ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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塀の上の猫
 猫はどうして塀の上が好きなのだろう?
 いつも、様々な猫が入れ替わり立ち替わり塀の上で日向ぼっこをしている。昨日の夕方はまた見慣れない猫がうずくまっていた。1メートルほどのところに舞い降りた小鳥。そっと忍び寄る猫。気配を感じた鳥は、さっと真上の電線へと飛び移る。
 それにしてもどうして鳥は電線を好むのだろう?
 その太さが足に心地よいのだろうか。都会に住む鳥には既に電線は気持ちいい、というDNAが刻み込まれているのかもしれない。
 しばらく上をにらんでいた猫は、あきらめたのか再び塀の上にうずくまる。その時だった。
「キッキッキー……」
 お世辞にも美しいとは言えない声で鳴きながら鳥が猫の頭上に舞い下りてきた。翼を器用に使いながら猫との間に絶妙の感覚を保ちつつ、ジグザグに、上下に、右へ左へ羽ばたきながら浮かんでいる。猫は再び座り込み、にらみつけながら腕を伸ばすのだけれど届くはずもない。しばらくすると電線へと戻りひと休みをする鳥。そんなことを5分ほど繰り返していた。
 鳥はただ遊んでいたのかな?
 猫の方は間違いなく<おちょくられている>と感じていたことだろう。たとえ、鳥に悪意がなくてもその思いは伝わることはなかった。

 僕が腹を立てている時も、離れてみると一匹の猫に過ぎないことのほうが多いのだろう。

 電柱のてっぺんに座っているリスを見かけることがある。リスは長居をしない。
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by seikiny1 | 2008-05-17 07:59 | 思うこと
Happy Mother’s Day! のとまどい
 この国にはカードをやり取りする習慣がある。僕はあまり書かない。クリスマスカードすらほとんど書かなくなってしまった。最近、カードを送ったり受け取ったりするのはごく限られた人と、ごく限られた日に、ということが定着してしまったけれど、それでいいと思っている。

 カードをやり取りする習慣がある以上、その数、種類も多く、店頭にはシーズンが近づくと特別の棚が設けられる。カードを開いてみると、
Happy ●×△! などと印刷されているものが多い。
 母の日のものにもやはり、
Happy Mother’s Day! と印刷されていたりする。

 僕にはこの国の文化、伝統、言語というものが浸透しきっていないのだろう。母の日を前にして、Happyの文字を目にするたびにとまどい、ワンテンポあってから「ありがとう」という意訳された言葉がついてくる。もちろんこの国の人たちだって、ありがとうの気持ちをこめているのは間違いのないところだろうけれど。
 すべてをHappyですませてしまうのもなー。

 こんなことを先週考えていて「ありがとう」を言いたくなってしまった。
 僕を生んでくれて。
 僕を育ててくれて。
 僕を見守ってくれて。

 母にありがとう。
 母と僕をつなげてくれたなにかにありがとう。
 世界中のお母さんたちにありがとう。

「ありがとう」そう口に出した時、しあわせになれる。
 だからHappyでいいんだ。
 Happy Mother’s Day!


 手書きのカードを送りました。
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by seikiny1 | 2008-05-12 07:26 | 思うこと
花と蝶
 雨模様の日々が終わってみたら、裏庭のチューリップも終わってしまっていた。Brooklyn Botanic Gardenのチューリップの美しさに気をとられているうちに散ってしまったような気がしてなんだか申し訳ない。
 この間まで、たくさんの黄色いタンポポが目を楽しませてくれていた庭には、白い綿帽子がぼんやりと突っ立っている。その間を飛び回るモンシロチョウを眺めながら、幼稚園の頃、父が「お母さんは夜の蝶」とからかっていたことを思い出していた。同窓会か何かで、少し遅くなった夜のことだったと思う。あの夜、父がなにを言っているのかはわからなかったけれど、<夜の蝶>という言葉は40年間、頭に張り付いたままで、蝶を見ると母のことを思い出してしまう。
 今では、それと似た、それ以下のくだらない冗談を言う自分がここにいて、赤の他人である、窓の下の2組の若い男女は庭の手入れに余念がない。Tシャツ姿で体を動かす彼らを見ているうちに、出かけたくなってしまった。
 この部屋の中にいると外の気温がつかみにくい。Tシャツ、太陽の光を手がかりに僕もTシャツで外へ出てみると案の定、暑いくらいの日差しだった。すれ違う女性が微笑みかける。だから春は好きなんだ。歩道で天を仰いでいる男がいる。スナップルを飲み干すところだ。夏の情景。
 見上げた空は夏の色をしており、入道雲の合間に飛行機が乾いた音を引きずりながら消えていく。公園の中は、裸で寝転ぶ人、フリスビー、キャッチボール、サッカーをする人。木陰で本を読む人、BBQをする人などなど。思い思いに日の光を愉しんでいる。来週は弁当でも詰めて、一日を過ごそうか。
 気づいてみると、うっすらと汗ばんでいた。帽子代わりに日本手ぬぐいを持ってくるとよかった。

 2時間ほどの散歩から帰ってみると、部屋は暑く感じられ、窓を開けて今年初めてのアイスコーヒーを飲む。裏窓の向こうでは、庭の手入れもあらかた終わったのか、白いプラスチックのチェアを洗っているところだ。
「???」
 男性がスプレーを使いなにかを吹き付けている。よく見てみるとブリーチだ。殺菌をしているのだろう。
 こんな光景に接すると、今の、アメリカ、ニューヨークの実情を見せつけられるようで、わけもなく哀しい気持ちになってしまう。きれいに掃除したあとは、ご褒美にBBQでも食べるのかな?

 モンシロチョウが飛んでいる。
 来週は母の日。明日は葉書を書こう。
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by seikiny1 | 2008-05-05 08:15 | 日ごろのこと
叫び
 少しだけ歩調をゆるめ、「どうしたんだ?」という表情を浮かべながらも2秒後には元の顔に戻り歩み去る人たち。一人の男が、行きつ、戻りつなにかを叫び続けている。朝のミッドタウンのひとこま。
 最初は「あー、またsickな人がいるなー」と思っていたのだけれど、そうではないのかもしれない。
 離れている上に、ビルの間にこだまする騒音で、なにを叫んでいるのかはわからない。それでも声のトーンや調子からなにかを悲しんでいるか、それともなにかに怒りをぶつけているかのようだ。言葉はわからなくても、わからせようとしなくても人間の芯からあふれ出してくる感情というものは表情を持ち、言葉を超えて共通したものがある。最低でも、喜怒哀楽はわかる。

 最近叫んだことがあるか?
 最後に叫んだのはいつのことだったか?
 感情を素直に表現できているか?
 コントロールして、されていないか?

 叫び続ける男がうらやましくなってくる。

 サイレンを轟かせて消防車が通り過ぎたあと、男の姿も叫び声も消えていた。
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by seikiny1 | 2008-05-02 08:02 | 思うこと
アカ
「あ、Nトレインだ」
 構内の白いタイルに反射する赤い光で、椅子に座っていてもどの路線がやって来たのかがわかる。1年程前に導入された新車両の先頭には、赤いLEDで<N>の 文字がぼんやりと浮かびあがる。しかし、他の路線の新車両はどれも、文字こそ違え同じ赤いエンブレムをつけているので、そのうち、どの電車が近付いてもタイルは赤く浮き上がり、なんのありがた味も感じなくなってしまうだろう。他方では、これまで路線ごとに色分けされていたものの半分は意味をなさなくなってしまい、こんな会話も成り立たなくなってしまうかもしれない。
「なんで帰るの?」
「えーっと、オレンジか黄色」
 週末は、工事で停車駅が変更になることがよくある。新車両の中では、次の停車駅が無機質な録音音声でアナウンスされる。走り始めた電車の中では聞き取りにくい車掌さんの声が、これから各駅停車となることを告げはじめた。
 心地いい。

「あいつはアカだ」
 そんな言葉をしばらく聞かない。僕が子供の頃は労働争議がまだまだ盛んで、ストライキは春の恒例行事のようなものだった。一番楽しかったのは、学校の先生たちのもので、半日か全日が自習となる。お客さんに気を使い過ぎてそんなことを考える余裕がなくなってしまったのか、最近の先生はストライキという言葉を忘れてしまったみたいだ。
「ペタ、ペタ、ペタ……」
 廊下を校長先生のスリッパが近づいてくる。

"Good morning."
 朝、少しだけ早く家を出る日には歩道を掃いているおじさんと出会う。数軒先にバーができてからは、吸い殻、スナック菓子の袋などのゴミが増えた。病気なのか、おじさんの両目はいつも真っ赤に充血している。
 歩道を歩いていると、見慣れぬ貼り紙が目に入った。
"Keys found. Ring the bell."
 酔っぱらいがカギを落としていったのだろうか?

 2日が過ぎた。
 まだ紙は貼られている。

 目覚まし時計はどんな音をしていたっけ?」
 ベルが鳴る数分前に目が覚めてしまう。
 月曜日は15分前に目が覚めた。目を覚まさされたのにもかかわらず、心地よい目覚めだった。
 日曜日の夜に閉め忘れた窓。そこからは、
「チュ、チュ、チュ、チュ、チュ、チュ、……」
「ピーッ、ピ、ピ、ピ……」
 小鳥のさえずりが聞こえてくる。
 窓から外をのぞいてみると、電線の上でカップルの赤い小鳥がおしゃべりの真っ最中。

 少しずつ場所を移動しているみたいだけれど、僕が出かけるまで楽しそうにしゃべっていた。

 今年はもう半分以上あきらめかけていた。
 台所の窓の外でひと冬を越した植木鉢は沈黙したまま。あるのはいい具合に広がった艶やかな苔と雑草の芽ばかり。
 今朝のこと、植木鉢を部屋へ入れてよくよく見てみると、雑草とばかり思っていた青い双葉の下から、直径2mmほどの赤味を帯びた葉がのぞいている。
 昨秋に落ちた紫蘇の種が芽をふいた。
 あと少し育ったら、約束通り、数株をT君に分けてあげよう。




 気づいてみると、ここ数日、春のことをあまり考えなくなっていた。
 春が来た。
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by seikiny1 | 2008-05-01 09:51 | 日ごろのこと
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