ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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ZEN
 アメリカで“ZEN”という言葉が流布し出してからどれくらいが経つのだろうか?
 いくつもの宗派が存在するが、キリスト教という枠の外にそれまであまり出ることのなかった西欧人にとっては「己の中に真理を見つける」という姿は衝撃的であったに違いない。アメリカでも、こと都市部には親日的な、まれに日本オタクとも呼べるような人がかなりいる。そういった人と交わす会話の中にはやはり“ZEN”という言葉がたびたび顔をのぞかせる。もちろん達磨さんのお話をはじめ、彼らよりは禅というものは小さな時分から身近にはあった。しかし、こと宗教や瞑想法としての禅に対する知識という点では彼らに軍配が上がるのかもしれない。自国(?)の文化に対する無知を恥じなければならないという思いはあるにはある。

 僕の中での禅僧のイメージは、-日々修行に励み、静かなお寺の中で座禅を組みいつの日か<悟り>を開く。その<悟り>とは自分でつかみ取る以外に法はなく、誰かに教えようとしても教えきれるものではない。-その程度でしかない。もしかしたらこれは間違った解釈であるのかもしれない。さて、<悟り>とは<無の境地>とはなんなのだろうか?

 僕自身が物思いにふけるのは、やはりベッドの中が多いようだ。ただ、それは物思いにふけるためにベッドへ入るのではなくて、ベッドの中で眠りきれない時に物思いにふけるのだが。そして、そのうちに眠りに落ちてしまい、目覚めてみたら考えていたことのほとんどが記憶から抜け落ちていることのほうが多い。だが、ベッドの中で様々な考えやヒントが浮かぶのは紛れもない事実で、眠らなければいつの日か<悟り>というものが開けるのかもしれない。<無の境地>とは、眠ったようで眠っていない状態を指しているのかもしれない。不眠というのは、僕にとってはかなり高いハードルなのでそんな所へ行く事はできるはずもないが。

 こんな事を書くと禅宗のお坊さんに怒られてしまうかもしれないが、常々思っていることがある。
 <禅>というのはもしかしたら、一番わかりやすい方法論に過ぎないのかもしれない。その方法に頼らずとも人によっては<悟り>というところへ達することができるのではないか?
 その方法は人によって様々で、絵、写真、酒、音楽、バクチ、仕事、学問、女遊び、スポーツなどなど。肝心なのはその方法ではなく、その道を歩く本人の姿勢ではないのだろうか?たとえその道が他人の目には泥まみれで汚いものとしか映らなくとも、そこを歩む者の姿勢が、目線が高いものであればどのような道をたどっていても、最後に行き着く場所は同じであるように思う。そういった姿勢で歩んでいる者には自然と自分を識り、他人を知るという能力が備わっていくに違いない。ただ、それを本人が意識しているかどうか、という箇所が最高所への最終関門になるのだろうが。

 禅寺で修行を積まなくてもそういった境地に行くことができる、と信じたい。
 日本人である僕達の中には文章にされた教え(宗教)に頼らない人が多いように思う。それは個々が己の中にそれを持っているからだろう。確かに無宗教、他宗教と呼ばれても仕方なく自国のことに関する無知を恥じ入ることはあるが、気付いていないだけでそういった禅と呼ばれる精神文化は我々の中にしっかりと流れている。
 どこを歩くではなく、どう歩くということが僕にとっては大切なこと。

 さて、どういう道を歩こうか?
 座禅ではなく寝禅でもやろうか。

 アメリカには“ZEN”に関する商品や場所がそこここにある事を付記しておく。「一体、何のかかわりがあるのだろうか?」と首をかしげたくなるようなケースもしばしば。しかし、そんなめちゃくちゃな精神性もアメリカらしくてこの国が好きな理由のひとつであるのだけれども。
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by seikiny1 | 2005-01-30 09:04 | 日本とアメリカと
たまにはラーメンでも
 戦いの帰趨が武士や騎士といった個の手から離れた時、兵士は制服を着込んだ(着せられた)。そこで求められるのは、作戦の<一部>として存在することのみ。

 「なぜだろう?」
 昨年帰国したおりにある種の開放感に近いものを感じていたのだが、しばらくはその原因が思い当たらなかった。久しぶりの日本には、以前ではあまり感じることのなかった空気が濃くなっていた。
 (小さくまとまってはいるが)それぞれが個性的になり、表現も多様になってきているように思う。アメリカで最近その逆を感じることが多いせいだろうか。
 道行く人々を見渡してみても、制服を着込んだ学生や会社関係の人の数はめっきり少なくなったようだ。

 取り巻くものが人へと及ぼす影響にははかり知れないものがある。その中で衣・食・住という生活の根幹を成すものはやはり群を抜いているだろう。服、食事、住まいが誰もが似通っていたら、やはり似たような発想しか生まれてこないのかもしれない。<皆と同じ>という安心感は心のよりどころになるかもしれないが、反面では異端を嫌い排斥するという顔も持つ。制服や給食といった共通項のもとに、<個性>という人間が持って生まれた宝はほとんどつぶされていくのではないだろうか?
 もちろんそこには指揮系統が存在し、上官からの命令があるのだが軍隊の中でそれを受け入れる資質を作っているものに、同じ服、同じ食事、同じ住まい、同じ生活習慣とそのサイクルといった生活のほぼ全てを他と同一化していることがあるように思う。結果として、思考パターンまでが似通ってくる。
 あなたは軍隊に属する人々の顔の見分けが瞬時にできますか?
 僕は、それが日本人であろうと外国人であろうと親しい者(その個性を知っている者)意外を見分けることはできない。全てが同じ顔を持つように見えてしまう。

 GAPの服を着込み、Starbucksで友人と待ち合わせ。出勤の途中でDunnkin’ Donutsを買い、昼食にはMcDonald’sへ。本が欲しくなったらBarnes and Noblesへ行き、彼女とのデートで観るのはハリウッド映画。台所のペンキがはげてしまったらHome Depotへ急ぎ、子供たちはStaplesの文房具で勉強をする。
 表面上は全く別々の生活をしているかに見えるのだが、最近何かにつけてアメリカ人の制服化が気になってしまう。少し前の日本を思い出させる。
 かつては世界中から移民を受け入れ独自の文化を創り出したこの国が、ついに国民を一色にぬりはじめたその結果の表われだろうか?上に挙げたような様々な制服を着せられた彼等は一体どこへ導かれていこうとしているのだろう?
 街はきれいになり、犯罪は減った。便利にもなった。平均的な生活レベルも以前よりは上がったように見受けられる。その反面で失ったものは何か?
 個性豊かな人々が減り、皆が似たような生活をし、絵に描かれたような幸せを追い求め一所懸命に学び、そして働いている。

 彼らの行く先には何が広がるのだろう?その制服を世界中の人に着せるためだけに突き進んでいるのだろうか?
 世界のどこにいてもビッグマックを頬張ることができることが、世界の為になるとは、幸せだとは到底思えない。そんな時代の到来を想像するだけでゾッとしてしまう。

 アメリカ人にビッグマックを食わせているのは一体誰なんだ?
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by seikiny1 | 2005-01-27 09:51
ブランドの力
 今年のニューヨーク・ガイドブックの目玉はここだろう。それにしても、大変な時期にオープンしたものだ。日本の出版社の人達は春の旅行シーズンに向けてさぞや泣いた事だろう。
 昨年の十一月末、ニューヨーク近代美術館は三年の歳月を費やした全面改装の工事を終え、マンハッタンに再オープンした。

 一体いつの頃からMoMAと普通に呼ばれるようになったのだろう?
 へそ曲がりの僕にとってMoMAという響きは決して心地よいものではない。そこには人々が弱い、ブランドの匂いが漂うからだ。そのブランドに魅かれてここに立ち寄る人も多いことだろう。まぁ、立派なブランドとしての内容を持っているので僕ごときがつべこべ言うことではないのだろうけれど。
 やはりそれは僕の中では近代美術館でなくてはならない。MoMAの名に頼らなくともそれは立派な、そして特異な位置を占める美術館である。MoMAという名に魅きつけられて来る者をも拒まぬほどの深いふところを併せ持つ。

 とりわけ美術に詳しくも、傾倒しているわけでもないが美術館が大好きだ。もちろん色々な展示物を見るのもよいものだが、あの空間でただボーッとしていたり、本を読んだり、庭園や人々を眺めることが好きだ。美術館が持つ、醸し出す独特の空気が好きなのだ。どこの美術館であろうと、そこは静寂と共にエネルギーを感じさせてくれる。漠然と時を過ごすだけで心が満たされていく。ただ、御免こうむりたいのは混雑と入館料の高騰このふたつ。
 ワシントンDCでは美術館・博物館、そのほとんどが無料で一般に開放されている。ワシントンDCに移り住もうという思いは全くないので、このシステムをニューヨークが取り入れてくれる事を願ってやまない。無理な話ではあろうけれども。ニューヨークでも、美術館によってはそれぞれ入場料を免除してくれる日があるが、どうしても混雑してしまう。二兎を追うものは一兎をも得ず。それにしても、二十ドルはイタイ。イタ過ぎる。

 「美とは?」、「芸術とは?」
 そんな質問を僕に投げかける方がどうかしている。答えることができるのは、「いいな」、「きれいだな」、そんなところだ。
 十数年前に初めて近代美術館を訪れた時の感想を一言で現わすとすれば、「なんじゃコレ?」。もちろんウォーホールや、リキテンシュタイン等認知度の高い芸術家の作品もあったが、そこに展示されていたもののほとんどは「なんじゃコレ?」だった。ただ、何度か足を運ぶうちにそれらは僕の中に何かを打ち込んでいたようだ。
 今思えば打ち込まれたのは<視座を変えてみる>という釘だったようだ。全く痛みは感じなかったがハートにしっかりと打ち込まれていた。それは単に見るという視覚的なものにとどまらず、もっと広範囲の意味での視座。乏しい僕の表現力ではいくら言葉を重ねてもその真意を伝えることはかなわないだろうが、〔ものの見方、感じ方、考え方など、そしてそれをどう表現していくかという方法の模索〕とでもいえばいいのだろうか。「美しく、精緻な技法で造形されたものだけが美ではない」、ということを近代美術館はささやいていたように思う。「価値観とは決してひとつではない」、という言葉が頭の中でこだまする。それは美術や芸術といった狭い領域にとどまらず全てのことに言えることだと思う。また、その対象物もしかり。「道端に転がっている空き缶からなにを感じることが出来るか?」。極論になるかもしれないが、近代美術館の発するメッセージはこれではないのだろうか。
 
 当時、そんな事を考えるはずもなく今だからこそ、そういう風に思うのではあるけれども。昨日の再訪でやっと自分の中に打ち込まれていた釘に気付いたように思う。こんな事を感じるのに二十年弱の歳月を要したのは遠回りでありすぎるのかもしれない。だが、一見空白にも見えるそれらの歳月が決して無駄なものではなかった、というおみやげをもらっただけでも僕にとってはめっけものであった。

 もしMoMAというブランドがきっかけとなって、一人でも多くの人が何かを感じることが出来たらそれは幸福なことなのかもしれない。
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by seikiny1 | 2005-01-26 09:46
あさましき哉、我が胃袋
 この冬一番の大雪の夜、ほかの日本人ニューヨーカー達はどのような夜を過ごしたのだろうか?
 僕はとてもあさましい男になっていた。大雪の中、お寿司の食べ放題へと出向いたのだ。
 ここニューヨークでお寿司の食べ放題の歴史は案外古く、僕の知る限りでも十五年程前にはかなりの日本レストランがそれをやっていた。しかし想像を絶する大食漢の前でシャリを大きくしたり、ネタを薄くしたりという小手先の防御が通用するはずもなくある者は破れ、またある者は店をたたんでいった。そうした中でも脈々と食べ放題を提供し続けてくれていた店もあるが、その数は往時の比ではない。
 「なぜ大雪の夜にお寿司の食べ放題なのか?」、と思われる方も多いことだろう。
 理由は三つある。
 まずそのお店の職人さんを知っていた。ただ知っていただけではなく、その方が長い職人歴を持ちキチッとした仕事をされる事を知っていたからだ。
 次に、先週までの他出では全く日本食を口にしておらず、彼の地でかつての大きさを取り戻した僕の胃袋が求めていたからでもある。
 しかし最大のきっかけとなったのは、他出から帰宅して開いたニューヨークの日本人向けフリーペーパーの特集が食べ放題であったからだ。表紙を開くとまず眼に飛び込んできたのが<お寿司食べ放題>の文字。読み進むうちに職人さんは旧知の方とわかった。その瞬間にもう一人の僕の目には、あさましい姿でただ、ただ寿司を食らう自分の姿が映っていた。しかしその記事には但し書きが。<お寿司の食べ放題は土曜日と月曜日のディナーのみ>との事。
 こうしたわけで、はやる胃袋を押さえながら大雪の夜にお寿司の食べ放題へと足を運んだわけだ。
 時間制限:二時間、お値段:十八ドル也。

 あの大雪である。「まさか」、とは思っていたのだが案に相違して開店から三十分程しか経たない店内はほぼ満席であった。ギリギリではあったが、待つこともなくなんとかテーブルにつく事が出来た。その後も続々とお客さんはドアをくぐってくる。空席待ちのスペースはあっという間に人であふれ、一種独特の空気に包まれていった。

 ニューヨークに何人の成人した日本人が住むのか、その数の詳細は知らないが少なくともあの大雪の中、その中の0.数パーセントはあの店にいたことになるだろう。これは大きな数字だ。あぁ、あさましき我が同胞達よ。
 ニューヨークには日本人向けに発行されている数誌のフリーペーパーが存在する。その中で今回の<食べ放題>特集をうったものがその横綱であるところは誰もが認めるところだ。東の横綱・朝青龍の強さをまざまざと見せ付けられた夜であったとも言える。もちろん、この横綱相撲には読者のニーズと合致した記事であった側面もあるのだが、それ以上に横綱の恐ろしさを感じたのはそれが純粋な記事ではなく<記事広告>の匂いを持っていたからだ。
 たったひとつのメディアがコミュニティーを牛耳る危険性が、大雪の寿司屋の中には満ちあふれていた。そこにメディアの不遜な笑みを感じ取ることができた。
 考えてもみて欲しい、もし日本においてただ一社の新聞社のみが巨大化した時の事を。国民のほとんどはその新聞社の報道内容を真実だと思い込むことだろう。それは、また当然な成り行きと言えなくもない。報道は常に正確で、偏ったものでないということはない。もしその新聞が虚偽の報道をしたら?ある者に益となる事を前提としてニュースを報じたら?考えるだに恐ろしい。しかも、その報道する者の側に経験と、自らがやっている事の重大性に対する認識が欠落していたら?

 ニューヨークと聞いて<大都市>、<世界の中心>などの言葉を即座に連想される方も多いと思う。それはある意味では決して間違ってはいない。ただ、この街にある日本人社会はとても狭く、閉鎖的であり、まだまだ発展の途半ばにあるコミュニティーと言って間違いはない。 
 この地で情報に携わる《全て》の人にはメディアの責任感と誇りを持って欲しいと思う。日本語媒体のその多くがフリーペーパーという形態をとっている以上、そのスポンサーや広告主の存在は否定することは不可能に近いだろう。ただ、ある程度成熟してきた市場で次に留意しなければならないのは自らが発する情報の影響力の大きさを自覚することだと思われる。暴走が始まる前に。
 同時に互いが共存しながらも牽制しうる健全なものへと成長を遂げて欲しい。もちろん日本からの進出も大歓迎だ。

 政治や経済の世界を見てもわかるように、一極集中による弊害にははかり知れないものがある。選択肢を持たぬ者はただただ踊ら<される>のみ。
 先に挙げたフリーペーパーの前回の特集記事は<肉まん>であった。さて、一体何パーセント日本人ニューヨーカーが肉まんを食べたことだろう?余談だが、この特集の記事構成をどこかで見たことがあるのだが。

 ふくれた胃袋をさすりながら「寿司はしばらくいいな」、と何度もつぶやく雪の夜。
 自分のあさましさを少しだけ反省させる、胃袋の重さと風の冷たさであった。


 頂いたお寿司はとても満足のいくものであった事を付記いたします。
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by seikiny1 | 2005-01-25 10:35 | ニューヨーク
言葉のマジック
 昨日、今日とニューヨーク発のブログはこの冬最大の積雪の話でもちきりなことだろう。今朝起きて外を見てみると三十センチほどの雪が積もっていた。
 雪の夜は美しい。降り積もった雪が街にお化粧をほどこしてくれる。歩道に積み上げられた黒いゴミ袋の山さえもその夜だけは、雪紋を描く雪山の風景に見えてくる。そのひとつひとつがきらめく雪の結晶の下には、普段とはなんら変わることのないゴミの山があるのだけれど。
 「雪山で遭難する人が最期に見る光景とはこんなものなのかな?」、と思いながら昨夜は夜の街を歩いた。

 雪の街を眺めながら、昨年出会った十代、二十代の人達の口から発された、似たような質問を思い出していた。
「セイキさんって、昔はヤンチャだったんでしょう?」
 そのたびに僕は「……」、という状態に一瞬だけ陥っていたわけだがなんとかその意味するところを察していた。
 どうやら最近では、僕らが使っていた<悪さ>が<ヤンチャ>という言葉に置き換えられているらしい。かわいらしく響かないこともないが、そこでやっていることは今も昔もそう変わってはいないだろう。中高生の頃、酒・たばこ・ケンカ・オートバイ・サボリ・早退・遅刻、そんなたわいもない(?)諸々の事を人は<悪さ>と呼んだ。もちろん自分達にもそういう意識はあったわけだが、あえて自ら<悪さ>と呼ぶことはなかったように思う。それはそこにやってはいけないこと、<悪>という意識があったからかもしれない。
 彼ら、彼女らは自ら<ヤンチャ>という言葉でそれらをひとまとめに呼ぶ。その質問を受けた時に、その言葉に悪の意識があるかどうかを確認するまで思い至らなかったのだが、やはり<ヤンチャ>は<悪さ>に較べると悪に対する認識、後ろめたさが薄いように思う。オブラートをかけることによって正当化しているのか、悪とそうでないものの境界線が極めてあやふやになりつつあるのではないだろうか。
 少なくとも僕らは悪を悪と知ってやっていた。

 日本語という言葉は誠に表現力が豊かな言語で、同じ事象であってもその時々の感情や環境をふくめ極めて多様な表現をすることが出来る。もちろん例にもれず、いや他よりも抜きん出て日々進化を遂げ様々な枝葉を拡げている。この言語を持つ民族として生まれた事に誇りと喜びを感じる。だが、気をつけなければならないのは-これは多言語に関しても言える事なのだろうけれど-それは使い方によっては容易に誤解を招き、意図的に使うことにより相手を煙に巻くこともたやすいということだろう。使いようによって様々な抜け道を作っておくことが出来る。言葉のマジック。これを無意識でやり出した時は、こわい時代の到来となることだろう。

 いじめ、登校拒否、殺人、自殺、リストラ、加害者、被害者、バブルなどなど。新聞の社会面を開くと様々な言葉が目に入ってくる。読む者にとってそれらの言葉から連想されるのは様々であろうが、実際の出来事に較べてみればとてもとても少ない画像しか頭には浮かび上がってこない、そしてそれはあっという間に通過していってしまう。その裏には身近な単語だけでは語りつくせない様々な出来事が潜んでいるにもかかわらず。
 登校拒否という言葉ひとつを取ってみても、そこには様々な原因や形態があるはずだが我々が思い浮かべることはといえば「かわいそうに」、「いかんなー」、「親は?学校は?」、「うちの子は?」、そんなところだろう。

 言葉そのものに惑わされることなく、その裏側にあるものに少しだけでも目を見開いていきたいと思う。いや、無意識に言葉というオブラートで事実を包み込む事をせぬように心がけていかなければならない。悪い意味での言葉のマジックを放置しておけば、殺人さえもが<ヤンチャ>という言葉で無意識に片付けられてしまうのもそう遠い日ではないのかもしれない。

 雪に埋もれた街を歩きながらそんな事を考えていた。
 雪の降りた日は美しいが、翌日には人や車で踏み荒らされてそれは泥やゴミと混ざり合い、本当の、時にはそれ以上の醜さを露呈する事を忘れずに。



 日本語については、vbayareaさんの記事『英語と日本語」を読んでずっと考えていました。
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by seikiny1 | 2005-01-24 10:35 | 日本
時間のマジック
「ウーン、何かが違うな」
 バスルームの窓辺で小さな白い花をつけたシクラメンの鉢植え。昨年、日本へ帰った際一ヵ月余も忘れ去れながら、それでも細々と命をつなぎとめて僕の帰りを待っていてくれた。十一月に再会を果たしてより水と太陽の恵みをしっかりと受けてもらい、一週間ほどで新しい息吹、小さな芽を出してくれた。
 窓辺には空に向かって拡げた手のひらのような葉の中に、白い小さな花が二つ。そして根元ではいくつもの小さい命が産声をあげている。
 しかし何かが違う。
 
 葉の厚み、毒々しいがどこかか弱げなその色つや。その時間が短いからだろうか、つぼみから花に至るまでの形状の変化の仕方。直線的にヒョロリと伸びた茎からは力強さが感じられず、どこかもやしに似た印象を受ける。
 実は数週間ほど前から週に一度肥料を与えている。
 もしかしたら今の姿は一年前に花屋の店頭に並んでいた時のものに近いのかもしれないが。

 多くの花屋には商売をするにあたり大量に、美しく、ある程度長持ちする商品を<作る>ノウハウがあることだろう。それらを駆使して効率よく花を支配することが花屋という商売なのかもしれない。実際僕もその花開いた商品を買ったのだから、何の不平もない。その花を通じてお互いが納得しあった結果、シクラメンは僕のアパートへとやって来た。
 花は見ることももちろん楽しく、心を和ませてくれるが僕にとっては育てることもまた楽しいものだ。作るのではなく育てるということ。さて、この花の本来の姿とはどういったものなのだろう?店頭で出会った時の姿すら思い出すことが出来ないのだから、本来の姿など想像もできるはずはない。ただ、自身の中に<こうであって欲しい>というものがあるに過ぎない。今の姿がそれから少しずれているように感じるのは、その基となるものがはなはだあやふやなだけにこれまた心もとない。
 肥料を与えるという育て方を考える前に知らなければならないことがあるのに気付く。そもそも、鉢植えという育て方が植物本来の育て方ではないのでこんな事を考えること無駄なことなのかもしれないが、本来のあるべき姿を知ることは悪いことではない。

 本当の姿を知らなければ、その姿に近付くことすら出来ない。たとえそれが花であろうと、人であろうと。まずその本来の姿を知ろうとする努力、少なくとも姿勢が必要だ。間違った肥料を与えてしまえば、間違った育ち方をしてしまうこともある。開花を急がせるあまり生命を縮めてしまう危険もそこにはある。そうならぬために本来の姿を知らなければ。

 花にも、人にもそれぞれの個性がある。<これ>と確定できるものは何一つない。その本来の姿を知る為には流してみるのもひとつの方法だろう。
 周りの環境にゆだねてみる。とにかく太陽の光からエネルギーを得、雨に身体を打たれることにより水分を得る。地中から養分を吸い上げ、運がよければ落ち葉や動物の糞尿から滋養分をもらうこという幸運にも恵まれる。冬の寒さに命尽きるものもあれば、踏みつけられて瀕死の重症を負うものもいることだろう。そんな中でひと時を過ごし、厳しい冬の後に開いた花と葉。様々な影響を受け、また与えながら開いた花の色香や、葉の広がりや厚みがそれの個性、本来の姿と言えるのかもしれない。中途で命尽きるのもまたひとつの個性だろう。

 ただ面倒を見るだけではなく、時には突き放して自然に、周りの流れに身を任せるだけの生き方も良いかもしれない。もしかしたらこのシクラメンは真っ赤な花をつけるべく生まれてきたのかもしれないのだから。

 いくつもの春を迎えながら成長を、進化を遂げていく。
 シクラメンの花、葉は天を仰ぐ漏斗のような形状をしている。そこに受けた雨は一滴の例外もなく漏斗の出口から茎を伝い地中へと流れ落ちる。
 時間のマジック。

 流行していた頃は好きでも嫌いでもなかった。小椋佳氏作の「シクラメンのかほり」。それを口ずさんでいる自分をたまに見かけることがある。
 時間のマジック。
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by seikiny1 | 2005-01-23 11:32 | 思うこと
時間無制限一本勝負!
 やっと食欲が戻った。
 昨年の二月以来どうしてそれが落ちたのか、今回どうしてそれが戻ったのかもだいたい理由はわかっている。かつては朝・昼・晩きっちり、しかも大量に食べなければ胃袋が落ち着くことはなく、<美味しそうにモリモリ食べる>というのが多分唯一のチャームポイント(?)だった。燃費が悪いのか、身体を包み込む肉の質自体は多少変わったがいくら食べても体重だけは十七歳の頃から変わらない。僕の世代の標準的なそれを保っている。

 先日、一週間ほど他出している間は食事のほとんどをBuffet(僕の世代でビュッフェという言葉からまず思い浮かべることが出来るのは鉄道の食堂車だが、今でもそう呼ぶのだろうか?)と呼ばれる形式で取った。一定の料金を支払えば好きな料理を各自選んで食べることが出来る、というスタイルの食事。Buffetに一番近い日本語訳を探すとすれば多分<喰い放題>ということになるのだろう。
 その発祥は多分立食式のパーティーから来ているのだろう。各自が思い思いに飲み食いをしてくつろぐ。ここはパーティーの国で、住み暮らしているとどうしてもそういう機会に行き当たってしまう。しかし、呑ん兵衛の僕はついつい飲みに走ってしまう傾向が強く空きっ腹の結果悪酔いという辛酸を幾度もなめてきた。その挙句につかんだ対処法は、パーティの前には必ず喰っておくこと。これで飲む事に集中することが出来た。
 呑ん兵衛と似たり寄ったりなのだろが、ガツガツと喰う姿はいただけない。それはモリモリとはまた違った映り方をする。食い漁ることは、鯨のように飲むよりも僕の目には浅ましく映るのだ。単なる酒飲みのいいわけかな?偏見は改めなければいけないとは思うのだが……。

 <喰い放題=時間制限>という回路が組み込まれているのだろうか?今回Buffetで見かけた日本の方のそのほとんどから一様に何か焦っている印象を受けた。テーブルと料理の間を短いインターバルで行き来する。チョコチョコと歩くスピードが速い。常に目が宙を舞って獲物を探している。そして、その身体の周りに独特のオーラのようなものを感じ取ることが出来た。食文化の違いなのだろうか?Buffetと喰い放題は似て非なるものであると思う。
 食に関する思い、その姿勢は人ぞれぞれだろう。決して安いとは言えない金額を払っていてもサッと出てしまう人も結構いる。また僕のように二、三時間じっくり時間をかけて少しずつ食べる者もいる。三度目のBuffetを食べながら「あぁ、これなら朝から晩まで食べ続けるのもいいな」、といった思いが頭をよぎった。実際、彼の地ではBuffetはひとつの名物と化しており多くのホテルが朝・昼・晩と食事を提供していながらどこもほぼ満員。それゆえ、各メニューの間で客を入れ替えることは不可能に近い。そんな事を考えながら僕の胃袋は少しずつ一年前の大きさを取り戻していった。
 週末のシャンペン・ブランチなるものに行った時にはチョボチョボと飲み食いしながら三時間半ほどおしゃべりの後レストランのドアを出た。その一時間後には少し早い見事な宿酔になっていた。
 人の事をいやしいなんてとても言えたもんじゃない。

 日本の旅行ガイドブックにはBuffetの事を食い放題とでも書いてあるのだろうか?食べることだけではなく、その時間や空間を楽しむことも是非書き加えて欲しいと思う。そういった文化をしっかりと紹介するのも書き手の責務だと思う。旅行中の時間は貴重なものなのだろうが、短時間で満たしたおなかではその後の予定にも差し障りが出てくると思うのだけれど、如何?旅先でのゆとりというのもまた格別なものだ。キチキチの旅行、生き方はいつか、どこかにしわ寄せが来るものだ。宿酔のように。

 さんざんBuffetを堪能した僕を待っていたものは?
 ニューヨークへ帰り日本語のフリーペーパーを開いてみると、その第一面から<喰い放題>の四文字が飛び込んで来た。もちろん週末に出かけることになるだろう。熟練のシェフが握る納得の味らしい。
 時間制限:二時間、お値段:十八ドル也。
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by seikiny1 | 2005-01-21 11:32 | 日本とアメリカと
たこさんウィンナー
 ひと口目のコーヒーは<まだ>ぬるく風味も死んでいた。

 コーヒーというものは熱湯で入れるもので、淹れたてのあるいは保温されているものは熱い。どう考えてもこれは昨日の残りを暖めている最中としか思われない。一ドル二十五セント也。サイズ:small。
 レジで支払いを終えてカウンターに向かう。遅い朝の日光を浴びたカウンタートップには無数の粉状のものが散らばっているのが遠目にもわかる。腰をおろしてよく見てみると、それは予想通りパンを食べた時に落ちたパンくずだった。ここはベーカリーや簡単な食事、お惣菜を置くお店。
 零下の風が吹く道を歩く人々の姿に少々飽きた頃、空になったコーヒーカップを捨ててトイレへ入る。ゴミ箱こそ空だったが、お世辞にもそこはきれいといえる空間ではなかった。ドアをロックしようと振り返ると、誰かが足で閉めたのだろうか白いドアの取って付近には無数の黒い足跡が不規則に天井を向いて散らばっていた。
 手を洗い、ここを訪れた本来の目的を片付けることにする。ここではドイツ人のお肉屋さんが作る美味しいソーセージが売られている。そのお肉屋さんはお隣の州にあり、車がなければ出向くことは出来ない。マンハッタン内で他に売っている店を僕は知らない。冷蔵庫にパックされて並べられたソーセージ達はどれも少しだけではあるが、肉眼でそれとわかるほどにいたんでいた。手ぶらで店を出た。
 ここはマンハッタン内に数軒ある日本食料品店のうちのひとつ。今日の営業を始めてからまだ三十分ほどしか経っていない。

 人が、会社が、お店が荒んでいく時はまるで病気のようにその兆候が見て取れる。それは些細なことなのだが、人間の感覚とは侮れたものではない。そこに何かを敏感に感じ取る。ある者は離れ、ある者は手を差し伸べ、またある者は苦言を呈する。ただ当事者が症状を自覚することは少ない。
 どんなに貧しい人でも、古びたレストランでも病におかされていないものからは生の息吹を感じ取ることが出来る。一方、なんとかとりつくろっているように見えても湿った病の匂いを感じることがある。たった一つの病の兆候が目に、耳に入ればまた別のひとつに気付く。病にかかっているものもそれが末期になるまで気付かないことのほうが多いようだ。

 それが人であれ、組織であれ省みる事、他者の目を持って見つめてみることはとても大切なことだと思う。健康のチエックを怠ってしまうと病を見逃してしまい、多くの場合それは悪化していくほかに道はない。堤防に開いた穴は小さいうちに直しておかなければ、時と共に水が穴を削り続け突如として決壊してしまう。
 何でもないようなことだからこそ気を配る。
 毎朝、熱く香り高いコーヒーを淹れ、カウンターを磨く。トイレの掃除をし、腐りかけのものは処分してしまう。その以前に、余分なコーヒーを作らず、店内はこまめに掃除をし、食品には製造日時を明記する。なんでもないごく普通の事をしっかりやることが出来ればその姿勢は自然と伝わるものだ。人とはそんなものだと思う。
 刑務所で本当に罪を悔い改める人はどのくらいいるのだろう?
 そこでの生活は、焦点をその罪の悔悟に絞りこむだけではなく、規則正しく小さなことにも気を配ることによって行動、思考サイクルの改善をも狙っているのではないだろうか。

 日本人の多く住む街には日本人向けのビジネスが発生する。商品はその地にはないもの、その程度で納得せざるを得ないものである場合が多い。少し古い言葉を使えば「な~んちゃって」、というところだ。レストラン、商店、各種のサービス、個人のスキルなどなど<日本で通用するはずのないものが、外国では通じる>という神話を未だに信じている人が多いように感じ取られてしまう。言葉を換えてみるとニセモノがまかり通る社会。
 閉店前の日本食料品店で生鮮食料品の大安売りなどついぞ遭遇したことはない。
 しかし我々も、外国人もバカではない。それほど鈍い感覚をあいにく持ちあわせてはいない。
「腐ったりんごは落ちる」。

 美味いウィンナー・ソーセージを食べたい。
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by seikiny1 | 2005-01-20 09:29 | 日本とアメリカと
made in japan
「ファ~ッ」
 丸く、大きく広げられた口に手はあてがわれていなかった。
 朝から役場へ赴き、その帰りに立ち寄ったチャイニーズ・ベーカリーでの光景。アンパン、メロンパン、クリームパン、揚げパン、日本風の大きなサイズの食パン……。ニューヨークにあるチャイニーズ・ベーカリーではその味は別として、日本のパン屋さんで見ることが出来るパンのほとんどを見ることが出来る。その上、日本ではあまり見ることの出来ない店員さんの大あくびまで見ることが出来る。

 日本で生まれ、もしくは長年生活をしている人達、特に接客業をその職とする妙齢の女性が口元に手もあてがわずに大あくびをしている図に出会った記憶がない。少なくともうつむくか、恥らうかくらいはしていたようだ。チャイナタウンを歩く時に、「チャイナタウンはこんなもんだ」、と知らずに思っていた自分自身にもまたびっくりする。<中国人=そんなもの>という公式がほぼ出来上がりつつあったのだ。
 人間の意識せぬ行動の底には、生まれ持ったものの他に多くの経験、体験が流れていることが多い。ついつい見逃しがちだが、とっさの行動や、土壇場の状況下でそれらは顔をのぞかせる。こういうことを<育ち>と言うのだろうか?ただ、これらはあくまで日本という土地で生まれ育った僕の中にある文化を基準にしているに過ぎない。先の大あくびにしても、場所を中国、香港、台湾、アジア諸国に移し変えてみたらなんら行儀の悪い光景ではないかもしれない。もしかしたら、<自分を素直に表現している>事として評価されることである可能性だってあるのだ。
 ほぼ確実だろうと思われるのは、人は、特に僕のような凡人は先天的なものよりも後天的なものに支配されることが多いということだ。生まれより育ち。知らず知らずの間に自分の中に蓄積されたものが、血となり、肉となりあくびをする時に手を動かし、トイレで用を足した後には洗面台へと向かう。たとえ、他国で生まれようとも別の国でその生の大部分を過ごせば行動はもとより、発想までもが育った国のもつものに限りなく近くなる。
 しかし、百パーセントになる日は来ない。

 法律上での立場は別として、アメリカ人になることは出来ない。どんなに頑張っても、自然と身についたものに及ぶ術はない。たとえ大学院を首席で卒業しようとも、子供にすら及ばないことがある。その逆も然りで、どんなに日本語がペラペラで、日本オタクであろうとも日本人になることは出来ない。そのものになりきるには、いく層もの世代を重ねなければ生まれ持つことが出来ない何かがある。さて、その世代になってそれを得た者は幸福なのだろうか?案外、自分の源流をたどって遠い国に恋をしてみたりするのかもしれない。世に皮肉はつきものだから。

 背伸びをせず等身大の自分で歩く。それが一番自然な流れであり説得力も大きい。目には見えない大きな力が背後にはそびえ立つ。無理をすることも節々では大切かもしれない、しかしどこかにひずみが生じてしまい長持ちすることが困難であるというのもまた事実。自分のDNAや育ちを否定することなく、それを肯定し伸ばしていくことが出来たら、と思う。

 アメリカに恋し、憧れ、やっとたどり着き十八年余を経て今考えることはこんなことだ。
 自分は日本人である、と。
 いいところ、悪いところすべてをひっくるめて。
 相変わらず遠回りをしているようだ。

 パン屋の店員さんのあくびも、ニューヨークでは不快とは感じない。それは偏った見方なのかもしれないが、この街ではなぜか許されてしまう。

 以前はよその土地へ行った時に「どこから来た?」、と問われると「ニューヨーク」、と答えていた。今は「ジャパン」、と答える。
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by seikiny1 | 2005-01-19 10:05 | 日本とアメリカと
4ドルと99セントと
 16oz.(約500cc)のビールが税金込みで4ドル。
 これはバーでの値段ではなく一週間前にチエック・インした宿泊施設内にある売店での値段。しかもビールはアメリカで最もポピュラーな国産品(米国製)。

 一瞬の迷いもなく二本を買い求め、部屋へ入ると同時にのどへ流し込む。「ファ~ッ」という幸福の溜息がもれていた。
 普段は近所のデリで24oz.(約720cc)のやはり国産メジャーブランドのものを99セントで買い求めている。日常では16oz.に4ドルも払うなんてことはまずありえないことだ。しかし、その時は長旅でよほど疲れ果てており、頭の中はほぼ琥珀色に染まっていたのだろう。納得の値段だった。今、冷静になって考えてみても決して高い買物をしたとは思わない。
「あれは、あれでよかった」
 あの時の僕にとっては適正な値段であった。

 物の価値ほどあいまいで変貌自在なものはないだろう。もし、それを価格という金額のものさしに置き換える事を許されるのであれば、その数値は受け取る人によって、また同じ人であってもその時々に周りを取り巻く環境によって全く別のものとなってくる。価格を設定した人も含めて、それに百パーセント満足している人は一人もいないのではないだろうか。そもそも万人共通のものさしを作ろうということ自体に無理がある。
 誰が金塊を尊い物と決めたのだろう?
 行き先を失った砂漠の旅人にとっては、たった一杯の水が何物にも換え難い。
 性悪男に入れ込む女がいる。

 誰もが認めることの出来る価値というものは存在しない。物の価格のように多くの人がそれに従っているということはあるが。
 <戦い>がある者にとっては聖であり、他にとってはビジネスであったり正義であったりもする。全てのものには様々な矛盾が共存している。裏と表があるからこそものなのかもしれない。大切なのはひとりよがりになることなく、もうひとつの目から見た価値にも焦点を当ててみることのように思う。そういう目を持つことが出来れば、いつの日か僕はビールを口にすることがなくなるかもしれないが……。
 事の正邪は別として、何物かに価値を見いだすことができる人は幸せであると言えるだろう。それが許されるのは自分自身以外の何者でもない。言葉を換えれば自分自身で見いだすからこそ価値があるとも言える。光を失った目には何も映ることはないが、たとえ他人の目には小さな石ころにしか見えないものにも価値を見いだすことができる人はいる。そんな小さな石ころをいくつもポケットに入れて歩いていくことは、光明を失った闇を走り回るよりどれだけ幸せなことだろう。

 ただ見失って、目を閉じているだけで、目をこらしてみると大きな、小さな石ころがあちらこちらにゴロゴロしている。立ち止まって、そんなひとつをつまみ上げてじっと見てみる。そこには自分にだけ見ることが出来る光があるかもしれない。他人の価値観に惑わされることなく、自分の目を信じて行く。
 価値とは極めて自己中心的なものなのだから。

 一週間ぶりに部屋へ戻って来た。荷物を放り込み、その足でビールを買いに向かう。
 99セント。
 この価格が今の僕を幸せにしてくれる。
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by seikiny1 | 2005-01-18 10:48 | 思うこと
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