ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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Roll Over Beethoven
 チャック・ベリーが流れていた。

 意識がはっきりとしてくるのにともなっておなかが空いていることもわかってきた。次の瞬間には頭の中にソースの焦げる匂いが広がってしまった。無性に焼きそばやお好み焼きが食べたくなってしまう時がある。
「冷蔵庫の中にはまだ豚肉とキャベツがあるな……」、ベッドから飛び起きた僕はそんなことを考えながらゴシゴシと顔を洗う。もう頭はスーパーの方に飛んでいってしまっている。四個で一ドルのインスタントラーメンを片手にレジへ向かっている時にチャック・ベリーが流れ出した。よく晴れた日曜日。午後になったばかりのせいか、まだ人もまばらなスーパーにはゆっくりとした時間が流れている。


 気になっていることがある。
 お店とBGMの関係。BGMの自己主張が気になっている。そりゃ、誰でも自分のお気に入りの曲を聴くことは気分がいい。それを「店の色にしよう」という気持ちもわからないではない。それでもBGMが前に出て来すぎてしまうと全てが崩れてしまうこともある。そこがあくまでも音楽を聴くための場所でない時には。自分のバランスがそのせいで崩れてしまうことがある。しかも悪い方に。飯がまずくなり、本選びはどうだってよくなってしまったりする。まぁ、不必要な物を買うことがないというのはメリットではあるけれど。場とそれを補足するものがいい関係にない時、そこには居心地の悪い不快感が残ることが多い。
 BGMが本来のバックコーラスのマイクを捨ててフロントマンとなって叫び続ける時、それは押し付けになってしまう。本来そこで立つはずのない神経が立ってしまう時すらある。僕の場合、押し付けられてしまうと必ずと言っていいほどどこかで「反抗」がめばえてしまう。そしていきなり機嫌が悪くなったり、店を出たり。それは精神衛生上よくないわがままな男だとは思うのだけれど。
「耳をふさげばいい」
「ipodのイヤフォンを耳に突っ込めよ」
 そんな声が聞こえてきそうだけれど耳は常に開けておきたい。
 なんで他人のために耳をふさがなきゃいけないんだ?他の音を聞かないようにするために別の音をかぶせるなんて、その音に対して失礼だとも思う。その音は便所のドアになるために生まれてきたものではないはずだから。
 そして僕は全てのことを受け入れることなんて出来ないし、流すほどにねれた人間でもない。やさしくもなければ大きい器を持つわけでもない。そうしてひとり不機嫌になってしまう。
 BGMは決してフロントマンになってはいけない。BGMがフロントマンになる日・場所。そしてその逆も必ずある。コーラスの声でリードボーカルを消してしまってはいけない。客がそのハーモニーを欲している時には。

 この古いスーパーではいつも1950年代から70年代にかけてのヒット曲が人と人、そして商品の間を満たしている。その様は決してオシャレとはいえないけれど不思議な安心感がある。店内に適度なボリュームで流されるふるいポップス。そのほとんどは決して嫌いではなく、かと言って昔ほどグッとくるものを持っているわけでもない。ポップスがポップミュージックである限りそれはナマモノの範疇を出ることはなく、許されない。時代が流れ時と共に認められてきた曲もある。牙の引き換えに得たものは永遠の命であり、その中にはスーパーのBGMとして生き残る権利も含まれていたのかもしれない。それらがヒット曲であったところが少しだけ寂しく、哀しい。
「クラッシック・ロック」という言葉の誕生とともに、かつての時代の代弁者の声は、それをバックに午睡するのことの出来るほども気持ちの良いものとなってしまった。人間も、そして音楽もそうあるべきなのだろうか?


 チャック・ベリーの『ロール・オーバー・ベートーベン』を口ずさみ、軽快に身体を揺らしながら商品をスキャンしていくレジの黒人女性。
“Next”
 僕の順番がやってきた
“Do you have club card?”と訊いてくる。
(club cardは日本で言うポイントカードのようなもの)
 いつもはカードを差し出す僕だけれど、もう右手には一ドル札を握り締めている。その上焦げたソースの匂いで充満した頭からの命令でとっさに口が動いた。
“No.”
 僕の口が閉まりきる前に女性の右手はポケットに伸び自分のカードをスキャンする。そしてカードは再びポケットに。実に流れるような自然の動きで、その間一秒もかかっていない。もちろん口元からは『ロール・オーバー・ベートーベン』が流れ続けていた。
 ラーメンの入った白い袋を渡されレシートを待つ僕。どうやら用済みの僕の事はもう彼女の目に入ることはないらしい。彼女の背中越しに
“Next”
“Do you have club card?”の言葉が聞こえてくる。彼女の右手が動いた時、僕はドアに向かって歩き出した。

 彼女がやっている行為。それは見る人によっては不快であったり、「公正でない」と思う人もいることだろう。宙に浮いたお客さんのポイントが彼女のカードに吸い込まれていく。見方を変えれば吸い込まれた分だけ店が損をしているようにも見える。たしかに店の中に落ちているコインは店のものではあるけれどそれは百ドル札ではなく、ましてや誰かのように七億円を横領しているわけでもない。そう目くじらを立てることもないだろう。また時としてclub cardを出したお客さんにだけ割引が適用される商品もあるので、場合によっては彼女の行為で「ありがたい目」にあうひともいるわけだ。なによりスーパーのキャッシャーという職種は決して「いい仕事」ではない。店の側からしてもそれくらいのお目こぼし、客の側からしてみればチップがわりでもいいと思う。「誰」が困るわけでもない。
 社会のあちこちに、こんな不恰好な木がなんとかバランスをとりながら立っている。次々と商品をスキャンしていく彼女。そういえばどこかチャック・ベリーに似ていないこともない。
 こんないつ倒れるともわからない木々。もし、あの場に流れていたのがチャック・ベリーではなくまだまだ角の取れきっていない音楽だったら……。彼女の行為に対して「キッ」となってしまう人が現れないとも限らない。角の取れてしまった曲。BGMというものは不思議な力を持つようだ。しかし角を「取った」音楽というものはまったくおもしろくない。
 ゆっくりと流れる空気が見えるようなスーパーの午後。
 BGMとして余生を送るのもそうそう悪いものではないのかもしれない。

 このスーパーにはベートーベンよりも『ロール・オーバー・ベートーベン』の方がよく似合う。今年八十歳を迎える、それでも茶目っ気の抜けないチャック・ベリー。
 はたして彼はベートーベンをぶっ飛ばすことが出来たのだろうか?
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by seikiny1 | 2006-02-27 07:57 | 日ごろのこと
体内時計
  街で見かける新聞の一面はどれもオリンピックのカラー写真が踊っている。インターネットをサーフしても、目に付く文字は「耐震偽装」や「ライブドア」ではなく「オリンピック」の方が圧倒的に多い。<祭典>という言葉があるくらいだからこれでいいのかもしれないけれど、少しだけ?
 テレビはあまり観ない。スポーツ観戦はしない。日本に住んでいるわけではなく、かといってアメリカ人でもない。そんな僕ですらこの四年に一度のお祭り騒ぎは気になる。世界中が、参加80カ国の人々がにわか愛国主義者となってしまうのもそう悪いこととも思えない。お祭りと思えば。もちろんお祭りだからといって忘れてはいけないことはあるわけだけれど。宿題はやらなきゃならない。

 僕個人的な考えではメダルなんかどうだっていい。競技者、勝負師としてのアスリートたちはやはりメダルを手にしたいだろうし「金でなければ意味がない」とまで言いきる人すらいる。また、アスリートその人の素行・モラルなどまで問う人もいる。そんなことどうだっていい。オリンピックの結果は数多くある結果のうちのたったひとつに過ぎない。成績も大切かもしれない、そこに精神論もあるのかもしれない、リンクにツバを吐くような奴にはたしかに嫌悪感を持ってしまう。それでもそこにオリンピックがある。ただそれだけで僕にはいい。それまで頑張ってきた彼らを成績だけで判定することなんかできはしないし、モラルのない奴はただそれまでのこと。必ずしも健全な精神に健全な肉体が宿るわけではない、と気付かせてくれただけでもめっけものだ。

 オリンピックは四年に一度やってくる。

 中学校の入学式以来ずっと仲のいい友達がいる。彼の誕生日は四月二日。
「アイツほんとは四月バカやぞ……」とずっと言われている。きっと親が気を使ったんだろう。
 大学時代の友達の誕生日は二月二十九日だった。
「おれの誕生日は(夏季)オリンピックと一緒にやってくる」、と彼は言っていた。親が正直者だったのだろう。今でもオリンピックが来ると彼のことを思い出す。

 オリンピックは四年に一度やってくる。

「なんで四年に一度なんだろう?」
 そんな疑問が芽生えて少しだけ調べてみた。
 なんでも「古代ギリシャ時代に使っていた太陰暦に由来する」らしい。その他細かい説明を読んだけれど、なんとなくわかったような、わからないような。とりあえずそこで自分の中での手打ち式をした。そういういわれがあるということだけで今は満足をしている。昔の習慣が今ではオリンピックのインターバルとして定着しているらしい。
 そんなことを調べているうちにひとつの気になる記事にぶつかる。そこには、
「オリンピックを目指すトップ・アスリートには四年周期の体内時計が組み込まれていることが多い」とある。四年に一度だけやってくる「その時」を目指して身体中の全てが動いている「らしい」と。多い人ではその時計が四周も、五周も回っているわけだ。生半可な肉体・精神ではどうにかなってしまいそうだ。そういった体内時計を持つということだけでも常人にまねできることではない。しかも常にネジを巻き続けるなんて……。

 うるう年。オリンピック。四年。
 実はオリンピックの画面に目をやりながら、僕の頭には全然別の光景が映し出されていた。
 最初の短いフィルムは八年前のもの。
 誰にも邪魔されることなくドラッグを楽しむために取ったイーストビレッジにある安ホテルの一室。背中を向けた僕の向こうにあるテレビの中には長野オリンピックの開会式が映し出されている。

 次のフィルムは少し長かった。
 コリアタウンにあるサウナの休憩室。ここでも僕は後姿で、その向こうにある大きな画面にはソルトレイクシティー・オリンピックのボブスレー競技が映し出されている。
 ちょうど四年という歳月が流れた。
 四年前の今頃、僕は路上で『ニューヨーク底辺物語』を書きはじめ、ある晴れた土曜の午後、その出版に向けて奔走してくれていた出版社の社長さんに連れられて約六年ぶりに湯船に身を沈めた。あの気持ちいい熱気、痛いくらいにずっと打たれ続けたシャワーの感覚を今でもはっきりと覚えている。そしてテレビの画面を眺めながらボンヤリとながらも久しぶりに日本、日の丸を意識していた遅い午後。
 その数週間後に僕は路上から消えた。
 この先も決して忘れることのないであろう冬季オリンピック。

 僕にとっては一年という周期よりも四年という周期の方が物事を振り返るには適しているように思う。もしかしたら四年に一度開かれるオリンピックという行事は古人達のそういった知恵の結果であるのかもしれない。年号なんかはすぐに忘れてしまうけれど、
「あのオリンピックのあった頃……」、「あのオリンピックの翌年……」
 そうやって思い出すことは多い。それが一年単位となってしまうとどうしても記憶があやしくなってしまう。四年で一回りするくらいがちょうどいい。小さな、小さなことまでがオリンピックという針の目盛りと共によみがえってくる。
 アスリートの育成費用の高騰、巨大化しすぎた商業主義などと色々取り沙汰されている今のオリンピック。それも時計のひとこまとしてとらえればそう悪いものでもない。どうやら僕の中でも「オリンピック」という名の体内時計が回っているみたいだ。
 さて、次のオリンピックで僕は何を見、何を感じ、何を思い出しているのだろう?

 二月二十九日を誕生日に持つのもなかなかいいものなのかもしれない。


 ここまで書いて投稿をしようとしたところ荒川静香選手の金メダルのニュースが入ってきた。
 おめでとう。一所懸命に巻いてきたネジ最高のタイミングで鳴ったんだね。
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by seikiny1 | 2006-02-24 09:56 | 日ごろのこと
全身歯磨き粉
 襟首のところがなんだか痛がゆかった。そっと触ってみたら案の定ふきでものが出来ていた。二、三日前から顔を洗う時に首の後ろの方までその手をのばすことにしている。そういえば顔を洗う時に首まで洗うようになったのはここ数年のこと。ほかの人の事はいざ知らず、僕にとって「顔を洗う」という行為は「顔」を洗うことでつい最近まで首を洗うことは「顔を洗う」事ではなかった。

 顔を洗いながら「一体どこまでが顔なんだ?」そんなことを考えてしまう。
 手は首に伸び、うなじに伸び「一体どこまでが首なんだ?」ということになってしまう。そんなことを考えながら昨日は収拾がつかなくなってしまい、とうとう風呂に入ってしまった。
 髪はわかる。毛が生えているから。それでもここ数年日増しに顔が大きくなってきて、その分髪が薄くなってきたように思う。僕は体毛が薄いほうだからまだいいけれど、毛深い人なんかは大変だろう。もみ上げは頬やあごのひげとつながり、あごのひげは胸毛からヘソの毛、陰毛、お尻の毛、そして背中の毛へとつながりうなじへと帰ってくる。夏場には他人の襟足からのぞく背中の毛を見ながら「大変だなー」と他人事ながら同情してしまう。彼らは毎朝ひげを剃る時にカミソリを止めるラインで悩んだりしないのだろうか?

 風呂場ではいつもシャンプーをしたその手で、泡で顔まで洗う。そしてヒゲをそる。昔はそれで全身まで洗っていた。ついでに靴下なんかを洗う事だってあった。シャンプー一本ですべてがまかなえていたわけだ。おかげで三年ほど前に買ったシェービングクリームはまだ半分以上残っている。
 女性は大変だろう。頭用、顔用、首用、ボディー用、手用、かかとのかさつき用。様々な部位に分けて様々な物を何度にも分けて器用に使い分けていく。毎日悩んだり、その境界線を前後させて見たりしているのだろうか?いや、本当に女性として生きるのは大変なことだ、と頭が下がってしまう。
 これがスキンヘッドの人になるとどこまでが頭でどこまでが顔なのかまったくわからなくなってしまう。彼らはそれをどう使い分けているんだろう?

 生物学的にはたぶん根拠があるのだろうけれど、実際に生活をしていると顔も、首も足もどうだってよくなってくる。境界線の必要性をそれほど感じなくなってくる。それが自分の身体という意識だけでいい。とりあえず清潔にさえしていれば「、全身を歯磨き粉で洗ってもいいんじゃないか」とすら考えないでもない。まぁ、これは暴論かもしれないけれど、どうだっていいということ。顔と首の間にある(らしい)境界線というものはあとからひかれたもの。最初はきっと身体としての意識しかなかったことだろう。さて人間はいつから毎朝顔を洗うようになったのだろう?もちろん毎朝シャワーを浴びることは気持ちがいいけれど、水が貴重品で今ほど水道施設が完備していない頃はそうもいかない。なんで顔だったんだろう?首まで、胸元まで、上半身まで……。そんな時代があったのかもしれない。そして最終的に顔のところに線が引かれた。

 境界線(ボーダー)とは所詮そんなもの。誰かが意識した時に初めてそこに線のようなものが浮かび上がってくる。一生懸命首の周りを覗き込んでも、ナイアガラの滝に行ってみてもそこに線があるのを見たことがない。意識の上に描かれた線。その線を見る者と、見ない者がいてもなんの不思議もない。
 アメリカという国も数十州に分かれてはいるがどうやら線が描かれているらしい。国という線を越えたところでは絶えずドンパチを繰り返しているその国も、大きな線で囲まれた内にある、ある点線を超えてのドンパチには長いことお目にかからない。そこに線はあるけれど点線で、太い線の内側というだけでなかよくなっている。なんとかなかよくまとめていこうとしている。
 機械にしろ、本にしろたしかに小分けにしてしまえばわかりやすくまとまりやすい。だからそこに線があるのだろう。国だって、小分けにしてしまえば分けないよりは色々と小回りもききまとめやすいことだろう。家康さんは好きではないけれど徳川は三百年続いたと言われている。

 この地球という身体は顔と首の分かれ目があまりにもはっきりしているからいけないのだろうか?首や顔としてではなく、身体として見るわけには行かないのだろうか?そんなに美顔につとめていながらも、足が臭く、耳くそが詰まっていても平気なのだろうか?これが個人の身体だったら、ほとんどの人が足の指のまたの間までさぞやきれいに仕上げることだろう。
 いつだって顔と首がけんかをしている。どうやらそこに線があるらしい。
 たしかにチベットの文化とアメリカ、ホワイトハウスの一室を同じ土俵で語るということには無理があるかもしれない。それは歯磨き粉で髪の毛を洗うようなことかもしれないけれど、洗って洗えないこともない。とりあえず汚れは落ちるかもしれない。そうやりながら改良を重ね、五年後にはスーパーボール中継の間に全身歯磨き粉のCFが流れているかもしれない。もしかしたら実際に誰かがそれを今、この時にやっているかもしれない。
 小分けにする点線はやはりいつの時代にも必要だろう。しかし、その外にある線がどんどんと太くなっていくことが怖い。護るべき線が拒絶する線、そしてそのためには攻める線となっている。女の人の爪をきれいにする液で「キレイニナレ」と髪の毛のことも考えずに頭に降りかけているようなもんだ。それは爪にはよくても、髪の毛にはよくない。だからこそ全身歯磨き粉がいる。太い割りには、あるかないのかわからない境界線を消してしまうために。

ほとんどのものが個の集合体である以上そこに線が必要であることはわかる。口と肛門が一緒では困る。ただあまりにも境界線が多く、中には必要のないもの太すぎるものもある。そんなことが気になってしまっただけ。


 どう目を凝らしてみても、鏡の向こうに映った僕のあごの裏側のところに線を見つけることができない。どこからが首なんだ?顔を洗うよりシャワーの方がいい。
 実はもみ上げの処理にも困っている。
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by seikiny1 | 2006-02-21 08:55 | 思うこと
ツケ台帳(お金で買えないもの)
 最近眉を動かす訓練をしている。



 まだ陽の高い時間。薄暗いバーにはビールを飲む僕、そしてカウンターのずっと向こう側で眠たげな顔で新聞を読んでいるバーテンダーしかいなかった。音楽はない。

「ピカッ」という光が一瞬だけ大きくなり、そしてまた細くなり消えた。ほこりが舞う光の筋の向こう側から一人の男のシルエットが浮かび、そして薄暗さと同化した男はカウンターの前に立っていた。ゆっくりと立ち上がったバーテンダーはカウンターの向こう側にまわり込み、これまたゆっくりとした動作でなみなみとバーボンを注ぎ男の前に置く。そして再び新聞へと帰っていった。
「キュッ」と手首をかえし一息にバーボンをあおった男は五ドル紙幣をカウンターに残して再び埃っぽい光の中へと消えていった。ものの二分程度の出来事。その間、一言の会話もない。相変わらずバーの中は静かだった。男が帰った後も何もなかったかのように新聞を読み続けるバーテンダー。空のグラスそしてボンヤリと照らし出されたカウンターの上の五ドル紙幣だけが、そこに男がいたことを思い出させてくれる。
 まるで映画の一コマのようでもあった。もう二十年近く前になる。ジョージア州のとある田舎町で目にした光景。


「ガラガラッ」と引き戸を開けて男が入ってきた。カウンターの中にいるおばちゃんはテレビを見上げて先ほどから涙ぐんだまま。新たな客に顔を向けようとさえしない。不思議な空間に居合わせてしまった僕はさりげなくその二人を見ていた。おばちゃんがやっと向き直った時に少しだけ空気が動いた。男の眉が少しだけ動いたような気がした。それでも目のほうは相変わらず黙り続けている。目をおばちゃんのほうに移してみると眉がちょうどその動きを終えたような余韻を残している。しばらくすると男の前には底に小皿を敷かれたコップ酒、そして小鉢が出された。おばちゃんが焼き鳥をあぶりはじめる。
 初めて目撃した眉の会話。もう二十五年ほども前のこと。福岡県大牟田市にあった小便臭い路地を入ったところにあるカウンター五席ほどの飲み屋にて。まだ酒の飲み方を知らなかった僕。帰り道でゲロを吐いた。


 久しぶりにこんな光景に出会ったような気がする。そこには同じ匂いの空気が流れていた。もちろんそういった光景は日常のあちこちで起こっていて、ただ僕がそんな目を持っていなかっただけなのだろうけど。

 その日も僕はビールをぶら下げて近所のデリのレジの前に立っていた。いつもより少し早い時間のせいか前に二組の先客がいる。ちょっとだけ眠たげな顔をしたマリオの奥さんがカウンターの向こう側でレジを叩いている。その顔がちょっとだけ上がった。視線の先を追ってみると僕の左斜め後ろに立つ大柄な男が手に持つジュースを軽く動かす。その時、男の眉が動いた。転瞬、彼女も眉を動かすとキーを叩く手を止め、かたわらから帳面を取り出す。遠目にのぞきこんでみると、そこには小さな文字でびっしりと日付け、名前、金額が書き込まれていた。
「ツケ台帳だ!」
 二人の呼吸、古くなって角の取れてしまい反り上がった帳面がいとおしい。なんだか嬉しくすらなってしまった。「こんなところに生きていたか!」。久々に再会した友という感じだ。
 現金やクレジットカードではなく<ツケ>という個人間の信用の上に成り立つ決済法。こんなところでまだ生きていた。そこにあるのはクレジットヒストリーや年収ではなく個人が個人を信用すると言うカタチ。個人の目と目、眉と眉。言葉や文字そして情報ではなく<信じる>ということの上に立つ人間関係。人間と人間の原始的な関係。
<信じない>というところからまず物事がはじまることが一般的となってしまった昨今、砂漠でオアシスを見た気分になってしまった。男はそっとドアを出て行く。それが蜃気楼でなかった証拠は「パタンッ」という音とともに閉じられた帳面を。彼女は何事もなかったかのように計算に戻る。「パタンッ」という音だけが、そこに男がいたことを思い出させてくれる。
 ツケで買い、ツケで売る。そして決済日がやってくる。この環が綿々とつながっていく。そして人と人との信頼関係もつながっていく。中には壊れてしまう環もあることだろう。それでもそこに大多数の信頼関係はまだあり、信じたいという気持ちは残る。そしてそれは膨らんでいく。
 今の時代、ほんとうに「金で買えないものはない」のかもしれない。それでも金で売りたくないもの、金ごときで置き換えることの出来ないものはたくさんある。
 決して裕福と呼ぶことの出来ない暮らしをしているであろう人々がいる。しかし、そんな中には(そんな中だからこそ)僕達が忘れかけつつあるものがあり、それを取り巻く人々がいる。スーパーマーケットのレジでクレジットカードを使用する人がいて、その一方にはボデガのツケ台帳がある。人情という言葉を思い出してしまった。


 少し前のニューヨーク市長の言葉。大略は、
「なぜだろう?貧しい人はスーパーマーケットではなくボデガで買物をする人が多いようだ。ボデガには健康を指向した食品がスーパーマーケットほどは揃っておらず、その結果として貧しい人々の方に肥満など市民の健康上よろこばしくない問題が格段に多く見られるようだ。……………。ボデガにノーファット、ダイエットなどの食品を置くことを義務付けそれを<監視>していこうと思う」
 こういった感じの着想の元判断を下し、そして実行していく彼。義務で監視ときてしまった。
 僕達にとって健康はとても大切で考えていかなければならない問題ではある。しかし、それと同等に大切なものだってある。忘れてはならないものだってある。そういうものに限って数字やデータでとらえることが出来ない。
「お金で買えないものはなく」ても「数字でカウントできないこと」はある。いや、そちらが大部分なのかもしれない。うまみ度、好感度なんか僕は信じない。




◇◇◇◇◇◇◇
*ボデガ
 主にヒスパニックの人々で経営されている食料品店・雑貨店。家族経営がほとんどで店舗の規模は小さいがその品揃えは「かゆいところに手が届く」。バナナからバケツまでそろう。日本のコンビニとはまったく違い、僕はそこに文化を感じてしまう。子供が五セント玉を握り締めアメを買いに来たり、他では買えないボールペンや鉛筆のばら売りがあったり、夏の頃になるとなぜか入り口あたりにいい年をしたオッちゃん達が(いつも同じ顔ぶれで)ビール片手にたむろしていたりする。品物によってはスーパーで買うよりも安い物もあり、その仕入れルートが不思議でもある。人々の暮らしに密着している店、ボデガ。
 そこは単に品物を売るだけの場所ではない。

 不動産の高騰やヤッピー層の進出で近年その姿は少なくなるばかり。「あー、世界遺産に指定してくれないかな」、と思う今日この頃。ボデガには間違いなく文化がある。
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by seikiny1 | 2006-02-18 08:34 | 日ごろのこと
冬の贈りもの
「雪あかり」とはよく言ったもので雪の降る夜は明るい。部屋の電気を消していても、薄いカーテン越しに外が薄ぼんやりと明るい。裏窓から眺める景色は白一色。地面に枯れた木の枝、そして幹にまだふくらみを持った雪がしっとりと腰をおろしている。
 まるで砂嵐のように降りしきる小粒の雪たち。向かいの家々の屋根からは強風に巻き上げられて、文字通り雪が舞い上がる。そんな雪の一粒、一粒の結晶があらゆる角度からのわずかな光すら余すことなく反射し、それをまた反射していく。乱反射がどこまでも、どこまでもつながっていく。白夜というのはこんな感じなのだろうか?まさに幻想的な世界が外では繰り広げられている。
 四つほど前の冬のこと。テントを出たらそこは誰もいない白い世界だった。どこまでも続く真っ白な雪。誰にも踏まれることなく、雪かきされることもなく、のびのびと降り積もる雪たち。いつもそこにあるはずの闇夜が消えてしまった驚き。銀世界、という言葉をはじめて体験した夜。そんな冬の夜のことを思い出していた。

 すべてを覆いつくすから美しいのか?
 それとも雪そのものが美しいのか?
 雪はあらゆる色を反射し、そして染まる。
 都会と自然の最高のハーモニーが奏でられる夜。その歌声はこだまを繰り返しながらいつまでも、いつまでも続いていく。さて明日はどんな新しい朝を迎えることが出来るのだろう?
 冬の贈りもの。



〓これは2006年2月12日未明の日記です。
その後も雪は降り続きニューヨークは記録的な大雪となりました。すべてを覆いつくした雪たちも、あるものは踏み固められ、またあるものはかかれ、そしてあるものは融けてしまい水溜りを作る。やはり雪はそこにまだ生命が見て取れる旬な時が一番きれいだ。命を失ってしまった都会の雪、それは自然と人間が作り出す涙なのかもしれない。
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by seikiny1 | 2006-02-14 08:39 | 日ごろのこと
太陽を盗んだ男<2>


<前回からのつづきです>
 別にスポーツ観戦を目の敵にするわけでもなく、そういった気もない。ただ僕が嫌いなだけで。それでもスポーツを観ながら熱狂する人々を冷めた目で観察している僕は確実にいる。
「なんじゃこりゃ……?」
 そんな言葉が僕の口をついて出て来た。SPORTS BARと書かれた看板のあるバーのドアを初めて押し開いた時のこと。二十年前の僕にはそういった知識が全くなく、SPORTS BARと言うからには小さなバスケットのコートがあったり、ネット付きのバッティングマシンがあったり、とそういった光景を想像していた。それくらいそのバーの入れ物は大きかった。しかし暗い店内には大きなモニターがいくつも置いてあり、それぞれ別のスポーツの違ったゲームを映し出している。あちらからも、こちらからも絶えず人々の歓声が聞こえてくる。
 まぁ、普通にビールを飲むことはできた。

 スポーツの試合のことをgameと呼ぶ。
 狩猟の獲物のこともgameと呼ぶ。
 ちょっとしたレストランのメニューを見るとmeat、poultryの次にgameの文字を見つけたりする。これも最初は「?」だったのだけれどよくよく見てみれば、野鳥や鹿肉の料理が並んでいた。そして恐れ入ってしまった。
 僕はハンターでもなく、ヒステリックな動物愛護者でもない。それぞれが、それぞれの立場で必要なことをやればそれでよいと思う。不必要なことさえしなければ。
 眠っている狩猟民族(ハンター)の血があそこまで人々を熱狂させるのだろうか?
 動物愛護者でもスーパーボールのゲームに狂喜するのだろうか?
 海の向こうで起こっている戦争をすらgameを見る目で見ている人がいないと誰が言えるのだろうか?「湾岸戦争の映像を見ながら狂喜していたアメリカの高名な政治家がいた」という記事を読んだことがある。
 なぜアメリカではここまでスポーツ<観戦>が盛んなんだろう?そんなに人々は退屈しているんだろうか?
 ゲームは勝たなければ意味がないのだろうか?「勝ち負けじゃない」というのは単なる言い訳で、美談でしかないのだろうか?
 産声をあげて以来、どうしてアメリカは常に戦争と関わりを持ち続けているのだろう?
 僕の血は本当に農耕民族なんだろうか?

 こんな僕でも野茂英雄選手以来、アメリカで活躍する日本人選手に興味はあるし力の入らない応援もしてきた。そのためにわざわざテレビをつけることはないけれど、新聞の記事に彼らの名前を見、その好調ぶりが伝えられると嬉しくもあり元気もつけられた。
 松井秀喜選手がニューヨークにやってきた時もそのニュースを嬉しく聞いた。その動向はやはり気になっていた。しかし、それも今年はなさそうだ。年末に観た一本のドキュメンタリーで僕のそんな小さな熱も冷めてしまった。今は興味がない。
 松井選手にイチロー選手の本を渡した、という彼の母校の恩師の気持ちが、その恩師が何を伝えようとしているかが僕にはなんとなくだけれどわかる。

 唯一残された<人>という面からのgameへのアプローチをなくしてしまった僕。またひとつスポーツ観戦が遠いものになってしまった。
 スポーツの中にドラマはあるだろう。それでもそれを観なければドラマが見れないわけでもない。血が熱くならないわけでもない。この暇人のぼくでもスポーツ観戦に関わっているほど暇ではない。

 さて、2006年。
 この時代に『太陽を盗んだ男』が出現したならば一体何を要求するのだろう?


 やっぱりストーンズはカッコよかった。
 キースの姿をカメラがとらえた瞬間に「カッコイイ」と思いつつも「(内田)裕也さん<に>似て来たな」、と思ったのは僕だけだろうか?そういえば裕也さんも『太陽を盗んだ男』に出演していた。
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by seikiny1 | 2006-02-11 11:55 | 思うこと
太陽を盗んだ男<1>
「ゾクッ」とした。
 それは今年も家賃が値上げされたからではなく、その割りに全く暖房の効かない部屋に座っていたからでもない。身体の芯から「ゾクッ」とした。懐かしい感覚だった。

 アメリカに来た理由のひとつに「ストーンズのステージが観たい!」というものがあった。
 その頃、彼らが日本のステージを日本で見ることができるだなんてほとんどの人が考えなかっただろう。『太陽を盗んだ男』という映画の中で原爆を作ることに成功した主演の沢田研二は「ストーンズを日本に呼べ!」と要求していた。それほど不可能に近い状態だった。
 夢はかなえられた。
 ニューヨークへ来た次の年だったと思う。Shea Stadiumで彼らのステージを観る事ができた。二日前の夜、そのときと同じ電流が背中を走った。「二十年なんかたいした時間じゃないな」、次の瞬間にはそんなことを考えていた。身体は間違いなくその感覚をおぼえている。奇しくもオープニングはあの夜と同じ“Start Me Up!”
 皆それぞれに年を取ってはいたけど、タイトなロックンロールのリズムは変わることがない。

 そういったわけで生まれて初めてスーパーボールというものを少しだけ見た。ただただ、ハーフタイムに出演するストーンズを観るためだけに。人に聞いたところ何でもハーフタイムは<まともに>ゲームが進行すれば、キックオフの一時間後らしい。「まともに進むことはないよ」、と彼は付け加えた。それでも律儀に午後7時30分にテレビをつける僕。
 テレビでは男たちがぶつかり、そして走り回っている。試合の中断と共に画面左下にある残り時間はカウントをやめ、CFが入ったりスローでの再生画像が入ったり。そんな画面を見ながら僕は日本の国会で行われる牛歩戦術を見ているような気分になってしまった。遅々として進むことのないゲーム。しかし、人々はこの夜、このゲームに熱中する。アメリカで一番視聴率の高いテレビ放送だということだ。テレビのない飲食店は閑古鳥が鳴いてしまうので、わざわざこの夜だけテレビを入れるところもある。それほどこの国の人々はこのゲームに熱中する。アメリカで一番暑い夜。数ビリオン(いやトリリオンか?)の現金が飛び交うことだろう。
 僕には全くわからない。
 昨年のポール・マッカートニーにも食指は動かなかった。
 たぶんこれが僕にとって最初で最後のスーパーボールになるような気がする。

 スポーツを<観る>ということに熱くなれない。
 履歴書に<スポーツ観戦>と書く人がいるくらいだからこれは読書や映画などと同じで立派な文化で趣味なのだろうけれど。見ることはあるけれど観ることはない。「見たい」と思うことすらないのだから「観よう!」という気持ちが起こるはずがない。僕のヘソが曲がっているからそうなるのではなく、たとえまっすぐでもスポーツ観戦を楽しむなんてことは起こりそうもない。
 だからといって人が熱中する分はかまわない。実際僕の周りにも「アメリカにいる理由?それは年中スポーツが観られるからさ」という人が何人もいる。ただ僕にはそれがわからないだけ。ただ面白くないから観ないだけ。世の中には音楽が嫌いな人もいれば、全く本を読まない人だっている。それが僕にとってはスポーツを<観る>ということになっただけ。面白くないものはしょうがない。無理しちゃいけない。そういえば日本でもプロ野球なんて見たことがなかった。王や長嶋くらいは知っていたけれど。僕とスポーツ観戦の距離はそれくらいあるみたいだ。僕の血管の中にはとても濃い農耕民族の血が流れているに違いない。ゲームを見ても熱くなれない。
 ゲーム。
 僕にとってのそれは、ひとりで入ったバーのカウンターに座り手持ち無沙汰になった時に目を向けるものに過ぎない。そこで何かが動いているから。網膜にその像は映っていても頭は全く別のことを考えている。四角い箱の中で行われている意味のない劇と同じこと。


<次回につづきます>
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by seikiny1 | 2006-02-08 10:23 | 日ごろのこと
「ポテトなんかいらねーよ」
 日本とアメリカで一番ありがたいことは、その言葉がすぐに額面どおり通じること。そう言えば水道の水を「ただで」飲める。鉄の胃袋を持つ僕はこれまで水が原因でおなかをこわした事はない。
 まず匂いをかいでみる。そしてひとくち。グラスを中空に浮かべたまま首を振りながら顔をしかめる。そんな光景をたまに眼にする。水を飲めるだけ、しかも透き通ったそれがただで飲める世界にいるだけでもありがたい。それがない人だっているのだから。しかもただ。ありがたい、ありがたい。
 ソーダ類が苦手な僕はマクドナルド(日本でもアメリカでも)等のファーストフードレストランでも
「お水下さい」を連発する。どこでも意外とすんなりと水をカップに入れて渡してくれる。しかしあちらも負けずに
「ポテトはいかがですか」などと笑顔を絶やさずすすめてきたりする。
 こちらも「大きなお世話だ」という心中の声を抑えてもうひとつ笑顔で「結構です」とことわる。何だか心理ゲームをやっているような錯覚に陥るのは僕だけだろうか?
 一体いつになったらこんなはらの探りあい、市場・需要開拓ゲームから開放されるのだろうか……。

 ヨーロッパで一番困ったのは水をめぐっての応酬だった。英語やつたない当地の言葉に身振り手振りを交えながらコップいっぱいの水にありつこうとする僕。いつも右手は水道の蛇口をひねる手つきだった。そいつがなかなか出てこない。一発ででてきた時は本当に嬉しくなっていた。
 ボトル入り飲料水の小瓶の値段をメニューメニューのなかに探してみると、ほとんどの場合3ユーロほど。グラス一杯のワインとたいして変わりはしない。ワインの方がどれほどいいことか。あくまでも僕の場合の話ではあるけれど。味はともかく、鉄の胃袋にはどこの水も水として十分にその作用を全うしてくれた。

「衛生上の理由や、事故の起こったときの訴訟にそなえているのかな」
 そんな考えがないでもなかった。しかしそれもあるランチタイムのレストランで霧散した。
 旅の間、食事のほとんどは現地のスーパーマーケットが親友だったのだけれど「たまには奮発してうまいもんでも喰おうか」、
 名の知れたシェフが経営する小さなレストランへ行った。もちろん水は水道水。
 美味しそうなチキンを食べ出してしばらくたったとき「ガチッ」という音が口の中から頭蓋骨を伝わって聞こえてきた。口の中を下でまさぐり掘り当てた金鉱をフォークの上に出す。約二ミリ大の白い物体がそこにはあった。ウェイターを呼んで苦情を言う。彼は皿を持ってキッチンへと向かったのだけれど、数分後白服の男を引き連れて戻ってきた。どうやら彼がシェフらしい。彼の右手には先程の白い皿が持たれている。
 満面にほほえみをたたえて彼は言う、
“Don‘t worry, just a piece of plastic.”
 ていねいにお皿を元あった場所に戻すと彼は悠々とキッチンへと消えていった。
 僕の口は再び動き出したのだけれどそれは食べるためではなく“Check please”この短い言葉を言うため。

 客とお店が本当の笑顔でふれあうことのできるお店がどの程度残されているのだろう?
 笑いながらあっちの言う言葉が「大きなお世話」でこちらの返す言葉が「このやろう」であることも結構多い。マニュアルでいくら平均点をあげてもいずれぼろが出る。笑いのオブラートに包んでしまえば全てがよいというわけでもない。結果的にそれが大きなことに結びつく事だってある。「全てを本音で言え」、というのではなくあまりにも笑顔がそれ、笑いに頼ってしまう、ごまかしてしまう世界は不健全だ。笑いに溢れる世界は理想だけれど、それは心のそこから出る喜びの笑の場合の話。笑えばいいという次元の問題ではない。
 <本日のおすすめ>というメニューの中から一品を注文しようとする時に、ウェイターの人が腰をかがめて「それ、ウマクないっすよ」なんて言われると彼の顔が天使の笑顔に見えたりするから不思議だ。
 そう、「ポテトはいらない」

 火曜日のこと、ブックオフへ行った。
 ニューヨーク店では五ドル分買えばカードにスタンプをひとつ押してくれる。ほとんどの場合僕は素敵な出会いがある一ドル本しか買わない。その日も十冊の本を手にレジへ向かった。順番がまわってきてカウンターの上に本とカードを出す。係の人が冊数と値段を確認後カードを確認して
「お客様、今日はカードの方から二ドル五十セント分引いておきますねー」と言う。
「あ、はい……」とわけのわからないまま、頭の中の電卓をはじく間もなくうなずきながらそうしてもらうことにする。
「ありがとうございますー」
 そんなかえるの合唱を背に受けながら外に出た。なんだかふにおちない。なんなんだろう?
 話はそれるけれど、コンビニやマクドナルドなどのファーストフード、そしてブックオフなどの店員の顔や声に接しながらタイヤキを思い浮かべるのは僕だけだろうか?

 金曜日まだタイヤキがのどにつかえている。一ドル本のページを繰りながら飲んだビールでやっとつかえている物がおりた。
「あれはポテトだ!」
せっかく十ドル分買ったのに七ドル五十セントのお買い上げでスタンプは一個だけ。ちゃんと最初からそれを計画していたならそんな無駄な使い方をする客はあまりいないだろう。僕は完璧に「お客様」だった。一ドル本からはその値段以上のものを貰うことも結構多い。それはありがたいことだ。それでもそんなマニュアル笑顔で客の虚をつくやり方、そのさもしい根性に腹が立つ。自分の根性はさておき、人の根性にはとりわけ僕は厳しいのだから。
「ポテトはいらない」
 でもまた行くんだろうなー。他にないから。

「他にないから」と言えばニューヨーク(多の海外都市もそうかもしれないけれど)には競争相手のいない相撲取りがいっぱいいる。言い換えれば日本人が日本人を簡単に手玉に取ることができる市場。ITから寿司屋まで。「消費者はアホだ」、「日本人はカモだ」と同じパスポートを持つ奴等がシコを踏んで景気良く塩をばら撒いている。
「ポテトはいらない」

 もし気が向いたらリサイクルのゴミの日にブックオフの前に詰まれたダンボールを蹴飛ばしてみよう。やけに重いから。
 僕は本を捨てることはおろか、売ることすらできない。
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by seikiny1 | 2006-02-05 10:19 | 日ごろのこと
トーキーの時代
 胴回りや、腿周りの数字は少し変わったけれど、高校卒業時から身長、体重といった数字にほとんど変化がない。

 旧い映画を少しだけ観た。白黒の無声映画。一昔前には「トーキー」と呼ばれていたもの。本などでしか知ることの出来ないトーキーの時代。当時、映画館のスクリーンの片隅には弁士という人が立ち声色を使ったり、解説を加えていたらしい。今考えてみれば、作り手の意思と全く違ったものをそこで創り出すことも出来た。たしか数十年前にウッディー・アレンが映画でそれをやっていたように思う。
 もちろん2006年、部屋の中で寝転んで見上げるモニターの横に弁士はいない。時折、画面の下に入る字幕。近頃の映画に比べてみると、セリフは短く少ない。この字幕にしても後年になってから加えられたものだろう。しかしそれだけで十分。出演者の表情や演技でセリフの少なさはカバーされている。笑いあり、涙あり。たとえ言葉というものがなくても、世界中の人が共有できるものがそこにはあった。
「実演ではないフィルムの上でどれだけのことを伝えることが出来るか?」
 そんなことが当時の映画俳優に求められた大きな資質だったのだろう。

 さて、パントマイムとトーキー。その歴史はどちらが古いのだろう?
 トーキーというものから生まれた芸術がパントマイムなのか?
 それとも声なき声を伝えることばとしてパントマイムという手法が生まれたのか?
 ちょっと前にヨーロッパの人形劇の歴史について読んだことがある。その中に「国家や政府を風刺する(生身の人間の声ではなく人形というものの声として間接的に)社会的な側面と共に発展し親しまれてきた……」、ということが書いてあった。パントマイムにもそんな面があるのかもしれない。言葉を削り詰めた演技としての側面。耳に聞こえない言葉が。

 作家の今東光さんが対談の中で瀬戸内寂聴さんについて語っていた記事を思い出す。
「あの人の文章というのは本の何倍もあるんだよ。それを『もうできない』というところまで削りに削って残ったものがあの人の本」。そんなことを言っていた。
 削ぎ落とす。それは必要でないもの、時として必要であるものにさえナタをふるいその軸だけを残すという方法。
 ぱっと見に容姿や体重が似通っていてもただやせているのと、削ぎ落とされて残ったものでは違ってくる。中身の粘度に天と地ほどの差がある。
 ただ小さければ、軽ければいいというものでもない。無言の中に込められたメッセージは心の奥深いところに「ズシン」と響く。
 その身体が演技であれ、音であれ、武道であれ、書道であれ……。その空白の部分は埋められている以上に重い。そしてそれは決して重苦しくはなく、爽やかですらあることが多い。
<間(ま)>というものの重み。

 精神的にも肉体的にも身軽が身上であり、「太りたくない」と言っている自分がいる。しかし、ただやせているだけではなく削ぎ落とした結果としての小さな自分がそこに残ることにあこがれる。いつかはそうなりたい、とも思う。そのためにはもっともっと食べなけらばいけない。とにかくなんでも食べて見なければいけない。ただ、軸を太くしてそぎ落とすために食べるのではなく、それを単なる結果とするためにはいつも十分に運動もしていなくちゃいけない。いやいや、そもそもそういうことを考えるだけでもう不純だ。結果を計算して動くことは身上ではないし、まず僕にとっては不可能に近いこと。さて、どうしよう?

 昔はバカの大食いでどれだけ食べても太ることはなかった。今は、だいぶ食も細くなって太らない。
 太れないけど太ってみたい。いや、それはできない。
 結局自分の食べ方で食べ身についていったものが自分にとっては本物なんだろう。飽食の時代。

 世界中で巨体がバタバタと倒れている。自分の足で立つことのできなくなってしまった巨体たち。その巨体をそぎ落とすことができればまた素晴らしいものとして再生してくるように思うのだけれど。
 身体だけではなく全てをダイエット。今がその過程であることを願いたい。
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by seikiny1 | 2006-02-03 09:40 | 思うこと
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