ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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禁じられた遊び
最初に、ギターを弾こうと思ったのは「禁じられた遊び」を完璧に弾いてみたかったから。
もちろん、その道の険しさに挫折。

「郵便配達は二度ベルを鳴らす」= Osessione
「愛と青春の旅立ち」= An officer and a gentleman
「The thing」= 遊星からの物体X

洋画に限らず邦題には面白いものが多い。
笑えるもの。
「さすが……」とうなりたくなるもの。
「なんだこりゃ?」と余計に混乱してしまうもの。

禁じられた遊びもその手かなと思い、ある日調べてみるとど真ん中の直球でかえってびっくりしてしまった。

自宅から小学校までは子供の足にはかなりの距離があり、入学してからしばらくの間は3~40分をかけてバスで通っていた。
給食袋、体育袋、上履き、帽子……。
車内に忘れ物をするたびに、時間を見計らって再度バスに乗り車庫へと受け取りに行く。

下敷き、赤白帽、宿題、ハンカチ……。
忘れ物をするたびに、廊下へ立たされる。
たまにバケツを持たされたり、場所が校長室の前になったり。
いま時こんなことをやる教師はPTAがたたじゃあおかないだろう。

昔から忘れ物が多い。
一見、落ち着いて見えるらしいのでよけいに始末が悪い。

長年の習い性や受験勉強のおかげで、忘れ物・物忘れはいけないことだと思い込んでいたところがある。

「禁じられた遊び」にこっている。
物忘れをするようにしている。
必要度の低いものはあえて覚えないように心がけている。
病気ではない。
うっかり忘れてしまうこともあるけれど、つとめて忘れるようにしている。
もちろん外部記憶装置へのバックアップまでは忘れないけれど。

限られた容量しかない脳みそを記憶という作業に浪費することなく、思考・処理だけに使うのは心地がいい。
はね上がるタコメーターの針を見ているような気分にさせられる時すらある。

もし何か忘れていたときは、その人、その時ごめんなさい。
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by seikiny1 | 2008-11-28 08:46 | 日ごろのこと
IRAQ WAR ENDS (イラク戦争終結)
 前行く人の背中を見ながら階段を上っていく。地下鉄駅からの階段を上りきって見上げた透明な冬の青空には飛行機雲がひと筋。
 短い横断歩道を渡ったところでは若い男が新聞を配っている。
 無料のサンプル誌のようだ。
 街を歩いていると無料で配られているものと出会うことがある。コーヒーであったり、クッキーやチョコであったり、缶入りソーダであったり。そういえば少し前までは5本入りの新しいフレーバーのタバコを配っていたりもした。光陰如矢。
 もちろん新聞も例外ではなく、New York PostやDaily Newsの無料配布にはよく出会う。しかし、今日のはNew York Timesだった。
 
 インターネットでニュースをチェックすることが多くなり、広告主もそちらへ流れている。一方で、数年前からは日刊無料紙の配布が始まり、新聞業界は悲鳴をあげている。
 ニューヨークの四大紙といえばThe New York Times、Wall Street Journal、Daily News、New York Postだが、その内の三誌がここ数年で紙面サイズを縮小をした。The New York Timesからはつい先日Metro Sectionが消え他に併合されたばかりだ。
 新聞業界の不況は僕が思う以上に深刻なのかもしれない。

 手渡されたものは”Special Edition”と書かれた薄手の号外だった。
「何か事件が?」と目を落とすと大きな文字で
“IRAQ WAR ENDS”と書かれている。
 突然のニュースに驚き、早足で近所にあるパブリックスペースへと向かう。

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「ふん、ふん、ふん、ふん。なるほど……」
 一通り記事に目を通したあと、どういったわけか目端に引っかかるものがある。そこへ焦点を合わせてみると、
“SATURDAY, JULY 4, 2009”
の文字が飛び込んでくる。
 よく見ると左肩には、
“All the News We Hope to Print.”の文字。
 架空記事だった。新しい販売促進活動をするにあたって浮かんだアイデアか、それともまったく別の団体がNew York Timesのタイトルだけではなく、構成、論調、書き方などのすべてを徹底的にパクり、ビラ代わりに配布をしているのだろうか。そうだとするとまるで映画Stingのようなコン・ゲームの世界だ。
 Veteran’s Day(退役軍人の日)の翌日に配る手の込みようだ。
 どちらにしろ、こういったことを真剣にやってしまい、それが許される。そんな気風と、余裕のあるこの国が僕はまだまだ好きだ。

 ただ、これを他のメディアでやってしまうと、1930年代にオーソン・ウェルズがラジオでやった火星人襲来のドラマ放送後のパニック(実際に火星人がやって来たものと信じ、人々に恐慌をきたしてしまった)のようになるおそれがあるので、こんないたずらが許されるのは紙媒体だけだろう。
 架空記事といえばThe Onionという無料誌が有名だが、ヘッドにThe New York Timesとあのロゴを刷り込まれるだけで書かれている内容を信じてしまう。それほどにこのブランドの影響力は強い。少なくとも僕は五分の間「戦争が終わった!」という<事実>を噛みしめ、温かな気持ちになっていた。
 数日前には、H&M原宿店の開店に列をなす若い女性たちを報じるニュースで見ながらせせら笑っていたのだが、彼女らと大して変わることのない自分が間違いなくここにいる。僕の中にもブランドを信仰し、信頼している箇所が確実に存在する。
 もしこれがamNYやmetroといった日刊無料誌であれば、まず疑ってかかったことだろう。
 余談だけれど、今日付けのmetroでは金正日のことを「South Korean Leader」と報じていた。ブランドとは結局それを作り上げた人たちの誇りであり、同時に責任でもある。贋物に対して敏感になるのは、金銭的なことはもちろんあるのだろうが、誇り・責任という面からの方が大きいのではないだろうか?贋物が出回るということは、社会的に認知されたという側面も否めないのだけれど。

 報道のあり方については様々なことが問いざたされ、僕も、特に日本のものに関してはうがった見方をしてしまうところがある。
「あなたとは違うんです」で話題になった福田前首相の辞任表明会見のニュースを見たときは、
「バカじゃねぇ、コイツ。辞めちまうからってもう投げやりになってるよ」とあきれ返ってしまったけれど、調べてみるとそれは事実を抽出した報道に過ぎないことがわかった。会見の映像を通しで見てみるとまったく突拍子もないことを言っていたわけではなく、うなずける部分もある。
 バラエティーなどの影響で作り手も、見る方もウケというものに毒されてしまったのだろうか?プロであるからには<事実を私情抜きで伝える>という姿勢を貫いてほしいという思いはただの理想に過ぎないのだろうか?人々はそんなことはもう求めないのだろうか?

 見るたびに消化不良を起こしてしまうものがある。
 アメリカで某民放が流す日本語放送は、素人目にもへたくそな技術でズタズタに切られ、ボロボロに縫い合わされ、終わった後に「で、どうなったの?何を伝えたいの?」と屋根に上っている間にはしごを持っていかれたような気分になる。
「腹減ってんのか?食わせてやるぞ。こんなもんでも食っときな」
 刑務所の受刑者でさえ、まだましなものを食っていることだろう。これに到っては報道どころか、会社の姿勢の問題だ。そんな番組を見ながら「なんだ、この野郎は!」と画面の奥にいる見えない誰かに向かって毒づくことをどこかで楽しんではいるのだけれど。もし、これが某民放の目論見だとしたら大当たりだ。
 とにかくプロというものは、それを名乗る者は技術はもとより、しっかりとした意識を持ってこそ初めてプロと認められることを忘れないでほしい。

 パブリックスペースのテーブルに号外を置き、横目で通り過ぎていく人の表情を観察する。その反応がまた面白く、
「ちょっと読ませてよ」と寄ってきて手にとる人。
 何気なく後戻りをして、長い間背後に視線を感じる人。
「ねぇ、その新聞どこで手に入れたの教えてよ」と配っている場所を聞く人と様々だ。共通しているのはどの表情を明るいということ。

 久々に騙される快感を味わうことのできた朝だった。
 さて、日本にこれほどブランドネームのある新聞、いや、マスコミは存在するのだろうか?
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by seikiny1 | 2008-11-13 11:17
I voted!
この国にはいつになっても驚かされる。
いい意味でも悪い意味でも。

明日は大統領選の投票日であり、フリーフードの日でもある。
Starbucks、Ben & Jerry Ice Cream、Krispy Kreme Doughnutsでは投票をした人には無料で商品がふるまわれる。
昔、「トリスを飲んでハワイへ行こう!」という壽屋(現サントリー)の名キャッチコピーがあったけれど、この国では「投票をしてコーヒーをもらおう」ということになってくるわけだ。

まぁ、無料のコーヒー欲しさに投票する人はほとんどいないとは思うけれど、
<選挙=フリーフード>
といった公式はまず日本では思いつかないだろうし、受け入れられないだろうし、もし、そんな酔狂なことをする企業が現れたとしても、<投票をした証拠の提示>といった面倒くさい手順をはずされることはないだろう。
僕は日本で一度も投票をしたことがないのでわからないのだけれど、果たして日本ではそういった証明書のようなものが配布されるのだろうか?

この国ではあるらしい。
投票をした人には"I Voted!"と書かれたステッカーが配られるという。
もちろんそれはコーヒーやアイスクリームのためではなく、それを胸につけてもらってまだ投票していない人への啓蒙、あるいは投票者の自意識をくすぐるといった目的なのだろうけれど。
Krispy Kreme Doughnutsに限ってはこのステッカーを貼っていなければドーナツはもらえない。

事を大げさにするのが好きなのもまたこの国の特徴で、中には「これは永住件保持者(選挙権なし)、市民ではあるが何らかの理由で選挙権を停止されている人、郵送による投票を済ませた人(ステッカーはもらえない)たちへの差別である」と騒いでいる御仁もいるらしい。
まぁ、たかがコーヒー一杯やアイスクリームのワン・スクープに目くじらを立てる人がそう多いとは思えないのだけれど。
そういったこともあってか、Starbuckと、Ben & Jerry Ice Creamではカウンターへ行き"I voted"と言えば無料で商品がもらえるシステムをとったのかもしれない。
日本ではこういったことは起こりにくい。
そして、「そんじゃ、俺、選挙権ないけどコーヒーもらいに行ってみっか」とすぐ考えてしまうのもまた我々の悲しいところ。
僕もそんな考えが一瞬頭をよぎったが、Starbucksのコーヒーは嫌いで、アイスクリームは歯にしみるし、甘いものは苦手ときているのでなんの恩恵にもあずかれません。

企業には、「投票者が増えれば××氏に有利」といった思惑もあることだろう。
それでも、なんでもお祭り騒ぎにしてしまうこの国は好きだ。
節操のないバカ騒ぎにはいつもへいこうしてしまうけれど。

昨日は、ここ数年恒例になているNYCマラソン見物へ行き少し前に録画を観た東京マラソンを思い出していた。
国民に金をばら撒いたり、東京でマラソンをやったりまねっこばかりではなく、もっと人々が選挙に行きたくなるシステム、政策を思いつかないのかねー。
アイスで政権取れるほど楽じゃないから、ステッカーだけは配らないで欲しい。
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by seikiny1 | 2008-11-04 10:57 | 日本とアメリカと
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