ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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カテゴリ:日ごろのこと( 127 )
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「いやー、ぼく、やろうろしたんだよね。
でもできなかったんだ。
何度も、何度もがんばってはみたんだよ。
でも、だめだった。
根が正直者だからさー、決められたことはやることにしてんだ。
いや、気がすまないと言ったほうが正確かな。
でも、いくらこちらにやる気があっても、そちらがこれではねー。
こいつに関しては、ぼくではなくそちらのせいだと思うんだけど君の意見はどうだろう?
少なくともぼくの方に落ち度はないよね。
だってやろうしたんだもん。
そのことは、実際にこいつを見ればわかるだろう。
神様だってできはしないってことさ。
神様にできないことがこのぼくにできるはずはないからねー。
神様ができなかったことをいったい誰がとがめだてするというんだい?
そんなことできっこないよね。
ところで冒涜という言葉のあることを君たちは知ってる?
ま、神様をバカにしちゃいけないってことなんだけど。
そういえば、さっき行った図書館で向かいに座っていたおばさんなんだけどね。
大声で言うひとりごとってひとりごとになるのかな?
それにね「ガーオッ」って轟音を立て、続けさまに痰を吐くんでまいっちゃったよ。
ま、季節柄しょうがないかもしれないんだけど。
30分ほどで席を立ったんだけどね、テーブルの上に大きな本を残していきやがるんだ。
笑っちゃうのがその本のタイトルさ。
「Dictionary of the Bible」ってんだから恐れ入っちまう。
神ってのはその程度の存在になっちまってるのかもね。
でも、神様ができないことを怒ったりするのにはあんまり感心しないなー。
だって、ちょっと考えてみてごらんよ。
ぼくはひとつも悪いことなんてやっちゃいないんだ。
どちらかというと、これは決め付けたくはないんだけどね、君たちのほうにやる気というものが欠如してんじゃないのかな。
あ、怒んないでよ、たのむから。
決して悪気があるわけじゃないんだ、ただ、事実を公正に考えてみただけさ。
だってそうだろ、やる気満々だったらこんなこと起こりっこないはずなんだ。
ほんと、200回くらいはやってみたと思うんだ、でもだめだった。
しょうがないだろ、これじゃ。
ぼくだっていろいろと考えては見たさ、でもね、ほかに選択の余地がないんだから仕方なくってってわけさ。
背に腹はかえられないからね。
だって、ぼく、もう行かなきゃいけないんだよ。しようがないんだよ。そこのところも十分にくみしてほしいね。ぼくの時間をむだにしてしまったってことをさ。
あ、ちょっと待ってよ。
鼻先で笑ってそんなころやろうとすんだ。
あ、そうそう、言うの忘れてたけど実はさっき動画でこいつがだめな役立たずであるってことを撮ったんだ。
紐のないスニーカーのほうがまだ使えるってことをね。
これって証拠になるって思わないかい?
少なくともぼくのやる気だけは証明してくれるはずだよね。
ぼくのやる気の首根っこを押さえつけたやつが誰かってことをさ。
だから、目先の数字なんてのに惑わされないほうがいいと思うんだ。
これは君のためを思って進言してるんだぜ。
きっとお互い後味だって悪いしさ。
うんほんとうだよ。ぼくはやろうとしたのさ」




 パーキング・メーターにかぶせられたブラウンバッグは実に多弁だ。
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by seikiny1 | 2009-10-10 03:23 | 日ごろのこと
赤鉛筆
僕はこれでなかなかユーモアのセンスがあるんだ。ところがルーシーにはないんだなあ。





ぼくはあいつのことなら、なんだってわかるんだ。本当にどんなことだってわかるのさ。






いや、たまげたね。






そこでぼくはいってやった。遠慮なくいってやったね。






どうも認めざるをえないよ。






リフレインのところを八十五回はやったと思うね。つまり弾きづめに弾いてたってことさ。ルーシーはなんだか、ぼくから十マイルもはなれたところで踊ってるみたいだった。






百万べんも頼んでみた。






どうもあかんぼって、眠っていてもなにか考えてるものらしいね。利口なもんだよ。馬鹿やなんかじゃないね。ぼくはあかんぼの足をつかんで、しばらく手に握っていた。ぼくは子供の足が好きなんだ。べつに意味はないさ。






そこで馬鹿なことをしたもんさ。ぼくは長いこと会わなかった兄弟にでもするように背中をたたいたものさ。






サムがそこにいるような気になった。まったく、どうかしてたんだなあ。






それにしてもぼくときたら、なんともしようのないことをやらかしたもんだ。まさかと思うだろうがね。






おかしな言いかただよね。ルーシーって、ずいぶんおかしなことをいう奴なんだ。へんな子だよ。ぼくがあいつのこと、すっかりわかってるんで助かるのさ。まあね。







ぼくはかまわないね。ほんとうにかまわないのさ。ぼくとしちゃあ、毎晩、雷が鳴っても平気だね。








ジャニタってのはありきたりの女じゃないからな。ありきたりの女なんか女房にするもんじゃないよ。そんな女にはビールでも飲ましてやったらいいのさ。気どった足つきで踊ったりするのもいいだろう。でも女房には向かんな。道ばたでねずみの死んだのを見たらげんこつで殴ってくるような女を見つけるんだ。






ジャニタって女は、おれの見たどえらいことを話してやるたびに鳥肌がたつんだ。どえらい話を聞くたびに鳥肌の立たないような女は女房にするもんじゃないよ。






そういうハンサムな奴らときたら、髪がきちんと撫でつけられていないとか、さいきん女から便りがないとか、少しでも誰かに見られていないとかいう時には、はでなことはやらかそうとはしないものさ。






変な話だなあ。パークさんみたいなひとは、一生涯えらい人間で、―本当にえらい人間でありながら、せいぜい二十人か三十人くらいの男しか、そのことに気がついていないんだ。まして、そのことをパークさんに教えてやったような奴は一人だっていないだろう。女ときたら、なおさらさ。そこいらの女の一人や二人はいたかも知れんが、でも尻をふらないで歩くような女―まっすぐに歩くような女じゃ、わからないね。そういったような女―つまり、パークさんがほんとうに好きなタイプの女たちじゃ、パークさんのあの顔と、へんてこな声とで、もうあきらめちまうのさ。ひでえもんだよ。






パークさんは自分で死に方をえらんだのだ。






パークさんはたった一人で死んでいった。女の子にもだれにもことづてをするでもなかった。合衆国で盛大な葬式がおこなわれもしなかった。はでな野郎が消灯ラッパを吹いてやるでもなかった。
ジャニタにフランキーの手紙を読んでやって、それからおれの知ってることをもう一度、話してやったら、ジャニタのやつが泣き出した。それがパークさんのための唯一の葬式みたいなものだった。ジャニタってのは、ありきたりの女じゃない。ありきたりの女なんか女房にするなよ。パークさんみたいなひとのために泣ける女を見つけることだな。






(おれはこんなのがいいな。こんなに幸福だったことはないな。本を読んでるより、もっと楽しいや。フランシスと一緒のときより、ずっとましさ。こうしていると、おれはいつもの自分よりずっとましな人間になったような気がするよ。さあ、こい。ニュース映画で見たあの日本軍のこそこそした狙撃兵ども!撃つがいい。かまうもんか!)






弟のホールデンが行方不明になったんだ。






「ぼくはニューヨークの3番街と18丁目の角にある男子学生のクラブでよくあいつとぶつかったもんさ。大学生やプレップ・スクールの生徒たちの行くバーさ。クリスマスやイースターの休みに、あいつが家に帰ってるときには、ただあいつを探すだけの目的であそこへ出かけたもんさ。ぼくはよくバーの中を、ぼくのデートの相手をひっぱって、あいつを探して歩いたものさ。すると、たいてい、あいつずっと奥のほうに陣どっていたよ。バーの中で一番酔っ払って騒いでいた。ほかの少年たちはビールばかり飲んでいるというのに、あいつはスコッチなんか飲んでいた。『おまえ大丈夫かい?家へ帰りたくないのかい?金はあるのかい?』ってなあ。すると、あいつめ『いんや。いらねえよ。いらねえんだ、よ兄さん。そのべっぴんさんはだれかね?』なんていったもんさ。そこでぼくはあいつの傍をはなれるんだが、なんだか心配でね。よく以前に、夏の日なんか、あの馬鹿野郎が階段の下にじめじめした下着にはいったトランクを置きっぱなしにしてさ、、物干しにもかけてなかったのを思い出してね。ぼくがそのトランクを拾っといてやったものさ。だって、あいつときたら、あの年頃のぼくとそっくりなんだものな」







「二十」







ああここには、ボビー・ティマーズとテニスの試合をしたとき、ぼくがサーヴで決勝点をあげるのを見て、彼女がベーブ!と叫んだときの思い出があります。その声を聞くためには、それだけのサーヴをして見せなければならなかったのです。でもその声を聞いたとき、ぼくの胸は―ほら、透かして見えるでしょう?―どうかしちゃったのです。それ以来、もと通りになりません。






(彼女はぼくをみじめにする。ぼくに情けない思いをさせる。彼女はぼくを理解してくれない。―ほとんど、いつだってそうなんふだ。でも、時とすると、―時とすると、彼女は世のなかで一番すばらしい女性になるんだ。それは他のだれにも真似のできないことなんだ。ジャッキーはぼくをみじめになんか決してさせない。でもジャッキーはぼくに本当になにかを感じさせるということはないんだ。ジャッキーはぼくが手紙を出せば、その日のうちに返事をくれる。フランシスだと、二週間からふた月くらいもかかる。時によるとぜんぜん返事をくれない。くれたって、ぼくが読みたいと思うようなことは何も書いてないんだ。そのくせ、ぼくはフランシスの手紙は百ぺんも読むが、ジャッキーのは一度しか読まない。フランシスの手紙だと、封筒の筆跡を見ただけで―ばかばかしく気どった筆跡なんだけど―ぼくは世界で一番幸せなおとこになってしまう。






(君はまだ小さな少女さ。でも少年でも少女でも、いつまでも小さいままではいられないんだよ。―ぼくだってそうだったのさ。小さな少女だったものが、ある日とつぜん口紅をつけるようになる。小さな少年だったものが、ある日とつぜん髭をそり、タバコをふかすようになる。子供でいられる時間なんて短いものなんだよ。いまは君はまだ十歳で、雪のなかをぼくを迎えに駆けだしてきてくれる。スプリング通りをぼくといっしょに橇で滑ろうと思ってさ。大喜びでね。ところが明日はもう二十歳にもなって、どこかの男が君を連れ出そうと思って居間で待っている。ある日のこと、とつぜん君はポーターにチップをやったり、金のかかる洋服のことで気をもんだり、女ともだちと昼の約束をしたり、どうして自分にぴったりの男の子を見つけることができないのかと頭をなやましたりするようになる。それもこれも、みんなあたるまえのことさ。でもね、ぼくのいいたいのはね、マティー―もしぼくのいうことに意味があるとすればだね、マティー―こんなことさ。まあいってみればだね、君のもっている最上のものを生かしなさいってことなんだ。もし君がだれかに約束をしたら、みんなからいちばんりっぱな人の約束を得たと思われるようになりなさい。大学でもし間のぬけた子と同室になったら、その子が少しでも利口になれるようにしてやりなさい。君が劇場の外に立っていて、おばあさんがガムを売りにきたら、一ドル持っていたらその一ドルをあげなさい。―ただし、恩にきせたりしないことだよ。そこがたいせつなんだ。






(これがぼくの故郷だ)ベーブは思った。(この家でぼくは少年時代をすごした。いまはマティーが育ちつつある。お母さんがピアノを弾き、お父さんがいつもへたくそなゴルフをしていたのがここなんだ。フランシスが住んでいて、彼女なりにぼくに幸福をあたえてくれたのもこの土地だ。マティーがここで眠っている。敵がきて、家のドアをたたき、あの子の目をさましてこわがらせるということもない。でも、もしぼくが出かけて行って、小銃で敵を迎え撃たなければ、そんなことだった起こりかねない。だからぼくは行く。そして敵をやっつける。それから、また帰ってきたい。帰ってこれたらすばらしいだろう。そうしたら……)






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 本を開いて無性に腹が立ってしまった。

 繰り返し飛び込んでくるうちに少し興味が頭をもたげてくる。

 それでもやっぱり腹が立つ。

 古本屋で見つけた本であるなら、これも個性のうちでいろいろと空想をしながら読むこともできるが、これは図書館の本。いたるところで赤鉛筆で引かれた線が飛び出してくる。所蔵されているのは日本の図書館ではなく、Brooklyn Public Libraryの日本語セクション。こんな阿呆のせいでコレクションが細くならなければいいが……。というよりも、恥ずかしい。

 ブック・オフが出来たとはいえ、フリーペーパーが氾濫しているとはいえ、いまだに日本の書籍は貴重なもの。ミッドタウンの旭屋書店は今月いっぱいで閉店をする予定で、これからは紀伊國屋書店の独壇場となってしまう。
 実は、Brooklyn Public Libraryではこれまで紀伊國屋書店より仕入れていたようだが、最近の新着本を見るとブック・オフの値札のつくものが多い。不景気のせいもあるのかもしれないが、ひと月ほど前に日本語セクションの本棚が数本増やされたことを考え合わせると、限られた予算内でコレクションを充実させていく方向なのだろう。

 ちなみに上の赤線本はブック・オフからのものではない。
 サリンジャー選集2 『若者たち<短編集Ⅰ>』
 おもしろいんだけど、翻訳ではやはり本物の持つリズムというかビートが今ひとつ伝わってこない。翻訳者の方にそこまで要求するのは酷なことかもしれないけれど、これは翻訳ものを読むたびに感じることで、日本にいる頃、外国ものにほとんど触手が伸びなかった理由もこれ。当時、外国の小説は面白くないものと決め付けていた。ストーリーの面白さはみとめるのだけれど、引き込まれる力がない。
 ホームレスをやって「よかった」と思えることのひとつに、英語の本を読むようになったということがある。欲望は障壁を叩きこわす。でも赤鉛筆はやめてね。
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by seikiny1 | 2009-10-03 01:45 | 日ごろのこと
ふたつのおみやげ
「!?……?」
 声に顔を上げてみるとこんな表情を浮かべた男性が立っていた。ここは飲み屋のカウンター。
「『似合うんじゃないかなー』って思って。1ドルっすよ、1ドル」
 さっきドアから入ってきた男が飲み屋の従業員におみやげを持ってきていた。もちろん、この二人がどんな関係であるかはぼくの知るところではない。
「1ドルっすよ、1ドル……」
 てれくさいのか、男はさかんに値段のことを強調する。そうしているうちにカウンター内に立つ男の表情も呆然から喜びへ変化をはじめていった。

 おみやげには二つのタイプがある。
「さて○×さんには何を買っていこうか?甘いものが好きだったな。でも、こんなのはぜんぜん珍しくないだろうし……」
 最初からおみやげを贈る対象が存在をしている場合。
「あ、これ○×さん空きそうだな」
 物の存在から人が呼び起こされていく場合。

 おみやげとは物、物そのものではなくそこに自分を込める。込められた贈り手の気持ちをひもとくもの。遅まきながら、この頃そんなことがわかってきたように思う。いや、最初は感じたのだった。感じてから思うようになった。
 そのおみやげが、聞いたこともないような国の汚れたコインであっても今なら宝物にできる。

「これまで、物を見て人に結びつけ、贈ったことが何度あるだろう?」

 ほんの短いやり取りだったが残り少なくなったビールをおいしくいただくことができました。
 ありがとう。
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by seikiny1 | 2009-09-25 02:46 | 日ごろのこと
ことばのられつ
 外へ出ると朝顔よりも落ち葉の方へ目が行くようになっている。見上げた青空はシャキッと緊張感に満ち、油断をすればポキッと折れてしまいそう。もう、夏のかけらすら見つからない。

 昨日初めて会った人は、僕がこの地を踏んだ前年に日本の北国で生まれたと言う。そういえば、今月の30日でアメリカ上陸24周年をむかえる。船とは違い飛行機だから下陸と言うべきだがそんな言葉はありゃしない。いや、船と呼ばれる大きさを持つものは、上ることよりも階段を下りることがほとんどだろう。もはや上陸という言葉の向こうには像が見えない。そうだ「下り立つ」という言葉があったな。でもこいつはちょっと使いにくい。下立なんて言葉を作ってみるが、どこか艶っぽい。
 久しぶりに耳にした「かっぱらい」。老人語という言葉を思い出していた。
 そう、言葉だって年をとり死んでいくんだ。人間の方は伸びているらしい寿命。一体どこまで行っちまうんだ。言葉の方、最近はどうなんだろう?
 
 テレビのニュース(フジサンケイ:在米日本人編集分)では酒井法子さんの保釈を冒頭で伝える。予想通り報道陣から飛ぶのは「酒井さん」。あの呼び捨てや断罪口調はどこへいったんだ?謝らせたくて、泣かせたくてしょうがないらしい。まるで小学校のいじめっ子だ
 2度のCMをはさんでやっと鳩山新政権樹立のニュース。放送局なんてその程度のものなんだろう。いやはや、日本人もなめられたもんだ。ニュースの優先順位ってなんだ?1989年、ストーンズがSteel WheelsTouでニューヨークを訪れた際New York Timesのどこにも記事がな見当たらなかったことを思い出す。そろそろ本を読む順番を変えようと思っている。自分の中の優先順位。
「参院選のこともあり……」
 と耳にし続けていた謎がやっと解けた。
「どうして連立政権にする必要性があるの?」
 どうやら政権公約を実現しなかった、できなかったときの逃げ道らしい。鳩山さんの語尾がプンプンにおう。先が思いやられるな。ま、政教分離がなったのはめでたいが。
 それにしてもマニュフェストという言葉も「なんだか」という感じで定着してしまったが、ぼくにはボカシとしか聞こえない。煙に巻く。言葉におそれいってしまう人、バカされてしまう人は結構いる。ハハーっとドロンは水戸黄門と風車の弥七以来変わらない。

「よく食べてここで成功する」
「筋肉痛を歓迎しなさい」
 電車で隣り合わせた日本人女性の読む本の小見出し。断片で目に入ってくる言葉は面白い。言葉とコトバの間でパズル遊び、ひとりつないでみたり。のぞき見をしてしまいごめんなさい。書籍や音楽がデジタルファイル化されてしまうと、人の家に遊びに行く楽しみが減る。蔵書やCDコレクションで結構その人のことがわかったりするから。百科事典や文学全集が応接間の飾りであった時代もあったな。今思えばなんだかほほえましい。ウチの父親は飲めもしないウヰスキーを飾ってたな。
 古本屋では不ぞろいな背表紙にそそられる。

 昨夜作ったチャーシュー。
 すぐに食べたかったけれどじっと我慢をする。ひと夜眠り呆けたチャーシューは旨い。
 今夜はラーメン。15年ぶりに再会した友達のお土産。「博多 秀ちゃんラーメン」。
 ビールだって一晩抜けばうまいのはわかってるんだけど、なかなか抜けない。思い切って二日酔いにでもなるかな。

 つれづれなるままでした。
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by seikiny1 | 2009-09-19 07:58 | 日ごろのこと
青空
 青空だった。
 昨日に引き続き、朝方はかなり冷え込んでいる。数日前まで続いた酷暑という言葉がピタリとはまる日々にはまったく気にも留めていなかったのだが、ブルッと一瞬だけ肩に力を入れてベッドを出る時に日の出がだいぶ遅くなっていることに気づく。

 アパートのドアを開けた瞬間に頭をよぎった言葉はホットコーヒー。白いカップを思い描きながらなぜか空を仰ぐ。

 青空だった。
 青空と聞いて思い浮かべるのはなんだろう?
 青空文庫、青空はるを、青空学級、青空市場……。
 僕の頭には曲が流れる。
 井上陽水「青空ひとりきり」
 曇り空の土曜日の午後、つけっぱなしのラジカセからエレキギターのイントロが刺す。詩にやられてしまった。
「なんて自分に正直な歌なんだろう」
 すべてではないけれど、かなりの部分が自分、すなわち僕に重なっていた。以来、青空、特に秋の青空を見上げるとこの曲が流れる。

 あとひとつ。
 あの日も今朝と同じような青空。少し下がった気温がキリリと引き締めた空だった。
 当時、カレンダーとはまったく無縁な生活を送っていた僕には気付く術とてなかったのだけれど、多くのアメリカ人はまだ夏の余韻にひたり、過ぎ去ったものを愛おしむけだるい心地よさに包まれていたのではないだろうか。
 8月が終ってしまった朝、新しい9月の空を見上げながら思い出していたのは2001年9月11日の空。僕の中から消えることはないであろうあの青空。
 それにしても、あの日、あの出来事を自分の利や得のために利用する奴なんて許せないな。
 
 短かかった夏の終わりにやっと爛漫となってきたばかりの朝顔。深紫色をした無数の花が青空の下にまぶしい。
 あの日も火曜日だった。
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by seikiny1 | 2009-09-02 11:24 | 日ごろのこと
お尻の思い出
「???」
 考え込んでしまった。
 休憩時間はまだまだ残っているけれど、欲望に打ち克つことはできなかった。
 ここ、密室の中で昨夜からの食事のことを思い出す。腰を下ろし緊張の去ったのと同時にヒリヒリ。肛門が。
「……」
 そうかピザだった。昨夜は暑くて、台所でガスをつける気にもなれず、シャワー、ビールのお決まりのコースの後、ピザ屋へと向かった。テイクアウトをするために。ガーリックオイルとクラッシュド・ペッパーをたっぷりとふった熱々のピザにはよく冷えたビールがよく似合い、あっという間に1枚は消えてしまう。そしてお尻は正直者だった。

 お尻が正直者になったのはいつからだろう?
 密室の中では他にやることもないので、変な考えが膨らみ続けていく。たしかにあの頃、僕のお尻は不正直者で、世の中に正直者のいることが信じられなかった。

「あいててててててて……」
 トイレから出てくる上司は半分笑いながら毎回大声で吼える。
「焼肉はうまいけど、翌朝は必ずこれやからかなわんなー」
 あの頃はまだまだ不正直ものだった僕は「また言ってるわ」と思いながらもニヤニヤと彼の背中を見送る。そんな彼に慣れてしまった頃、鉄板の向こうに見える彼の笑顔が既に翌朝のものとなるようになってきた。パターンを読まれるのも怖いが、慣れというのもまた怖い。
 いつから正直者になったのか、具体的には覚えていない。
 20年という歳月は不正直者の心を洗ってくれるのか。ただ単に年を重ねたがゆえに、あちこちにガタがきているのか。

 日本へ帰るたびに驚かされるのはウォシュレット。
 ほとんどの家庭にあると言っていいほどに普及をしている感がある。最近では、トイレに足を踏み入れただけで自動的にカバーの上がるものもあり、母が引っ越した先にもそのタイプが設置されていた。ヒンヤリとした静かな狭い空間でジンワリと口を開いていくさまが、どこか人がお辞儀をしている姿を思わせ、まだ慣れない頃は、ドアを開いたまま足を揃えてこちらもお辞儀をしそうになってしまう。「お、この機械も愛いやつじゃ」と思う頃にはアメリカへ持ち帰る焼酎なんかを買い揃える時期が来ていた。
 帰国してみると立場一転。用が済んでもしばらくの間は何もせず、じっと壁のタイルを見つめる始末。数秒後、やっと自分がアメリカのバスルームに座っているという事実に気づき、ペーパーに手を伸ばすといった按配。
 帰ってきてから半年以上が経つが、今でも毎日母のことを思い出している。右手で壁に取り付けられたトイレットペーパーを引き出しながら。やっぱりお尻は覚えているのだ。

「アフリカの山奥で車を売るようなもんだよ」
 知り合いでウォシュレットの販売代理店をやっている人がいる。日本とは対照的に殆どと言っていいほどに普及していないアメリカ。彼の話によると、日本から引っ越してきた子供たちの中にはウォシュレットの無い文化の存在することが信じられない者が結構いるらしい。そんなこの国の現状を、友人は上の一言で表現した。
「それでもね、お年寄りとか障害を持つ人の家へ行くと、ほんとに喜んでくれるんだ。ほんの数センチの差で動ける、動けないが決まってしまうからね。こんなに大変で、儲からない仕事をそういう人たちがいるからかな……」

 一枚のピザはもう4年も会っていない男の顔を思い出させてくれた。

 手を洗い、ドアを押しながら口ずさんでいたのはなぜか伊藤ゆかりの「小指の思い出」。
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by seikiny1 | 2009-08-23 23:49 | 日ごろのこと
ピンボケなカメラ
 ボンヤリ。我にかえって、それまでなにを見ていたのか考えこんでしまう。目は開いている。なにかが映っていたのもわかっている、それがなにであるかも。しかし、目はそのもの自体を見ていたのか……。
 まるでガラスを見るように。
 映る人の姿。ガラスという物体。向こうに見える人の姿。ガラスの中には通りの向こう側のガラス窓が映っている。その中の人々……。

 電車の中でボーッとしている時というのはそんな状態が多い。見ているようで見ていない。見ていないようで見ている。
 本を広げる人。眉間にしわを寄せてSUDOKUをする人。身体を揺らしながらゲームをする人。白川夜船な人。ヘッドホンをつけた唄う人……。
 僕は見ている人。
 なにか特別な理由があるわけではない。なにかを探しているわけでもない。そこにいる人々の中に自分を映し出しているだけなのかもしれない。

 満員電車ではそんな遊びをする余裕がない。だからいつも混んでいない時間帯の、混んでいない路線に乗る。急ぎ足では心がささくれ立ってしまい、不幸なことにそれは伝染し再生産をされていくから。そんな歯車になるのはゴメンだ。

 焦点を絞れる、しかも自動で絞れるカメラがあるのだから焦点の定まらないカメラがあってもいいと思う。いつも出来上がりはボンヤリ。感情を写し撮ることはできないが、感傷くらいなら映し込むことができそうだ。

 濃いピンク色をした10個の玉を見ていた。前に座る若い女性のサンダルからのぞく小さな爪。艶やかなピンクには、昨夜風呂上りのベッドで膝を抱えながら丁寧に爪を仕上げていく彼女の姿が浮かび上がる。カメラを引いてみると全身が収まり、短く切りそろえられたなにも塗られていない素の爪がiphoneを握っている。
 僕はなぜかホッとしてしまう。彼女の生きている姿が垣間見えたような気がして。女の子である彼女と、生活者である彼女を確認して。
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by seikiny1 | 2009-08-18 09:14 | 日ごろのこと
朝露
 白いランニングシャツに半ズボン。夏の制服のようなものだった。長ズボンに憧れだしたのはいつ頃だろう、そして再び半ズボンをはくようになったのは。

 それにしても、あれが登校日の翌朝だったなんて。毎年、登校日にはちゃんと出ていたはずなのに、そのことと翌朝がまったく結びついていない。8月6日の午過ぎの帰宅時にオートリセットされるような回路に頭の中がなっていたかのように、まるで別の出来事としてしか記憶されていない。

 ラジオ体操から帰ってきて麦茶を飲むと、またすぐに靴を履き庭へ出る。木戸を開けて裏の空き地へ足を延ばすこともあった。たしかいつも姉が傍にいたはず。従姉たちが一緒の時もあった。片手に持ったお椀に、草々の葉の上で今にもはじけそうな、転がり落ちそうな朝露を集める。ある程度の量になったら家へ帰り、その水ですった墨で願い事を短冊に書く。
 いったいいつまでやっていたのだろう?
 8月に七夕を祝うのは僕の家だけだったのか、それともあの地方では概してそうだったのか。町の風景を思い出してみると、アーケードのあちこちに大きな七夕飾りがうっすらと浮かんで見えるのだけれど。

 短冊は季節になると文房具屋の目立つところに置かれていた。父か母が細長く切ってくれた和紙でこよりを作る。色紙を折り、切り。星、天の川、ちょうちん。つなぎ合わせたワッカを紐のようにかけまわす。そしてメインイベントはなんと言っても短冊へ書く願い事。あの頃はなにを願っていたのだろう?今ならばなにを書くのだろう?
 願い事はかなったのかな?

 七夕は手作りの行事だった。それだからか、クリスマスよりはずっと身近な存在で、夏休みの中ではお盆と並ぶ大イベントだった。
 いつから〔クリスマス>七夕〕となったのか。「かなえられるかどうかわからない願いよりも、確実にもらうことのできるプレゼント」という子供なりの打算がどこかでhaあらいてもいたのだろう。クリスマスを忘れることはないけれど、最近では七夕、特に8月のもの、がいつの間にやら過ぎてしまっていることがある。自分にはやはりこっちの方がしっくりくると感じているにもかかわらず。

 今朝、出かける際に草々の葉を触りながら歩いてみた。どれひとつとして水玉をたたえているものはない。
 
 今晩はせめて星空を見上げて願い事でもしよう。
 さて、なにをお願いしようか……。

 
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by seikiny1 | 2009-08-07 23:08 | 日ごろのこと
二人の女
 こころゆくまで踊らせてあげたい。また、再び。
 
 誰にも真似できない軽快なステップで踊る様を見つめ、感じていたい。
 久しぶりにトーシューズをはいた彼女は、ブランクをまったく感じさせない軽やかな出足でつかの間のダンス。忘れていたわけじゃない。いつも、あの子の手を握る前にも、いや踊っている最中にもその顔が、ステップが甦ってきていた。ただ、今はその魅力を最大限に引き出すことのできるステージが見つからない。
 時の流れ、嫉妬のかけらもないその笑顔安んずることなく、素晴らしい舞台、曲を見つけてあげたい。いや、見つけなければ。

 一方のオールド・レデイー。
 こいつはわがままで手がかかる。
 二日も顔を出さないと、すぐにふくれっ面で駄々をこねる。三日と開いてしまった日には、寝たふりをしているのかなかなか起き上がってはくれず、ベッドの上で優しく背をなでてみたり、揺すってみたり。
 起き上がってしばらくの間は、それこそ、バレエ教室に通い始めたばかりの三歳児そのものだけれど、こちらが真剣に相手をつとめていることがわかると、段々と本領を発揮してきてその独特のダンスは誰にも真似をすることができない。ヌルヌルとした艶やかなステップに恍惚の境地をさまよわせ、時の経つのを忘れてしまう。



 万年筆の話。

 3月に突然思い立ち、1冊のノートを書き始めた。
 日記でも、原稿でも、メモでもない。たったひとつの目的のために。
 厚みのある小ぶりなノートであったために、細かい文字を書くことのできる廉価な万年筆を1本購入。その1本が値段以上の働きをしてくれ、ノートの方も先ごろ無事に最終ページ、最終行を埋めることができた。
 忘れていたわけではないけれど、10日程を開いていないキャップを取り書き出してみると……。つい先ほどまで書いていたかのような感触で紙の上を流れてゆく。
 
 あと1本。
 こちらは中字のもので、もう1年以上使っているもの。
 怠惰な週末の後、月曜日朝にキャップを取ってみると。
「カリッ」
 ペン先のインクが乾いている。ゴミ箱の中で振り、少しインクの出たことを確かめた後におそるおそる紙の上を滑らせるとインクの細い流れが起こる。そうしているうちに、かすれながらも、少しずつ、少しずつ本来の書き味が戻り20文字ほども書く頃には、他のものを忘れ去ってしまうかのような感触が戻ってくる。ワルツを踊る妖艶な女性のようで、こちらが足を踏んづけてしまっても、ニコリと笑いうまい具合にそれにあわせカバーをしてくれる。

 2本の万年筆の間で揺れながら、モテル男の心情をを疑似体験。
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by seikiny1 | 2009-07-31 08:21 | 日ごろのこと
ジョニー大倉死亡説
見出しが目に入った次の瞬間には本能でクリックしていました。
約1週間前のこと。

導かれた先には。
30数年前のプレスリーを思わせるジョニーの姿。
長きに渡って療養生活を送っていたので、一部では<死亡説>が流れていたらしいです。
「無事に復帰コンサートを終えた」というニュースで写真はそのときのもの。

それにしても黒いジャンプスーツがやけに似合っていた。
もみ上げの長さといい、太り加減といい「あの」当時のプレスリーを思い出したのは僕だけでしょうか?

映画館の画面からステージへ還ってきたプレスリーは不死鳥(フェニックス)と呼ばれ、それをあしらったジャンプスーツを着用していたこともあったのでジョニーもその伝説にあやかったのでしょうか。
そういえばNBCテレビの特番で放映された(もちろん生では観ていません)復帰コンサートで着ていたのが黒革のジャンプスーツであったように記憶しています。


「ブログ更新してください」
先週末にお会いした人からお叱りをいただきました。
叱ってくれる人がいる。それは実にありがたいことです。
「もっと知りたいと思っている人もいるんですから、面倒でもできるだけ更新していって下さいね」
申し訳ないですが、それを聞きながら考えていたのはあの頃の家族のこと。

消息が途絶えてしまうと、人によっては<死亡説>が囁かれはじめます。
終生筆不精、電話嫌いで終わりそうな僕ですら、消息がどこからもまったく入らなかったあの頃にはどこかで死亡説が囁かれていたかもしれません。特に異国の地では。

その方とお別れして、ビールを少し飲み地下鉄駅への階段を下りようとすると、いきなり目の前の看板がきらめきだした気がしました。
チカチカする光の輪の中には「境セイキ死亡説」。

ホームではギターを抱えた男が哀しいメロディーを奏でています。

帰宅後シャワーに飛び込み真っ先にしたことは電話。
日本へ。
日本時間のその日は母がこの世に生を受けた日だったんです。

渡米後23年。
3回目の電話。
2回目は3週間前。
1回目は7年前、まだ寒風の吹く頃。




最近はこんな感じです。

ブログの更新、いつまで続くことやら……。
堪え性のないところは誰に似たのでしょう。
きっとどちらもがそっぽを向き「アッチ」と指差すことでしょう。

叱ってくれた初対面の人、ありがとう。
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by seikiny1 | 2009-07-24 09:19 | 日ごろのこと
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