ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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37セント
 突然、「切手っていくらだったっけ?」、ときかれてしまった。
「あー、あー……」、とただ口をもぐもぐさせるだけ。
 一晩中気になっていたので、今朝早速インターネットで調べてみたとこと支払いなどに使う通常の封筒は1oz.(=最低料金)37セントとなっていた。うっすらと残る記憶をたどってみると、十数年前に初めてアメリカで国内に投函した手紙に21セントの切手を貼ったように思う。あの頃1ドルだったピザが今では1ドル75セントする。75パーセントの値上げ率だから、それから計算すると郵便料金もほぼ同率で上がっている事にある。FedexやUPSなどに締め付けられているにもかかわらず、これだけの値上げでよくやっていてくれると少しうれしくなってしまった。やはりあらゆる業界では一人勝ちではなく、複数のものが競うことが健康的であるように思う。

 昨日以来、切手や郵便といった通信手段がとても遠くへ行ってしまったような気がしてならない。支払いというものがほとんどなく、それをするにしても窓口へ行くことを選んでしまうので郵便というものを使わない。最後に手紙を出したのは忘れもしないちょうど三年前。その当時交際のあった人に強く勧められ、強制され、なかば脅され、おだてられて母と、従兄に「生きている」と近況を伝えた時だ。あの手紙を出していなかったら今こうしている僕は確実にないと思う。本当に大きな一歩だった。死ぬまで忘れることの出来ない二本の手紙。
 多分普通の人はアメリカではクリスマスカード、日本では年賀状や、暑中見舞いといった時候の挨拶状を書くのだろうが僕は書かない。そういった類を最後に書いたのは十年程前になると思う。こうして毎日ノートにかなりの文字を書き殴っているのだけれど、手紙に関してはとても筆不精だ。嫌いじゃないのだけれど、やはりただの面倒くさがりなのだろう。過去にも手紙を書いて封筒に入れ、切手まで貼ったのにいつまでも机の上にのっていた物が何十通あった事だろう。それが原因で電気を止められたことすらあった。書くのも面倒くさいけれど、<出す>という行為をどこかで毛嫌いしているのかもしれない。切手を貼った時点でそれは自分の中では完結しているのかもしれない。
 今もっぱら使っている通信手段はeメール。これだとボタンひとつで届いてくれるので完結=送信となり、それほど面倒だとも思わない。その時に思ったことを、あまり読み返すこともなくサッと送れるので正直な自分を表現できるともいえる。そんなことを考えていたら、昔手紙を何度も書き直しながらため息をついていた自分の姿が見えてきた。
 手紙を書く作業の大切さが、自分の後姿から少しわかったような気がしてくる。
 さて、一体何人の住所を知っているのだろう?
 住所録といってもそれはコンピューターの中。電話嫌いなので電話番号が入っているものすら少ない。それが住所となるとほぼ白紙といったところだ。現在の住所録とは、住所すら書かれていない項目が多いのかもしれない。名前とeメールアドレス。それをまだ住所録と呼ぶことが出来るのだろうか?

 来るはずのない手紙を待っている自分がここに確実にいる。そのほとんどが請求書やDMと分かっていても、郵便受けを開けるときはやはり心が弾んでいる。
 今、住所録を住所で埋めたい。幸い、ニューヨークではあちこちに無料のハガキが置かれているので取り合えず家族にハガキを出してみようと思う。前回帰国したおりに、母に携帯電話を使ってのeメールのやり方を教えてきた。活字でたまに送られてくるそれはやはりうれしい。しかし、たわいもない事でも書いてハガキを送ろう。文字と一緒に気持ちも持っていってもらうことにしよう。
 手紙にはハートが入るから。感じることができるから。
 だからうれしい。

 eメールはいつの間にかたまっていくけれど、読み返すことはあまりない。引越しの時に読み返す手紙もまた楽しい。思いがけない友達が旅行先で書いたハガキを読んで見るのはワクワクする。
 郵便屋さんの姿を見て心をときめかせていた頃があった。あの姿をなくさない為にも、そういった気持ちが消えないように手紙を書こうと思う。

 幼稚園の時、よくタバコ屋さんにはがきを買いにやらされていた。そんな昔のことを思い出すことが出来るほど手紙と僕達の距離は近かった。
 ハガキは七円だった。
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by seikiny1 | 2005-03-31 13:41 | 思うこと
SOP
 気がつけばニューヨークの朝から青色が消えていた・

 お決まりの台詞ではあるけれど、「ニューヨーク、アメリカの朝はコーヒーの香りと共に始まる」。街行く人のほとんどが、コーヒーの入ったカップを片手にある者は会社へ、そしてある者は学校への残りわずかな道のりを急ぐ。
 以前よりはあらゆる意味で<洗練された>かのように見えるニューヨーク。それは新しいビルや、こぎれいな服装に身を包む人たちだけではない。あらゆる要素が、あらゆる方向からひとつの方向を目指し、流れているのを感じる。
 人々が手にするカップも(相変わらず使い捨ての紙製ではあるけれど)古くからの青色のものから、スターバックスに代表されるような、白や薄い色を基調としたシンプルなデザインな物へと変わってしまった。無駄を嫌う都会生活というものに実にマッチしていると言えない事もない。

 スターバックスが雨後のタケノコのように増え始めてから十年くらい経つのだろうか?
 おかげで、お金さえ出せば僕の好みに少しだけ近いコーヒーを味わえるようになった。アメリカ人の中には「コーヒーってこんな味なの?」、と驚いた人もいたことだろう。それが今では、普通の味となりつつあるのかもしれない。今、アメリカに来た人にとってニューヨークの朝の色は白色と映っていることだろう。しかし僕の中のコーヒーの値段は未だに五十セントでなければならない。白色のカップはいまだにぜいたく品としての位置を占める。あの青色のバタ臭いデザインのカップが僕のニューヨーク。
 スターバックスのコーヒーは味、値段、カップのデザインで多くの都会生活者の波をつかみ、その上それらを自らの波に巻き込む事により成功をしたのだろう。「こういう味のコーヒーもある」、ということを提案するだけではなくその外見でも多くの者を飲み込んでしまった。その波に抗うことが出来ず、(中身はともかくとして)多くのデリなどで使う紙コップもシンプルなデザインの物にとって変わられつつある。スターバックスのカップを持つことは、人気のブランドの紙袋を持つことで得られる満足感に似たものが得られるのかもしれない。

 街は変わり、人は変わり続ける。いや、その逆か?
 これだけ外観が極端に変わっても、朝のコーヒーの習慣は変わることなく自分の身の回りの無駄を省く考えはあまり変わらない。おいしいコーヒーの需要は確実に上がっているだろう。工事現場で休憩を取る人たちですらスターバックスのカップを手にしているのをよく見かける。ここまである、多分計算しつくされた、影響力。それらの経験や、計算を生かしてこれからはもっと別の方面に使えば、まだまだいい世の中になることだろう。
 たとえば<本当の意味での>無駄を省くことを新たに考えさせる機会を提示するなど。紙コップは個人の労力や生活の無駄を省くであろうが、いかにそれが再生紙を使用していても無駄であること、ゴミを出すことには変わりない。マイカップを持つことのかっこよさを、彼らの持つノウハウで伝えればニューヨークの朝の風景もまた違ったものになるかもしれない。そんなことから様々な事に気付く人が増えるかもしれない。中身がカップについていくことがあるように、人間が後についていく可能性だってあるのだから。最初は目立たないものでも、それが当然なこととなる日も必ず来る。
 こういったノウハウを悪用する者が出ないことは、ただ願うばかり。
 企業をはじめ影響力を持つ者、計算をすることが出来る者がその向こうに見る<何か>を少しずつ変えるだけで何かが確実に変わる。それが出来ない変化ならばいらない。青いカップのままでいい。

 五十九丁目で久しぶりに買ったコーヒー。うれしい事に青いカップだった。そのまわりには<Continental Airline>の文字が巻かれていたけれど。
 値段は五十セント。航空会社のおかげであるのかもしれない。
 SOP(Same Old Price)
 相変わらずのニューヨークの味、薄味だった。

 先日、ニューヨーク近代美術館のギフトショップを覗いた際、青いカップを見つけた。
 それはなつかしのデザインで、陶製になっていた。
 あのカップには紙の質感がよく似合う。

 Same Old Song.
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by seikiny1 | 2005-03-29 11:13 | ニューヨーク
ガラスの向こう側
 サラサラ。
顔を洗う時いつもとは違う感触だった。そうだった、昨日は人に連れられて(会員のゲストとして)スポーツクラブへ行ったんだった。心身共にとてもリフレッシュできて、とありがたいことだ。とは言っても、僕がやるのは相変わらずサウナとジャグジーだけ。
 ジャグジーはガラス張りの屋根の下にあるプールサイドに設置され、約半年ぶりに深くて広い湯船(?)に全身を沈め、伸ばしてお風呂を楽しむ。湯につかったり、あがって本を読んだりしながら時の経つのを忘れてしまう。水着を着けていることには何の抵抗感も感じなくなってしまっている。
「泳がないの?」
 プールから戻って湯船に身を沈めながら友達が訊く?僕は笑いながらただ首を振るだけ。それでも数分おきにその問いを連発し、最後にはとうとう「本当はカナヅチなんだろう!?」、とまで言われてしまった。それでも僕は泳がない。

 ジャグジーの目の前に広がる平日の夕方の二十五mプール。午後五時を過ぎたあたりから人が増えてきた。何人もの人が黙々とターンを繰り返しながら泳いでいく。浴槽で上気した頭で僕は現代の縮図を見ていた。
 ひとつのレーンに何人もの人が身を沈め泳いでいる。男もいる、女もいる。年齢や人種も様々で、追う者と、追われる者。追う者の中には、ゆっくりと泳ぐ先行者にイライラする者もいることだろう。追われる者の中には、常に後続者のことが気にかかり「迷惑をかけてはいけないかな」とか「俺のペースを乱さないでくれ」などと考えながら両手両足を動かすものもいるだろう。それらの様は人間が一生懸命にもがいているように見えないこともない。一人でありながら、自分の時間を使いながら常に他人のことを意識していなければならない。
 それでも八つほどあるレーンは、高速レーン、低速レーンなどで住み分けがされているらしい。
 僕はあんなプールでは泳ぎたくない。いや、泳ぐことが出来ない。他人にペースを乱され、常に他人のことを気にしながら<自分の為だけに泳ぐ>。そこに勝ち負けは存在しないように見えるが、それでも各自の意識の中では何らかのものが存在している。

 人間はいつの頃から意識して運動をするようになったのだろう。スポーツという名のそれを終着駅としたものは自分自身もやってきたし、それなりに理解も出来る。いつから運動することが最終目的になったのだろう?美としての運動、人に見せるための運動。これらも運動と言えるのだろうか?僕の中では美容の方にかなり近いように映る。自分のため、他人の目に映る自分のため。

 ガラス張りのスポーツクラブ。多分、世には専門の建築家もいるのだろう。もしこれが密閉されたいくつもの空間から成っていたとしたら、ここまで普及したかどうかは疑わしい。この運動を構成している重要な要素のひとつに<眼>があると思うから。
 ガラスの大きな箱の中で、今日も老若男女の多くが自分を<見せる>ために身体を動かす。自分のことを考えて汗を流す。そこで発散されるエネルギー、狭い意味ではこの地球の何の役にも立っていないように見える(個人レベルでは違うのだろうが)。それでも人は燃やし続ける。スポーツクラブにある各器具に発電機でも取り付けたら、エネルギー問題も少しは解決するかもしれない。

 ここ十年以上思っていること。
 ガラスの向こうの彼らが僕の目には養鶏所のブロイラーに見えてくる。
 あとは食べられるだけ。

 身体を動かすことを意識しなければ健康で、美しくあることは難しい時代なのかもしれない。特に都市部では。
 白いワイシャツを着る人が多くなりすぎたのかもしれない。
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by seikiny1 | 2005-03-27 13:58 | 思うこと
たった二人のデモ
 ホームレスのころの方が確実に新聞を読んでいた。そういった意味では自分自身のための時間はあのころの方が圧倒的に多かったのだろう。今は新聞はおろか、相変わらずテレビも観ない。ニュースといえばインターネットで見出しを流し読みする程度だ。
 そんな時、「福岡で震度6」の文字が飛び込んできた。慌てて母に連絡をとってみたところ「無事」との事。ひと安心。

 西スーダンの内戦にPKOの名目でアメリカが干渉をしようとしているらしい。
 数日前のランチ時に街を歩いていると、アフリカンの男性がプラカードを持ってたった二人で歩いていた。それには「ブッシュよ、罪なき西スーダンの人々を殺めるな」という旨のメッセージが書かれていた。彼らは叫んだり、署名を求めるでもなくただ静かに手書きのプラカードを持って歩いているだけ。そんな文字をインターネットで目にしても、おそらく素通りして<クリック>で終わりだったことだろう。しかしあのプラカードは、しっかりと僕の心に焼きついた。そのメッセージはマスメディアで流されるようには多の人には届かないことだろう。しかし、それを目にした人にはしっかりと焼き付けられる。
 今の時代に、極めてアナログであること。おそらく彼らにはそれしか方法がなかったのかもしれない。真の心からの叫びなのだろう。だからこそ人の心を打つ。それは公正な目ではないかもしれないけれど、そういった人が世界にいるということを認識させるのにはこれ以上の方法はないと思う。それは計算されたものではない。

 ただ大人数でわめきたてながら、時としては暴力沙汰まで起こしながらやるものだけがデモではない。中にはお祭騒ぎがしたいだけで参加する人もいる。それはかつての<ウッドストック>のように子供達に“I was there(俺もあそこにいたんだ).”とだけ言うために参加しているに過ぎない-少なくとも僕は参加する事はないだろう。やる時は自分の出来ることで徹底的にやる-。そこにはたった二人のデモ行進のように切実としたものを感じることが出来ないし、本当の意味での凝縮されたメッセージが見えてこない。

 今、真実を伝えるのが<マス>コミュニケーションでないことは多くの人が気付いていることと思う。それは言い換えれば戦時中の日本が行っていた大本営発表のようなものなのかもしれない。そこに何らかの意思が入っている。
 しかし、しっかりと目を見開き問題意識を持ってさえいれば、この時代では真実に近い情報を得ることも出来る。ここまでインターネットが発達・普及したおかげで個人単位の検閲されていない情報が交錯している。そういった意味ではとても喜ばしいことだ。ただ、何もかもがいいというわけではなく、ライブドアの堀江社長のようにアダルト系の物に制限を加えなかったことで旧勢力に足をすくわれる場合もある。彼には新しい波を起こして欲しいのだけれど。

 どれだけ数万の人に閲覧されようとも、それは二人の行進のように人の心を打つことは出来ない。マスメディアの限界、問題点を見せられたような気がしてしまった。そして、長々と文章を書くことの無意味さを、この二人に教えられたようにも思う。
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by seikiny1 | 2005-03-23 13:30 | 日ごろのこと
濃い味
 僕は<ごはん喰い>だ。
 以前ほどではないけれど、普通のお茶碗で三杯くらいならばペロリと食べてしまう。おかず少しとごはんを交互に食べる。おかずの量はそんなにいらないけれど、味付けは濃いほうが好きだ。
 味濃い、というのは多分育った環境のせいだろう。実家の味付けは濃く、父はそれに醤油やソースをドボドボ、七味唐辛子や胡椒をバンバンふりかけて食べていた。心のどこかで「大人はああして食べるんだ」、と感じ、あこがれてて育ったのかもしれない。
 舌と視覚で味濃いくなった。育つ環境が子供に与えるものははかり知れないほどに大きい。
 自分で料理をする時は、ほとんど目分量でやるのだけれど「あ、もうちょっと入れたいなぁ」、という一歩手前で調味料を入れる手をグッとこらえることにより丁度いいくらいのさじ加減になることを経験から学んだ。

 僕は共産主義者や社会主義者ではない。身と心の自由が大好きで、尊いものだと思うから日本や、アメリカの社会制度にそれなりには満足している。かと言って「資本主義万歳!」でもない。

 果たしてその根っこが濃い味にあるのかどうかは不明ではあるのだけれど、どうしてもそうなってしまうことがある。
 たとえば、以前お寿司屋さんでアルバイトをしていたのだけれど、僕の切る刺身はどうしても厚くなってしまう。お店の決まりで<刺身は0.03パウンド>となっていたのだけれど、どうしても0.04パウンドになってしまう。その姿形が、僕の思う「これくらいかな?」になっていた。対して「ちょっと小さいなコレ……」、と思う薄めの奴が規定のサイズ。だから刺身を切るときはいつも自分自身との格闘だった。暇な時はそれでもしのげるが、忙しい時にはやはり本能で動いてしまう。そういった時のお客さんたちは喜んでくれたことと思う。オーナーにとっては迷惑な話ではあるけれど。
 しかし、僕がオーナーになってしまったらどうなるのだろう?
 果たして、「これくらいかな?」の量は不変なのだろうか?自信がない。0.025パウンドになっているかもしれない。それほどにお金にまつわること、ビジネスということは恐ろしいものだと思う。かなうならば、これからの生涯であまり触れたくない場所。僕はそれほどまでにふてぶてしく生きていくことはできない。そうでなくても、毎日が疲れの連続になってしまうことは間違いない。計算しつくされた世界では生きていたくない。たったの0.01パウンドで喜んでくれる顔を見続けていたい。

 こういうことを書くのは少し恥ずかしいのだけれど、それがお金にまつわることでも<ビジネス>でなけれな「お前はバカか?」、とよく言われてきた。あまり知らない人からは気味悪がられたこともあった。それほどに僕は人によくしてしまう(<よくする>という言葉は好きではないけれど、ほかに言葉を見つけることが出来ない)。それが自分の性分だと諦めている。別に何かの見返りを期待するわけではなく、そんなことは頭のはしっこもかすりはしない。ただ、思い返すとそういう事がよくあっただけのこと。「自分はそこに何を見ているのだろう?」。何もない。強いて言うなら、人の笑顔と言えないこともない。単なる自己満足に過ぎないのかもしれない。有難迷惑なのかもしれない。ただ単に自分が厚い刺身が好きだからそうやっているだけなのかもしれない。
 そうは言っても、<最後のパンの一切れ>を人に分け与えるほどに人間も出来ていない。中途半端な自分。

 刺身を見つめながらこんなことを考えてしまった。
 資本主義社会の合理的で計算され尽くされた論理では通用しないだろう。ただ、厚い刺身を喜ぶ人がいる限り僕は濃い口であり続けると思う。厚い刺身を食べさせてくれる小さなお店が繁盛する世の中であって欲しいと思う。何から何まで、必然的に出る無駄さえも計算されてしまう世の中では寂しすぎる。そこに春が来ても少しだけ寒い。
 財は残さなければならないのだろうか?
 それで何をするのだろうか?

 自分の金で買った刺身をいつまでも厚く引ける自分でありたい。
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by seikiny1 | 2005-03-20 13:20 | 思うこと
伝言ゲーム
「エーっと、まずリセットをかけてですね、左に回し35で止めて、次に右で25、最後に15で開きますよ」、と男性は説明してくれた。
 番号式の南京錠を開けなければならない機会があった。
 -開かない-
 何度やっても開かない。十分ほどかけて何度もやってみた。それでも開かない。途方にくれた頃、隣で同じタイプの南京錠を開けている男性が目に入った。神にもすがる思いで、男性に開け方の教授を乞う。番号を伝えるとヒョヒョイという感じで開けてくれた。何のことはない、<右>と<左>が逆で、「二回、一回まわさなければならない」、という説明が抜けていたのだった。
 最初に開け方を説明してくれた男性は、電話でそれを人に訊き、その人は電話口で英語の説明書を見ながら日本語で伝えていたようだ。どこでどう狂ってしまったのかは僕にはわからない。ただ、CCW(カウンター・クロックワイズ)とCW(クロックワイズ)がこんがらがって、Turn Twiceが抜け落ちてしまったようだ。
 昔、学校のバス旅行でガイドさんにやらされた伝言ゲームが頭をよぎる。

 子、孫、曾孫……。情報とはただでさえ不確かであるものが多いのに代を重ねる事により、それ自体が変形してしまうことがよくある。
 その過程での誤解もあれば。「ここは教えなくていいや」、「こんなこと言わなくても普通わかるだろう」、「だいたいこんなもんだろう」、「こんなネタ適当にやっとけばいいさ」……。情報という最も客観性が必要なものに主観が入ってしまうことがある。しかし、多くの場合、受け手はそれを<確かな>情報として消化してしまう。
 受け手にも多少の責任はあるかもしれないけれど、やはり伝え手というのは正確かつ客観的であるという姿勢を崩さず、忘れずにいて欲しい。たった一言で人生が変わってしまうこともあるのだから。

 数誌の日本語フリーペーパーがニューヨークには存在する。多くの日本人にとって、それは貴重な情報源である、と言っても間違いではないだろう。
 情報誌を謳うそれらの情報に泣かされた事が何度かある。どうやらインターネットで調べたらしき情報をそのまま誌面に流し込むことも多いようだ。特集として冒頭に載っていた情報の一部に踊らされ、着地場所を見失ってしまったことすらある。(作り手も、読み手も双方共に)便利な世の中になったものだ。そんな情報に頼ってしまう自分がまた不甲斐ない。
 簡単に情報が手に入ってしまう。
 これだけ質にこだわらない情報が多量にあると、よほど取り扱いに注意を傾けていなければとんでもない事になってしまう予感がある。とりあえず、今は些細なことですんではいるのだけれど。

 ニューヨークで三十年間情報を発信し続けた日本語情報誌(有料)が、ごく最近、休刊を宣言した。
 十年程も昔の話になるけれど、そこで得た情報を元にセントラル・パークで開催されたコンサートへ行ったことがある。会場へ行くと日付が一週間ずれているのがわかった。「見間違いかな?」、とも思ったが家に帰って再度確認するとやはり誌面の日付ではそうなっていた。しかし、最後に「日程は予告なく変更されることがあります。なお、インフォーメーション他の内容については当社では責任を負いかねます」、と言った旨の事が書かれていた。
 こういった一文を、最近ではすごい勢いとなってしまった(某大手新聞社ですら、1年余ほど前にNYを撤退してしまった)フリーペーパーであまり見かけることはない。そこにある言葉が、まだ幼児語に聞こえてならない。
 情報の発信源であることの自覚と、責任。それに姿勢を見直す時が来ているように思う。

 情報をう飲みしてしまうことなく、自分なりに調べてみることはとても大切なことなのではないだろうか?時と、場合によっては全く故意にだまされている事すらありえるのだから。
 番号式の南京錠のように、最初に一度リセットしてしまう手もある。

 関東大震災の直後、ある情報が口から口へと飛び交い東京が一時パニックに陥ってしまった事があったらしい。
 結局、それは何の根拠もない誤りであったらしいのだが……。
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by seikiny1 | 2005-03-19 13:35 | 思うこと
たまご
「何入れる?」
 ガラスの向こう側にあるストーブの前で、白衣に身を包んだ男性が次の客に問いかける。彼の横にはバケツ大の容器に入った卵液。ストーブの周りにはたまねぎ、ピーマン、トマト、マッシュルーム、ほうれん草、ソーセージなどが細かく刻まれそれぞれコンテナにはいっている。客の要望に応えて好みのオムレツを目の前でまたたく間に仕上げてくれる。ものの一分ほどでミディアムのきれいなオムレツが皿の上に。この男はこれまでに一体いくつのオムレツを作ってきたのだろう?
 一番人気は全ての具が入った<エヴリシング>。全ての具材があらかじめ混ぜ合わされてひとつのコンテナにはいっている。そうしなければあれだけの客を短時間にさばくことはむずかしい。あれだけの客がいれば、たとえ具材をあらかじめ混ぜ合わせていたとしても余って無駄が出てしまうこともそんなにはないだろう。小さなお店ではやって欲しくない。

 大量の物を効率よく動かすということは難しい。無駄は必ず出てしまう。大切なことはどの無駄を省くか、ということのように思う。ただ、ただ効率だけを考えていればよい時代ではなくなってきている。<食べる>という人間の基本的な要求にもそれは現われている。特に-都会-と呼ばれ多くの人が、洗練さ、を好む場所で。おいしいだけではだめ。身体にも地球にもやさしくなくてはいけない。そんなスローガンのもと人々は<自分で>納得できる物を求め、胃袋と脳ミソを満たす。
 トイレットペーパーは二枚重ねのミシン目入りが標準になってしまった。

 ニューヨークに一年ほど前に出来た俗に言うところの<グルメ>スーパー。立地のよさ、人々が食べ物にこだわるというタイムリーさ(そこにはかなりのマーケティングもあったのだろう)も手伝ってか連日大盛況。一週間の総売上が1.5ミリオン(約1億5千万円)にも達するという。ゴミひとつ落ちていない店内、開放感あるスペース、選りすぐりの食材、衛生管理にもかなり気を使っているように見受けられる。中にはこのスペースで買い物が出来る満足感を一緒に買っていく人達もいることだろう。歩く人の誰もがGood Foodに満足している、こだわっている顔つきに見えてくるから不思議だ。
 食材やその周辺の物に混じってそこには調理された物も置かれている。ニューヨーク名物の計り売りのサラダバー、ピザ、sushi、サンドイッチ、ケーキ類など。店内にはオープンキッチンもいくつか備え付けられている。皆が白衣に身を包み、必ずビニール製の手袋を着用。清潔感を前面に押し出して、食に対する安心感を高めてくれる。
 興味を惹かれしばらくあちこちにたたずみ、そういった場所をのぞき見した。お店側の方針か、法律をキッチリと守っているのだろう。陳列された食品のラベルを確認しながらお店の人が製品を引き抜いていく。ドサッとゴミ箱に捨てられてしまった。フレッシュであることへのこだわり、期限を過ぎた物はたとえ何人であろうとも人間の口に入れさせないという店のこだわりか?6ドル99セントはまたたく間にゴミに転身。
 物によっては供給が需要にまったく追いついていないのだろう。カウンターの中では次から次に調理が進められている。今まで食材が入っていたプラスチックコンテナが無造作にゴミ箱へ放り込まれていき、ゴミ箱はあっという間に満杯になる。再利用しないことでの衛生面のクリア、洗う為のスペースの削除、洗う人を雇う事により発する金銭面での負担そして人を抱える事によって生じる様々な問題の軽減。ここでも無駄はないようだ。ゴミは増え続ける。
 ???……。
 カウンター内を覗き込むと、キッチンには必ずあるはずの台拭き、雑巾が見えない。しばらくして謎が解けた。全てはペーパータオルで行われ、使用済みの物はじゃんじゃんゴミ箱に捨てられていく。一度使った物は再利用しない。なるほど徹底している。しかし、紙だけではぬぐいきれないもの、ぬぐえたとしても何度も、何度もやらなければぬぐいきれないものもあるとは思うのだけれど。そういう面では、かなりの時間の無駄をしていると思う。しかし、ここでもゴミは増え続けている。

 今でも三日しかもたない卵はもちろん存在すると思う、しかしそういったものは、こういうスーパーの棚を占領することは許されないようだ。三日しか持たない卵を置くことでの単位面積あたりの損失などは計算されつくされているのだろう。オーガニック、ナチュラルとの表記があればこういうお店に足を運ぶ人達は嬉々として買って行ってくれる。たとえいいとはわかっていても三日卵には商品価値はないらしい。お店にとってはGood Foodではないらしい。

 矛盾とはこの世の常であるのかもしれないけれど、最近何だか歯車が大きくずれ出しているように感じてしまうことがよくある。何かがおかしい。
 さてGood Foodとはなにを持ってそう呼ばれるのだろう?僕達は祭りばやしにつられて躍っているだけなのかもしれない。

 今朝、卵を買った。箱には<オーガニック>と書かれている。職人を思い出しながらオムレツ作りに自分で挑戦してみる。やっぱりだめだった、失敗。
 賞味期限は五月四日。オムレツ作りの失敗は卵のせいじゃない。あと二ヶ月近くもつからまた挑戦してみる事にしよう。
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by seikiny1 | 2005-03-18 08:20 | 思うこと
ひとつの光景
 バスルームの窓枠の下にシクラメンの鉢と並び灰皿がある。気がついたときにヒョイと持ち上げ、そばにあるゴミ箱の中へ中身をひっくりかえす。
 いつから灰皿を洗わないようになったのだろう?

 既に忘れられた光景になってしまったのかもしれない。
 僕が行くようなバーや飲食店では、席についても洗われた灰皿がそこにあることは少なかった。さすがに吸殻があることはあまりなかったけれど、灰皿の底には灰色や、白色の灰がうっすらとしがみついていた。何本かの吸殻がたまった頃、バーテンダーはカウンターの向こう側にあるゴミ箱へトントンと。ウェイトレスは、他のテーブルからさげてきたばかりのお皿の中にヒョイと中身をかえし、元あった位置に戻してくれた。運がよければ、灰皿と一緒に笑顔を残してくれることもあった。間違っても日本のように、「失礼いたします」と言いながら、灰の飛ばぬようにきれいな灰皿を吸殻のたまったものの上にかぶせてお盆の上にとり、その後すばやくきれいに洗われた物を置いてくれる、というようなことは起こらなかった。あくまでも僕が出入りするようなお店でのおはなし。

 灰皿の底には、いつも誰かの忘れ物がしがみついていた。

 バーや飲食店でタバコを吸うことの出来なくなってしまった今のニューヨークでは、既に忘れ去られた光景。しかし僕にとっては忘れえぬ光景。
 人はいくつの忘れ去られた光景を持っているのだろう?そして、いくつの忘れ得ぬ光景を持つことが許されているのだろう?
 ジェイ・ウォーク、街中でトイレを探しまわる人、地下鉄の改札のゲートを飛び越えていく少年達……。当たり前の話だけれど、この先「どんな光景が忘れ去られてしまうのか?」なんてわかりはしない。ただ、ひとつでも誰かの心の中に残ることが出来ること、忘れ得ぬ光景、の栄誉に預かるものが多いことを願いたい。

 積極的な主張ではなく、消極的な風景でもない。そこに何の違和感もなく存在し、なくなってしまってもあまり気付かれることはない。しばらくたった頃に「エッ?」、と気付く人がいる。しかし、大通りの信号が青になった次の瞬間にはまた忘れ去られてしまう。なくても何の不自由もなく、頭の片隅に一瞬姿を現わし、そして片隅に追いやられてしまう。ただ、消えてしまうことはない。
 寒い冬の日に締め切った窓を通して聞こえてくる小鳥の鳴き声。どこで鳴いているのかもわからない。耳を澄まし、聞こうとしなければ町の音の一部でしかないそんな声。そんなものを大事にしていきたい。

 風景になりたいと思った時があった。
 たったの二ヶ月ほどだけれど、路上のひとつの場所で一日のほとんどを過ごしていた頃。
 しかし、そうなることは出来なかった。

 自己主張の巣窟のようなこの街にいるせいかもしれない。忘れ去られた、また不意に頭をよぎる光景に僕はホッとする。
 忘れ去られた光景であり、忘れ得ぬ光景でもある。そんなものに僕は強くひきつけられてしまう。
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by seikiny1 | 2005-03-17 13:57 | 思うこと
お越しくださった皆さんへ
本日はわざわざ起こし頂きありがとうございました。
しかしながら、なぜかとても疲れた一日でありどうやらアップする元気もどこかへ行ってしまいました。
本当に申し訳ないです。
また明日からは、気楽にボソボソといきたいと思います。

それでは、また明日お会いいたしましょう。


境セイキ
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by seikiny1 | 2005-03-16 12:25 | 日ごろのこと
つきあいたい
 出会いを求めてそこへ行く。
 こちらからの要望は何も出すことが出来ない。そこがまたいい。その顔ぶれは日によって、訪れる時間帯によって全く変わってくる。
「ついさっき見かけたあの娘は……?」、と思って探してみてもその影すら見かけないこともある。そこにはぽっかりと空席があるのみ。
 名前も聞いたことのないような娘と出会ったりもする。小柄な美人の集まるところは、それなりに有名な人が肩を並べている。雑多な人が腰を下ろしている所へ足を進めると、そこにはずらりと見ず知らずの人達が退屈げな笑みを浮かべて僕を見つめている。グッとくる瞬間だ。以前から話してみたかった数人姉妹の末っ子なんかがただ一人うつむき加減に寂しげな笑みを浮かべていると、ついついやさしく抱擁して連れていってしまう。彼女のお姉さん達が見つかるまでは、しばしのお預け。お話をするのはやはり姉妹が全て揃ってからのほうがいい。人づてに話だけを聞いただけでまだ顔すら見たことのない人と出会ったりすると、周りの事など気にせずにその場で強く抱きしめてしまいたい衝動に駆られてしまう。
 しかし何よりも楽しく、興奮してしまうのは全く見ず知らずの娘だ。話しているうちに「こんな素敵な娘がいたんだ!」、口にこそ出さないけれど時間を忘れてむさぼりついてしまう。こんな体験はオシャレで、埃臭くないこざっぱりしたところではなかなか出来ない。こういった場所であるからこそ、そんな純粋無垢な娘と出会える。もしこれが別の場所であったなら、その存在にすら気付かずに素通りしてしまっていることが多いように思う。そんな魔力がここにはある。そして、こんな場所だからこそ冒険も出来る。財布から出る金額は、以前では考えられないことだったけれど、微々たるものだ。この金額ならば心中したっていい。見ず知らずの女性と話したり、以前は、とっつきにくい、と思っていた女性ともここでは気楽に話すことが出来る。相手も大胆になってくれる。こちらの心さえ定まれば食事に誘い出し、軽く一杯やりながら……、という手だってある。

 そもそも、「行こう!」と気負いたっていくことがないのだからここでの出会いは運命と言ってもいいのかもしれない。ただわかっているのは、そこには誰かが待っていてくれる、ということだけ。何があるかはわからない。心ときめく娘はいないかもしれない。足を踏み入れる直前に絶世の美女が連れ去られていることもあるだろう。もちろんその逆だってあり得る。誰と誰とがうまく行くのかなんて誰にもわかりはしない。それは神の裁量だ。その存在自体がミステリー。

 僕が大好きな古本屋の一ドル本のコーナー。こんな素敵な場所はあまり知らない。
 今日は少しだけ浮気をして、ニューヨーク近代美術館の地下で映画を観た。会員になってしまえばいつでも映画を見に行くことが出来る。何も調べずに行く。素敵な彼女との出会いを求めて。
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by seikiny1 | 2005-03-15 12:01 | 日ごろのこと
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