ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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ささやかな夢
 十数年前、しばらくの間シカゴにいたことがある。ある日、友人に誘われて釣りに行くことになった。話がまとまってまず足を向けたのはスポーツ用品店。とは言っても釣り道具を買いに行ったのではなく、ある書類を受け取りに行ったのだった。ただ、釣りをするだけのためにフィッシング・ライセンス(州発行の釣り許可書のようなもの)が必要ということにも驚いたけれど、その店内にはもっと驚くべきことが待っていた。
 スポーツ好きのお国柄を反映してか、広大な店内は野球からフットボールまでスポーツと名のつくすべてのものをカバーできるほどの道具であふれかえっている。その一番奥にお目当ての釣具売り場はあった。申請書に必要事項を記入して店員に渡し待つことしばし。何気なく目をやったカウンターの奥にあるガラスケースの中身に目が釘付けになり、数瞬後はにギクリといった鈍く思い衝撃に襲われる。耐え切れずに先ほどまでペンを走らせていたカウンターのショーケースへと目を落とす。再びギクリ。
 釣竿の横にはライフルが延々と並び、様々な種類のリールの横にはいくつものピストルが置かれていた。こうもあっさりと置かれてしまうと、こちら側としてもその反応に窮してしまう。
 
 人の感情とは不思議なもので、銃の姿に惹かれてしまう人たちがいるという。本や映画の中では、それらを見つめながら恍惚の表情を浮かべる人をたまに目にする。彼らの奥深くにひそむなにかが銃の姿、その向こうに広がる世界に刺激を受けてしまうのだろうか。
 刀剣もそうであるようだし、きっとナイフにも同じことが言えるのかもしれない。人間と武器との関係。
 また、美を見出す人もいる。しかしそこに実用性がなければその美も輝くことはないだろう。美とはどこの世界でもとてもやっかいな代物である。それだからこそ美しく人を惹きつけるのだろうが。

 ピストルにも刀剣にもビックリ以外の反応をしない僕でも、ことナイフということになれば話が少し変わってくる。たまたま入った店にナイフ売り場があるとしばし見入ってしまうことがたまにある。それはその奥に見える《男の世界》(そういったものが存在していれば、の話しだけれど)などではなく、かと言って護身用でもない。自分の一本をどこかで探している。
 長かった都会のキャンパー生活で、それなりにナイフの必要性、機能性についてはうるさくなってしまっているので少々のナイフでは満足できない。かと言って大きくて暴力的なものにはまったくの魅力を感じない。必要に追われているわけではないけれど、その一本に出会いたいとは思っている。生涯の伴侶となるような一本をいつの日か手に入れ、愛でながら共に時を過ごしていきたい。
 そして、できることならその機能とはまったく違う<静>を感じさせてくれるものと出会いたい。
 こうやって書き並べてみるとまるで理想の女性を探し続けているようだ。

 ここ数日、本当に鉛筆をとぐ事を楽しんでいる。たわいもない作業が心を落ち着かせてくれる。この三ヶ月間こんな気持ちになったことはほとんどなかった。それだけ自分に余裕がなかった証拠だろう。ゴリゴリと鉛筆を削りながらそんなことを考えていた。

 昔の人はなんと贅沢な時間を持つことが許されていたのだろう。
 ゆっくりと時間をかけ、鉛筆を一本、一本お気に入りのナイフで削る。ほかに誰もいない、静かで、薄暗い部屋の中。
 これが僕のささやかな夢。
 便利さを享受しながらこんなことを考えてしまう。その当時は平凡であった事が便利のこちら側では贅沢になってしまう。あの地下鉄に乗り遅れたっていい。いつかそこには着くのだから。

 人間と道具、そして時の関係。
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by seikiny1 | 2006-07-29 10:02 | 思うこと
ケバ落とし
 まだまだケバだっている。

 突如はじまった旅はやはり突如終わった。
 土壇場まで行く先のわからなかった旅はやはり最後の土壇場まで行く先がわからなかった。
 そしてニューヨーク。やっと帰ってくることが出来た。

 今はケバを落としている最中。いつそれが完全に落ちるのか、完全に落とすことが出来るのかすら全く見当がつかないのだけれど、とにかく少しずつ落ちていっていることだけはわかる。「ハラハラ」でもなければ「サラサラ」でもないけれどひとつずつ落ちていっている。
 気づいているもの、気づかないもの、この先気付くであろうもの、気づくことすらなく棺桶まで持って行くであろうもの。この旅で得たものは確実にあるはずだ。多分、たくさんあるのだろう。そして失ったもの確実にそしてたくさんある。これに限らず、とかく目に付くものは失ったものである事が多い。なんとかそこへ戻ろうと、何もすることなく二日間を送っていた。
 何かを失わなければ何ものも得ることは出来ない。荷物を持って歩かなければ快適な旅を送ることは出来ない。そんなことは頭のどこかではわかっている。それでも残してきたものがとてもいとおしく見えてきてしまう。はっきりわかっている事といえば、もう決してそこへ戻る事は出来ない。ただそれだけ。
 どこかへと踏み出し、そして帰って来る。その時にいつも感じることはやはり「『そこ』へはもう決して還ることが出来ない」というただそれだけのこと。もしかしたら、人はただそれだけのことを知るために、確認するために旅に出るのかもしれない。
 帰って来てしばし時間の経過に身をまかせる。忘れてきたなにかを感じる。取り戻そうとする。そこで取り戻すことの出来る「なにか」が自分なのだろう。
 さて、僕は今、何を取り戻そうとしているのだろう?
 そんなことわかりはしない。そうやって何度も離れては取り戻す。こんなことを繰り返しながら人はやっと自分というもののカケラだけを知る事ができるのだろう。
 今取り戻したいのはやはり白色。しいて言うなら白い時間。この三ヶ月間ほとんど手にすることのできなかった白い時間を少しずつでいいから取り戻していきたい。自然と運ぶ足取りが意識せずに戻った時にそれは還ってくるような気がしてならない。白い時間があるからゆっくりと歩むのではなく、自分の歩調で歩く事が出来るからこそ、ここにも、そこにも白い時間を見つけて行くことができる。現在の僕にとってそれを得ることが出来るのはやはりこの街、ニューヨークをおいて他にはない。ここでは全てがバランスしてくれる。それこそが僕がこの街にこだわり続ける理由だ。
 ただ、得たものはある。そう感じているものはある。それはまだクリーム色であったり、ピンク色であったりはするのだけれど白い時間を持つことのできそうな街に、土にいくつか巡り会うことが出来た。今は白色ではなくてもいつの日か白にしたい。そんな希望とも予感とも言うことが出来る町や土に出会うことが出来た。それがこの旅で得たもの。それでも今の僕にとってはまず白を取り戻すこれが最優先課題であるのだから、クリーム色やピンク色は後回しにしておこう。

 この二日間で確実に取り戻しつつあるもの。それはノートの上を走る鉛筆の感覚。鉛筆をとぐ時にうっすらと鼻に広がる木の香り。やっとボールペンにサヨナラを言うことが出来たこの気持ちは何ものにも替えることは出来ない。こんなところから自分のケバが落ちていくのを感じてしまう。自分に戻りつつある事を体感する事が出来る。
「別れた女は恋しいものだ」という人がいるけれどそれはきっとその時の自分が恋しいだけなのかもしれない。決して戻ることの出来ない自分自身が。決して落ちることのないケバがあることへの苛立ちがそういったことを言わせてしまうのかもしれない。

「僕の白が他人の白か?」と問われれば、答えは否。人はそれぞれの白色を持っているのだから。だからこそおもしろい。
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by seikiny1 | 2006-07-25 11:32 | 旅のボヤキ
ひまわり: Where It All Begins
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 もうこの夏は終わりつつあるような感覚がある。
 5月初旬のまだ春浅いシカゴを皮切りに一気に800マイルを南下。炎天下のテキサスで数週間を過ごした。砂漠の中の町での日々、そして「やけた」という言葉がぴったりのロス。かたやモーテルの部屋では、連日エアコンが最強の風を吹き出しこごえている。
 この一週間ほど、午前中はモーテルの部屋同様にウィンドブレーカーと仲良くしている。それほど肌寒い場所へとやってきた。街行く人々の格好を見るとスプリングコート(秋物かもしれない)をまとったり、中にはフリース製のマフラーを巻いている人をさえ見かける。
 ひとつの夏が終わり、そして秋を迎えつつあるように僕の身体は理解しはじめている。

 7月15日。今、僕はサンフランシスコにいる。
 日本ではまだ夏休みにさえはいっていない。それなのに僕の中ではすでにひと夏が終わりかけようとしている。

 夏は本当に終わりつつあるのだろうか?

 季節、それは基本的に一年という周期単位でくり返される。四季があろうと、夏だけであろうといつまでも、いつまでもその軌道の上を回り続けることにかわりはない。この街でそんな簡単なことを日々感じ続けているわけだ。
「ひとまわりしたな」
そんな感覚が僕をとらえて離さない。もっともそれは一年ではなく、二十年という軌道なのだけれど。とにかくひとまわりした(しようとしている)。
 この街、サンフランシスコ。すべてが一度終わり、始まった街。そしてまた始まろうとしている。
 1986年9月30日
 成田発のシンガポール航空便はロスへ到着した。サンフランシスコ行きの乗り換え便へと向かう僕の頭の中では移民官の“Go Ahead!”の声がいつまでもこだましていた。この国ではじめて地に足をつけた町。はじめてこの国で普通に生活をする人たちとふれあった町。それがサンフランシスコだった。ちょうど二十年を経て、奇しくも僕はこの町に帰ってきたことになる。
 たった数ヶ月の間だったけれどロスに住んでいたこともあった。それでも訪れようとすら思わなかったこの町。まだ季節が巡ってきていなかったのだろう。
 その町に今僕はいる。
 この二十年。春もあれば夏もあり冬もあった。そうそう秋の日々もだ。
 今、また新しい季節が始まろうとしている。それは夏なのか、それとも冬なのか?予想だにできない。それがいかなる季節であろうとも受けとめて暮らしていくしかない。吹雪の翌日が真夏日であるなんてことはこの軌道上では決して珍しいことではないのだから。

 前の休日にはこの足で町を歩いてみた。
 街路樹のわきに生える一本のひまわりが僕を引き寄せる。こんな所にひまわりを植えている人がいた。そしてゆっくりとひまわりを見つめるのは何年ぶりのことだったのだろう。最後に見たのがいつだったのかすら思い出せない。のぞきこんでみるとつぼみの奥にはしっかりと夏が存在していた。子供の頃の夏休みの象徴、ひまわりの黄色い花びらがそこにはもう準備万端整えて夏の来るのを待ちわびている。
 この国に来て、ひまわりといえば、ピーナッツのような豆菓子に変わっていたのだけれど二十年目にしてまた夏の花となる。次にひまわりを見つめるのはいつの日のことなのだろう?その日にはきっとこの日のことを思い出しているに違いない。いつ、どこで見つめるかはわからないけれど、この日はひまわりの黄色とともに僕の中に残っていくことだろう。
 
 二十年目の夏。

 冒頭のピンボケ写真。
 ここから僕の春夏秋冬は始まった。サンフランシスコのバス・ディーポ。ここでサンフランシスコ国際空港からのバスを下り、また六十日間のバスの旅に発った。そして今帰ってくる。
 現在は待合室としての機能はなく、それでも時の風化にまかせるように当時の姿のまま残っている。なにもするわけではないのにただそこに存在し続ける。この国のこんな面が限りなく好きだ。


 この旅の表の目的が仕事であることは間違いない。疑う余地はまったくない。
 それでもその裏に敷かれた<意>というものを考えさせられてしまう。一つの周期を終えて。それは僕自身の存在確認といったものであるのかもしれない。カミサマのいたずら。
 僕の中にはここへ来る、そして二十年後に戻ってくるというDNAが存在していたのか?またまた偶然と必然という言葉に行き当たってしまった。

さて次はどんな季節が来るのだろう?


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by seikiny1 | 2006-07-16 09:42 | 旅のボヤキ
五時前五分のサイレン
「今日は早く帰ってくるのよ!」
「何時まで……」
「昨夜みたいに晩御飯に間に合わなかったら承知しないからね!」
「九時半までには帰るよっ!」
「そうね。どんなに遅くてもそれが限度ね」
 モーテルの三階とプールの間で行われる母娘の交渉。新しい友達ができたせいか、プールの中から見上げる子供の顔は太陽を浴びてこころなしか愉しげに見える。どうやら昨夜は時間を忘れて遅くまで遊びすぎたようだ。子供には反省なんかよりも<そのとき>の方がよく似合う。それが子供らしさというもの。
 誰が、どこから、どう見たって、彼女の顔は楽しさ以外のなにものでもない。
 建物の外部に取り付けられた階段に座りタバコを喫う僕の横を母親がおりていく。
“Kids things……”と言いながら苦笑いを浮かべる彼女。その口もとには母親としての厳しさ、子供の成長の喜び、照れくささなどなど実に様々な感情がたたえられている。微笑みを返して時計に目を落としてみると、時計の短針は五を指していた。

 五という数字の奥に子供時代がよみがえる。
「五時までに帰ってこんといけんヨーッ!」
 遊びに出かける僕の背を毎日追ってくる母親の言葉。なぜ五時だったのだろう。
<便利な>と言うか、それとも<いまわしい>と言うべきか。僕の生まれ育った町では毎夕五時五分前になると(今はなくなってしまった)デパートのてっぺんからメロディーをともなった大きなサイレンの音が下りてきていた。町中のどこにいようとも誰もが時を知らされてしまう。「時間がわからなかった」では赤子の言い訳にしかならない。
 その日もいつもの声を聞きながら家を後にした僕。いつもと違っていたのは腕が重かったことくらいのはずだ。ちいさな手首には前日に父親からもらった大きなおふるの腕時計がぶら下がっていた。玄関のドアを閉めるなりそいつをいじじってニヤッと笑う。

「ただいまー」
 何食わぬ顔で帰ってきた僕の頭を母親はポカリと殴る。重たい左腕を振り上げてみると針はまだ五時をまわっていないのに……。そこでまたポカリとやられた。たしかに辺りはとうに暗くなっていた。出かける時に一所懸命に何回も逆転させた針はなんの助けにもならない。しょせん子供の浅知恵に過ぎなかったようだ。
 水辺での母娘の会話はそんなことを思い出させてくれた。頭の中でサイレンがなっている。
 さて、あの時の母はどんな顔をしていたのだろう?やはり先ほどの女性と同じ顔をしていたのだろうか。それとも鬼のような顔をしていたのか。真剣に反省していなかった証拠にまったく思い出すことができない。そして育った僕はこんな風である。
 さて、今、母親は僕のことを思ってどんな顔をしているのだろう?やはり先ほどの女性と同じ顔をしているのだろうか。ため息を交えながら。僕にできることと言えば、それが絶望のため息でないことを願うばかり。もう時計の針を戻すことはできないのだから。


 この夏、僕自身にはまったく関係がなく、したがってなんの恩恵にあずかることもできないけれどアメリカは今日から独立記念日の四連休に入った。いつもは出張者が目立つこのモーテルでも数日前からは子供の声がよく聞かれるようになってきている。朝方、表に腰を下ろしていると子供たちを乗せた何台もの車が道路へと吐き出されていく。この国最大の夏の日々。あの車の中ではどんな会話が交わされているのだろう?陽が落ちて帰ってくる車の中。そこでは疲れ果てた子供たちの寝息しか聞くことができないかもしれない。言葉はなくても密度の高い空気が充満している車内。それは子供たちから発せられ、それを吸い込んだ大人たちからまた吐き出されていく。濃いにもかかわらずとても軽やかな空気がゆっくりと循環していく車内。そしてそれをいとおしむかのようにする大人たち。
 世界のどこにいても家族でいることができる、ただそれだけで幸せなのだろう。

 僕にはたった一日のそれしかないけれど、そんな素敵な空気を思い出させてくれたいい休日だった。
 さて、あと数時間しかない休日の残りはビールでも飲もう。


 五時五分前ののサイレンのメロディーは「夕焼け小焼け」。


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by seikiny1 | 2006-07-02 11:41 | 旅のボヤキ
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