く。

かつての食堂街だろう。
営業中の4軒。
ショーケースに、貼り出されたメニューにグイグイと心が持っていかれていた。
寿司、オムライス、餃子、そば、定食もあればもちろんビールだって。
3軒とも似たようなラインナップで、
すなわちぼくの好みでもある。
覗きこんだ店には小上がりさえある。
酔った吉田類さんがいてもなんの違和感もない。

しかし……。
約束の時間が迫っていた。
軽く1階、2階を流して駅へ戻ることに。
幾分ましとは言えるものの、地上もやはり似たような世界だった。
地下と同じで窓はないのになぜか少しだけ明るい。
明るく感じる。
洋品店、歯医者、ケーキ屋、喫茶店……。
3階以上はオフィス・テナント。
差し込み式の表示にも空白が目立つ。
洋品店のそばを歩く2人の年配女性。


川向こうとこちら側。
コインロッカーの値段。
駅構内では300円。
地下食堂街の階段脇では200円。
100円の差がなんだか悲しい。
使用中のものはなかった。




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by seikiny1 | 2010-04-19 08:22 | 日本とアメリカと
廃墟
ニューヨークに春の訪れを告げるもの。
サイドウォーク・カフェ。
通りに面したカフェ、レストランが歩道にテーブルセットを出しはじめる。

コンクリート、レンガ、石で出来上がった街。
綿密に設計をされた公園。
大地は人間という神が想像したもの深くに眠る。
そんな街では風物詩もまた人工のもの。
ここ数年の新顔は透明プラスチックのカップ。
温度計の表示と薄茶色のアイスコーヒーを手にする人の数が同期する。



ここしばらくの天気具合はなぜか東京と似ている。
不具合、と言ってもいいほどに寒暖の差が激しい。
30度を超す夏日。
数日後には10度を切り長袖の世話になる。
初物好き。
俗に言われる江戸っ子と似た気質なのか。
コートの背を丸めながらの屋外での食事シーンも珍しくはない。


歩きながら見ているのか、見ていないのか。
自分ですらわからない。
そんな視線はたしかにある。
屋外地下、吹き抜け沿いのカフェ。
テーブルの出されていない敷石はやけにくたびれて見える。
雪の翌朝に歩いてみても、
昨夜の手がかりを見つけることはむずかしい。
そんなエリアであるのに敷石にはまったく艶がない。

陽に灼け、塩をまかれ、零下をひと冬の間抱き込み……。
敷石はくたびれてしまったのか。

通り過ぎながら映っただけだから、
時間にして30秒程度。
見つめていたのは5秒にも満たないだろう。
車道を横切る頃には意識が飛んでしまっていた。



暗闇。拾われることのないゴミ。通りの奥に起こる匂い。
隙をうかがうチッポケな犯罪の眼、眼、眼……。
ナポリには1980代ニューヨークと同質の空気が立ちこめていた。
あの頃を思い出させるに十分な落書きの中に埋め込まれた地下鉄。
Graffitiのセンスだっていい。
作ったものではなくできあがったものなのに。
乾いた風景を見ながら郊外へ。


電車を降りて歩く。
グレープフルーツほどもあるレモンが枝にぶら下がる。
ポンペイ遺跡へ行ったのは炙られるような暑さ、熱さの日5月だった。

廃墟群。
かつて町として機能し、繁栄をしていた。
食堂、居酒屋、風呂屋、スタジアム、
上下水道も完備していれば、
風俗店もありGraffitiもある。
人々に埋め尽くされた町は、突如、火山灰の下に埋れた。

悲劇を思わせる材料に事欠きはしないのだが、
帽子をかぶっただれもが乾いた観察者の目でかつての繁栄の上をなぞる。
1900年という時間は人を冷静にするに十分な時間なんだろうか?


ミッドタウンに埋め込まれた敷石。
そこに廃墟となってしまったニューヨークを見ていた。
2010年04月14日朝。

朝の肌寒さのためか人影のない広場。
人の手によるものは、
出来上がったときに動くことをやめてしまう。
まるで地球の表面に焼き付けられたシミのよう。
生命を吹き込むことのできるのは創造主である人間だけ。

自然は愛しく、恋しい。
それでも、ぼくは都会がなくては生きていくことはできないだろう。
人は苦手だが、好きでもある。
窓辺に佇む庭に棲む猫のような距離感で生きてゆくことのかなう場所。
都会。
少なくともぼくにとっては。

数年後、
ぼくというカタチはこの地上に存在をしていないかもしれない。
数千年後に石膏を流し込まれるカタとしてだけ地底深くに転がるだけで。




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by seikiny1 | 2010-04-18 09:37 | ニューヨーク
電車いっぱいのSさん


2日間お休みです。
次は4月17日(予定)。



「念のため……」
そんなときは、いらないものがほとんど。

「本を読む時間は飛行機の中くらいだったな」
「カメラの充電なんてしなかった」
……
日本へ帰ってからの生活パターンもわかってきたので、
回を重ねるごとに荷物は少なくなっていく。
迷ったら入れない。
今回はスーツケースに大きな空っぽの段ボールを入れて帰った。
すき間が開きすぎてしまい。
それでもNYへ帰る際には重量オーバー。
あわや、超過料金を取られそうになる。
旅人の太っ腹の重さ。


何度も失くしたり、壊れそうになったり。
スペアの眼鏡を買うことにした。

老眼鏡を手放すことができなくなって5年が経つ。

分厚い手帳
文庫本
ペン
携帯電話
タバコ
ライター
財布
老眼鏡

便利になった世の中で増えつづける荷物。
「念のため」は入っていない。
二つ折りの財布だけは定位置である左の尻ポケット。
去年より増えているのは携帯電話と、倍の厚さになった手帳。
ポケットの少なくなる春に備えて小さなバッグを買うことに。
念のため。
生成り帆布製の小さなショルダーバッグを無印良品で。
1980円也。


バッグの起源は袋。
ある程度のこだわりはあるが、
ぼくの場合は物が入ればこと足りる。
とはいっても、数万円のバッグを否定する気はさらさらない。


Sさんと会ったのは23年前だった。
シカゴへ引っ越した数日後だったはず。

Sさんは財布を持たない。
クレジットカード各種、免許証など数種類のIDカード、お札。
そんなものを輪ゴムでグルグル巻きにして束ねていた。
3cm程の厚さは会ったはず。

Sさんはカバンを持たない。
書類、バインダー、本、ペンなどをレジ袋に入れて会社へ来ていた。
袋はたまに替わるが、
そこにはいつもDominick’sというスーパーのロゴがあった。

Sさんは1970年代初頭にNYへやって来た。
時間の大部分は当時で止まっていたのかもしれない。
少しだけフレアのかかった綿ポリのズボン。
ベルトレスだった。
「どこで買ったんすか?」
ききたくなるようなシャツは、
高い襟台、大きく長い襟、不思議な小紋模様のプリントが全身を埋めるポリエステル製だった。

今だったら「ブルーズだな」なんて思えるが、
あの頃のぼくにそんな容量はない。
家へ帰るなり「すごか人のおらすバイ」
と、当時の妻に靴を脱ぎながら伝えた。
笑いをこらえながら。

レジ袋はアメリカでも問題視されている。
15年ほども会っていないSさん。
今ごろはエコバッグですか?
財布は相変わらず輪ゴムですか?


出だしはファッションだった。
エコであることはおしゃれだった。

電車内を見回すと多くの人がエコバッグを手にしている。
買い物用ではなく、通勤用として。
しかもほとんどは別段洒落たものではなく、
はっきりいってショボイもの。
99¢で売られているスーパーなどのものが多い。
そんな中でSさんを思い出したという次第。

ファッションという入り口から入ったが、
そこではじめて機能性に気づいたのだろう。
物を入れる。丈夫である。
ただそれだけの機能に特化したバッグ。
アメリカではToteと呼ばれる。
この名前がこれほどあふれかえるとは想像だにしなかった。
別格である、L.L. Beasの帆布製Toteを除いては。

今回の帰国にあたって母へのおみやげに選んだのもバッグ。
黒いナイロン地Tote風バッグ。
99¢じゃない。


今日は仕事を終えたその足で小さな旅に出る。
いつもとは違うバッグのために勝手がちがい、
「あんたチャック開いてるよ」
と見知らぬ人から教えてもらったり、
物のありかがわからずゴソゴソしたり。
身体がオートモードで動かない。
もちろん「念のため」は入っていない(と思う)。

「念のため」は不要。
しかし、今、
ぼくがあるのも内在する「念のため」のおかげといってもいい。
基本的なところで用心深いから。
雨の日、大雪の日、強風の日、やばそうな場所で……。
6年の間、そんな中をくぐりぬけることができたのも、
どこかにあった「念のため」のおかげでもある。

ただぼくの用心深さには適当なズボラさが同居をするのだけれど。
たまにやってしまうチョンボ。
「こいつは入れとかなきゃな」
旅先でふたを開けたら空っぽだったフェイスクリーム。
この適当はテキトーではなく。
この良い加減はイイカゲンではない。



血は争えない。

NYヘ発つ朝、
ぼくは母親を見送った。
友人達と小旅行へ出かけていく母。
肩ではおみやげの黒いカバンが揺れきれずにいる。
「『これも要るかなー』と思うて、
わかっちゃおるとばってんねー。
ついつい、あれもこれも詰め込んでいつもカバンはパンパンたい」
玄関までの数メートル。
苦笑する母の背中を送って歩く。
「いってらっしゃい。いってきます」
「いってきます。いってらっしゃい」





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by seikiny1 | 2010-04-15 05:03 | 日本とアメリカと
ウエストの周囲
太っ腹といってもアメリカ人ほど巨大じゃない。
「去年の夏はたしか……」
白いズボンのチャックを上げようとしているんだけど、
やせ中年男のたるんだ腹程度。

それでも旅は人を太っ腹にしてくれる。
飛行機内のアルコールに金を払う気はサラサラないが。

成田に到着すると迷うことなく宅配カウンターへ向かう。
身軽になってリムジンバスカウンター、ここでも金を落とす。
羽田ではキリン・ラガーの値段にも抵抗を感じない。

200ドルで偽ルイ・ヴィトンのボストンを買ってもニコニコ。
「授業料、授業料」と、
イエローキャブに遠回りされてもなんとか自分をねじ伏せる
「仕方ないよ」高いホテル代もしかたない。
似たようなもの。

某大手文具屋の支店にて。
「こちらが試筆用のものになります」
もったいぶった態度で試筆専用万年筆を渡されてもグッとこらえられる。
こんな店ではやせっぽち。

友と飲む時は金のことなんて考えない。
しょっぱいラーメン、食後に手を合わす。
買ったり、動いたり、寝たり、飲んだり、食ったり。
だまされたって小さなことなら。

日常では安いビールを求めて歩くのに。
ハッピー・アワーに間に合うよう早足になるのに。
旅先ではこだわらない。
旅に出ることは楽しい。
見知らぬ街。
見知らぬ人。
なつかしい街。
なつかしい人。
お金を使う、
これも旅また大事な旅の要素。



《日本一週無銭旅行》
ネットのコミュニケーションを使うらしいが
そんな旅をを企画・実行中の女の子がいる。
マメに宣伝・連絡を繰りかえしながら。
徒歩、馬、船、鉄道、車、船、飛行機、スペースシャトル。
時代とともに旅の形態も変りつづける。
でも、金を使わない旅って楽しいんだろうか。
人々の善意と情だけで旅に出る。


旅先では陽気でいるがそれはあくまでも旅の顔。
だれもがあとひとつの顔を持つ。
生活者としての顔。
片面だけの顔なんてありえない。
ホームレスという生き方も、
似ていないこともないけれど、
はなっから人の懐だけをあてにしているわけじゃない。

身銭を切ってこそ旅は楽しい。
おごられたり、おごったりしながらも旅を続ける。
次はおごったり、おごられたり。


数年前まで、日本国内の飛行機移動は高かった。
今ではどこへ行っても\10000か\11000。
期日指定の航空券を海外で購入しておかなければならないが。
《Yokoso Japan》という観光キャンペーンの一環らしい。
「外国人を日本へ呼ぼう」
もちろん飛行機に乗れだけではなく行く先々でお金を落とす。
旅行者の太っ腹で国をうるおそう。
なんだか寂しいなこの発想。
自分の身を受け取る側に置いたとして。
個人的に\10000の飛行機はありがたいけれど。
まるで下手な釣り師を見ているよう。
エサの先から釣り針が見えてる。


歩道に溢れる人、人、人。
地下鉄で、カフェで地図を広げるカップル。
UPS配達トラックの前でポーズを取る女性。

そんな人が増えはじめる頃、ニューヨークに春がやってくる。
暮らす者には生活の場に過ぎない。
地球人口99%の人にとっては観光地に過ぎない。
経済活動のヘソではあるがにそういったお金でも街は潤っている。
観光地になった街。


財源確保のためにカジノを検討し、
税収アップのためだけにマリファナ合法化を議論する。
観光立国はそんな考え方に似ている。
《日本一周無銭旅行》に似た脈拍を感じる。
金のためだけならば、マリファナも違法のままがいい。


「むしゃくしゃする時は買い物」
そんな女の子は多い。

身銭ということを考える。
使うことの大切さ。



なんでも、次は
《Japan Endless Discovery》
らしいですね前原国土交通相。
むかしあったテレビ番組『クレクレタコラ』


このところ史上まれに見るほどの更新頻度でした。
が、
明日から3日間お休みです(NYから消えます)
次の更新はこちら(NY)時間の土曜日:4月17日予定です。



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by seikiny1 | 2010-04-14 08:50 | 日本とアメリカと
西インド諸島
目で、耳で焼きつけたものよりも、
匂いや味覚の記憶の方が鮮明であることがある。

今朝の話。
地下鉄への階段を下りながら、
Port Authority Bus Terminalの匂いをかいだ。
古い匂いだ。
今日がぼくの誕生日であることと無縁ではない。
48回目。
その上、あと5ヶ月でアメリカ生活24年目に入る。
人生の半分というのはやはり大きいな。
12歳の時、
「人生の半分は小学校にいる」
そんなことは考えなかったが。

排気ガス、酸っぱい体臭、乾いた小便、たばこ、アルコール、ほこり……。
そんなものがブレンドされた匂い。
24年前の臭い。
バスのドアを出たときに包み込まれた臭い。


沸点がやってきたのは別のばしょだった。
あたり前の話だがニューヨーク市はニューヨーク州にある。
しかし、ぼくの原点となるニューヨークは、
お隣のニュージャージー州にある。


長い旅だった。
サンフランシスコを起点にあちこちに寄っての旅。
それでも、その日、ニューヨークに到着することは知っていた。

"......New York,,,,,,"
運転手が次の停車地を知らせる。
聞き取りにくいながらも、
なんとかニューヨークという単語だけはつかみとることができた。

言われてみれば通りを歩く人の表情がこれまでとは違う。
弛緩した中にもどこか緊張感がただよっている。
(ぅぉ、お、お、お……)
腹の底でほとばしるものがある。
ニューヨークへ着いた。


バスが停まったのはArmy & Navy Storeの前。
不思議と誰も降りようとはしない。
しようがないからて荷物を手に出口へと向かうことに。
「あんたニューヨークまでだろう?」
「あぁ」
「ここはまだニューヨークじゃないよ。ここはウエスト・ニューヨーク」
「は???」
「まだここはニュージャージーだよ。着いたら教えてあげるから座りな」

なんとか事情が飲みこめて再び席に身を埋めることにした。

約30分後についたほら穴のようなバスターミナルがニューヨークだった。


この街に腰を落ちつけてからも、
バスで、車で「あの」ニューヨークへは何度も足を運んだ。
たまたま見かけたArmy & Navy Storeにお宝が渦巻いていた、
ということもあるけれど身体の底に、
「あそこへ行きたい」
そんな衝動が確実にあった。
いつも小さな興奮をたずさえてその町、
ぼくのニューヨーク。
ウエスト・ニューヨークへ行っていた。


今回の帰国ではJFk空港近くまで別ルートをとった。
LIRR(ロングアイランド鉄道)という中距離鉄道に乗って。

朝7時過ぎとはいえ、
通勤客とは逆方向になるので車内はガランとしている。
「……???」
車内アナウンスに耳を疑う。
電車が滑り込んだ殺風景な駅。
表示を見ると"East New York”


ぼくはコロンブスの気持ちが良くわかる。
彼にとって西インド諸島はまちがいなくインドだった。










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by seikiny1 | 2010-04-13 10:47 | 日本とアメリカと
ササヤく
ゴールデン・トライアングル
バミューダー・トライアングル
……

みんなトライアングルが好き。
点2つは線に過ぎず、
3つになってはじめて面になる。
そこに線では味わえない安心を見出すのか。
それとも遠い文明発祥の地に想いを馳せるのか。

このごろ新たなトライアングルがひとつ。
チャイナタウン・トライアングル。
Canal St.-Centre St.-Walker St.の3辺に囲まれたデルタ。


日本での実感は、
国民的バッグであったルィ・ヴィトンの減少。
あそこでも、ここでもという風ではなくなっていた。
それでも数百万もする限定商品を買う社長夫人はいるらしいが。


チャイナタウン・トライアングル。
偽物ブランドバッグの王国。
度重なる摘発で店頭からはほとんど消えてしまった。
2003年以来の没収は総額50億円を越すらしい。
それでも消えない。


「あいつらには本当にやられてばっかりだよ」
10年ほど前、飲み屋の常連Jの声が響く。
バッグではないけれど彼は某有名若者ブランドの社長。
「でもな……」
オクターブ落ちたで続ける。
「正直な話、うちの商品より奴らの方がいいデキなんだ」


歩道を埋める人で真っ直ぐに歩くことのできないチャイナタウン。
ササヤく男がいる。


「リーバイスのセカンド(Gジャン)あるよ」
20年前、NYのビンテージ・ショップにて。
どこの店へ行っても同じようなササヤきが聞こえてくる。
カビとホコリの匂いに混じって。


売りたいものがある。
店頭に出したくない、並べられないものがある。
そんな時に人はササヤく。
求める者は救われる。
探している者はサインなんてぶら下げてはいなくても、
アチラから手を差し伸べてくれる。
本人は気づいていなくても、
Somebody's watching you.


(ブランド物バッグ探してんの?)
通りすがりの白人女性に声を掛けるアジア女性。
カーブのある背中に10年前、20年前のひとコマを思い出す。

中華街の"Bag Whisperer"たち。




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by seikiny1 | 2010-04-12 09:20 | 日本とアメリカと
狼の皮をかぶった羊
「あ、落としましたよ」
吸いがらをポイする人。
空き缶を人ん家の前に置き去りにする人を見かけると、
必ず追いかけて肩をたたき渡してあげる人がいた。
「近頃は自然に還るものはヨシとしました」
以前ではアクセルを踏み込んで追いかけていたのに、
みかんの皮を窓から放り投げた車を見ながらニコニコしている。
年齢や経験というのは面白い。

かつての彼は羊の皮をかぶった狼だったが、
今は日向ぼっこをしているドーベルマンの横顔をしている。

羊の顔をかぶった狼。
出処はイソップ物語とずっと思っていたのだけれど、
古くはは新約聖書:マタイ伝に出てくるとのこと。
ぼくにとってはニッサン・スカイライン・GT-R(箱スカ)。


2日続いた真夏日もひと息。
今日のNYは平年並みといったところ。
それにしても気候がおかしいのか、
自分の軸がずれすぎたのか。
最近、平年並み、などの平均言葉を聞いてもピンとこない。
なんだかあいまいで、だまされているような気がして。
やっぱり性格の方がなじれてるみたいだ。

ドアを開けたときに感じたのは、
春ではなく秋の初日だった。
油断をしていた身体がヒンヤリ引き締まっていくのを感じる。
それでもチェリーの花は真っ白な花を咲かせ、
フードをかぶった二人の子どもが、
父親の周りをグルグルまわりながら通り過ぎてゆく。
気づいたらポケットの中に手を突っ込んでいた。
手袋はタンスの中に眠る。

マフラーを巻く人。
ダウンの人。
厚手のウールコートに身を埋める人。
Tシャツの人。
電車の中も期待と現実の格好の人々。
それでも2日前より冷えたとはいえ春日和。
ほぼ満員に近い。

日本では見られない風景。
自転車が3台。
1台は中華料理屋のデリバリーの人なんだろうか、
チャイナタウンにあるGrand Stで降りていった。


"Excuse me."
背後からきた影が人の間を縫うようにして移動していく。
先程までぼくの斜め後ろに座っていた女の子だった。
18歳ほどの彼女は全身黒ずくめ。
革ジャン、細身のコーデュロイ・パンツ。
黒革のサンダルとバッグには鋲が打たれ、
レイバンの黒いウェイファラーをかけている。
そこだけ茶色の、アミダにかぶった帽子。
デビュー当時のマドンナを思わせる風貌だった。

「???」
振り向いてみると、
先程まで彼女が座っていた席にはベビーカーに座る男の子に話しかけている父親がいる。


日本の街はきれいです。
いくらNYの街が以前より綺麗になったとはいえ、
まったく比較の対象にすらなりません。
もしろん清掃をする人の頑張りもあるでしょう。
それでも、
どうみても悪そうに見えるアンちゃんが、
「スッ」と仲間の輪から抜けてゴミ箱にペットボトルを放ったり。
住宅街にある自販機前。
黒塗りの車から降りてきた男性。
どうみてもその筋の方の格好をなさっています。
何も買うわけではなく、
手に持った空き缶3個ほどをゴミ箱に入れると運転席に乗り込む。

街には一時期ほどゴミ箱が見られないのに。
(以前よりは住みにくくなったかな?)
とは思うものの、日本人は基本的に几帳面と真面目さから抜けきれないのかな、
とも思う。
街には狼が増えた。
それでも大部分は狼の皮を被った羊ではないのか、と。
それは決して悪いことばかりではない。


以前は羊の皮をかぶることに憧れていました。
ぼくはそんな柄ではないし、
基本的に羊的部分が強いと思う。
たとえかぶってもそんな皮は窮屈着心地が悪い。
居心地のよい生き方をしよう、と。

でも、日本人のよくないところは自分の《楽》に甘えるところ。
ぼくも含めて。





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by seikiny1 | 2010-04-11 08:56 | 日本とアメリカと
実家:ボンガーズ。国語辞典なんてクソ喰らえ
最初に日本で食べたもの(羽田の炙りチャーシューは除外)。
タイラギ貝柱の粕漬け。
従兄の奥さんmiwaちゃんの手料理。
んー、どちらも最高でした、ありがとう。

で、ここでは外食の話。
トップバッターはやっぱり《ダゴ(お好み焼き)》。
大牟田名物『高専ダゴ』という30cmx50cm(長方形です)程もある巨大さ。
30年前はペロリだったけど、こんなところに出てくる年齢。
最後の方は気合だけで食べていた感強し。
死ぬほど食べました。
ヘトヘトになりながら。
「とてもおいしかった」、といえば上品だけど大牟田弁では
「クソんごつ旨かったぁー!」


足掛け4日間の大牟田だったけど、
とても味濃いいものとなりました。
それもこれも従兄夫妻、そして親友のMちゃんのおかげです。
その時にはわかっていないけど、
「共に過ごすというのはすばらしいことなんだなー」
と、あらためて実感しました。
この3人がいなかったなら、今回大牟田に帰っていたか。
この先帰ることがあるか。
また、次も帰ります。

兄貴であり、師匠であり、善悪あらゆることの伝道師である従兄は。
大牟田駅近くでライブハウス:スタジオGUMBOというのをやっている。
明治時代に建てられた赤レンガ倉庫に自ら手を加えて。
そういえばmiwaちゃんの嫁入り道具、薪ストーブはもう取りつけられたかな?

到着した翌日の夜。
『よー帰ってきたね』ライブ&同窓会を貸し切りで開いてくれた。
10数年の空白を砂利で埋めるために。
小学校以来の同級生、卒業してからもずっとつきあってきたやつらが集まって。

適当に齢をとった懐かしい面々の間に、
秩序なない快適な時間が流れてゆく。
寝転がっていた10数年なんか「ポッ」と抜けて。
飲むわ、食うわ、喋るわ……。

とりとめの無い時間が過ぎていくく中、
ステージからの音がだんだんと大きくなってきて、まとまった。
従兄、Mちゃん、Kちゃん、Tヤン。
ボンヤリと射すスポットライトの下、4人が思い思いにボンヤリと座る。
The ボンガーズ。
Muddyで濃厚な音が心地よいブルーズバンドの演奏が始まろうとしていた。
ずっと以前はLariatt Blues Band。
「寿バンド」などと自嘲しながらやっているうちに、
はや20年が経過して今はボンガーズ。

♪……何時でも帰っえおいでよ、ここはセイキちゃんの実家なんだから……♪
1曲目には、その日のために作ってくれたのか、
ぼくの帰郷ブルーズが流れ出す。

「そうだ。ここは実家なんだ。
今、この空間に集まっている、
決して多くはないが濃い人間たち。
彼らは自分のファミリー以外の何ものでもない」

母は横浜へと越してしまい、
今、大牟田にぼくの家族はいない。
それでも血は少し薄かったり。
まったく交わっていなかったりするが、
ここには間違いなくぼくのファミリーたちがいる。
アタタカイ男たちが。
ほんの少しだけだけれど涙が出ていた。
そしてぼくがニューヨークに居ることのできるのも、
こんな護り神たちが地元にいればこそであることに思いいたる。

母、姉夫婦、妹夫婦。
横浜でも歓迎をしてくれた。
何の縁もなかったこの地も、またぼくにとっての実家となった。

実家の国語辞典での意味なんてどうでもいい。
2週間あまりの旅を終えて帰ってきたこのニューヨークも、
ぼくの実家として存在する。
実家とは、
帰るべき、帰りたい、帰ることのできる場所のこと。
そんな場所をいくつも持っている、なんて贅沢なんだろう。

いつまでたっても、どこか中途半端なニューヨークの日本人。
それはぼくを含めてのことだけれど。
中国人や韓国人とはまったく違う。
彼らは故国というものを断ち切ってきている。
だから覚悟がまったく違う。
すべてを賭けてこの地に根をはろうとしている。

それでもぼくは実家を、しかも3つも持つことができて幸せだし、
この先もこの幸せを選択し続けていくことと思う。
どの町でも笑顔で迎えてくれる人々がぼくにはいる。


「フッ」
空气の抜けるような感じでボンガーズの演奏が終わった。
スポットライトの下にはギターを弾きながら眠ってしまったTヤン。
頭をたれて椅子に座る姿が高田渡さんに見えてくる。




〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
ボンガーズ・ライブ

告知が遅れてしまいましたが、今日ライブです。
お時間のある方、駆けつけてください。

■《『虹の岬祭り』 キャンペーン・プレ・イベント》
期日:4月10日 午後6時から
場所:スタジオ GUMBO
   福岡県大牟田市不知火町2丁目3
   0944-56-6626
出演:DJ.SEIGO、龍太郎、朝倉ロッカーズ、MJ'S after、ボンガーズ、風太郎、DJ.ZONBIE、DJ.HaL、DJ.randam、DJ.disconcyan

■ 『虹の岬祭り』→必参加イベントです
(ボンガーズは5月2日18時から演奏)

今年20回目を迎える虹の岬祭り。
大分県の南部に浮かぶ島(大分県佐伯市蒲江町屋形島州の浜はまゆう公園)で開催されます。
期間:2010年5月1,2,3,4,5日
出演:出演者 アニーキー ア ゴーゴー!・あり&みさき・ANBASSA・キャラバンKAORI・九州ジャンベクラブ・小嶋さちほ・ギターパンダ・The ファミリー・サヨコオトナラ・生活サーカス・ダイヤーウルフ・DADA CHILD・たかのり・CHINA CATS・チェイシンドラゴン・鶴坊・ともレッド・FIRE・風太郎・Bone Tatsuya&MJ's・HOU・ボンガーズ・マッコイ池田・正木高志・南正人・MONETELIMA・山本公成・ラビラビ・りんどう・リキ・Rain man・天国バンド (アイウエオ順)

ゴールデンウィークはテントを背負って、フェリーに乗ってGoです。

■おまけ
タイラギ粕漬けの近藤食品本舗
  うまいですよー!
  おみやげで頂いて、ニューヨークでも食ってます。




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by seikiny1 | 2010-04-10 01:31 | 日本とアメリカと
都市伝説
海外から帰ってきた時、他の人は真っ先に何を食べるんだろう?
「絶対に、毎回、鉄火丼!」とこたえた知人がいた。
それぞれにあるこだわり。
最初はたったの1回だけ。

NYへ着いて最初に食べたのはダブル・チーズバーガー。
バーガーキングでは、不景気のためか昨年12月から値段を$1.00に設定。
普通のチーズバーガーの方が29セント高いといううれしい逆転現象が起きている。

後悔するとわかっているのに。
ついつい食べてしまうのがジャンクな味。
案の定、数時間後に胸焼けが。
不健康極まりないのはわかってるんですがね。
それでもたまに食べたくなる。
止まらない。
止められない。
不思議な粉でもはいってるんだろうか?

カケラほどの愛想をなんとかキープしている店員とのやり取りで、
なぜか「帰ってきた!」という実感がわいてくるんですね、これが。

日本は日本のよさ。
マクドナルド・ネーさんのニッコリ。
こちらも帰ってきた感をかなりアップしてくれます。
それにしても《スマイル0円》というステッカ―。
本当にカウンター内に貼られているのかな?
まことしやかにささやかれる噂。
こういうのを都市伝説というのでしょうか。


子供の頃の話。
「白●町のラーメン屋、△■軒の裏に行は猫の首が並んでいる」
そんなことを話している大人たちがいた。
もちろん確認になんか行かなかった。
臆病だから。

こんなのもあった。
「たこ焼き屋のおやじは地面に捨てられた割り箸を拾ってる」
今思えば地球にやさしい元祖リサイクル。
実話だったとすればね。

あそこにゴミ箱があったかどうか覚えていない。
誰もが自然な流れで「ポイッ」と割り箸を地面に落とす。
今じゃすましてるけど、中国人の悪口ばかりは言えないな。
そんな噂を聞いて以来ぼく達子供は、
「ポキッ」
オジサンの目の前で割り箸を折って捨てるようになった。
意地悪だなぁ。

西日本とはいえ、たこ焼き屋は少なかった。
大牟田市は九州一お好み焼き屋密度が高い町なので、
その辺との兼ね合いがあるのかもしれません。
ちなみにお好み焼きなんて呼ぶ人はいない。
ダゴ。
お好み焼き屋はダゴ屋。
炭坑の閉山、三井の撤退で過疎化の進む町。
第三セクターなど色々やったが全部コケた。
見事にマルゴけ。
これだけこけ続ける町もめずらしい。
ニュースになるのはヤーさんとか、
つい先日は北九州から遠征してきた警官が、
14歳の少女と援交。
なぜかそんなのばかり。

今はダゴで町おこしをしようとしている。

余談でした。

行動範囲にある唯一のたこ焼き屋は市営プール前の露店だった。
秋になりプールが閉鎖となっても、
しばらくは同じ場所で営業をしていた。
今思うとあんな辺鄙な場所であんな時期に商売になったのか疑問ですが。

そんなわけでぼくの中でたこ焼きとプールは完全にリンクしています。
たこ焼きを食べると泳ぎたくなるし、
プールから上がって寝そべっている時にたこ焼きを食べたくなったり。
それに割り箸。

唯一のたこ焼き屋。
そこでは3個ずつが割り箸に刺されてた。
ガキでもなんとか買える3個。
1個ずつ売ってたのではオッチャンだって大変だ。
その落としどころが3個だったんだろう。
経木の皿にのせて右手小指のないオッチャンが渡してくれる。
もちろんナプキンなんてしろものはない。

たこ焼きは、
爪楊枝ではなくて割り箸とリンクする。
日本レストランの床、先の方に醤油のしみのある割り箸の片割れにたこ焼きを想ったり。


「なんて食べ方をするんだ!違う!」
透明パックに並ぶたこ焼き。
器用に爪楊枝で持ち上げる人たち。


最初に自分の中に根づいた文化が根幹を決定する。
最初に根を下ろした土地が好きになるように。
どんなにいやなことがあってもニューヨークが好きなのは、
きっとたこ焼きの割り箸と同じ理由なんだろう。


2010年3月某日。
陽の落ちた地下鉄東高円寺駅前。
人待ちをしながら急に泳ぎたくなってきた。




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by seikiny1 | 2010-04-09 08:48 | 日本とアメリカと
バカ
「漫画を読むとバカになる」
幼い頃のインプットはすごい。
自分のことは棚に上げ、
マンガ本を手に歩く人を見かけると、
『バカ』
という言葉が浮かぶ。

ウチの親はそんな人でした。
漫画が載っている『小学●年生』が欲しかった。
でも、やってくるのは学研の『科学』と『学習』。
付録がおもしろく、それはそれでよかったのだけれど。

『ハレンチ学園』
『おそまつくん』
『キッカイクン』
『あしたのジョー』
『天才バカボン』
そういったわけで漫画はいつも
5歳年上の従兄の部屋で読みふけっていた。

高校生になると喫茶店が漫画を読む場所に。
漫画を読むために喫茶店へ行くとはいっても、
あくまで喫茶がメインで漫画はサブ。
入店するや
「今日はお泊りですか?」
なんて聞かれたことはなかった。

でも、この先、喫茶店の本流は漫喫になっていくのかもしれない。


HANAMI。
そんなものを初めとするニューヨークでの日系イベント。
常連といえば、
なぜか高々と腕を振り上げる和太鼓だけれど、
この3年ほどあとひとつの常連が加わり年々増殖している。

初めて見たときは、
「春の陽気に大量発生したキチガイか?」
と驚きもしたけれど最近はすっかり慣れてしまった。
常々思うのだけれど、
慣れ、馴れ、そして狎れっておそろしい。
麻痺、常用、そして中毒っておそろしい。

どうやって情報をチェックしているのだろう?
どこからかにじみ出てくるコスプレ軍団。
動物の本能に忠実なのか不思議と群れをなす。
ひとつではなく、
ここにも、あそこにも、あっ、あんなとろろにまで……。

ヒラヒラ・フリルに埋もれカツラをかぶった姫様。
あれは忍者か騎士か、それともカンフーか。
巨大なはりぼての鎌と未来の刀のようなものでチャンバラ中の人。
木にくくりつけられた団旗のようなものの下に集まる同志たちもいる。

彼らにとっての日本。
TOYOTAでもSONYでもPearl Harborでもなく、
MANGAの国。


受け手が発信者を引っ張ることがある。
そんな波を感じたのか。
3年程前に新装開店をした紀伊国屋書店ニューヨーク店。
2階の大半をコミックスが占め、
いまやMANGA君、MANGAちゃんたちのメッカ的様相を呈しつつある。
アメリカ人客がかなり増え、しかも以前では見られなかった若い層が多い。
かたやBook OFF。
こちらも新刊本を買えない貧しいぼくの境遇に似た少年少女が巣食う。
しかも立ち読み大歓迎ときたものだから、
彼ら、彼女らにとってはまさにHeaven。


普段使うP図書館は自宅近所にある小さな分館。
そんな施設でさえMANGAのみで埋められた本棚が6本。
1段に約50冊のコミックスが入る棚が各5段、
約1500冊の蔵書を持つ計算となる。

P図書館の午後3時。
1人、2人……。
学校帰りの少年、少女によるテーブルの占拠がはじまる。
次第に大きくなっていく声。
係員の注意が飛ぶ。
小声にはなるがやはり高まる感情を抑えきれないのか……。
また注意。
そんなことを延々と続けていく子供たち。
ちなみに図書館でのMANGAの分類はGraphic Novel。
ちなみにアメリカの図書館ではみなさん平気で飲食をする。
昨夏に見たこれまで最大の猛者は、
新聞紙(自前)をテーブルに広げ丸ごとスイカを切り出した。



ホームレスをやめてから日本へ帰った回数=3。
2004年、2009年、2010年。
そのたびに、
「あーマンガ読む人が少なくなったなー」
そんなことを思う。

ホームレスは経済に敏感だ。
街に落ちているものからその時の経済状況をつかむ。
たとえばシケモクの長さ。
たとえばスニーカー底の減り具合。
発行部数、実売部数なんかも出版社発表のものよりずっとあてになるのでは。
帰国中に何度か目にした漫画誌を集めるホームレス。
急激・確実に冊数が減ってきている。

かわりに増えているのがピコピコ。
電車でピコピコ。
ホームでピコピコ。
横断歩道でピコピコ。
歩きながらピコピコ。
Tweeterの普及でこのピコピコもっと増えるだろう。

「外国人が見たら恥ずかしい。いい齢をした大人が……」
識者と呼ばれる人はかつてそんなことをのたまわっておられた。
さて、現在、電車内の風景を外国人に見せて恥ずかしくないのだろうか?
あれは、あれ。
これは、これ。
識者と呼ばれる人は「文字離れが……」などと嘆いておられるのだろうか。
「おかしいぞ。ここはMANGAの神国なのでは……」
アメリカの若者に限って言えば、
今の車内風景を奇異に・寂しく思う人も多いはず。


さて20年後、マンガの世界地図はどうなっているだろう?
マンガは間違いなく文化だ。
頭が悪くなるかどうかはわからないけれど、
文化であることに疑う余地はない。
マンガは消えてしまうのか?
それともMANGA読者のために作者はせっせと書き続け、
逆輸入商品を買う日がやってくるのか。
かつてのHONDAのWINGのように。


「マンガを読むとバカになる」
そんな言葉を真に受けた政治家が長期戦略として、
海外でMANGA普及につとめてきたのであれば
「あっぱれ」の言葉を送りたい。
この伝でいくとアメリカという大国を確実にパーにする、
そんな勢いだから。



あ、またバカが通っていく。





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by seikiny1 | 2010-04-07 09:08 | 日本とアメリカと
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