ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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Be Natural
 ここんとこ、とはいってももうかなり長い間、《自然》が時代のキーワードになってます。
 たしかに自然は素晴らしく、大切なものです。ぼくだって自然は大好きです。それでも、《自然》を口にしていたり、「自然のために」と謳っていれば、なんだかわけがわからないんだけど「いいかなー」と許してしまっていることもままあります。誰も咎めだてしない、免罪符。それが今、現在、《自然》という言葉が持つ一面なのかもしれません。

 果たしてみんな本当に自然を大切に思っているのでしょうか?自然と言ってはみても、実のところは、その向こう側にある人間を、自分をかわいいと思っている方が多いのではないでしょうか。当人たちが気づいていないだけで。

 あとひとつの自然の話。
 ランチに関して言えば、ぼくは外食派です。レストランで食べるとかテイクアウトするとかではなく(もちろんテイクアウトもしますが)、外で食べるという意味での外食派です。昼食屋外摂取派とでも言うのでしょうか。なんだかチャイナタウンにいる気分になってきました。目から入るものの力は偉大です。ちなみに真冬でもほとんど昼食屋外摂取派です。
 
 立ち寄るスポットは気分、天候、時間帯により数箇所あるのですが、つい先日目にした自然の一景。
 あまりの自然さについつい見落としていました。実に自然を感じさせる人を見かけたんです。風景に融けこんでしまい何の違和感もない人を。

 あたりを用心深く見渡しているうちに自然を見つけてしまいました。別にヤバイことをしようとしていたわけではなく、タバコを喫う前に、
「露骨に嫌な顔をしそうなやつはいないだろうな」
 と見渡すことが悲しき習慣となってしまっています。互いに嫌な目に遭いたくはないですから。
 
 一度通り過ぎたはずの目が戻っていました。
 チキン・オーバーライスをかき込む男、おしゃべりに余念のないカップル、屋外コンセントでiphoneを充電しながらも、もうひとつの携帯で話し込んでいる女性......。そんな中にひとりの男が見事に融けこんでいたんです。
 よくよく見てみれば、オフィス街には少しばかり似あわないいでたちなのですが、どうしたわけか見過ごしてしまう。腰を下ろすハゲイトウの並ぶ花壇の縁石にはギッシリと氷の詰められた透明プラスチック・カップがひとつ。右手にはCoor's Lightの大きな缶(24oz)が軽く握られており、時おり口の方へ運ばれていく銀色の缶が陽の光を反射し、また休憩。よく見てみるとカップは黄色味を帯びた液体で満たされていました。どうやら彼のビール哲学第一条には「冷えていなければならない」と書かれているようです。そこへ入りきれなかった分をまず処理してしまおう、そういったハラらしいです。それにしても怯えた様子もなく、慌てるわけでもない彼のかもし出す空気が実に自然です。まるでひなたぼっこをしながらバナナを食べているように。

 実はここ、Policeがよく巡回する場所でもあるので、申し訳ないですが興味深く観察させていただきました。しばらくしてやってきた紺色の上下は、ゆっくりと通り過ぎていってしまった。
 こんな男のことをNaturalと呼ぶんでしょうね。
 地球だけではなく、ぼくらもNaturalであるべきなんだなー、と思わせる一景でした。

 そろそろ注射器を買いに行かなければ。
 覚醒剤を打つためではなく、万年筆のカートリッジにインクを注入するために必要なんです。黒いゴムパッキン部が定期的に壊れてしまうんですね。
 とはいっても注射器。
 もう、何度も、何度も行っているんですけど、慣れません。薬屋のカウンター前で自分の番が回ってくるたびに、
(何か悪いことをしているような......)
 そんな気分になってしまい、モジモジしたり、言葉が不明瞭になったかと思えば、やけに明るい笑顔を作って見せたり。まるでコンドームを買う中学生のように。
 人間は自然に還らなければなりませんね。
「注射器一本!」と胸をはって。

 路上の飲酒は禁止です。
 ブラウン・バッグに入れていても反則切符を切られることはあります。禁止なんですから。
 しかし、デリのカウンターでは何もきかずビールをブラウン・バッグに入れてくれ、頼みもしないのにストローをつけてくれます。
 前に並んでいた赤ら顔のオッチャンはビールを受け取ると、「スポンッ」とハイネケンの緑の首を出し、栓を抜いて行きました。ドアの横に取り付けられた長いヒモの先ではずいぶんと年季の入った栓抜きがユラユラと揺れています。
 ビール飲んじゃだめだけど、飲んじゃう。
 あら、あんたご機嫌だね、だめだよ、しようがないね。
 うん。でもおいしいんだよね。
 マンハッタンではめっきり少なくなりましたが、ブルックリンにはまだまだ自然が残っています。
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by seikiny1 | 2009-11-28 02:38 | 日ごろのこと
お女郎からヒモつき、そして自由
 パーコレーターのことを考えていたら、初めてのアパートがあった近所のことが気になりだし、インターネットで消息をたどり擬似旅行をする。
 パン屋がとうに消えてしまったことは聞いていた。ドラッグ・ストアは2度の合併を経てRite Aidの看板で営業をしている。タバコとビールを買いに行っていたスペイン語訛りの老夫婦が経営するStar Marketというデリはやはり消えている。
 そんな旅の途中で思い出したのがMetro Cafeというイタリアン・レストランのこと。NYではレストランや商店の回転周期が短く、ある日床屋がフランス料理屋になっていたり、腕時計用の電池を買いに行ったのに占い師が座っていたりする。このレストランも痕跡すら残さず消えていた。

 この店が印象深いのは、料理ではなくやはりあの光景を目にしたからだろう。
 エスプレッソを飲みながら、ガールフレンド(後の奥さん)と笑いを抑えるのに難儀していた。

「どこまで伸ばすやろか?」
「あそこんバーんニキじゃなかね」
「うんにゃ、うんにゃ。あん調子ぎっとキッチンまでは余裕で行くバイ」
「裏口から出て行くかんしらんバイ」
「そんで表口から入ってきたらどぎゃんすぅか?」

 BGMの絞られたレストランに響く男の声。ぼく達はランチタイム最後の客となっていた。
 めがねをかけた、マネージャらしき男はもう10分以上は送受器を右手に握ったままだ。あっちへウロウロ、こっちへフラフラしながら。長い鎖につながれた飼い犬のように落ち着きがない。送受器と本体とはコイル状のコードでつながれている。とは言っても、何百回となく裏になり表になり、1回転、5回転……ねじれを繰り返すコードは伸びているときはいいものの、縮んでしまうとこんがらがってしまいい大きなダマをいくつも作り、解きほぐすことは困難そうだし、そんな実らぬ努力をする人もいないと見える。びっくりしたのはコードの長いこと、長いこと。10メートルはゆうにある。
男は入り口近くの壁に取り付けてある電話からテーブルの間を縫い、バーカウンター前を横切り、とうとうキッチンへと続く銀色の両開きドアの向こうへと消えていった。長い、長いコードをドアのにはさんだままで。
携帯電話はおろか、コードレス電話すら電器屋に並んでいなかった頃の話だ。

 そんなに長い電話線が存在する。そのこと自体にびっくりした。
 この国での電話というものは電話機の前に立って、あるいは座って使うだけではなく、歩きながら、他の部屋へ移って別の用事を済ませながら話すものでもあった。電話というものに、場所にしばられないために、電話線から少しでも自由になるためにそれを伸ばすことを思いついた人が、買い求めた人がいた。すっきりとまとまることよりも、ぐしゃぐしゃでもいい、電話線を伸ばすことを選んだ人がいた。
 笑いをこらえながらも、その電話線の長さがアメリカの自由の奥深さ、こだわりに見えてくる。小さなことではあるけれど、電話機の前から開放された時に人々はひとつの自由を手に入れた。そんな細々したことがこの国の自由を作ってきた。

 電話線の長くなるのがあと10年遅れていたら、エルビスやマイケルの登場も、月着陸も、黒人系大統領の出現も、他国への軍事介入も10年ずつ遅れていたことだろう。
 ひもつきの自由に飽き足らぬ人々は、更なる自由:ワイヤレスへ向けて心血を注ぎ、それでも歩きつづける。
 
 Sodium-Free, Free Ride, Buy One-Get One Free......
 この国で生活をしていると、生活のいたるところでFreeという言葉に出会う
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by seikiny1 | 2009-11-21 02:41 | 日本とアメリカと
そして心は……
こちら方面に行きました。








死んじゃだめだよ。
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by seikiny1 | 2009-11-19 12:38 | 日ごろのこと
今のご気分は?
今夜は最高!



これといって、なんにもない1日だけど、この歌が流れてきました。
水曜日だもんね。
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by seikiny1 | 2009-11-19 12:00 | 日ごろのこと
道化師という生き方 (2)
 たったの3ヶ月だがホームレス・シェルターにいたことがある。シティーのものではなく教会に付属した定員10人にも満たぬ小さなところに。アパートを失ってまだ日も浅かった頃、公園のベンチで飯を食ってたら拾われた。自分ではは気づいていなくても、もう立派に<それ風>になってたんだろう。
 
 テレビに映る次期大統領と決まったオバマ氏の笑顔をを見ながら思い出していたのは、その当時の同宿人であった黒人Eの顔。休日の朝にはアイロン台の前で数時間を費やし、すべての洋服をプレスする。もちろんGパンにもパキッと折れてしまいそうになるほどにスプレー糊を拭きかけ折れてしまいそうな硬質の線を入れる。それが彼の生き方だった。矜持だった。シェルターでは酒を飲むことは禁じられていたけれど、「チェリー・ブランデーが好物なんだ」と路上でブラウンバッグに入れたビールで乾杯をしながらポツリともらす。
 
 当時いた5人のメンバーで唯一仕事を持っていたのがEだった。住むところはないが、仕事はある。普段はまだ夜の明けきれぬ前に一人だけ起きだして出かけていくのだけれど、雨の日には掃除が始まる直前まで寝ている。どうやら天気に左右をされる仕事をしているらしい、ということを知るのにそれほどの時間はかからなかった。

「おれの仕事かい?ピエロさ」
「……?」
「サーカスで玉に乗るピエロかい?」
 Eの体格は巨体の部類に入る。どう見てもそのシルエットとあのピエロが結びつかない。
「おれは玉になんか乗れないよ。そんなに器用にできちゃいない、同じ玉を相手にする仕事じゃあるけどあれよりはちょっと小さいな。キャディーなんて呼ぶ奴もいるけど、おれの仕事はピエロさ」
「キャディーか。あのゴルフ場の」
「毎朝、電車に乗ってわざわざロングアイランドくんだりまで出かけるんだけどね、給料がそんなにいいわけじゃないんだ。ただチップがよくってね。気前のいい男なんてゴルフセットをポンッとくれるんだぜ。もちろん現金のほかにさ。このシーズンでもう2つもらったよ。どんな仕事かって?簡単なことさ。バカやってりゃいいんだよ。クラブセットを抱えて全速力でダッシュしながら転んで見せるとか、池の中に腰まで浸かって見せたりとか、藪の中をはいまわってボールを探し出して打ちやすそうなとこにポイッと放るとか……。そんなのがおれの仕事さ。とにかくバカのふりをしてやってるだけで奴らは大喜びさ。満足してチップをはずむんだ。競争するみたいにね」

 まだまだ時間はかかるだろうが、少しずつ公平に公正になっていくだろう。同時にある者にとっては厳しい時代がやってくる。何かを手に入れるということは喪うということでもあるのだから。彼らにピエロという生き方が許されない時代になっていく。おどけていたくても。

 ピエロが消え、別のピエロが生まれる。
 老人は、ホームレスは鳩に餌を与え続ける。
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by seikiny1 | 2009-11-15 07:33 | 日本とアメリカと
道化師という生き方 (1)
「もう風物詩と呼べないな」
 この顔を見るのは今年に入ってから3回目だ。天に向けて逆立てた金髪の下のおどけた表情はニューヨークとは馴染みの深いものだ。
 Radio City Music Hallで毎年開催されるRockettsのポスターがホリデーシーズンの到来を伝えるのと同様に、これまでポスターの中にこの男の顔を見つけると「あー、もうすぐ春だなー」とどこかホッとした気持になっていた。しかし、今年は3月のマディソン・スクエア・ガーデン公演も終わり、地下鉄に冷房の効きはじめたころに再会を果たしていた。夏の間コニーアイランドで公演をするという。そしてつい先日、49丁目の地下鉄駅構内で再々会を果たす。ホリデーシーズンをまたいで、新年までリンカーン・センターでやっているらしい。ただし、この公演はいつものRingling Bros, Circusではなく古巣のBig Apple Circusら。景気の低下でNY以外での集客が困難になっているのだろうか。それとも沈んだ人々に笑いを取り戻すためにやってきたのか。

「サーカスに売るぞ!」
 僕らの時代には父親が子供を叱る際の殺し文句だった。だから町中の電柱の腹が極彩色のサーカスのポスターで埋まりはじめると落ち着かない。公園の運動場に設営されはじめるた大きなテントを見ても「見に行きたい」」という欲望や、興味よりも「早くどこかの町へ行ってくれ」という願いの方が強かった。
 少なくともあの頃の日本にはサーカス≒傀儡子といった側面が残っていたのだろう。

 そういう歴史があるからではないのだがサーカスは哀しい。ピエロがおどければおどけるほど、笑えば笑うほど哀しくなってくる。無邪気な子どもたちの歓声・拍手が更に輪をかけていく。楽しいメロディーの後ろには哀しみがつきまとう。5年前に見た最後のサーカスでは、かなりの数に上る中国人団員が時代を表わしているようで印象的だった。

 先日のNY市長選では「三選OK」と自ら条例をひっくり返した1ドル市長が当選を果たしたが、下馬評どおりにことは運ばず、接線の末というおまけがついた。 投票日当日、友人に
「どっちにいれるの?」ときいたところ
「もうひとりの候補者の名前ってなんだったっけ」そんな答えが返ってきたほどだったから。誰もが驚いたのではないだろうか。
 11月を投票日とするのは農業国アメリカの歴史と関わり深い。そういえば、あの日からもう1年が過ぎた。
 オバマ氏が大統領に選出された夜、ある男の顔が何度も、何度も浮かんで、そして消えていった。
 彼の職業はピエロ。
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by seikiny1 | 2009-11-14 02:29 | 日本とアメリカと
ニューヨーク・ニューヨーク
 どうしておなかが減るんだろう?
 どうして腹が落ち着くと眠くなってしまうんだろう?
 気つくとソファーで眠ってしまっていた。フランク・シナトラの歌声『ニューヨーク・ニューヨーク』を遠くに聴きながら。そういえば、初めてのストーンズのコンサートでは、♪Start Me Up!!♪ミック・ジャガーのシャウト直前までこの曲が流れていた。

 テレビはまだNYCマラソンの実況をやっている。まだかすんでいる目にゴールラインを抜ける喜びと苦しみがミックスが映る。そんな顔の後ろで朗らかに唄うシナトラ。携帯電で話しながら、ipod nanoで自分の姿を撮りながら、国旗を打ち振りながら……。様々な人が思い思いのスタイルでゴールインし、大きな醤油せんべいのようなメダルをかけられていく。

 地下鉄を降り地上への階段を上るにつれ大きくなってくる歌声。59丁目と8番街の角に設けられた屋外ステージにはアレサ・フランクリン『Respect』を大きく前かがみになりながら黒人女性が熱唱している。♪Just a liittle bit. Just a little bit......♪ささやくようなバックコーラスを従えて。
 そう、ここからゴールまでは500m足らず。
「もうちょっと。あと少し……」
 歌の横を駆け抜けていく人たち。足を引きずりながら、5歳児の歩くよりな速度の人、車椅子のホイルを手で回し続ける人、ボランティア・ガイドに手をとられた盲目の人、後ろ向きに走り始める人もいれば、いきなりダッシュをきめはじめる人もいる……。ひと悶着の末、係員に排除された昨年のゼッケンをつけた女性がバツの悪そうな表情で脇道へと消えていった。
 Just a Little bit.
 それぞれのゴールを目指して。

 スポーツ観戦は嫌いで、ハロウィーン・パレードなんてまっぴらなぼくだけれど、NYCマラソンだけは別だ。この7年間、欠かすことなく早起きをして応援を続け、天候の危ぶまれた今年は前夜にテルテル坊主を作るほどだ。11月の第1日曜日は、自分の意思で人ごみに飛び込んでいく唯一の日だ。

 ゴールの方からはまたシナトラの甘い声が間延びしながら聞こえてくる。この歌を初めてこの国で聞いたのは砂漠の中だった。ニューヨークへ向かうバスの休憩で立ち寄ったドライブインの中、テーブルの上から流れていた。

 24年前の思い出に浸っているとどこか見覚えのある姿が通り抜けていく。
 昼飯の準備をし、食べ、昼寝の最中も走り続けていた彼女。1歩、1歩……。無数のカウントダウンを続けながら。道路脇にある「ゴールまで●×マイル」の表示は時に彼女を絶望の淵に追い込んだかもしれない。それでも数字は裏切ることなく減り続けてきた。
"Just a little bit!!"
10時過ぎにブルックリンの4番街を走るランナーの中で見かけた女性だった。
 どうして彼女を覚えていたのだろう? 
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by seikiny1 | 2009-11-08 04:21 | アメリカとの距離
アメリカン
 最初のアパートはFurnished(家具つき)だった。それでも足りないものがあり、近所のドラッグ・ストアへ早速買い物に。
 今ではもう見かけなくなってしまったドラッグ・ストア・チェーンGenoveseという店へ。
 Westclock社の白いめざまし時計、Dickinson'sのWitch Hazel、それとパーコレーター。ほかにも何か買ったはずだが思い出せるのはこれだけで、そのかわりに蛍光灯でてらしだされた中途半端に明るい店内をよく覚えている。まずびっくりしたのは目覚まし時計が棚から突き出た金属製の棒にぶら下がっていたこと。もちろんプラスチックのパッケージに入っていたのだけれど、
<目覚まし=箱入り=置く>
 という公式が見事にくつがされてしまった。隣には、その頃、ぼくの中でアメリカの象徴のような存在であったZippoのライターのざらついた表面が蛍光灯の光を反射しながらやはりぶら下がっている。箱になんか入ってはいない。

 パーコレーターがほしかった。
 水を入れ、金属製のメッシュ部分にコーヒー粉を入れてふたをするだけ。あとはガスコンロの上置き火をつける。
 仕掛けとしては水の熱対流でコーヒーを抽出していくというもの。沸騰してきた水は一度ふたの部分に取り付けられたつまみに吹き上げられコーヒー粉の上へ落ちていく。つまみは透明なのでそこに映る茶色い水の濃さで「もうそろそろかな……」と適当なタイミングを見計らってコンロから下ろす。

 いつか映画で見たシーン。題名は忘れてしまったが台所に立つスティーヴ・マックイーンの姿が焼きついている。小さなフライパンでフォークを使いながらスクランブル・エッグを作る。横では沸騰をしているパーコレーターが茶色い水を噴き上げている。そんな映画のひとコマの中で暮らしたかった。もちろんそれを見てからはスクランブル・エッグを作るときにはフォークを使うようになったし、マックイーンがやるようにフライパンの中で大量のケチャップを混ぜ込むようになっていた。もちろんビン入りのやつで。
 朝起きて一番にパーコレーターのコーヒーが飲みたかった。スーパーへ行けば透明のつまみだけがスペア・パーツとして売られている。そんな中で生きていたかった。

 パーコレーターでコーヒーを沸かさなくなってどれくらいが経つだろう?
 引越しを繰り返すうちに荷物は減って、増えてを繰り返し、その中身は自然と入れ替わっていく。気づいてみるとぼくのアパートのキッチンにもドリップ式のコーヒー・メーカーの定位置ができており、代替わりまでするようになっていた。ひとりになってからはわざわざ一人用のコーヒー・メーカーを買う始末。いつの間にかコーヒーの公式の中からパーコレーターが抜け落ちてしまっており、しかもそれに気づいていなかった。

 イースト・ビレッジにある日本レストランでサイフォン式のコーヒーに再会したときに感激はしたがただそれだけのこと。パーコレーターのような魔力は持っていない。
 コンロの上でぐつぐつと煮えたぎるのだから、通に言わせれば味も香りもあったものではなく、コーヒーと呼ぶことすらはばかられる代物かもしれない。それでもあれがぼくのアメリカの味。おしゃれなフラスコからではなく、薄っぺらなやかんのようなものから直接カップへと注ぐ。最後のほうになってくると、ザラリとしたコーヒー豆の苦味が頻繁に舌に触わる。それがアメリカの味だった。

 アメリカン・コーヒーが飲めたあの頃。決して主張をしないコーヒーの香りは互いにサラリとした関係でいることができる。
 久しぶりにドラッグストアでパーコレーターを探してみようか。
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by seikiny1 | 2009-11-06 05:41 | アメリカとの距離
日曜夜、雨のMidtown
 ガラスばりは面白い。中身が見える。時に、ほんの一部だが人の生活さえも。
 ガラスばり。それが店の、街の風景となってしまうのも面白い。街全体が無数のひとコマを映す。
 そこが開放されているのではなく、一枚の板で密閉されているのがいい。理科室でホルマリン漬けに見入り、スーパーの棚に並ぶ瓶詰めピクルスを覗き込んでいたら、何度も行ったり来たりを繰り返したアムステルダムの飾り窓に迷い込んでいた。ついでに川沿いにあった公衆便所のアンモニア臭が鼻腔を刺す。

 小雨の降る日曜の夕方。ひともまばらな五番街に雨合羽を着た男が立つ。アイリッシュ・バー宣伝の大きな看板を片手に。通りに面したスターバックスのガラスの向こう側にはカウンターに女がひとり、男がひとり。何の関係もないふたりが1mも間を空けずに別々の世界に生きている。
 大判の教科書を広げた女は、蛍光ペンを使いながらiphoneに語りかけている。いや、電話をしながら勉強中と言ったほうが正解かな。
 男の方はというと、古本のペーパーバックの陽に焼けてしまったページをくる。
 人もまばらなMidtownで残りわずかとなってしまった休日を過ごす人々。ぼくはというと、前々から約束をしていた飲み会へと向かっている。あり余る約束までの時間を贅沢に使いながら。ゆっくりと雨の中を歩く。

 20年前にもこんな人が、こんな休日の過ごし方があったはずだ。一体どこへ消えてしまったのだろう。あのころの風景がだんだんとかすんでいく。
 浮かんでくるものといえばダイナーと図書館、そして酒場。
 スターバックスの登場。それを受け入れることは、コーヒーに50セント以上を費やすということは革命的な変化だった。もともと土壌は出来上がっていたのだろうが、そこにいいタイミングでスターバックスが現れ、広がり、定着をした。
 少し前に<草食系>という言葉を初めて時代の言葉として目にしたときに、長い間食道につかえていた物を嚥下した気分になっていた。スターバックス以降のニューヨーカーを現す言葉を探し続けていたから。実生活がどうであるかは別として、今のニューヨークには草食系という言葉がよく似合う。

 薄暗い東西に走る通りを歩きながら、ある時期、日曜の夜になると本を片手にダイナーへ行っていたことを思い出していた。その店は今はもうなく、韓国系のネイルサロンになってしまった。50セントでいつまでも、何杯もBottomlessのコーヒーを飲む。眠気がしてきたころ「チャリン」と25セントか50セントの小銭を転がして立ち上がる。愛想もないウエイトレス、時間が止ってしまったような空間。テーブルの上には小さなジュークボックス。
 
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by seikiny1 | 2009-11-03 09:23 | 日ごろのこと
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