ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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はらり
はらり。
あれは偶然だったのか?

10日ほど前の話になってしまうけれど歌舞伎を観に行った。初めての経験だったので、楽しむというような余裕はなく、舞台を真剣に魅入ってしまう。
中村勘三郎さんをはじめ、俳優の方々の渾身の演技にこちらは緊張感でかえすしかない。これほどの長時間、緊張感を保持したのは一体いつ以来のことだろう。

はらり。
薄桃色をした花びらが舞い落ちてくる。
頭の中に、うすぼんやりとした霧が広がり、そして晴れていく。

はらり。
それは、ぼくにとってはどんな演技よりも印象的な一瞬だった。それでいて演技をじゃまするのではなく、より一層引き立ててくれる。
あれは偶然だったのか?

はらり。
数十分に一度だけ舞う花びら、それは大喜利の豪華な桜吹雪よりも感動的、官能的な一瞬だった。


はらり。
こうして生きていると、あの花びらに似たものを見ることがある。


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by seikiny1 | 2007-07-31 04:40 | 日ごろのこと
I’m NOT just A Plastic bag! (4)

(つづき)

 爆発事故。
 現場近くに居合わせた知り合いは
「泥だらけになった人達が、てんでばらばらの方向へ逃げていっていた」と言う。
 誰の頭にも〈テロ〉という言葉が間違いなく浮かんでいたはずだ。
 朝と夕の出来事。同じ日に、同じ島のそれほど離れていない場所で起こった色の違う出来事。表面上は正反対の色をしているけれど、突き詰めていけばきっと同じ色になっていく。

 爆発事故の映像を見ながら、僕の頭は数日前に起こった中越地方での地震につながっていく。被害にあった町並み、家に帰れない人たち、亡くなられた人たち。そして原発事故。その遅すぎた発表。
 原発が停止してしまったために自動車工場も操業停止を余儀なくされたという。東京では夏を控えてエアコンの電力が不安だともいう。何よりも日本という国の原発依存度がそんなに高かったことに驚いてしまった。この先、経済にも何らかの影響が出てくるかもしれない。風力発電はまだまだ当てにはならないし、代替エネルギーとして火力発電を使えば間違いなく地球の温度は上がっていくだろう。そんなところを原発関係、電力会社、国は突いてくるんだろう。
「あなたたちはこの国がどうなってもいいんですか?貧乏に耐えられますか?」

「どちらか?」ときかれれば僕は原発には反対の方だ。それでも積極的な運動はしないし、これからしようとも思わない。すべてにおいて自分にできることを、自分の範囲でやっていこうと思う。それを〈逃げ〉と思う人もいるかもしれないけれどそれでもいい。無理をしたら、どこかで無理が出てしまう。それよりも自分にできることを、自分なりに、自分のペースでやっていく。

 ただ「反対」と叫ぶだけではなく、コンビニでPlastic Bagをもらわない。割り箸をもらわない。ナプキンは必要なだけ。車を買い換えるのを一年我慢する。エアコンをつける前に水風呂に体を沈めてみたり……。
 そんなことをたまにやってみたらどうだろう。
 ごみを作るのに電力が使われ、地球が暖かくなり、それを処理するにもまた電力その他が費やされたりする。消費をしなければごみも出ないし、少なくすればごみも減る。原発だって要らなくなるかもしれない。夏だってそれほどエアコンが必要じゃなくなるかもしれない。「クールビズです」なんて宣伝する必要はなく、すべてをやる必要なんてさらさらなく、たまに。思い出した時にでもやればいい。
「あ、今日はバッグいりません」と。
 それだけで原発のひとつや、ふたつ要らなくなってしまうはずだ。
 叫んで主張をすることも大切だろう。ただ、それと同時に、生活を原発反対にしなければ絶対になくなることはないだろう。誰かが、どこかが割を食わなくちゃいけなくなってしまう。
 無理して、がんばってエコ100男、エコ100女になる必要なんてない。あのイチロー選手だって打率は3割台なのだから。みんなが3割か2割のエコ男、エコ女になるだけで原発は消えていく。自然災害だって減るはずだし、もっと暮らしやすくなる。たったの2割で。

 エコバッグ。
 いいじゃないですか。
 使おうと、使うまいと。高値で売ろうと。
 この<I’m NOT just A Plastic bag〉の出現とその巻き起こした社会現象で、針が少しだけプラス方向に振れたように思う。それだけでいい。所詮入り口なんだから。
 自動車メーカーだって〈Hybrid〉のエンブレムを車につけたいだろうし、消費者だってそれがなかったら「買いたい」気持ちの何割かは落ちてしまうだろう。このエンブレムだってブランド志向だし、エコやリサイクルに協賛している企業だってそれは宣伝というブランドの側面があり、消費者にもそれはある。入り口は何だっていい。
 ブランド物のバッグを下げる女の子は消えなくても、たくさんの2割打者が集まれば、自動車の後ろにわざわざ〈Hybrid〉のエンブレムを貼り付けるのがばからしく思える日だって来るだろう。普通になる。

 2割バッターでいきましょう。


 たった一枚のPlastic Bagが様々なことを考えさせてくれました。それを持つ時にはいつでも”I’m NOT just A Plastic bag!”と心の中で叫んでいたいです。

 長くなってしまいましたが、読んでくださった皆さんありがとうございます。
 そういえば、ガキの頃、顔を洗うときにはいつも洗面器に水をためてやっていました。
 次にチャイナタウンへ行った時に(覚えていれば)探してみることにします。

(おわり)
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by seikiny1 | 2007-07-28 07:28 | 53rd stories on 53rd
I’m NOT just A Plastic bag! (3)
(つづき)

そこには、新宿でクリスピー·クリーム·ドーナツを求めて列をなす人々が映し出されていた。

ニューヨークにいるくせに人ごみが嫌いで、行列が嫌いで。
なにも行列は日本人だけの専売特許ではなく、ゲーム、i-phone、ハリーポッターの最新刊、そして"I’m NOT A Plastic bag!"と大書された有名デザイナー作のエコバッグ。この街にも、こと「初物」に関しては並ぶのをいとわない人達は多い。
エコバッグを求める人達の行列。それは朝からの豪雨ということもあって、どこか滝に打たれる修行僧を思わせた。

「いいんじゃない、僕はゴメンだけど」
今ではそんな気持ちになってきている。

テレビ、新聞、ネット......
あらゆるところでこの行列が報じられ、様々な意見が飛ぶ。否定的な、もしくは「なんでしょうね、これは......」といった印象のものが多い。そん中で気になるキーワードが。
<転売>
この行列のおかげで初めてオークション·サイトというものを訪れた。
そこでは人々の欲望が渦を巻き、競い、妥協をする。その数だけの価値観が、それが一箇所にとどまることなく刻々と変貌していくのも面白い。特に今回のバッグは「旬」の物ということもあってか、ニュースによると売り出し前から出点している人もいたらしい。
そうなってくると「先物取引と中央卸売市場のマグロの競りが一緒になればこんな具合になるのかな?」などと思いながら、移りゆく数字を眺めつつ、その向う側にいる人達の表情を想像したり、と結構楽しませてくれた。

今思えばあの行列はそんなに悪いことはなかった。
あれだけ世間を騒がせ、報道をされて。小さな社会現象と言っても決して言い過ぎじゃないだろう。発売者の思惑がどこにあるのかは知らないけれど、お役所の広報や、環境保護団体による啓蒙活動とは比べものにならないくらいのインパクトがあり、時限爆弾が仕掛られた。奥深いところに。
子供にも、お年寄りにも、これまで全く興味のなかった人達にも、その回路のどこかに<エコバッグ>という名の時限爆弾が仕掛けられた。「そういうものがある」という事実、そういうことを考えている人がいるということは頭のどこかに間違いなくインプットされたはずだ。
買い物をする時、家にたまってしまったPlastic Bagを見る時、
「ん?」と一瞬だけでも思う時があるだろう。それだけでいい。ちょっとひっかかるだけで。

「おしゃれだから」
「ブランド物だから」
「高く売れるから」
「環境を考えて」
「思い出に」
入り口はなんだっていい。
そこから入れれば、そこに入り口があることさえ分かっていればそれでいい。別に出口を探さなければいけないわけでもなく、また入り口から出たって構わない。入り口を見かけ瞬間に、もうそれは<ゼロ>ではなくなってしまっているのだから。
釣竿に国旗をつけたっていい。
人を殴るのはやばいけれど、バットで干した布団を叩いたっていい。
釣竿を買う誰もが釣り師になるわけでもなければ、バットを買えばプロ野球の選手になれるわけでもない。
ただそれを手にした時本人の意思とは無関係に<ゼロ>でなくなるだけ。


雨もほとんどやんでしまった夕方になって、それは起こった。

(つづく)


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by seikiny1 | 2007-07-25 05:22 | 53rd stories on 53rd
I’m NOT just A Plastic bag! (2)
(つづき)

アメリカの味がするコカコーラ。
年に一度、独立記念日に開放される佐世保米軍基地にある売店で買ってきたものだった。Coca-Colaのロゴまでがどことなく違って見える。
今<コカコーラ>と聞いて、そのロゴを見て何かを感じる人はどれくらいいるんだろう?僕にとってそれは完全な等号でアメリカという国と、その匂いと結ばれていた。真っ赤な地に白で抜かれたロゴ入りTシャツを喜々として着ていた頃があったほどに。

たばこの箱、ビールのラベルや王冠、そんなところにアメリカを感じ、海を超えてからは普通のお店の看板、ブックマッチに刷り込まれた図柄、お世辞にも上手とは言いがたい車のドアに描かれたイラストからもその匂いをかいでいる。
そしてスーパーマーケット。
あの頃はちょうどbrown bagからplastic bagへの過渡期だった。最近では嫌われものになりつつあるplastic bagも、アメリカの豊かさの象徴と言うこともできるスーパーマーケットのロゴをのせ町中にあふれ出していた。
そんな中でのお気に入りはShop RiteとKey Foodのもの。少しバタ臭いデザインがいい。その古っぽさが今でもあの頃に連れて行ってくれる。
袋としてよりも文化の切れはしとして、僕はplastic bagを愛している。突きつめれば、ああいった物がなかったら僕は今この国にはいないだろう。
大量消費が美徳であり、夢、憧れであった頃のアメリカ。自分を正当化するつもりはないけれど、あれはあれでよかったのではないかと思う。

そして時代は変わった。
こんなことを言っている僕も、今では空のplastic bagを持って買い物に行ったりする。100%とまでは行かないけれど打率は6〜7割程度かな。打率6割エコ男。
"It's NOT just A Plastic Bag!"

「あーあ。2時間待ちだってさ」
三月頃のことだったと思う。
暖房のきいた部屋で冷えたビールを飲みながら、僕はテレビに映し出される東京の光景をビールと同じくらい冷ややかな視線で眺めていた。

(つづく)


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by seikiny1 | 2007-07-24 05:18 | 53rd stories on 53rd
I’m NOT just A Plastic bag! (1)
 気づいてみると短パンやTシャツでゴルフができるようになっており、ゴルフにも野球にも王子がいるらしい。ここまで解釈を広めるならば金正日だってかつては王子だった。
 Tシャツしか着ない僕がたまにえり付きを着たりすると
「おっ、今日はお出かけですか?」と言われ、サラリーマンの友達がネクタイなしで外出をすると
「今日はカジュアルデーですか?」と声が飛んでくる。
 どうだっていいのにこだわる、それが今の、いや、ずっと僕たちが住んでいる世界なのかもしれない。

 IZOD社が作るラコステのポロシャツが消えてだいぶ経ってしまった。あの洗いざらしの風合いが懐かしい。あれだけはフランス製では絶対に出てこないから。それでも昔はあのマークが嫌いで、嫌いで(どこかで時代に押し流されている自分を認めたくなかったのだと思う)、買ったばかりのポロシャツにナイフを入れていた。ワニを縫い付けてある糸を切り、それからやっと腕を通していた。これだって一種のこだわりに過ぎず、有名ブランドのバッグをぶら下げて歩く女の子とたいした違いはない、と今にして思ったりもする
 色々な人がいて、そして僕がいるのだから。

 釣竿、グローブ、旅先の三角ペナント……。
 アメリカに来る前の部屋を見回してみると様々なものに囲まれていた。ただ息をしている、それだけの物たち。友達からもらった、一度も使ったことのないスキー道具すらあった。それでも決して無駄だったとは思わない。
 今でも機会があれば釣りに行きたいし、グローブはスポーツ万能だった僕に球技の才能が欠落していることを、けばけばしいペナントは旅のすばらしさを教えてくれた。まったく関係がないかに思えるけれど、ヤンキースの某日本人選手が好きになれないのもどこかで関連しているのかもしれない。スキーと聞くたびに足首の故障を思い出す。
 そしてあの当時としては少し太めだった缶入りのコカ・コーラ。

(つづく)



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by seikiny1 | 2007-07-23 07:35 | 53rd stories on 53rd
月にほえろ
タイヤやから空き缶が放り出された。
くるくると転っていく空き缶を見つめる子供。

前を歩いている子供が空を指差す。
“What’s that?”とたずねるおばあちゃん。
“That’s airplane.”おばあちゃんは重ねる。
無言で首を振る子供。
小さな通りに響き渡るような大声で
“That’s Moon!”

まだ青い空には白い月が浮かび上がっていた。
空き缶も、飛行機も無駄なばかりではない。
日々姿を変えていく月だって。
しばらく空に向かってほえていない。

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by seikiny1 | 2007-07-21 08:48 | 日ごろのこと
ふたりのにほんじん
白いふわふわが階段に吸い込まれていく。
二段ずつ舞うように。
階段を上りきってみると、ふわふわはもうかなり前にいた。
しばらく歩くと、ふわふわがコーヒーショップの階段をやはり二段ずつ上がっていた。

いつもの場所に腰をおろし、家で淹れてきたコーヒーを飲む。
少しだけ夜の香り残る中、朝の光に包まれて。
コーヒー、たばこ、街行く人たち。
僕の前をふわふわが通り過ぎていく。
白いシャツを着た男はやはり大股で人混みの中へ消えていった。




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by seikiny1 | 2007-07-18 04:45 | 日ごろのこと
重み
 ずっと忘れていた重さだった。それでも掌は思い出す。

 一年前、アメリカ南部を旅していた時に一日に何度も禁煙をする同行者からもらったライターがある。緑色をしたBICのライターのガスがほとんどなくなりかけてきた。火をつけるためには毎回四度やすりを回さなくてはならない。それにしても相変わらずBICは長持ちをする。「失くさなければ」の話だけれど。

 なぜだろう?
 外出の際は必ずマッチを選んでしまう。風の強いことがわかりきっているコニーアイランドへ行く時ですらマッチを持っていってしまう。もちろん余分に持っていくのだけれど、そんなわずらわしさを考えればライターの方が絶対に便利なのにマッチに手が伸びる。かばんを開ければ、たんすの中のズボンやコートのポケットに手を突っ込んでみればいたるところでマッチに触れることができる。そんな生活を始めていったいどれくらいが経つのだろう?

 アメリカではタバコを買えば断らない限り無条件で(ブック)マッチを添えて渡される。街を歩いてタバコが喫いたくなった。ポケットに手を突っ込む。「ない、ない、ない……」そんな時は迷わずデリなどタバコを売っている店に飛び込もう。表情一つ変えずにマッチを渡してくれる。唯一の例外はあるけれど。
 十年ほど前のある日マッチを持ち合わせていないことに気づいた。迷わず飛び込んだ店ではマッチではなく何も持たない掌がこんな言葉と一緒に差し出されていた。
“5¢ ”
 チャイナタウンで手に入らないものはない。
 チャイナタウンで値のつかぬものもない。

 ヨーロッパを旅した際には〈マッチはタダ〉という常識を覆された。
 そんなせいだろうか、アメリカではマッチを使う人が圧倒的に多い。場所をmidtownに移してみるとその数は減るけれどマッチが優勢であることに変わりはない。

「カラン、ジュポッ、カチンッ」
 連続する乾いた金属音が聞こえ、ベンジンの匂いが鼻に拡がる。
 あの音、匂い、そして掌に残る心地よい重み。
 かつては憧れだったもの。特別のものだった。そんな感覚が戻ってきた。どういうわけか不意に使ってみたくなった。四年ほど前に手に入れたzippoを使うために炎暑の中オイルを買いにタバコ屋へと向かう。
 アメリカではなぜかronsonのオイルのほうが目に付く。それでもあの独特の香りを吸い込みたくて告ぎえの店へと向かう。三軒目でやっとzippoのオイルに会うことができた。印刷されているデザインは変わったけれど、オイルが少なくなってくるとペコン、ペコンと鳴るあの薄い金属製のタンクは昔のままだ。$1.99也。

 偶然のことだった。
 たまたま足を踏み入れたサルベーション・アーミー(スリフトストア≒リサイクルショップ)のショーケースでちょっと控えめに光をはじいていた。古ぼけたzippo。かなり使い込まれたらしく、メッキはあらかたはげ落ちて真鍮の地があちこちからのぞいている。それでも僕の目を釘付けにするには十分すぎる存在感を放っていた。
 一昔前と比べると泣きたくなるほど値段が高くなってしまったサルベーション・アーミー。今でも運にさえ恵まれていると素敵な物と信じられないような値段で出会うことができる。
 ひと目見たときから古いものであることはわかっていたけれど、手にとってみるとベトナム戦争当時のものだった。へたくそな戦車のイラストの下には64-65の刻印がある。なによりもこの重さがたまらない。底を見てみると小さなステッカーに〈2〉の文字が。

b0063957_5495938.jpg

 そのまま引き出しの中に放り込まれて4年間眠り続けたzippoになぜか火を入れたくなっていた。
 刻まれている文章さえ読んだことのないzippo。
 炎暑のもと僕を外に駆り立てたzippo。
 マッチに囲まれた生活をずっと続けてきていたのに。

b0063957_550327.jpg


 写真では読みにくいかもしれないので。

WE ARE THE UNWILLING
LET BY THE UNQUALIFIED
DOING THE UNNECESSARY
FOR THE UNGRATEFUL

 好きでやってるわけじゃない
 何の権利もないやつに
 馬鹿みたいなことをやらされてれる
 ありがとうを言うやつなんていやしない

 四十三年前の一人の兵士のつぶやき。
 今でもzippoはアメリカ兵に支給されてるのだろうか?

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by seikiny1 | 2007-07-16 05:37 | 思うこと
巻いて巻かれて
「モチベーションが上がらなくて」
「はぁー、そうですかー」

 子供の頃大人気だった漫画『おそ松くん』の中でイヤミは「ミーはおフランス帰りザンスから……」とよく言っていた。人々はわかったような、わからないような。きっと遠い、遠い昔から日本人は外来語というものが好きだったのだろう。古くは中国、朝鮮からのものですでに日本語として定着してしまっているものもそう少なくはないはずだ。

 それまでもたまに耳に、目にしており意味もなんとなくわかっていたのだけれど、永遠のそのまんま(芸名:東東国原宮崎県知事〉がいなかったらきっとこの言葉を調べてみることもなかったと思う。選挙中、就任直後の彼を取り上げた報道でやたらと目立ったのがこの言葉「マニフェスト」。要は(選挙)公約ということらしい。言葉のマジックだなー。
 多くの政治家の手垢にまみれてしまった〈公約〉という言葉。その降りかかるイメージを避けるために彼らはこんな外来語を使うのかな?聞く方は最初こそ「んっ?」とは思うけれどその寿命はそう長くはないと思う。数年もすれば公約=マニフェスト≒ウソという公式は誰の頭にも定着しているでしょう。
 今回の参議院選挙でも日本のあちこちで聞かれることでしょう、この言葉。

 次はエクスペンスかな?

 使っている方も、うなずく方もなぜか自分が偉くなってしまったような気分になってしまう外来語。また、たとえその言葉の意味をはっきりと知らなくても「訊くに訊けない」なんていう場合も少なくはない。
「なーんだお前、こんなことも知らないのか」、そんなこと誰だって言われたくはない。とにかくこれを使えば煙に巻きやすく、巻かれやすい。そしてひとつだけ言えることは全然偉くないということ。冷めた目で見ると阿呆にしか見えない。

「モチベーションが上がらなくて」
「やる気がないだけだろ」

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新カテゴリー≪ひとことにひとりごと≫は
新旧含めて、日々出会うことばに対するボヤキです。

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by seikiny1 | 2007-07-12 23:44 | ひとことにひとりごと
ふたつのanything
“You don’t have to buy anything in this country.”
 ベテランホームレスは言う。

 物を捨てるのが苦手だ。部屋の片づけを手伝ってくれながら親はぼくのことをボロ屋と呼ぶ。三つ子の魂百まで、というわけではないけれど捨てるのが苦手なことにかわりはない。
 約十年前のハロウィーンの日、一瞬にして全てを失ったボロ屋は「捨てたくなければ手に入れなければいい」そんな簡単なことに気づく。
 ぼくの中でアメリカへの憧れは大量消費とダブルところが多い。あふれかえる物、鯨のような車たち。豊かな物に囲まれることが幸せだと思っていたあの頃。
 時が経ち、目に映る物も変わった。それ以上にぼくの方が変わってしまった。豊かさの象徴であったごみの山を前に今では薄笑いとため息が半分ずつ出てくる。

“You’ll never find anything in Chinatown.”
チャイナタウンの片隅で耳にしたホームレスの会話だった。
 二つのanythingはどちらも核心をついている。

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このカテゴリー<53rd stories on 53rd street>では、
ゴミ〈53〉にまつわる話、ゴミからヒントを得て考えたことを書いていこうかな、と思っています。

53 storiesで終わる予定でも、53rd streetのお話でもありません。あしからず。
ただの洒落です。
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by seikiny1 | 2007-07-11 07:53 | 53rd stories on 53rd
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