ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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情報はきっと大切なのかもしれない
NY発のblogを集めたNew York Bloggersにインタビューをして頂きました。
こちらなります。
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情報はきっと大切なのかもしれない

 昨日、編集関係の仕事をしている人と少しだけど話す機会があった。それほど深い話をしたわけではないけれど、まぁ編集の現場の話、<書く>という事に関しての話などなど。
 そのうち話はブログというものへ向かっていく。

「それにしてもあの情報量はすごい」
「一日中アンテナをはりっぱなしのすごさよ」
 もちろん僕が書いているこれではなくて他の人達の話。僕もNY発の物を中心に色々と読んでいるけれど、その辺にある雑誌のヨイショ記事よりは確実に面白く、なかなか手が届きにくいところを掻いていたりしていて奥が深い。そのくせスポンサーなんて関係がないから肩に力が入っていない率直な印象や、感想がサラリ。それは釣りたての魚のように生き生きとしていておもしろい。その上押さえるべきところはちゃんと押さえてあるので情報としてもしっかりと成り立っている。
(ウーン、情報というのは大切だな。でも僕には書けないな)
 きっとこの辺が線の引きどころなんだろう。
 ある人はレストランの食べ歩きをレポートする。僕に書くことのできるのはたった一軒の飲み屋にいついて。しかもそこの味とか内装がしゃれているとかではなく、ただそこを舞台に繰り広げられている情景、そこに端を発し暴走する自分の頭の中。情報の「ジ」の小文字すら入っていない。まぁ書けるとしたらタダで食事を摂らせてもらうことの出来るスープキッチン食べ歩記が関の山。それも根気のない僕だといつまで続くかはおぼつかない。

 まぁ、それでも書いている事は楽しくそれでよし、と。
 色々な歩き方がある。
 情報にきりきり舞いになる今日この頃。うん、情報は大切だ。
 でも好きでやっている。

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by seikiny1 | 2007-03-11 14:13 | 日ごろのこと
200 Cigarettes: 二本のロウソク
 腰痛もやっとおさまりだした2月の最終日、200 cigarettesという映画を観た。舞台は1981年のニューヨーク、イーストヴィレッジ。まだまだ黒と極彩色がごっちゃになった空気が漂っていた頃だ。僕が来る5年前だけれど、映像はそれ程は変わっておらず、アルファベット・シティーに初めて足を踏み入れた時の緊張感が手のひらに戻ってくる。

 そんな日の夜、近所に住むT君がやって来た。彼は友達の友達で、まったくの初対面だったのだけれど故郷が隣町ということもあり地元ネタで盛り上がってしまい、気づいてみればビールの空き缶と空き瓶で小さな山が出来上がっていた。

 翌朝にはいつものようにニュースをチエックする。見出しのいくつかをクリックしながらもアクセスランキングにある文字が気になっていた。よく見てみるとそれは懐かしい故郷の三文字<大牟田>だった。数年前に起こった殺人事件の判決が下されたとのこと。たまたまニュースを見ていたのがmixi内だったので、その時頭に起こっていたことを日記に(ブログの方には載っていませんごめんなさい)。
 そもそもmixiに参加したきっかけはブログを通して交流のあった人から受け取った一通のメールだった。これまではその空間を初めて出会った人、すれ違った人、ニューヨークにいる友達、そんな人達との交流の場として、また気になる情報を仕入れるパイプとしてそんな使い方をしていた。この日がそれを少し変えてしまうなんて知ることもなく。

 日記を書いた翌日もまだまだあの三文字が頭から離れない。メッセージに返事を書いた後、参加している地元のコミュニティーをクリックしてみる。
「ふむふむ……」
 最近のトピックや書き込みを読んで行く。それが何のトピックだったかはもう忘れてしまったのだけれど、ちょっと気になる書き込みをしている人がいたのでその人をクリックしてみる。プロフィールのページへと行き読んで行く。そこでまた目の端に何かが引っかかる。今回は文字ではなくて写真だった。その約2センチ四方のコマから波動のようなものが伝わってくる。その人の参加しているコミュニティーのものだった。『大牟田だごの会』(大牟田ではお好み焼きの事を「だご」と呼ぶんです)の写真。なつかしの「だご」がそこに座っている。たまらずクリック。しばらく読んで行くと久しぶりに目にするだご屋の名前がいくつも出てくる。そんな中のひとつで質問に答えている人がいた。書き込んだ人の名前の前でピタリと足が止まってしまった……。
「もしかして?」
 クリック。
 やっぱり彼だった。
 同じ年齢で一昔前には仕事、遊びを共に楽しんだたイイ男。
 それなのに(僕の一方的な)音信不通で連絡を途絶えさせてしまった男。
 本を出した直後、いの一番にメールをよこしてくれた男。
 先年日本に帰った折には、まるで二、三日会わなかっただけのような感じになれる(させてしまう)男。
 そんな親友がクリックの向こう側にいた。
「見つけたよ」とさっそくメッセージを出すと(日本では夜明け前だったにもかかわらず)即座にメールが帰って来た。地球のあちらとこちらでたまたま同じタイミングでコンピューターの前に座っていた。これもまた不思議な縁。

 何度かの交信の後、my mixiの登録を終え新しいコーヒーを飲む。それでもどこかが落ち着かない。
「もう少し大牟田を見てみよう」、と今度はコミュニティー検索をしてみる。最初のページに見覚えのある文字が。
「そんなはずは絶対になーい!それでもこれは……」
 クリックしてみる。
 そんなはずがあった。それは間違いなく大牟田にあるライブハウスのコミュニティーだった。管理人の箇所にもそれらしい名前が。
 クリックしてみる。
 プロフィールの欄には懐かしい従兄の名前が書かれていた。
 コミュニティーが出来てまだ7日目だったのが幸運だった。これが日が経ち3ページ目あたりにでも埋もれていたら、間違いなくその日は素通りしてしまっていたはずだ。これもまた縁。
 この従兄(家も近所で兄のようなものだけれど)ほど僕の人生に大きな影響を与えてくれた人はおらず、それはこれからも変わる事はないだろう。彼はほんとうにたくさんのことを口と、そして背中で教えてくれた。この人の存在なしで今の自分を語ることは絶対に出来ない。

 これまではその多くが<新しい>出会いの場所であったmixi。それがこの数日を境に<旧い>出会いともなってきている。このクリックがどこかでずれてしまったら、いやあの日あの事件に判決が下されていなかったら、この二人とこういった形で再会することはもっと遅れてしまっていただろう。先頭を走る、人と人との場が旧いロウソクに火を点ける。とびきり大きな炎ではないけれど、まだまだ燃え尽きることのない太くて長いロウソクに。

 僕がいつも横顔を見つめ、その背中を僕なりの方法で追いかけていた二人との距離がとても、とても近くなった。同じ日に二本のロウソクは点った。それはとても言葉では言い表すことのできない興奮でその灯はまだ少しだけ揺れている。
 こと従兄に関しては未だに半分ほど信じられないでいる。あれほど頑なにアナログにこだわってきた彼が。
 あの時、モニターに写る彼の名前をしばらく見つめていた。

 200 Cigarettesの最後のシーン。映画の中で狂言回しのような役柄を演じていたcab driverのつぶやきが耳に残っている。
「肩の力を抜いていけばみんなハッピーになれるのさ」

 今では二百本のタバコを喫うのには一ヶ月近くもかかってしまう。それを四日ほどで喫っていたあの頃、この同じ言葉がここまで印象深かったろうか?


 腰痛もほぼ治り、来週からは久しぶりの日常にもどります。

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by seikiny1 | 2007-03-05 06:53 | 日ごろのこと
平家物語ブルーズ
 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
 棚の前で高校時代の古文の時間を思い出していた。弁当でふくれたお腹を抱えて陽の当たる窓際で聞く先生の声は心地よく僕を夢の国へと引き込んでいく。
 ちなみにこの平家物語の冒頭部分は授業中ではなく、左とん平の『ヘイ・ユー・ブルース』で覚えた。たしか小学校の高学年だったと思う。少し調べてみると、スチャダラパーがサンプリングに使ったり、カンニングにカバーされたりとたまに水面すれすれまでは上がってきているみたいだ。

 腰の具合もだんだんとよくなってきたので、ここ数日は散歩をしている。今日はついでに録画用ビデオテープを探した。よくよく考えてみると最後にビデオテープを買ってから軽く十年は経っている。何軒かまわるうちに出てくるのは井上陽水の『夢の中へ』。
 なかなかみつからない。
 最初に行ったのはニューヨークに古くからある家電量販店チェーンのひとつ。棚の隅でやっと見つけたけれど従業員の誰に聞いてもその値段を知らない。
 次は日本でならイトーヨーカ堂といった感じのディスカウント・デパート。家電売場の一番端にある棚の最下段でやっと見つけることができた。SONY, TDK, MAXELL各社の数本入りのパックが乱雑に置かれている。一本あたりの値段を計算してみると1ドル50セントくらいか。うーん……。頭をひねりながら次の店をあたってみることにした。
 途中にあるスーパーマーケットを覗いてみるとサービスカウンターの奥にばら売りのFUJIのものがある。値段を聞いてみると2ドル98セントなり。微笑だけを残して消えることに。
 最後に行ったのは全米チェーンの大手オフィスサプライ・ストア。そこでもCDやDVDが笑っている棚の一番下でSONYのパック入りが申し訳なさそうにころがっている。値段は一本2ドル程度になる。結局ヨーカ堂まで戻ることにした。

「ある」と思っていたものが突然消えてしまっている事がある。金の事じゃない。
 実際には徐々になくなっているのだろうけれど、頭の中ではついさっきまで『ある』という状態が続いていただけにそのショックは大きい。探して、探して、その間に現実を考えてやっと落ち着いてくる。
 たしかにあの頃は中国製をはじめとする無数の有名無名のブランドが安売り、たたき売りをしていた。一本一ドルもしなかったと思う。あのメーカー群はどこへ消えてしまったのだろう?「売れる!」となだれ込んできた者達は「売れない!」とまた消える時も節操がないのだろう。さっさと見切りをつけて工場閉鎖、解雇、他のビジネスへと鞍替えをする。まぁ、よくて安物のCDやDVDへの乗換えといったところか。消え行くもの、移り行くものには誰もが無情で非常となることができるみたいだ。
 今、マスコミを賑わせている夕張市。実は僕にとってこのニュースはそれ程他人事でもない。福岡県大牟田市という僕の生まれ故郷がいつそうなってもまったく不思議じゃないから。
 かつては三池炭鉱で栄え、三井の城下町、炭都とすら呼ばれていたあの町。十年前の閉山で今は見る影もない。石炭が必要とされなくなり、炭鉱が消えた。町には仕事が必要なのに企業も消えた。て町からは少しずつ灯が消えこの先どうなって行くか僕にはわからない。まるでテープのないビデオデッキの前で腕組をして途方に暮れている男のようでもある。

 CDがレコード市場を凌駕しはじめた頃、レコード針のナガオカは一度倒産した。それでも残された社員によって細々とながらその生産は続けられその甲斐もあって復活する。今回探し当てたビデオテープはどれも日本ブランドのものだった。ネットで調べてみてもやはりそうで、あるネットショップでは百件以上ある商品郡の中で日本ブランド以外で見られたのはRCAとBASFが一件ずつのみ。Kodak, Polaroid, Memorexはとうの昔に手も足も洗い終えて今はピカピカのディスクを磨いているみたいだ。
 早い時期にアメリカブランドを駆逐してしまったがために貧乏くじを引いたのか?それともあれだけビデオデッキを売りまくった国としての責任感、企業倫理か(この国ではそれが法制化されていても何の不思議もないのだけれど)。できればただの貧乏くじではなく倫理であって欲しい。
 法は倫理が通用しなくなった荒野で獣を縛るためのものなのだから。

 高校時代に一番眠気を誘った科目は倫理と古文だった。なぜだろう、今その教科書を読んでみたいとたまに思うことがある。
 僕が死ぬ前にかろうじてバランスを保っている倫理が崩壊したら……。

 死の床に横たわる僕の耳に隣の部屋から「カチッ」という音が聞こえてくる。
(カーチャンめどうやらスイッチをいれたようだな。
 死んじまうんだからどうでもいいけど、あのクローン中国製じゃないだろうな。変なとこでケチったりするなよ。別にうらみはないが中国製はなんだかメインテナンスが悪いような気がしてな)

 平家物語は続く
 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす
 驕れる者久しからず、ただ春の世の夢の如し
 猛き者もついには滅びぬ。ひとえに風の前の塵に同じ。

 今日はまだ眠くならない。

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by seikiny1 | 2007-03-02 10:57 | 日本とアメリカと
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