ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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ドアを開けろ
スタンダードという言葉はキライ。
それでも、時として必要とされるスタンダードは認める。

規格でああなっているのか。
それとも、いつの間にかああなってしまったのか。
業界標準?
ちなみに自主規制という言葉はもっとキライ。

記憶する限り、
《閉》は右。
《開》は左。
そんな配置になっている。
エレベーターのボタン。
アメリカでの話。

盲目の人にとってこのスタンダード(?)は助かる。
点字表示の有無に関わらず
「この辺かなー」
と思って触れればそこにあるということが。
《だいたい》
って大事なことだと思う。
安心感。

肉体面でも精神面でも盲目であることは怖い。
盲目にはなりたくない。
見えないことは困る以上に、怖い。
身近に(精神的)盲目の人がなんと多いことか。
冷めた眼で見ているぼくも、もしかしたら……。


24年間で変わったこと。
少なくともニューヨークでは。

エレベーターに乗り込み《閉》ボタンを押す人なんていなかった。
それが今では6割方の人が押す。

午後5時過ぎ。
オフィスのエレベーター・ホール。
「ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ……」
連打という言葉が浮かんでくる。
先に乗り込んだ女性は近づく足音を耳にした途端、
《閉》ボタンのマシンガン打ち。
忙しい、急ぐということに無縁であるぼくなら、
間違いなく《開》ボタンを押して待つ。
やさしいとか、そんなことではなく、
ただ時間があるだけ。
ふたつのボタン。

この数年、感じ続けているのはアメリカの日本化。
「ハーイ。次は7番へどうぞーっ」
スーパーマーケットで精算の列を交通整理する従業員。
《閉》ボタンを押すエレベーター利用者。
小さくなってしまった車、そしてトヨタはリコールに。
小ぎれいになっていく街並み。
なんだか縮んで行くこの国。

一方、日本では今でもアメリカの背を追いかける。
新しく導入される(らしい)タバコ税。
クリスピー・クリーム名古屋店に並ぶ900人。
マクドナルドでバカ売れしたNew York Burger。
ハーレー・ダビッドソンは永遠のあこがれ。
そんな背中を追いかけて、ぼくもこの国にやって来た。


水仙のつぼみがやっと柔らかくなってきました。
今日は18℃。




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by seikiny1 | 2010-03-19 10:00 | 日本とアメリカと
初体験
3文字書くだけで甘く酸っぱい。

初体験。

子どもは
好き。
嫌い。
ママの人間だからだろう。
グサリとナイフで刺してくる。
しかも集団になると……。
二乗、三乗……∞。

バスでいつもとは違う駅へ向かうことに。
停留所へ行くと、
1、2、3、4、5、6……。
紺色の制服と帽子に身をかためた17人のガキの先客が。
会話を聞いていると玉川学園小学部の二年生らしい。

「みんなー!つめて乗ってねーっ!」
定期券で乗り込む子ども達の背を運転手さんの声が追いかける。


バスでは坐りません。
電車では坐ります。
昔読んだ沢木耕太郎さんのエッセイ。、
「席をゆずるタイミングや、やり取りが煩わしいから坐らない」
そんな言葉がバスに乗ると。
結構、感化されやすい性質なので。
《煩わしさ》というところにも深く同意なのですが、それ以前の影響力。

もちろん沢木さん、これは路線バスでの話で、
ユーラシアを立ったまま抜けて行ったわけではありません。
(大陸ではいつも最後尾の座席が指定席だったとか)

それにしても、あれって本当に寝てるのかな?
電車の中、吊り革につかまる高齢者の前で目を閉じる人たち。
《タヌキ寝入りチエック・ガン》なんか売り出されたらおもしろいのに。
「おい、君、寝てるわけじゃないようだね~」と肩を叩かれる。
色々と問題の多いアメリカですが、
高齢者に席を譲るというシステムはなかなかうまくいっています。
善意の人もいれば、見栄の人もいる。
義務感や周りの視線で立ち上がる人も。
でも、それ全部でシステム。


そうそう、初体験。

バスの中は子供たちの声でにぎやかなこと、にぎやかなこと。
本当に楽しそうだ。
あんなガキ時代、たしかにあった。

駅へ近づくに従いだんだんと混みあってくる。
平日の午後2時過ぎ、住宅地からバスに乗るのは
ガキ、年寄り、ぼくのような変な大人くらい。

弾丸はあるのだが、標的がきれてしまった。
ついにぼくが。
人身御供。

「あのー、あそこ。坐ってください」
腰のあたりからから聞こえてくる声。

生まれて初めてかけられてしまった一言に
一瞬耳を疑い、一応あたりを見回してみる。
彼は間違いなくぼくに言っている……。

「あのー、坐ってください」
「お、おれ?」
「はい」
「……」
「じゃあ今度乗ってくるじいちゃんかおばあちゃんに譲ってあげてよ」
「はい……」
(言葉を無視して次なるターゲットに声を掛かけるクソガキ)
「あのー……」
……

実は子ども達、混み合ってくると競うようにお年よりに席を譲り出していた。
停留所が近づく頃合を見計らったかのように、我先に立ち上がる数人。
ついに立っているお年寄りがいなくなり、オハチがぼくに
いや、それともぼくはすでにジジーに見えるのかな?
いや待て、彼らにはお年寄りと大人はおなじジャンルなのかもしれない?
それでも少しうれしい気持ち。


競争は好きじゃないけど、
競争も悪いことばかりじゃない。
日々、席取り合戦ばかり目にしていたので、
なんだか風呂上がりのホッピー(黒)のような喉ごし。




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by seikiny1 | 2010-03-18 10:37 | 日本とアメリカと
テレビこわい
♪長生きするため生きている
だからあんまり動かない
丸太みたいにゴロゴロしてる
「働きなさい」の忠告も
丸太だから聞こえない♪

題名は忘れてるのに歌詞だけは憶えてる。
それだけ、所ジョージさんの歌と自分の根っこが重なっていたからか。


今回の帰国、お泊りはゼロ。
おかげで東京の終電なるものを初体験できました。
どんなに遅く帰って来ても早起きです。
冬なのに窓が全開されます。
予定のほとんどは夜か午後。
そういったわけで母親の用事がない時は、
昼頃までコタツを相手に丸太する。
テレビをつけて丸太になる。

日本のテレビ番組、結構楽しみにしてたのに……。
4年に1度だけやってくる受難の時期と重なっていました。
どこに回しても。
どんな時間帯でも。
オリンピック。
オリンピック。
真央。
真央。
と、ここまで書いてきてスタンドカラー・シャツがちらつき始める。
マオ・カラーなんて呼んでた時期があったっけ。

真央。
真央。
昔だったら大地真央。
今は浅田真央。
勝っても真央。
負けても真央。
ソチでも真央。


練習を見る限り、どうしてもライバルの演技力が滑らかで美しい。
それでも、そんなことを口にするとにらまれる。
(非国民!)
そんな視線を浴びせられ、うっちゃりを喰らう。
だからアメリカに帰ってからボヤく。


初戦でリードされれば、
「統計では、逆転で優勝する人が多いですね」
と、なぐさめ。

最終結果が出ると、
「がんばりました。よくやりました」
と、健闘を称え。

少し時間が経ってもまだ喰らいつき、
「採点方法に問題がありますね……」
と、ゴネる。


こんな狂乱の中、丸太なぼくの脳味噌の端っこには、
軍靴の幻聴と提灯行列の幻影。

日本人らしくはない。
アメリカ人でもない。
第二・五者の耳には、眼にはちょっとヤバそうな幻が。
特にマスコミの論調に。
特に最後のゴネの部分に。
オリンピックに限ったことじゃないけど、
これだけ露に出てしまうものもなかなかない。

ただ単に実力が劣っていただけなのに。
運も実力のうちだし。

石原都知事は好きじゃないけど久々に同意できるところがあった。
入賞ごときで欣喜雀躍する人々。
選手はともかくとして周りがあれではね。
「●×より《マシ》」という評定基準はどこか哀しい。


そもそも、スポーツ観戦が嫌いな丸太だからこんな見方をするのでしょう。
オリンピックごときでここまで燃えてしまう人たちは何なんだろう?
億単位のお金でも向こう側にあるのなら別だけど。
ショーン・ホワイト君みたいにね。
まぁ、賭博関係の人が燃えるのはしようがないが。

それにしても
「感動をありがとう」
「勇気をありがとう」
持ち上げるだけ、持ち上げといて
「ストン」。
地べたに落としたまんま。
メダリストではなく、被害者といった方が近いかもしれない。
国民のおもちゃ。
一握りの人以外は。
競輪選手、公務員、営業マン……。
メダリストのその後を扱った番組が一番印象に残ってます。



丸太のせいか、戦闘意識が欠落してる。
スポーツの立場だと、《見る》よりも《する》。
《丁》、《半》をはるよりも壷を振る。
戦争になったら逃げますよ。
競争はきらいなんだ。



真央ちゃんみたいに、
♪とんで、とんで……まわって、まわって、まわって、まわ』った
円広志さん。
大ヒット『夢想花』での儲けは全部パチンコでパー。
数年をかけて。
あっぱれ!


日本で一番おもしろかった番組は、
深夜BSでやっていたもの。
陽水の歴史を追ったドキュメンタリ―。
DVD録画で見せてもらった永ちゃんの、歌詞間違え紅白サプライズ出演。





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by seikiny1 | 2010-03-17 10:07 | 日本とアメリカと
昇降機女子
空っぽでした。
まるで泥酔翌朝に見る財布の中身。
いるはずのものがあり、いません。
もっとも、そのことに気づき認識をしたのは少し後になってからですが。


小さな書店が消えてしまったとはいえ、
アメリカのBarnes & Noblesの一極支配とは違う。
日本では書店によって品揃えがまったく違っていたりします。
買い手としては嬉しく、ありがたい。
お店の仕入れ担当の方がそれぞれまったく違ったツノを立てています。

あちらこちらと行ってみる甲斐があり、
ついついハシゴしてニヤニヤ。
ただ、今回まわった書店のうち、客が検索できるシステムを設置しているのは有斐閣だけでした。
その反面、どこの書店でも店員さんが親切に本探しをっ手伝ってくれ、
「本に対する知識・想いが深いな~」と実感。

たまの日本。
東京地方で腰を落ち着けた場所、最寄りの都会(?)である町田市の書店に足を運びました。
荒川洋治という人の本を探して。
ある程度揃えていたのはリブロ。
しかし、ここも
「担当者が変わりましたので、お求めになるのであれば今のうちうに」
と釘をさされ。
こういった脅迫にぼくは弱いんです、実に。
おかげで帰りの荷物はあわや重量オーバー(5000円)となる危機に。


それにしても、街の構造のせいなのか、
書店はほとんどはビルの中。
しかも上層階。
そういったわけでエレベーターで上がります。

高層商業施設を使うときの決まりごと。
上りはエレベーター。
下りはエスカレーター。

アメリカ生活での習い性なのか。
あたりまえだけれど、それほど急ぐ用事がないからなのか。
エレベーターを出るのはいつも最後。
そんな時にいつも目にしていたのが、
若い女の子が《開》ボタンを押したままドア脇に佇む姿。
それもみんなが、みんな同じ表情をして。
「苦悶」という言葉が浮かんで消える。

「お先にどうぞ」と言うと、
はじめは驚いた顔。
次に申し訳そうな顔に変化して、
頭を下たまま目を合わすことなく早足に降りて行きます。
不思議共通しているこのパターン。
あとひとつの共通パターンは、
男、年配の女性はあたりまえのようにさっさと降りてしまい、
それぞれの目的地へ散っていく。
いったい何をそんなに急いでいるの?

ここでぼくが言いたいのは
「エヘン。アメリカ帰りさ。レディ・ファーストはあたりまえでしょ」
なんてことではないです。
どうして、その役回りが若い女の子担当と暗黙のうちに決まり、
彼女らその立場を嫌々ながらも受け入れているのだろうか、という疑問。

彼女らのどこかツラそうな、哀しそうな顔が今でもツムジの裏側に焼きついています。

ぼくは何でもかんでもレディー・ファーストではないし、
その上にアグラをかき当然のこととしてふんぞり返っている奴らは
廻し蹴りをくれてやりたくなるほど嫌いです。
それでも、日本のエレベーターのこれはなんだろう?


二日酔いの朝、いつの間にか消えてしまっている20ドル札のような女性たち。
気づいてみるとデパートにさえエレベーター・ガールと呼ばれた女性たちがいませんでした。
うつむいていた女の子たちは彼女らの名残なのでしょうか?
男が先でも、女が先でもなく。
ガキだから年配だからでもなく。
気づいた者がやったり、やられたりすればいいのに。
誰も偉くないし、下僕でもない。





最初にエレベーター・ガールを日本に取り入れたのは、
1929年上野・松坂屋でのことらしいです。
もしかしたら、罪なことしちゃったのかな、松坂屋さん。




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by seikiny1 | 2010-03-16 10:19 | 日本とアメリカと
型押し
「どうしてみんな同じ後ろ姿なんだろう?」

往路の疑問が復路にはほぼ確信に変わっていました。
今回利用したのはアメリカン・エアライン。
女性客室乗務員を後ろから見たシルエットがどの人も同じなんです。
まったく別のメンバーであるのに、往きも、帰りも。
後ろ姿が安定していてたくましい。
はっきり言えばビア樽風。

そういえば男性乗務員にも共通点が。
どの人もどうやらゲイのような……。
しかし、そんな彼らを見ながら
「客室乗務員には最も適した人たちなのかもしれないな」
そんなことを思っていました。
細やかな心配りができ、体力がある。
そうやって考えてみれば女性乗務員の方も納得がいきます。
なるほど、どの方も頼りになりそうだ。
こんな発想を持つことのできる会社、好きですね。
別な場所では厄介者扱いされる可能性のある人々の可能性を見出していく。


歌手、パティシェ、ネイル・アーチスト、カフェ店員、保育士、キャバクラ嬢……。
ある機関が15~22歳女性あこがれの職業ランキング。
かつては不動の一位を誇っていたスチュワーデス(客室乗務員)さん。
時代が変わり飛行機もタクシー並みに使われるようになったからか
スチュワーデスの仕事の本質が、華やかさだけでないことを誰もが認識したからか。
2009年のこの調査では20位にも入っていません。

それにしても客室乗務員よりやっぱりスチュワーデスという方がピンときます。
ピンと来るということ、結構大切なことと思うのですが。
フライト・アテンダント、キャビン・クルー……。
どれも今ひとつピンときません。
言葉にそれほど怯えなくても個人的にはいいと思うのですが。
ま、今の世の中、生きづらいということでしょう。


肉体労働者かサービス業従事者か。
結局これに尽きるのかもしれません。
そこにどちらを見ていくか。

見えている限りでもこの職業は体力勝負。
石焼き芋屋台を引く瞬発力と、根気強さは必須条件。
もちろん緊急時の判断力や、細やかさも求められますが、
職務の殆どは体力と根気強さのように見受けられます。

さて、そこに容姿を求める必要がそれほどあるのか?
もちろん男として女性が美しいのはとてもうれしい限りなのですが。
それほど美しくなくても、近頃では殆どの人はビデオ画面に釘付けですし。
もしくは眠っている。


アメリカで買った日本国内線Eチケット。
数十台も並ぶセルフ・チェックインで使うことは出来ませんでした。
後ろに並ぶ人の付けたい視線を浴びながら、
係員に聞いた末、やむなくチケットを買い求める長蛇の尻尾につくことに。
列の進むのを待つ間、あまりの暇さに考えていたことは
「JALという会社は女性社員に化粧のやり方まで指導しているのかな?」
そんなことでした。
どの方もそこそこ美しく(見え)、どの方も同じ顔に見え。
あのペッタリとした髪型がどうも不思議でたまらない。


アメリカの会社と、日本の会社。
どちらも明らかにはしていませんが、
外観から察するに明確な採用基準があるようです。

精神的なものか肉体的なものか。
農家の嫁かお屋敷のマスコットか。

どちらも「モノ」として見ていることに変わりはありませんが、
突き詰めていくと、こんなところでカミカはとうとう吹かず、
やっかいな原爆が落ちてきたと言えないこともありません。


そんなことよりも、
ビデオなんかいらないからビールをタダにして欲しいな。




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by seikiny1 | 2010-03-14 11:38 | 日本とアメリカと
フタをする。される。人間魔法ビン。
一度も聞かなかった。
往きも、帰りも。

いつの間にかボタンを押さなくなっている。
いや、あのボタンは今でもあるのかな?
わからない。

「ポーンっ」
「ポポーンっ」

「ペプシ下さい。コークじゃなくて」
「新聞」
「タイルノールないかな?」

週に飛行機に乗る回数が地下鉄を軽く上回る暮らしをしていた時期が4年程ありました。
その頃、離陸前も、後も客室乗務員を呼ぶ音の聞こえないことはなかった。

ボタンが増えすぎたのか。
それともわれわれ人間はお利口さんになったのか。

ライト、空調、呼び出し。
ボタンは3つだけ。
それにイヤフォンの二股ジャックと使われない灰皿。
飛行機のシート周りについていたのはその程度。
そういえばこのごろはゲロ袋を見ないな。
最近ではボタンの数が(ぼくにとっては)無数となり、
今回もライトのボタンを探すのに2分程かかってしまう始末。
皆も僕といっしょで、呼出しボタンのありかがわからないのかもしれない。

「ま、いいか」なのかもしれません。
ビデオやゲーム、機内エンターテイメントの充実で、
他のことはそれほど気にならなくなってしまったのかもしれない。

やはり欲望にフタをされているのかな。
自分を見る限りではとても利口になったようには思えないので。


根がいやしい性質なもので、すすめられるとついついもらってしまう。
それほど腹は減っていないのにサンドイッチとか、
プレッツェルの小袋とか。
ワゴンが通ると必ずCanada Dry Ginger Ale。

乗務員たちは忙しい。
ある時間帯を除き、いつも動き回っている。
ワゴンを押して往復しながら食糧、飲み物の配給を繰り返す。
「大変だよなー」
後ろ姿を見ながら思い出していたのは、子供の頃に見かけていたあの風景。
冬空の下、黙々と石焼き芋のリヤカーを引くおじさん。
これもまた欲望へのフタなのだろうか?


ぼくは必然的出来事のおかげてキッパリと足を洗うことができた。
ドラッグ中毒患者治療によく使われる手法として、
「とにかく食べさせる」
隙がなくても食べさせ続けるというのがあります。
患者の欲求・欲望に合わなくてもとりあえずフタをする。
ドラッグ欲の穴に食欲のフタをかぶせ続ける。
若干、空気漏れはあるものの人間というポットの保温はできる算段らしい。
(ぼく自身もディーラーが見つからないスーパーボウルの夜、
ドーナツを食い続けたことがあります。
だから今でもスーパーボウルは大嫌いです)

飲み放題が魅力だった国際線でビールが有料になり、
機内での食糧配給が有料化がささやかれる今。
客室乗務員に悪夢の日々が帰ってくるのでしょうか?
夢の中でも
「ポーンッ」
鳴り続けるチャイム。
(あの音も工夫しているのでしょう)


日常で知らぬ間にフタを「かぶせられている」こと
きっとあると思います。





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by seikiny1 | 2010-03-13 09:24 | 日本とアメリカと
話すベンザ
約束の時間にはまず遅れません。

と言うよりも、待ち合わせ場所付近にはかなり早い時間に現れています。
「余裕をもっておきたいから早めに……」
結果としてゆっくりしたいがために早足、
そんな本末転倒に苦笑してしまうことも。

鈍行電車の中、ニヤついているあの男はぼくかもしれませんよ。

約束に遅れることと、人生が2年短くなること。
ふたつからひとつを選べと言われたら、
迷うことなく後者を取ります。
これ、性分ですから仕方ないですね。


そんなわけで、家を出て
故郷である福岡県大牟田市まで要したのは26時間。


早めに着いたJFK空港ではあっという間に手続き終了。
思いっきりタバコを吸い、いくつかの関門を越え、
出発ゲート付近に着いたのは定刻2時間前。

「ここはどこなんだろう?」

フっ、とそんなことを考えていました。
物理的にはアメリカ領土なのですが、
すべての出国手続きはは終わっている。
帳面上、ぼくはどこの国にもいない。
ガラス1枚で仕切られた異空間。

アメリカのようでアメリカでないビルの中。
アメリカではないようでアメリカのビルの中。


よく晴れた冬のある日、
午前9時半の不思議な空間。
飛行機が見える窓際の席に座り、
春巻き、牛肉とブロッコリーの中華炒め、カリフォルニア・ロール
そんな朝食をとるカップルをボンヤリトと眺めていました。


到着ゲートから入国審査窓口までは遠かったです。
大牟田駅から新栄町駅までを歩いているような感覚。
成田・到着ターミナルでは日本を感じませんでした。
「着いた!」そんな実感がわきません。
ここもまた異空間。


この旅ではじめて日本を感じたのは羽田にて。
ウンコをするために腰を下ろした便座。
うっすらと伝わってくる温もりが、
「オカエリ」と身体に声をかけてくれたのです。

チャーシューと麒麟麦酒で乾杯をしました。
飛行機の時間まであと1時間半。




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by seikiny1 | 2010-03-11 17:01 | 日本とアメリカと
拒絶の音。承諾の声。
「ピーッ!」
思わずたたらを踏んでいました。
承諾の音がなぜか拒絶に聞こえてしまっていたんです。
ディスプレーを見ると「GO」。
その標示で非日常から日常へと戻りました。
地下鉄でメトロカードをスワイプした時のこと。



今回、最初に非日常から日常へと戻ったのは、
JFK空港で入国審査を受けた後でした。
それはいつまでたっても出てこない二つ目の荷物を待っているからでも、
取っ手の壊れてしまったスーツケースを前にして、家までの道程を思ったからでもありません。

ないんです。
鍵が。
鍵のことなんか2週間以上も思い出したことはありませんでした。
飛行機の中でさえ。

かなりあせってました。
人ごみの中でスーツケースを広げて、
アチラを、コチラをごそごそ……。
ここで見つからなくても、
ルームメイトに電話をすれば。
ビルに入ることさえできれば合鍵も隠してある。
最悪の場合、仕事場へ行けばスペアがワンセットある。
それなのに探さずにいられないんです。

あった……。
携帯電話、デジカメ、コンピューター。
「チャリン」
ケーブルをひとまとめにした小袋を動かした時にかすかな音が。

そこに入れていたことを思い出せなかったんです。
ただの偶然。
それはこの2週間袋を開かなかった、ということでもあるわけです。
この荷物が日常たり得なかったという。
次回は持っていくのをやめよう。
日本へ持っていった3冊の本は、1冊目の途中までしか読めていないし。
用心深いと荷物は多くなってしまいます。
このことは今回の帰国で母との間に見つけた共通項。

帰宅途中、最後の角にあるAngie's Deliでビールを2本購入。
シャワーを浴びて一杯。
薄くて爽快なアメリカの味、Coor'sの24oz缶。
ホッピーではなく、またこれが日常となっていきます。

帰国する前に
「当っているかもしれないから」
と番号のチエックを頼まれたロッタリー・チケットはどこへ置いたかな?

「机のある小部屋に置いたはず」
と思っていた万年筆が見つからないんです。
朝、出掛けにあちこち探したのですがありません。
仕事場に置き忘れたわけでもありませんでした。
それにしてもこれでけは一日中気がかりで、気がかりで。
穴の開きそうな運動靴でリレー大会の練習をしている感じです。

まだ日常の中で小さな非日常を生きています。
本日のチョンボ=2




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by seikiny1 | 2010-03-10 09:20 | 日本とアメリカと
「帰ってきたぞ~っ!」
この言葉に反応する人は、やはりあの方のファンなのでしょう。

帰ってきた。
日本で思い、NYでも感じる。
ぼくはやはり幸せです。


時差ボケのまま日常という生活に戻りました。

早起きをして家を出る。
駅近くでamNYという日刊フリーペーパーを手にする。
電車に乗り女性の体がでかいことに気づき、NYへ帰ってきたことを実感。
冬に短いスカートをひらつかせる人なんて一人もいない。
8時後前からの約30分は再びパブリック・スペースでボンヤリ。
"Oh, my god!"
遠くの声に顔を上げると、
顔見知りである清掃のおじさんが笑顔でホウキを振っていた。
不在、そして復帰。


2週間という時の量はそれほど大きくないのだろうか。
街の様子は空白をまったく感じさせない。
それでも気をつけて見ていると花壇の掘り返されたあと。
湿り気を含む生気あふれた土が陽を浴びている。
ハゲイトウの姿が消えていた。
そんな新鮮な穴ぼこを眺めながら、
「ハゲの伊藤さんはカワイソウだな」
そんなことを考えて通り過ぎる。


「ゆっくりと歩いていこう」
都会の生活。
イライラすることもあるだろう。
人生の道ではなく、NYの歩道をゆっくりと歩いていこう。

ゆっくりと歩けば不思議と心が落ちついてくる。
かつては、気づくとゆっくり歩いていることが多かったけれど、
最近では、いつの間にか早足になっている始末。
だから意識してゆっくりと歩く。
強制的に気持ちを矯正しなくちゃ。
近づいてくるバスに最敬礼を送るリムジンバスの社員のように。
彼らの背中を異国人はどんな思いで見つめるのだろう?





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by seikiny1 | 2010-03-09 09:11 | 日ごろのこと
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