ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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カテゴリ:日ごろのこと( 127 )
2ページ目
 ということで、更新は遅くなってしまいましたがここからは前回書いたものの直後に丁寧な文字で同じ内容を書いたものです。とりあえずスタートをする時点では。
 御笑納ください。





 昨日までとはノートこそ違え、丁寧な文字で先ほどと同じテーマを書いてみる。
 そういえば丁寧に文字を書こうとすると、背筋が伸び、組んでいた足が地に戻るのはなぜだろう?それに失敗できないという緊張感も伴う。
 高速でで頭と手元を同期させながら書き進めていくのは気持ちがいい。しかし、ゆっくり書くことにはまた別の楽しみがあることに一月ほど経った頃に気付いた。
 それは、
「どうやらこちらの場合は指先の動きが頭の働きを司る」のではないかということ。書きながらまったく予想をしていなかった展開が始まり、当初書こうと思っていたことについてほとんど書いていないことに途中で気付くがもう遅い。そんなことがほとんどだった。
 対して走っている時には「これを」と思ったものにとりあえず突き進む。思いがけない展開になることはこちらでも同じなのだけれど、やはりどこかに目的地がちらついている。結果として、たどり着くことができなかったとしても。

 ここまでが1ページ。
 今、パッと俯瞰してみると昨日までのものよりも質が落ちている。十分に読むことはできるけれど字の丁寧度が落ちている。それは心の緩みの露われか?たしかに(失敗したっていい……)、(人に見せるわけじゃないから……)なめてかかっているところがある。スピードこそ計ってはいないけれど、昨日までの倍程度のスピードかもしれない。ということは、頭と手の関係は走り書きと丁寧の中間あたりか。ちなみに、普段なら確実に片仮名か平仮名で飛ばしてしまっている俯瞰という文字は辞書を引いた。こうやってたまには丁寧に書くようにすれば、また少し漢字を取り戻せるはずだ。

 文字の質のことを考えていたら、いつの間にやら足を組んでいた。

 高速、中速、低速。
 それぞれに別の自分が棲んでいる。
 今、こうして書いているものを5分ほど前に高速で書き始めていたら、今頃はどこにいるのだろう?また、そこから違った自分が生まれていたに違いない。
「あのとき、もし〇×であったならば……」
 小さな意味で歴史のタブー。歴史の面白さにぶつかってしまった。
 書き終わりにもまた別の充足感がある。
 車の場合はスピードと視界が反比例をしていくけれど、ノートの場合は視点や視覚が変わっていく。
 そう、昨日までのものは人に見せることが前提としてのものだったから、見えてくるものもまた違った。
 これからも、スタート地点だけを同じくしてスピードを違えたたびを時々やってみようと思う。

 5年前に乗った九州新幹線。
 車窓に映る風景のほとんどはトンネルの闇。それにしても電車の窓は映画のスクリーンに似ている。
 鼻毛を抜く男、爆睡をする女、夫婦喧嘩をする老人……NYの地下鉄スクリーンは様々なものを上映してくれるが、日本の地下鉄スクリーンは退屈な風景画みたいだった。その絵しか持たないよさもあるのだけれど。
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by seikiny1 | 2009-07-22 01:17 | 日ごろのこと
足かけ
 4ヶ月だった。
 週に3、4日。平均して6ページほどを埋めていく。綺麗に書くことはできないので丁寧な文字で。
 昨日までほどある程度の分量を持つ文字を丁寧かつ、継続的に書いたことはない。2番目に続いたのは、小学時代の夏休みに記した日記。とは言っても、毎年8月の終わり頃にまとめて書いていたのだから、今回が初めての経験になる。
 文字を覚えて42年目の初体験。

 手帳サイズのノートを使ったので小さな文字を書かねばならず、1日分を終えるのに1時間ほどがかかる。
 今、こうやって書いているのは大判のノートに、大きく乱雑な文字。同じ分量の文字を書くのに要する時間は、昨日までのものの2、3割程度だろう。その上、昨日までは難しい文字に突き当たると辞書を引いていた。
 今日、すんなりと丁寧という文字を丁寧ではない文字で書くことができたのも、しばらく辞書を引きながら書いていたことの賜物だ。

 僕の思考速度には乱雑で大きな文字の方が合っている。ペン先が頭の回転ととほぼ同期をしながら進んでいく。ほんの少しだけ違うから、時々微調整をしてやらなければならないけれど、そんな手間も昔乗っていたバイクのキャブレターを調整するようで楽しいこと。
 これが丁寧で小さな文字になってしまうと……。
 ペン先と頭の関係がギクシャクしてしまって、とんでもない所になんの脈略もない文字が登場をしたりすることもしばしば。消しゴムを使うことはできず、修正液も使いたくはないので、小さなノートのあちこちは×点や、グシャグシャ・マークで、まるで虫に食われたかのようになっている。プラス、なんとか誤魔化し得たそこだけ肉厚の文字。
 しかし、たった一回限りの勝負。ぶっつけ本番というのは、とても気持ちのいい緊張感に包まれていて、これは癖になりそうだ。勝負と書いたのは、昨日までのノートは人に読んでもらう事を前提としていたから。
 また、頭の働きというのは指の動きの影響を受けるのかもしれない。丁寧な文字を書きながら、
「あ、ここんとこ、いつもの調子で書いていたら絶対にこんな風にはならなかったな」という箇所によく遭遇していた。

 昨日迄で、ひとつの目標に到達したわけだけれど、これからも丁寧に書くというアソビを細々と続けてみようと思う。

 最後に車を運転してから、早いもので13年が経つ。
「早く目的地に到達すること」だけを考えていたあの頃。
 今、また、ドライバーズ・シートに身を埋めたらどんなアクセルの踏み方をするのだろう?
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by seikiny1 | 2009-07-16 01:24 | 日ごろのこと
地球を食らう
 パセリなんて食べる奴の気がしれなかった。
 お子様ランチ、ハンバーグの横にはいつだってパセリ。そっとだが必ず付いてきていた。子供の頃は彩りという言葉は知らず、そんな感覚・感性も持ち合わせがなかったので、
「こんな食えないものつけるなよー」といつも思っていたものだ。
「あ、パセリ!俺、大好きなんだっ!」と、たまにパクリとやっている同級生もいたけれど、本当に好きだったのかどうかは怪しい。もちろん当時は畏敬の眼差しを送っていたのだが。

 いつの間にか食べることができるようになっていた。
 そのうち「好んで」食べるようになる。
 人の好き嫌いとは実に不思議なもので、子供の頃嫌いだったものが大人になって好物になっていることも珍しくはない。日本へ帰り、しいたけを食べながら顔を上げると、母や姉が異人か珍獣でも見るような顔つきをしていたことがあった。

 料理を作るのは好きな部類にはいり、好んで食べるものは吟味の末買い物かごに放り込まれることになる。
 一本単位で売ってくれれば助かるのだけれど、パセリはいつも束でしか売られていない。少なくとも僕が買い物をする店々では。別におひたしを作るわけではなく、単に味のアクセントとして好きだから買うのだから一度に使う量なんてたかが知れていて、冷蔵庫の片隅にはいつもしおれた、時には葉が粘度を帯びたパセリが貼りついていたりする。
「冷凍して砕くといいよー」と知り合いから聞き、やってみたのだが常温に戻った時のフニャリとした姿が痛々しくてあまり好きになれない。
 今やっているのは、これも人から教えてもらった方法で、葉っぱにビニール袋をかけて冷蔵庫内での水栽培。これだと3週間はシャキシャキのものを食べることができるので、最近はもっぱらこの方法に頼っている。
「ネギは植木鉢に植えとくといいよ」と教えてくれる人もいるのだけれど、なんだか育ててしまいそうなのでいやだ。まあ、ネギの場合は大好物だから消費に供給が追いつかないことの方が多いので心配する必要はない。

 どうしてこんなことを感じたのだろう?
 まだまだ本番は遠いようだけれど、それでもここ数週間は比較的暖かくなってきて外で弁当を食べている。今日のメニューは四番打者。トマト味のパスタ。ツルツル、モグモグと食べ終わり、弁当箱を片付けながらテーブルの上に一片のパセリの葉を見つける。煙草に火をつけ、最初の煙で銀色のテーブルから緑を吹き飛ばしながら、
「あー、大地を食ったな」
と変な満足感に包まれ「ゴチソウサマ」と呟いていた。

 ネギ、ほうれん草、大根、キャベツなどを食ってもこんなことを感じることはめったにない。それなのに小さな、小さなパセリの葉は大地を思い起こさせてくれた。

 それにしても未だに好き嫌いの多い僕でした。
 子供の頃の言いわけはいつも
「〇×がかわいそー」
 (〇×には牛さん、お魚さん、豚さん、鯨さんなどが随時入っていました)

 大地はうまい。
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by seikiny1 | 2009-06-24 07:39 | 日ごろのこと
ゲンかつぎ
 どうしてもゲンをかついでしまう。だから占いは信じない。
 正確に言うと知ることが怖い。縛られてしまうから。

「四というのは、死ではなく幸せの<し>だよ」と言われてから、やっと自分の誕生月が気にならなくなったのはつい3年程前のこと。
 
 もう寒くはなることはないでしょう。やっと本物の春が来たようです。
 町中は日に日にほころぶ花が増え、新緑が枝を埋めていくのがわかる。黒人の表情は、まだまだ寒い頃から明るくなった、とよく言われ続けているし僕もそう思う。

 黒人には恩もあれば恨みもある。
 白人には恩もあれば恨みもある。
 日本人を含む東洋人に対しても、それは同じです。
 だから皆同じ。
 いい奴と悪い奴がいるだけで。
 
 春。
 一昨日までは固く閉じていた緑色をしたチューリップのつぼみが、たったの2日で朱に色づいていた。
 花は人の目を愉しませるために色鮮やかに、時には淡く開くものではないけれど、それでもやはり美しい。

 4という数字はクリアしたけれど、いまだに13を数える時は「12+1」と口の中で小さく言いながら通り過ぎてしまう。

 黒人の表情は明るく、花はきれいだ。
 それは人間の、傍観者のわがまま、勝手な解釈かもしれない。
 それでも、明るく、美しく思える人間であることを、環境にあることを僕は嬉しく、そして誇りに思う。

 きっと、いつかは13という数字を「いいさ」と語呂合わせをやりながら素通りすることのできる日がやって来る。

 花は美しく、黒人の表情は明るい。
 たとえ、それが自分自身を投影したものにすぎないとしても。

 春、一番好きな季節がやってきた。
 昨日、47回目の誕生日を迎えました。
「よ」し「な」に。
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by seikiny1 | 2009-04-14 07:55 | 日ごろのこと
禁じられた遊び
最初に、ギターを弾こうと思ったのは「禁じられた遊び」を完璧に弾いてみたかったから。
もちろん、その道の険しさに挫折。

「郵便配達は二度ベルを鳴らす」= Osessione
「愛と青春の旅立ち」= An officer and a gentleman
「The thing」= 遊星からの物体X

洋画に限らず邦題には面白いものが多い。
笑えるもの。
「さすが……」とうなりたくなるもの。
「なんだこりゃ?」と余計に混乱してしまうもの。

禁じられた遊びもその手かなと思い、ある日調べてみるとど真ん中の直球でかえってびっくりしてしまった。

自宅から小学校までは子供の足にはかなりの距離があり、入学してからしばらくの間は3~40分をかけてバスで通っていた。
給食袋、体育袋、上履き、帽子……。
車内に忘れ物をするたびに、時間を見計らって再度バスに乗り車庫へと受け取りに行く。

下敷き、赤白帽、宿題、ハンカチ……。
忘れ物をするたびに、廊下へ立たされる。
たまにバケツを持たされたり、場所が校長室の前になったり。
いま時こんなことをやる教師はPTAがたたじゃあおかないだろう。

昔から忘れ物が多い。
一見、落ち着いて見えるらしいのでよけいに始末が悪い。

長年の習い性や受験勉強のおかげで、忘れ物・物忘れはいけないことだと思い込んでいたところがある。

「禁じられた遊び」にこっている。
物忘れをするようにしている。
必要度の低いものはあえて覚えないように心がけている。
病気ではない。
うっかり忘れてしまうこともあるけれど、つとめて忘れるようにしている。
もちろん外部記憶装置へのバックアップまでは忘れないけれど。

限られた容量しかない脳みそを記憶という作業に浪費することなく、思考・処理だけに使うのは心地がいい。
はね上がるタコメーターの針を見ているような気分にさせられる時すらある。

もし何か忘れていたときは、その人、その時ごめんなさい。
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by seikiny1 | 2008-11-28 08:46 | 日ごろのこと
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「美」とはなんだろう?
通り過ぎていく一人の中年女性を見ながらそんなことを考える。
万人が認める美というものは存在しない。
若ければ、やせていれば、華やかであれば、整っていれば……。
それは「ひとつの」価値観に過ぎず、人の醜が別の人の美であったりする。
「美」に限らず価値とはそういうもの。



それにしても人間はなんにでも楽しみを見つけることができる。
「苦いっ!」、「腹がいっぱいになるから」と言う人のいるビールを今夜も頂きます。
「日本産でなきゃ……」と思いつつも、なかなか手に入らないので今夜は中国産のうなぎで土用丑の夕食をとることにします。
君の毒だって、僕には喜びであったりする。
あー、おもしろいなー。
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by seikiny1 | 2008-07-25 10:03 | 日ごろのこと
dreamers
「字がへたくそだなー」とつくづく思います。


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by seikiny1 | 2008-06-27 09:36 | 日ごろのこと
トートバッグ
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by seikiny1 | 2008-06-24 07:39 | 日ごろのこと
3枚目のピザ
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by seikiny1 | 2008-06-21 07:22 | 日ごろのこと
花と蝶
 雨模様の日々が終わってみたら、裏庭のチューリップも終わってしまっていた。Brooklyn Botanic Gardenのチューリップの美しさに気をとられているうちに散ってしまったような気がしてなんだか申し訳ない。
 この間まで、たくさんの黄色いタンポポが目を楽しませてくれていた庭には、白い綿帽子がぼんやりと突っ立っている。その間を飛び回るモンシロチョウを眺めながら、幼稚園の頃、父が「お母さんは夜の蝶」とからかっていたことを思い出していた。同窓会か何かで、少し遅くなった夜のことだったと思う。あの夜、父がなにを言っているのかはわからなかったけれど、<夜の蝶>という言葉は40年間、頭に張り付いたままで、蝶を見ると母のことを思い出してしまう。
 今では、それと似た、それ以下のくだらない冗談を言う自分がここにいて、赤の他人である、窓の下の2組の若い男女は庭の手入れに余念がない。Tシャツ姿で体を動かす彼らを見ているうちに、出かけたくなってしまった。
 この部屋の中にいると外の気温がつかみにくい。Tシャツ、太陽の光を手がかりに僕もTシャツで外へ出てみると案の定、暑いくらいの日差しだった。すれ違う女性が微笑みかける。だから春は好きなんだ。歩道で天を仰いでいる男がいる。スナップルを飲み干すところだ。夏の情景。
 見上げた空は夏の色をしており、入道雲の合間に飛行機が乾いた音を引きずりながら消えていく。公園の中は、裸で寝転ぶ人、フリスビー、キャッチボール、サッカーをする人。木陰で本を読む人、BBQをする人などなど。思い思いに日の光を愉しんでいる。来週は弁当でも詰めて、一日を過ごそうか。
 気づいてみると、うっすらと汗ばんでいた。帽子代わりに日本手ぬぐいを持ってくるとよかった。

 2時間ほどの散歩から帰ってみると、部屋は暑く感じられ、窓を開けて今年初めてのアイスコーヒーを飲む。裏窓の向こうでは、庭の手入れもあらかた終わったのか、白いプラスチックのチェアを洗っているところだ。
「???」
 男性がスプレーを使いなにかを吹き付けている。よく見てみるとブリーチだ。殺菌をしているのだろう。
 こんな光景に接すると、今の、アメリカ、ニューヨークの実情を見せつけられるようで、わけもなく哀しい気持ちになってしまう。きれいに掃除したあとは、ご褒美にBBQでも食べるのかな?

 モンシロチョウが飛んでいる。
 来週は母の日。明日は葉書を書こう。
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by seikiny1 | 2008-05-05 08:15 | 日ごろのこと
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