ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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今年最後のプレゼント
 コーヒー、日本茶、歯磨き、お酒、タバコ、背伸び、シャワー……。
 人は色々なもので気分転換が出来るらしい。どうやらそういったもので自分を切り替えることが出来るらしい。なんて器用なんだろうな、うらやましい限りだ。
 
 暖かな部屋に座ってばかりいると感覚が鈍ってしまうように感じることがある。それは自分の中で行われている発酵があたかも止まってしまったような感じにも似ている。色々な方法で気分転換というものを試みるのだけれど、いつも自分で頭をひねってしまう。それらの行為が自分に対して単に言い訳をしているようにしか感じてられないからだ。

 <たまり水>になっている自分の中に流れを作るために外へ出よう。やっぱり僕は外に出ていなければなんにもできはしない。たとえそこが氷点下以下の街だろうと、焼けたコンクリートでうだるような地下鉄の構内であろうとも。外は僕にいつも喝を入れてくれる。せき止められていた水に動きを作ってくれる。それがどんなに小さなことであろうとも。風に舞う新聞紙、電線の泣き声、泣いている子供、それらの全てが僕に息吹をくれる。ゾーリを引っかけドアからたったの一歩踏み出すだけで世界は全く違ったものとなる。全てが一斉に音を立てて動き出すのを、自分がこの風景の一部である事を感じる。
 家にいて変わらぬ風景や、同じ窓から見える外の様子を見ていても何かが生まれることもあれば、外へ出てなんでもない光景が火をつけてくれることもある。静と動。どちらも素晴らしいし、お互いが他にはないものを持っている。僕が生きているこの世界に万能の神はいない。誰もが何らかの障害を抱えて生きている。そんなものの良いところ、悪いところ、全てに目を見開いて歩いていこう。つきあっていてどんなにつまらない奴でもいいところを見つけてみよう。どんなにきれいで大好きな女の子でも足は臭いかもしれない。
 日常は、常識は大切で、ある意味快適なのかもしれないが<常>にばかり目をやるのではなく、たまには<非>にも熱い視線を注ごう。<常>の上に<非>をつける。

 僕にとって<外に出る>ということは自分に欠けているものを探す旅に出ることとも言える。何かを補う為に歩き回る。どんなに小さなことにもそれを見つけ出す。そしてそれを味わい、嚥下する。まるで野菜不足の人が肉料理の飾りについてくる野菜の突けたしをゆっくりと味わうように。
 気分転換とは探し物の旅に出ること。自分では何を探しているかさえわからない探し物をする事を、昔、誰かが気分転換と名づけたのだろう。言葉にとらわれずに探し物をするとしよう。そんな時いつも僕の頭の中に流れる歌の一節がある。井上陽水の『夢の中へ』。♪探し物はなんですか、みつけにくいものですか……♪中学生の時に初めて耳にして、僕をどこかへ連れて行ってしまったこの曲がいつまでもこだまする。
 罪作りな歌だ。
 何を探しているのかわからない、どうやって探し出せばいいのかもわからない、それを見つけ出したからといって僕がどうなるのかさえわからない。ただ闇雲にあちらこちらを掘り返してみたり、ただじっと佇んでいたりする。いつの日かそれは見つかり、また次の探しものを始める。人はそうやって世を終えてしまうのかもしれない。

 クリスマスツリーのなきがらや、プレゼントをかつてはやさしく包んでいた、くしゃくしゃになった包装紙がそこここに転がり、凍った風が渦を巻く街並みを歩き、そして深呼吸をする。
 探しものは見つかった。

 今年も残すところあと一日、いまさら気分転換でもないけれど今年最後の探し物は一体何なのだろう?
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by seikiny1 | 2004-12-31 13:40
コンビニの列であまり待たされたことはなかった
「おっさん、これで何回目や?一体俺がいくつに見えるんや?」
 心の中では毒づきながらも、別の意思を持つ指先は財布の中から身分証明書をつまみ出す。三十歳頃まではこれがビールを買う時にキャッシャーのカウンター越しにとり行われる一つの儀式のようなものだった。
 ニューヨークでは二十一歳未満の飲酒は法律で禁じられている。買う方はもちろん売る方も厳罰の対象になるので、店側が神経質になってくるのも当然だ。
 この先も未成年の飲酒が無くなる事はまずないだろうが、もし日本が本腰を入れるのであればこれくらいやらなくてはならないのかもしれない。それに<二十歳未満>という法的な未成年と<高校を卒業したら大人>という慣習的なものの間に存在するギャップを埋めてしまわなければならないだろう。法規制をするのであればもちろん未成年=二十歳未満ということになるのだろう。こういったことは必要であるのかもしれないが同時に残念でもある。日本人が持つ良い意味でのいい加減さがまたひとつ消えていくようで。「そう、がみがみ言わなくても自分でコントロールできるならいいんじゃないの」、こういった事を言っていられないほどに社会は変わりつつあるのかもしれない。全てを規制され、法で固められなければ秩序が乱れてしまう情けなさ。

 自分がそうであったからではないが、未成年の飲酒に関して百%反対ではない。道路で吐きながら、ひっくり返りながら、翌日の頭痛に悩まされながら色々な事を学んできた。それらは教えられたからといってわかるものではなく、学ぼうと思っても学べないものだった。そしてやっとこの歳になって、少しだけだが酒の味がわかってきたような気もする。
 未成年の飲酒そのものよりも、自己の確立やコントロール。それ以上に周りの大人の方に問題があるように思う。新入生の歓迎会などで一気飲みを連発し、急性アルコール中毒になり死に至るなどの事件は論外ではあるけれど、そういう事件が起きる下地は誰が作ったのだろう?それをひとつずつ解きほぐしていかなくては何の解決にもならない。

 秋雨の降る深夜、約十年ぶりに実家の門をくぐる。冷蔵庫にはビールがなかった。母はビールを飲まない。疲れた足を引きずりながらビールの自動販売機を求めて夜の町をさまよい歩く。人にはあまり喋りたくない時もあり、そういった時に自動販売機は誠にありがたい存在なのだが、見つからないものはしょうがない。「ここ十年ほどの間にそれらはほとんど姿を消してしまった」という話はどうやら本当のようだ。ないものはしょうがない、あきらめてコンビニに入る。店の一番奥にある冷蔵庫の一画はビールや発泡酒で埋められていた。きれいに磨かれたガラスの扉に「当店では未成年へのアルコール類の販売はいたしておりません」、と手書きされた小さな紙が見える。
 それからは毎日のようにコンビニでビールや発泡酒を買っていたのだが、たったの一度も「身分証明書をお持ちですか?」という声を聞くことはなかった。もちろん何人も<それらしき>人を目にはしているのだけれど。僕が見た範囲では、あの類の紙はやはり店の立場を客に対して、学校に対して、警察に対して、常識(?)ある人に対して明確にする為だけのもの、ただの紙切れに過ぎないようだった。単なるひとつのフアッション。ポリ袋を下げて犬の散歩をし、誰も見ていなければ糞を放ったらかしにして歩み去る飼い主。その程度のものなのだろう。神社のお札でも貼っておいたほうがどれだけありがたいことか。
 レジに並べば、どこの店でも同じような顔をした店員さんが、同じように乾いた笑顔で、同じ様な言葉を口にする。気付いてみればコンビには質の悪い大きな自動販売機になってしまったようだ。店員さんの口から流れる「いらっしゃいませ」、「ありがとうございます」の声と昔の自動販売機から流れていた機械的な声がオーバーラップする。
 極めて中途半端な無機質な空間。

 コンビニは嫌いではない。「好きか嫌いか?」と訊かれたら迷わず「好き」、と答えるだろう。多くの人の答えもそうであろうと思う。コンビニとはそれだけ影響力がある存在なのかもしれない。

 コンビニに今の日本の縮図を垣間見た様な気がする。
 コンビニのあの手書きの張り紙が政府発行の印刷物に変わる時、日本はまた狭くなってしまうのかもしれない。
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by seikiny1 | 2004-12-30 09:37 | 日本
時刻表はいらない
 日本に住む人にとっては当たり前のことかもしれないが、時刻表どおりに電車がホームへ滑り込む、これはなかなか気持ちがいいものだ。まさに<電車が滑り込む>といった感じで、ある種の神々しい印象を受ける。到着前のホームに立つ人々はしきりに腕時計に目を落とす。気付いてみれば僕もその一人になっていた。電車の遅れでスケジュールの変更を余儀なくされる人は一本の電車に何人くらい乗っているのだろう?日本の電車は時刻表どおりに来て当たり前。

 ニューヨークの地下鉄には時刻表なる物は存在しない。もちろん運営する側にはあるのだろうが、利用者がそれを目にすることはない。時刻表自体が存在しないのだから、あまりにも前の電車との感覚が開かない限りいらいらすることもなく精神衛生上にもいい?ただ、せっかちな人はいるもので、そういった人達は腕時計ではなくホームから身を乗り出して遠く暗闇に電車のヘッドライトを探す。腕時計と同じで、見たからといってどうなるものでもないのだが。

 日本人の時計やカレンダーとの出会いにはある種の運命的なものを感じる。それほどこのカップルはピッタリとくっつきそれを最大限に有効利用してここまで来た。時を最大限に<生かす>ことにより我々はその中にある可能性を極限まで追い求めてきたのだろう。それを細分化してまるで精密機械のように。世界で一番時を有効に使っているのは日本人であるかもしれない。ただ、それは非常にもろいものであるとも言えるだろう。電車の時刻表がその人の一日を決めてしまうように。精密すぎる機械は歯車がコンマ数ミリずれただけでも機能しなくなってしまう。
 眼を江戸時代に移してみると時間は<子(ね)の下刻>、暦は<冬至>や<立春>に代表されるような大まかなもの。そして、それが生活に実に密着して機能していたようだ。それなりに文化は花開く。時そのものに幅があり、その分遊びがあった。それでも歯車は回っていく。

 朝の歯磨きから、夜の歯磨きまでの一日の行動を分刻みのスケジュールで行う人がいる。
 日本では年末になるとカレンダーがどこからともなくやってくる。

 アメリカの街を歩いていると、しばしば時間やその日の日付を尋ねられる事がある。
 アメリカではカレンダーは買うものだと相場が決まっている。

 週末に街を歩くと、楽しもうという雰囲気が満ちあふれている。生活のゆとりというやつだろうか。さて、週休二日制がほぼ定着した日本に次に必要なものはなんだろう?
 是非、電車の時刻表の撤廃を実施して欲しい。一分刻みの生活に十分の幅を持たせる。「週休二日制よりこちらを先にやった方がよかったのでは?」、とすら思う。寸分の刻みのないものにあそびを持たせる、実際、回り続けてきた歯車は磨耗してあそびが生じてきているのだから。「ゆとり、ゆとり」と呪文のように唱えながら頭を抱え込むよりも、時刻表をなくしその分運賃まで下げてしまえばもっともっと社会は活性化し、病んだ事件も減少するのではないだろうか?

 時間は大切にしなければいけないものだ。特にそれが他人のものの場合はなおさらだ。時間に正確であるに越したことはない。ただ、時には縛られたくはない。しかも自分自身で。時を追い、日を追い、そして気付いてみたら追いかけられているような生活はまっぴらだ。

 実家へ帰っていた時、トイレの壁には標語を書き添えた日めくりカレンダーがぶら下がっていた。数日前の日付のそれを何度か調整した。
 姉の家に滞在していた時、居間には日めくりカレンダーがあった。ほとんどいつも前の日付を指していたのだが、僕は手を触れなかった。朝起きてそれに目をやるとたまに一日分だけ破り取られていることがあった、「オッ」と思いながらコーヒーを飲むためにテーブルに近付くといつもそこには、破りとったカレンダーの裏側にしたためられた姉から僕へのメッセージが置かれていた。
 実家が、姉の家がなぜ心地よかったかというと、それは多分その人達が家族であるばかりではなく、僕と同じカレンダーへの距離感を持っていたからなのだろう。

 久々に日本へ帰り、商店や飲食店の壁にカレンダーや時計を見ることが少なくなってきているのを眼にして、ほっとしている自分がいた。
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by seikiny1 | 2004-12-29 07:06 | 日本とアメリカと
匿名希望
「さて次はOO県XX市の”匿名希望”さんからのおはがきです」
 最初に<匿名>という言葉を聞いたのはラジオの深夜放送だった。その頃のラジオの深夜放送は若者にとって一番あついメディアだったと言えるだろう。ハガキを読まれることによりプレゼントなどが貰えるのがほとんどだったので、匿名<希望>ではあっても本名は付記されていたはずだ。そして、時を経ずしてこれは自分で名づけた個性的な<ペンネーム>へと変わっていく。
 古くから匿名というものは存在していた。しかし、その多くは奉行所の目安箱のように告発または嫉妬などによるものだったのではないだろうか?この言葉から一種の暗い響きを感じる人も少なくないはずだ。そしてその血脈はいまだに警察などの貴重な情報源として生きていることだろう。
 今、匿名は別の顔を持ち歩き始めている。

 三十年前に、これだけのハンドル・ネーム(以下HNと略)という名の匿名が花盛りになる事を誰が想像しただろうか?インターネットの普及に伴いこの花は咲き乱れ、いまだ衰えを見せる気配はない。顔のない人格が全世界の人口の数倍になる日はそう遠いことではないだろう。
 インターネット上ではほとんどの人がHNを使う。その名前を見るだけでそれぞれの個性が想像できる楽しいものも多い。
 そのほとんどは、HNと本人は同一人格なのだろうが、インターネットという仮想空間に、もう一人、いやそれ以上の自分を作り上げ、それを楽しむ人もいることだろう。僕には到底そういう器用な真似は出来そうもないので、完全に使い分けが出来、自分を律することができる人をうらやましく思うことすらある。僕の場合だと、実生活を送る自分に「他の自分がかぶってしまうのではないか?」という不安につきまとわれてしまう。虚実の境目が不安定になる可能性を否定できないからだ。そして、その虚もまた実であると思うからこそ怖い。人間とはとても矛盾に満ちた生き物であるから。

 インターネットという媒体が普及するまで、マス・メディアのほとんどは一方向性だった。与えられた情報しかわからないし、自分の欲する情報を探し出すのは困難であった。しかしインターネットの出現によりこれらは確実に双方向性への第一歩を踏み出し、多くの人に発言の場を提供した。HNによりそれぞれが自分自身の内に持っていた発言に対する障壁すらもかなり低くなった。
 家での顔、外での顔、嗜虐的な顔、弱虫の顔、正義の顔、権威の顔、……。本人が意識しているかどうかの差こそあれ、誰もがいくつもの顔を持っている。「この顔では言えないことでも、あの顔だったら言える」、そうして拡がった発言の場で何の忌憚もなく言葉を発することが出来る。これまでは権威によって握りつぶされてきた情報などもHNの出現によって容易に日の目を見ることもある。最近話題になった、人気歌手の盗作事件などはその好例だろう。以前であったらこの手のスキャンダルは<事務所の力>で容易に火消しが行われたことだろう。ただ、HNはこういった社会的悪を追及・告発できるのと同時に、特定の人物や対象を容易に陥れることもまた可能である、という点にも気をつけなければならない。誰もがその被害者になる可能性を持ち、加害者となることも容易に出来てしまう。
 <言いたいことが言える世の中になってきた>。これはHNがもたらした最大の恩恵。<見たくない、聞きたくないことの蔓延、そして悪意による誹謗、中傷>これはあだ花。両刃の刃だ。この刃の先に行ける者こそ真の情報を把握し、そこからの第一歩を踏み出すことが出来るのだろう。それはきびしい道だろう。秩序や道徳が確立していない現代は乱世と言えるのかもしれない。

 <もう一人の自分>の体験は一度味わえばやめられない甘美なものかもしれない。ただ、その顔を持たない自分にも責任と的確な判断力が求められている事を忘れてはならない。
 大人でさえ自分を失いそうなこの世界で、まだ一個の人間としての途上過程にある子供達が、もう一人の自分と共に成長していく事を空恐ろしく感じることがある。日常で現実と非現実がないまぜになり、最悪の場合本当の自分の人格すら制御不能に陥ってしまう可能性すら想定されるからだ。

 これからはこれまで以上に人間との関わり方が重要になり、そのうえ機械・情報とのそれ、自分自身との対話がもっと必要とされてくることだろう。集団が社会を統制することよりも、個がそれを形成し導いていく可能性が高い。その為に、自己制御、情報選択力そして他人への思いやりなど今からやっておかなければならないことが山積されている。

 もし今HN禁止法案なるものが施行されれば世界は大混乱に陥ることだろう。
 多重人格症および対人恐怖症の患者がこの先増えぬことを願って。
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by seikiny1 | 2004-12-28 08:59 | 思うこと
自己活字欲
 自分の血液型を知らない。
 恥ずかしながら、この歳になるまで献血はおろか採血すらやったことがない。両親はA型とB型なので全ての血液型の可能性があるらしい。
 友人らと集まる時、何かにつけて血液型の話になることが多くそういった時には皆が僕の血液型を推測し、あれやこれやとしばしおしゃべりの花が咲く。
 ほとんどは何もしないのだけれど、一度何かに没頭したらとことん行ってしまう性格であることは自分でも感じている。ある人はそこに<完璧主義>の烙印を押し、A型論を導き出す。

 小学校に上がる前から本は読んでいたが、はじめて自分の活字の所有欲を意識したのは僕が四年生の時だったと記憶する。三歳年上の姉が中学生になり、<中一時代>という雑誌を買ってきた。僕は物珍しいそれを手に取り眺めた。その裏表紙は僕を吸い込んで行った。そこには赤いボディーを持つオリベッティーというイタリア製のタイプライターが毎月印刷されていた。この衝撃が変形して、後に僕をアメリカまで引っ張って来たことは紛れもない事実。

 本や映画の映像が自分の内に堆積し、僕自身が描くタイプライターのイメージは次第に拡がり、そして固まっていった。それは白黒の映像で、薄暗い部屋の中でタバコの煙を照らし出す卓上スタンドが乗った机に向かう男の後姿。彼の指は重いキーボードの上をそれでも器用に動き回り、タイプライターからはハンドルの操作と共に文字列が吐き出される。「カタ、カタ、カタ……」という乾いた音が部屋には充満している。
 こういったイメージと共に僕の自己活字欲はどんどんと高まっていった。

 現在、ワープロとコンピュータの普及により自分の活字はほぼ生活の一部となっている。生まれた時からそういう環境にある人の割合もかなりの数字だろう。
 僕自身もキーボードを叩き、それが活字になる喜びを今でも持ち続けている。たとえそれが誰に読まれることがなくとも、プリンターから吐き出された文字列を見ているだけで相変わらず嬉しくなってしまう。ただの自己満足といえるかもしれないが。
 しかし、時を経るに従いその喜びと平行し、「何かが違う」、という感覚にとらわれ始めた。
 e-mailのような短文ではそれほどは感じないのだが、ある程度の文字量を持った文章になると、そういった違和感に包まれてしまう。
 誰の文章にも独自のリズム、スピード、流れ、しなやかさ、そして全体像などといった特徴、個性が存在する。僕自身に関して言えば、キーボードを通し次々と画面に現われてくる文字列に「自分のものではない」といった感覚を頻繁に持ってしまうし、手書きで書いたものと、直接入力したものを読み比べてみるとそれはやはり別種のものに仕上がっていることが多い。魂とでも言うのだろうか、そういったものの欠如を感じてしまう。

 僕の稚拙なキーボード操作にも一因はあるのだろうが、これはやはり生まれた時にペン感覚でキーボードを触ったか否かによるところが大きいと思う。僕の場合はやはり、脳で考えた事を一度頭の中で文字列に置き換えてからでないとキーボードを叩くことが出来ない。その一瞬で魂が失われてしまうのだろう。一方、ノートに鉛筆で書く時には、文字が脳に直結しているのを感じる。考えるのと同時にそれは文字となって現われそこに定着する。何のフィルターも通さずに目の前に現われてくれる。

 僕にとって<書くこと>というのはやはりその文字面どおり書くことに尽きる。脳と十本の指が直結することはこれから将来も起こることはないだろう。鉛筆がすべるように埋めていったノートの中にしか本当の自分自身を見出すことはできない。いくらブラインドタッチが完璧になっても、そこから生まれたものは別個のものでしかない。
 僕にとってキーボードとは単なる一事務機器、優秀な校正機器であるに過ぎないようだ。

 活字になった瞬間に文字達は命を失ってしまうのかもしれない。

 やはり僕は完璧主義者ではないようだ、それとも別の意味で完璧主義者なのだろうか?
 さて、血液型は一体何型なのだろう?
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by seikiny1 | 2004-12-27 09:05 | 思うこと
Last Minutes Shoppers
 昨日(12月24日:クリスマス・イヴ)地下鉄内でクリスマスツリーを抱え家路をたどる人達を数名見かけた。デパートやスーパーマーケットの周りでは、大きな荷物を抱えた人達がタクシーを探している。ここにも僕の同胞達がいる。

 ギリギリになるまで何かをすることが出来ない。俗に「ケツに火がつくまで」、というやつだ。時間がふんだんにあってもどうしてもそうなってしまう。別に意識しているわけではないのだが、ほとんどの物事がそういう風に流れていってしまう。そうして、不思議とこれまでの間、それらは<それなりに>なんとかなってきた。無意識のうちに自分をそこに立たせることによって、なにか力のようなものでも発生するのだろうか?
 もちろんちゃんと予定を立て、着実に準備をこなしていればそうあたふたとすることもないかもしれない。<もし>という選択が許されるのであれば、それを見てみたいとも思う。用意周到に物事をこなしてきた場合と、ギリギリまで追い込んで(追い込まれて)出した結果の間にどういう差が生まれるか?一体何が変わってくるのだろう?それは全く同じ結果であるかもしれないし、別の顔を持っているかもしれない。そしてどちらにも到達感はある。

 来年もまた僕は手帳を買うのだろうか?
 手帳は僕にとって憧れのひとつ、そしてこれからもその座を「譲ることはないのでは」、という予感もある。心の内のどこかで頑なにそこを動く事を拒んでいるかのように、常に憧れであり続ける。
 予定を書き込み、これからの展望を考える。
 成し遂げた事を書き込み、たまにページを繰り過去を振り返ってみる。
 住所録に連絡先を書き込み、電話をかけたりハガキを書いてみたりする。
 <出来る男の必需品>と呼ぶ人さえいる。
 そんな事柄に憧れているのだろうか、毎年新年には手帳を買い、とりあえず分かっている予定いくつかと家族、友人の電話番号を書き込むところまでなんとかこぎつけるのだが。
 日を重ねるに従いページが段々と文字で埋まり、年末にはその一冊が文字だらけになる。その充足感とは一体どのようなものなのだろう?想像するだけでこちらまで満ち足りた気持ちになってくる。多分、これも僕がそこで終わってしまう原因のひとつかもしれない。

 どんな人にも転機のようなものが訪れることがあるらしい。
 先日会った友達が耳を疑うような言葉を口にした。今年の彼はニューヨークで、誰もが疑うことのないような大仕事を成し遂げた。ただ、それは当の本人にとってはやはりひとつのステップに過ぎないし、そういう彼の仕事に対するスタンスがこプラスとなってきたとも思う。<肩に力を入れない>という点でお互い共感し、無言のうちに共鳴するものがあった。「相変わらず飄々と現れるだろう」と思っていた僕が目にした彼の表情は心なしか焦燥と疲労の色を浮かべていた。
 開口一番の言葉は、「いやー、今回もギリギリになるまで動かないとわかっちゃいたけど、やっぱりそうだったよ」
 彼は続けた「でもね、今回の仕事で多くの人に一所懸命、しかも手際よくやる事の価値を教えてもらったようにも思う」
 あの彼にこう迄思わせたものは何だろう?
 それは、どうやら周りの人の発する形なき力、そして情熱のようなものであったらしい。価値観を変える一瞬とは誰にも訪れるものなのかもしれない。見逃してしまうことがほとんどだろうが。

 これまでの彼と、少しだけ新しくなった彼が融け合うことでどんなものが出来上がっていくのかがとても楽しみだ。そして、自分自身も少しだけ目を見開いて前を通り過ぎていく何かに手を触れてみようかという気持ちにもなってきた。

 多忙な彼だが手帳は一応持っている。余白だらけの手帳。来年、彼の手帳にはたくさんの文字が並ぶのだろうか?それはそれでおもしろそうだ。

 僕はしょうこりもなく一月二日には半額になった革表紙の手帳を求めて本屋へ行くことだろう。
 いつになったら、来年の手帳を買う僕が生まれてくるのだろう?
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by seikiny1 | 2004-12-26 08:07
ルィ・ヴィトンの鞄
 さて、この年末にどれだけルィ・ヴィトンのバッグが売れたのだろう?
 一年間一生懸命に頑張った自分へのごほうびとして。そして愛するガールフレンドのために。

 先日、ある人から「なぜエキサイト・ブログを使っているのですか?」、との質問を受けた。ここでは、「なぜブログを始めたか?」、という理由は置いておき、「なぜ数あるサーバの中からエキサイトなのか?」、ということを自問してみた。コンピュータにはさして明るくない僕でも、日を重ねるにしたがい「エキサイトは使いにくい」という思いが募ってきている。僕に発せられた質問の背後には「どうして、よりによってエキサイトなの?」という言葉が秘められていたのかも知れない。
 理由は海外にいるあまり知識のないユーザーということに尽きる。

 インターネットの普及で海外にいてもある程度の情報は手に入る。ただ、そこから先へ行けるのは当人の知識と、貪欲さによる。これらを持っていなければ深いところまではなかなかたどり着くことはできない。そこそこ、というところで満足してしまう。しかし知識と貪欲さがあれば情報量は飛躍的に上昇する。
 アメリカへ帰って来てすぐに日本の知人から聞いたブログなるものを試そうと思った。彼から聞いたサーバー二社をのぞいて見る。しかし、今ひとつピンと来るものがない。ためらわずにyahooへ飛んだ。どうやらブログはやっていないらしい。MSNはあまり使わない。そこで以前、無料メールのアカウントを持っていたエキサイトへ行ってみた。ろくに調べもせず、まぁ調べても知識の持ち合わせが少ないので詮無い事であっただろうが、ここに決めた。

 やはりメジャーというものはとてつもない力を持っていると思う。気づかないところで自分の回路の中にそれは組み込まれている。そして、あちらもそういう人が多くいる事を知ってか、広く門扉を広げて待っている。「あそこの玄関先までたどり着けば何とかなるかもしれない」、という飢えた旅人達をやさしく迎え入れてくれる。これはメジャーになるためにはまず飛び越えて進まなければならないハードルのひとつなのだろう。
 確かにそこの海は広くて、凪いでいるように見えるかもしれない。しかし、海面下ではいくつもの故意、偶然などという名の海草が足を絡めとろうと待っているかもしれない。水の中で目を開けることができないならば泳がぬに越したことはない。凪と嵐は背中合わせなのだから。やらなければならないのは、その凪いだ海で知識や知恵といった泳ぎ方、そして体力を身につけることだろう。

 メジャーを思考するものは多い。
 その一方でマイナーにこだわる人もまたいる。メジャーの拘束では出来ない事を追い求めて。メジャーの静かで危険な海にとどまることなく、波が高く深海を持つマイナーの小さな海へ身を投じてみよう。そこにも危険はあるかもしれないが、また別の何かを発見することが出来るかもしれない。その中で泳いでいるだけではわからないメジャーの海の違った面を発見することが出来るかもしれない。

 今日、ニューヨークのJFケネディー空港へ行った。クリスマスイヴとあって、年末へ向けての長い休暇にどこかへ出かけるのだろう、地下鉄から空港内を走る電車への乗換駅の混雑振りは尋常ではなかった。人々は数台の乗車カード自動販売機の前に長蛇の列をなしていた。「これだけの人数をさばくのに一体何十分かかるのだろう?」。不安になりながらも列の最後尾につく。
 数メートル離れた場所で、「五ドル(乗換駅から空港までの運賃)のカードはここにあるよー!」、と大声で叫んでいる男がいる。だが、警戒しているのだろうか人々は寄り付かない。しばらくして彼はエプロンを着込んだ、その直後に人の波が彼を包んだ。彼の着たエプロンには交通局職員でなければ手に入れることが出来ない「MetroCard」のロゴが大書されていた。彼は中近東系の男だった。

 人々はメジャーというものの後ろにある<安心>を選び、買うのだろう。

 長い歴史のあるルィ・ヴィトン社のバッグ。実用的であり、その作りもしっかりとしている。そこで<安心>を手に入れたらしっかりとディテールや、会社の方針にも眼を開いてみてはどうだろうか?そして、次のクリスマスにはマイナーな海の中から自分への、彼女へのプレゼントを選んでみては。
 安心の向こうには冒険という道もまた続いているはずだ。
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by seikiny1 | 2004-12-25 09:49
のし紙
「あなたが今年贈った物で、本当に心を込めたものはいくつありますか?」
「あなたが今年贈られた物の中で、相手の顔が見えたものがいくつありましたか?」

 お歳暮、お中元、クリスマス・プレゼント、バレンタイン・デーやホワイト・デーのギフト、誕生日祝い、結婚祝い、お香典、出生祝い、新築祝いなどなど。一体どれくらいの贈り物が存在するのだろう?そしていつまで増え続けていくのだろう?この内のどれくらいが儀礼的または慣習的なものなのだろう?
 全ての贈り物の発祥はやはり人の心から出たものだと思う。それが時を経るに従い自然と慣習化していってしまう。自分だけがやらなければ安心できない人もいれば、世間体を気にする人もいることだろう。そして慣習化してしまったそれに心を込めないのだから、当然見いだすことも出来ない。これが悪循環していき、人の目はただ、ただ物だけを見てしまう。これはもう贈り物とはいえないだろう。

 <贈る>という行為はとても難しい。贈る方も、贈られる方も。それはひとつの文化でありその人を表現する手段とも言える。
 贈る、ということから少しはみ出してしまうかもしれないがこういう人がいた。その人が受け取る給料袋は使い古しの封筒。会社に来た請求書類が入っていた封筒に給料を入れてホッチキスで封をして従業員に渡す。最初は信じられなかったが、毎回給料は使い古しの封筒だった。その会社は従業員がなかなかいつかず、商売も思わしくない。社長本人は頭をひねりながらも景気や、その地域の購買力などの問題にしていたらしいが、いやいやそんなことではない。そういう人の心や気持ちというのはあらゆるところに出てしまうので、わかる人にはわかる。それが商売に影響していると思うのだが。これは、贈るという事をあまりにも粗末にした結果の好例だろう。この給料袋を渡された従業員の心中は、袋の中身ではなく贈った人の心中を見ていたことだろう。
 それでは、贈り物は無個性がいいかというとそうでもない。個性のないそれはただ物としてその人の中を通過していくだけ。贈った人に対してではなく、贈られた品物に「ありがとう」を言う。もはや文化ではなく、社会悪と言えるかもしれない。これらの盛んな流通で贈り手、受け手それぞれの気持ちが麻痺してしまっている感がある。

 この時期アメリカでは一年で一番素晴らしいシーズンを迎え幸せな気分に浸ると同時に、頭を抱える人もさぞや多いことだろう。アメリカに限らず贈る方にとっても、家族や恋人へのプレゼントは嬉しいものだ。デパートなどへ行くと、たくさんの人がプレゼントを選んでいる。そういった人の顔を眺めているだけでこちらまで幸せな気分になってくる。
 アメリカはチップの国である。「ありがとう」をお金に換える。「おごちそうさま」を言う時にお金、髪を切ってもらってお金、タクシーに乗せてもらってお金……。と、ありがとうの気持ちはお金が伝えるというのがこの国の考え方のようだ。当然、そのありがとうをあてにして生活している人もたくさんいる。クリスマス前になると、アパートに住む人達はドアマンや、管理人に数十ドル、数百ドルの単位の現金のプレゼントをする(しなければならない)。また受け取る人もそれらを当然のこととしている。高級アパートのドアマンになれば、この時期数千ドルが臨時収入として懐に入るのも珍しいことではないという。これまた慣習化した贈答であることは間違いない。確かに、金や物にしなければ伝わらない気持ちというのはある。ただ一事が万事そうであるはずはないし、それはあまりにも寂しいことだ。

 子供のころ友達の誕生会があちこちで開かれていた。そして、それを開く方も行く方もそこにプレゼントがある事を当然と思い何の疑いも持っていなかった。あんな昔から、子供社会にすらこういった慣習があった。しかし、ただ一人だけいつも手ぶらで来る友達がいた。いつも「おめでとう!」と元気よく言って現れる。子供心にも「こいつはスゴイ!」と思ったものだ。プレゼントを渡すなんかよりも数倍の自己表現が出来ている。

 数々の物を贈り、贈られて僕たちは同時にひとつの自己表現法を放棄してしまっているのかもしれない。心から「ありがとう」、「よかったね」そんな気持ちを叫ぶことが出来なくなりつつある。
 
 贈り物は本当に気持ちを込められる物だけでいい。それが出来なければ贈る資格はないし、その行為に価値はない。
 贈られる物に相手の顔が見えない物はいらない。顔が見えなければただ困惑してしまうだけ。
 大変なことだろうが、失くしつつあるものを取り戻す努力をしていきたい。
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by seikiny1 | 2004-12-24 09:30
コタツ
 最近とんと聞かなくなったニュースのひとつに「○○県で一酸化炭素中毒により死亡」、というのがある。昔の暖房用燃料の大部分は炭、石油であり、コタツや火鉢そして石油ストーブが主な暖房器具だった。冬場の部屋の換気にはことさら気を使ったものだ。
 高性能、高燃費の暖房器具が発明され、普及し、それに伴い一酸化炭素中毒で亡くなる人もかなり減ったようだ。文明の進化とはありがたいものだ。が、その一方で新たな死因があちこちで出てくるのもまた事実。文明とはまさに両刃の刃。

 コタツのある風景というものに長い間接していない。ニューヨークに住む日本人の中にはコタツを持っている人もいるが、その数は少ない。手に入りにくいのが最大の理由だろうが、アメリカでは全館・全室暖房がそのほとんどでコタツの必要性を感じる人は少ないだろう。
 「ニューヨークに来てまでコタツ!?」、と思われる方もいるだろうがコタツに惹かれる人は多い。ここに来てまでコタツを買う人達は、暖房器具としてではなくコタツがかもし出す空気を買うのだろう。
 コタツのある家庭の図を想像してみると、それはやはり暖かい家庭風景となってくる。コタツの上に乗ったかごの中にはみかんやおせんべいがあり、四辺には思い思いに人が座る。ある者は口を動かしながら新聞を読み、ある者はテレビに釘付け。ある者は編み物に熱中し、ある者は横になって眠っている。布団の中では足がぶつかり合いながらもそれぞれの場所を確保し、はしっこには生乾きの洗濯物が。たまに子供が転がっていたりもする。
 コタツとはてんでばらばらな家族がひとつの何かを共有できる場であるのかもしれない。
 僕が中学生になった頃、サイズこそ小さいものの自分専用のコタツを持つ友達が出てきた。どんなに小さくてもそれはコタツだった。僕は彼らがとてもうらやましく、自分用のコタツが欲しくて、欲しくてたまらなかった。その夢がかなった時、僕は十九歳になっていた。
 ここまでコタツに執着心があるのは僕だけだろうか?結構、多くの人が自分用のコタツに憧れた時期を持っているはずだ。
 コタツ欲には独立欲や家を買いたいという気持ち、そして家庭に対する思いに通じるものがあるのではないだろうか?そう考えてみれば、家族がなんとなく集ってしまうコタツの意味、魅力、そしてそこから新たに生まれるコタツ欲というのもわかってくる。日本の家庭にコタツを取り戻せば、頻発している悲しい社会問題も少しは減るかもしれない。

 当然な話だが、アメリカの家庭にコタツはない。
 「それに替わる物は?」、と考えてみるとやはり答はBBQセットだろう。<自宅の庭でBBQをする>。これは我々が思う以上に、アメリカ人にとってはかなり特別なことである。それはひとつの夢であり、また理想とする家庭像でもある。
 少し前の話になるが、家を買った友人がいた。引越しの当日、新居に運び込まれた荷物には全く手を触れずに、彼はデパートへと走った。BBQセットを買うために。その夜、奥さんと二人きりのBBQパーティーを開いたという。ニューヨークの二月だった。
 アメリカ人にとってBBQというのは単なる食事にとどまらない。そこはひとつのコミュニケーションの場であり、それを取り仕切るのはもっぱら男の役目。それには独立したという自覚と、自信、満足、そして大切な家庭の環というものが伴うようだ。夏になれば毎週末のようにBBQをやる家庭も決して珍しくはない。

 不幸なことに僕はこの世界でたった二つの国しか知らない。
 コタツとBBQの国。そこに共通しているものは何か?
 それは<火>。人類最大の発明であるとも言われる。想像の域を出ないが、この地球上のあちこちで火を囲んだコミュニケーションが行われているのではないだろうか?それは肌の色、言葉、風土、文化などに関わらず人間の本能から出てくるもののはずだ。日が落ちて暗くなったあと、地球のあちこちで人々が火を囲む姿が目に浮かんでくる。
 不思議なことなのだが、キャンプなどで焚き火をするとどこからともなく人が集まってくる。自然と火を中心にして語り、食べ、飲み、そして知らない者同士が仲良くなる。
 火には目で見ることの出来る実用性だけではなく、とてつもない力があるようだ。

 戦争の火ではなく、平和な火が灯り続けるように。

 あぁ、久しぶりにコタツで居眠りをしてみたい。
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by seikiny1 | 2004-12-23 09:20
和洋
 今回はあまりきれいな話とはいえません。もしお食事中でしたらご勘弁下さい。

 あなたの家のトイレは洋式ですか、それとも和式ですか?
 物心ついた時に家のトイレは洋式でしたか?
 現在の日本家庭に於ける洋式トイレの普及率はかなり高いと思う。平均的な家庭に育った僕の家に洋式トイレがやってきたのは一九七五年前後だったと記憶する。多分このあたりが和式から洋式に移行するピークだったのかもしれない。そして奇妙なことに、これは日本の高度成長期の終焉の時期と一致する。人々はなにを求めて洋式に乗り換えたのか?そして物心ついた時から洋式トイレが身近に存在する場合、それはどんな影響を及ぼしていくのだろうか?
 僕自身を振り返ってみれば、トイレが洋式に変わった頃から自分の中の緊張感のようなものが少しずつなくなっていったように思う。そうしてそれは現在まで続いている。

 便所、トイレ、厠、御不浄、W.C.、はばかり、お手洗い、化粧室……。
 思いつくだけでも日本にはトイレに対する様々な呼び名が存在する。その中で日本人のトイレに対する距離感を最もよく現わしていると思うのが<御不浄>。「きよくはない」がそこに尊敬の念がこもっている。単に排泄を行う(不潔な)場所としてだけではなく、生活の中で何か別格の存在であるという意識の現われなのだろうか。そういう場で和式トイレにまたがるという行為は、知らず知らずのうちに毎日の生活に組み込まれた数少ない真剣勝負であったのかもしれない。

 一方、洋式トイレの長所は、まずリラックスできること。そして身体に障害を持つ人やお年寄りにもやさしく手を差し伸べているところだろう。また、映画のシーンなどに使われても画になる。和式だとそういうわけにはいかない。まさに生活に融け込んだ、あまり距離感のない存在ということだろう。
 洋式トイレに腰をおろしていると物思いにふけり、景色を眺め、本を読み、などなど心身ともにリラックスしているのを感じる。実際、僕に関して言えば様々なアイデアはトイレで浮かぶことが多い。それだけリラックスできている証拠だろう。ただ、学生時代に足を怪我した際、学校のトイレで「どうやってカタをつけるか?」と創意工夫する事を学び、「絶対にやり遂げる」という根性を身につけ、<痛みと排泄>を天びんにかけてそこから優先順位の存在を学んだようにも思う。そういう面では、洋式トイレは過保護なのかもしれない。

 いつもこんな事を考えているわけではない。ただ、今回の帰国では公共の場のトイレを使わせてもらうこと多く、そこには和式トイレがいまだに存在しているのを見てある種の安堵感を抱いていた。腰を下ろしたり、しゃがみこんだりしながら壁の一点を見つめ考えていたこともある。
 何よりの発見は和式と洋式の共存だった。それは多分衛生上の理由によるところが大きいのだろう。洋式一色に染まることなく、その場その場に応じて上手に使い分けることは大切なことであり、それは日本人の長所であるとも思う。この先、割合に変化こそ出てくるかもしれないが和式トイレが絶滅することはないだろう。同時に日本のトイレはきれいであり続けるとも思う。日本の公共の場にあるトイレがアメリカと比して格段に清潔なのは、管理する側の心配りもあるだろうが、それにも増して使う側のトイレに対する意識が違うからではないのだろうか。
 和式トイレがなくなり、公共の場のトイレが汚くなった時、日本人は日本人でなくなってしまうのかもしれない。

 自分自身の中に和式トイレ(真剣勝負)を持ち続けることにしよう。
 僕にとってこの毎日コラムは和式トイレなのかもしれない。一日に一度、真面目に物事に接し、考えてみる、ということでは。



 国会議事堂と議員宿舎のトイレを全て和式にしてしまえば、この国の政治も少しはましになるかもしれない。
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by seikiny1 | 2004-12-22 09:03 | 日本
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