ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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カテゴリ:日ごろのこと( 127 )
雨そして春
 昨夜は焼き鳥屋の帰りに雨にあってしまい、ずぶ濡れになった。ニューヨークにも威勢のいい焼き鳥屋はある。
 雨が好きなのか、嫌いなのか自分でもよくわからない。見ている分にはいいけれど、打たれるとやはりしんどいかな。一週間ほど前、ある人から贈ってもらったCDでthe MODSという日本の古いバンドの『激しい雨が』、という曲を聴いていたら翌日は大雨になってしまった。その雨に打たれながら、カッパと雨傘の事なんかを考えていた。その話はまた別の機会にでも書くとしよう。

 今朝出かける時、なぜか通りを斜めに横切っている自分に気付く。この約二年の間そんなことはほとんどなかったのに。いつも律儀に信号のところまで行き、信号の色に関わらず車が来ていなければわたる、という日常のはずだった。一体何を焦り、何に追われて自分をせかしているのだろう?
 通りを渡りきったところで、白色と黄色の水仙、そして黄色に赤色が混じったチューリップの花が花びらにたたえたいくつもの水滴をといっしょに笑顔をたたえていてくれた。迫りくる時間を忘れ、しばし立ち止まり見とれてしまった。「雨が降ってくれてよかったね」、と微笑をかえした。
 一雨ごとに確実に春が歩み寄ってきてくれている。雨に打たれればやはり心のどこかでつらくなることもある。しかし、それは花のため、大地のため、そして僕らのために降ってくれていると思うと嬉しい雨に変わる。
 花壇の前で思わず空を見上げてしまった。どうやらバッグに放り込んできた傘が花を咲かせることはなさそうだ。街には傘の花ではなく、少しずつ香りを楽しむことが出来る花が開き出す。
 思わぬ、道草で時間を取ってしまったので地下鉄のホームに降り立った時は電車がちょうど発車するところだった。しかし、あの雨は、あの花たちはそれ以上に気持ちのいい朝を僕にくれた。何だか少し得をした気分になる。
 花壇の前でどれくらい立ち止まっていたのだろう?
 花たちが笑いかけてくれ、言葉を交わした時間。

 地下鉄を降りると改札機の近くで「チュンチュン」と、しきりにスズメが鳴いている。鳴き声のする梁の上の方に目をやってみるが見つけられない。そこにいるはずなのに。昨夜の雨を避けてここまでもぐりこんできたのだろうか。ここにいては外の天気もわからないだろう。
 「オーイ、出ておいでよ。外はいい天気だよ」
 四角く切り取られた地下鉄駅の出口からはまぶしい光が射し込んでくる。その脇の植え込みからは、ここ数日いつも聞くことの出来るようになったスズメの大合唱が湧き起こっていた。春の到来を喜ぶかのように。
 階段をのぼりきると、ヨチヨチ歩きの子供が母親に手を引かれながら笑っていた。

 昨夜、焼き鳥屋を出た直後に見上げた空の片隅に、たったの一本だけもうつぼみをやわらかくしている気の早い桜がいた。
 萌えあがるような緑の匂いに包まれるまであと少しだ。
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by seikiny1 | 2005-04-09 12:46 | 日ごろのこと
たった二人のデモ
 ホームレスのころの方が確実に新聞を読んでいた。そういった意味では自分自身のための時間はあのころの方が圧倒的に多かったのだろう。今は新聞はおろか、相変わらずテレビも観ない。ニュースといえばインターネットで見出しを流し読みする程度だ。
 そんな時、「福岡で震度6」の文字が飛び込んできた。慌てて母に連絡をとってみたところ「無事」との事。ひと安心。

 西スーダンの内戦にPKOの名目でアメリカが干渉をしようとしているらしい。
 数日前のランチ時に街を歩いていると、アフリカンの男性がプラカードを持ってたった二人で歩いていた。それには「ブッシュよ、罪なき西スーダンの人々を殺めるな」という旨のメッセージが書かれていた。彼らは叫んだり、署名を求めるでもなくただ静かに手書きのプラカードを持って歩いているだけ。そんな文字をインターネットで目にしても、おそらく素通りして<クリック>で終わりだったことだろう。しかしあのプラカードは、しっかりと僕の心に焼きついた。そのメッセージはマスメディアで流されるようには多の人には届かないことだろう。しかし、それを目にした人にはしっかりと焼き付けられる。
 今の時代に、極めてアナログであること。おそらく彼らにはそれしか方法がなかったのかもしれない。真の心からの叫びなのだろう。だからこそ人の心を打つ。それは公正な目ではないかもしれないけれど、そういった人が世界にいるということを認識させるのにはこれ以上の方法はないと思う。それは計算されたものではない。

 ただ大人数でわめきたてながら、時としては暴力沙汰まで起こしながらやるものだけがデモではない。中にはお祭騒ぎがしたいだけで参加する人もいる。それはかつての<ウッドストック>のように子供達に“I was there(俺もあそこにいたんだ).”とだけ言うために参加しているに過ぎない-少なくとも僕は参加する事はないだろう。やる時は自分の出来ることで徹底的にやる-。そこにはたった二人のデモ行進のように切実としたものを感じることが出来ないし、本当の意味での凝縮されたメッセージが見えてこない。

 今、真実を伝えるのが<マス>コミュニケーションでないことは多くの人が気付いていることと思う。それは言い換えれば戦時中の日本が行っていた大本営発表のようなものなのかもしれない。そこに何らかの意思が入っている。
 しかし、しっかりと目を見開き問題意識を持ってさえいれば、この時代では真実に近い情報を得ることも出来る。ここまでインターネットが発達・普及したおかげで個人単位の検閲されていない情報が交錯している。そういった意味ではとても喜ばしいことだ。ただ、何もかもがいいというわけではなく、ライブドアの堀江社長のようにアダルト系の物に制限を加えなかったことで旧勢力に足をすくわれる場合もある。彼には新しい波を起こして欲しいのだけれど。

 どれだけ数万の人に閲覧されようとも、それは二人の行進のように人の心を打つことは出来ない。マスメディアの限界、問題点を見せられたような気がしてしまった。そして、長々と文章を書くことの無意味さを、この二人に教えられたようにも思う。
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by seikiny1 | 2005-03-23 13:30 | 日ごろのこと
お越しくださった皆さんへ
本日はわざわざ起こし頂きありがとうございました。
しかしながら、なぜかとても疲れた一日でありどうやらアップする元気もどこかへ行ってしまいました。
本当に申し訳ないです。
また明日からは、気楽にボソボソといきたいと思います。

それでは、また明日お会いいたしましょう。


境セイキ
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by seikiny1 | 2005-03-16 12:25 | 日ごろのこと
つきあいたい
 出会いを求めてそこへ行く。
 こちらからの要望は何も出すことが出来ない。そこがまたいい。その顔ぶれは日によって、訪れる時間帯によって全く変わってくる。
「ついさっき見かけたあの娘は……?」、と思って探してみてもその影すら見かけないこともある。そこにはぽっかりと空席があるのみ。
 名前も聞いたことのないような娘と出会ったりもする。小柄な美人の集まるところは、それなりに有名な人が肩を並べている。雑多な人が腰を下ろしている所へ足を進めると、そこにはずらりと見ず知らずの人達が退屈げな笑みを浮かべて僕を見つめている。グッとくる瞬間だ。以前から話してみたかった数人姉妹の末っ子なんかがただ一人うつむき加減に寂しげな笑みを浮かべていると、ついついやさしく抱擁して連れていってしまう。彼女のお姉さん達が見つかるまでは、しばしのお預け。お話をするのはやはり姉妹が全て揃ってからのほうがいい。人づてに話だけを聞いただけでまだ顔すら見たことのない人と出会ったりすると、周りの事など気にせずにその場で強く抱きしめてしまいたい衝動に駆られてしまう。
 しかし何よりも楽しく、興奮してしまうのは全く見ず知らずの娘だ。話しているうちに「こんな素敵な娘がいたんだ!」、口にこそ出さないけれど時間を忘れてむさぼりついてしまう。こんな体験はオシャレで、埃臭くないこざっぱりしたところではなかなか出来ない。こういった場所であるからこそ、そんな純粋無垢な娘と出会える。もしこれが別の場所であったなら、その存在にすら気付かずに素通りしてしまっていることが多いように思う。そんな魔力がここにはある。そして、こんな場所だからこそ冒険も出来る。財布から出る金額は、以前では考えられないことだったけれど、微々たるものだ。この金額ならば心中したっていい。見ず知らずの女性と話したり、以前は、とっつきにくい、と思っていた女性ともここでは気楽に話すことが出来る。相手も大胆になってくれる。こちらの心さえ定まれば食事に誘い出し、軽く一杯やりながら……、という手だってある。

 そもそも、「行こう!」と気負いたっていくことがないのだからここでの出会いは運命と言ってもいいのかもしれない。ただわかっているのは、そこには誰かが待っていてくれる、ということだけ。何があるかはわからない。心ときめく娘はいないかもしれない。足を踏み入れる直前に絶世の美女が連れ去られていることもあるだろう。もちろんその逆だってあり得る。誰と誰とがうまく行くのかなんて誰にもわかりはしない。それは神の裁量だ。その存在自体がミステリー。

 僕が大好きな古本屋の一ドル本のコーナー。こんな素敵な場所はあまり知らない。
 今日は少しだけ浮気をして、ニューヨーク近代美術館の地下で映画を観た。会員になってしまえばいつでも映画を見に行くことが出来る。何も調べずに行く。素敵な彼女との出会いを求めて。
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by seikiny1 | 2005-03-15 12:01 | 日ごろのこと
無地のノート
 地下鉄で本は読まない。
 出かけるときは少なくても二、三冊の本を持っていくのだけれど地下鉄の中で読むことはない。昔、寺山修二さんが『書を捨て街へ出よう』と言った。そこまでのふんぎりがつかない僕は、さしずめ<本を閉じ地下鉄に乗ろう>といったところだ。
 地下鉄の中は飽きることがない。
 これが長距離バスや飛行機だと、長時間同じメンツで、しかも限られた空間しか目に入ってこないのでどうしても退屈してしまう。地下鉄は様々な人が乗って、そして降りる。それが延々といつまでも続く。

 目の前の女性が揺られながら何かを無心に書いている。僕と同じ道具、鉛筆とノートを使って。
 前にも書いたと思うのだけれど、何かを書く時の僕の良き友は鉛筆とノート。どこでも、どういう姿勢でも脳ミソとほぼ直結してくれる。これがキーボードになると、ワン・クッションもツー・クッションも入ってしまうのでどうしても頭の中身がそのままの形になってこないような気がする。今、こうして書いているこの文章も鉛筆とノートが、僕の脳からの最初のアウトプット。何だか遠回りなようだけれど、それでなければ自分が出ない。そのうえキーボードに打ち込む際に再確認ができるという利点もある。

 よく見てみると、彼女は普通のノートではなく紙面に方眼紙のように青く細かいマス目が組まれた物を使っていた。「色々な人がいて、その数だけ好みがあるんだな」。
 八マス、十六マス、三十二マス……。マス目が消えそれがただの枠線だけになった時に僕は解放された。横組みの枠線が入ったノートは強い憧れだった。小学校3年生くらいでクラスの誰よりも早く大学ノートを使い出した。紙の色が薄いグリーン、イエロー、ブルー、ピンクと変遷したり、ルーズリーフになったり、枠線の間隔が広くなったり、狭くなったりはしたが、ほとんどの場合僕の字は枠というものの中に存在した。これまでも無地のものをしばらく使ったことはあるけれど、やはり枠線に戻って来た。この先、枠から解放されることはあるのだろうか?今、現在、僕の気持ちはこの枠を窮屈であるとは感じない。無地のノートに対する憧れや必要性もそれほどないようだ。この、何の変哲もない、スーパー・マーケットでまとめ売りされているようなノートがそばにあればそれでいい。

 僕にとってマス目は窮屈であるけれど、枠という秩序が必要なのかもしれない。それに護られていなければ、心のどこかが不安であるのかもしれない。濃いくもなく、それでいて目に見えないほど薄くもない枠線が僕を律し、励ましてくれているようにも思える。小学生の頃とは違い、その枠からはみ出しても怒られる事はない。そこに有って、無い枠。それでも必要とされている枠。

 最初にマス目のノートで勉強することは大切だと思う。まっすぐであること、規則正しい、そんな事を知らずと学んでいくのだろう。ただ、「もしこれを無地のものに変えたらどんな子供が育っていくのだろう?」という興味はある。全教科は無理だとしても、一教科だけ無地にして子供の埋もれてしまいそうな才能を引き出してやる価値は十分にあると思うのだけれど。

 誰しも、マス目を、枠線を取り払って無地のノートを駆け回る時、駆け回りたい時があると思う。たとえその後、再び枠線の中に生きることとなろうとも、一生を枠線の中で終える者とそうでない者とでは自ずと違ってくる。
 多くの局面の中で敢えて無地のノートを選ぶのもいいことだ。
 マス目を一つずつ埋めながら、ずっと先の方に書いてある<死>という時をみつけるのも、無地のノートを隙間無く埋め尽くして終わってしまうのも人それぞれ。どっちも同じ。

 暮らしの中で一番本を読むことが出来る場所を失った僕の本は、その仲間だけが増えていくばかり。
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by seikiny1 | 2005-03-07 10:10 | 日ごろのこと
おやくそく
 法律、しきたり、おきて、慣習、門限、飲み屋の閉店時間、レストランで「こちらのレモン汁だけで召し上がって下さい」などという奴、明文化されたものとそうでないもの、意識しているものとそうでないもの、様々な約束事に囲まれて生きている。

 大失敗をしてしまった。勘違いであったのだが、気付いてみれば約束を破ってしまっていた。気のゆるみ、不注意と言うほかはない。昨日は十日以上も待たされた約束をあちらから一方的に破られた。ただ一言の侘び文句もなく、ただ言い訳だけを送ってよこされただけ。その事にいささか憤慨していただけに、ほとほと自分が情けなくなってしまった。そこにどんな事情があったにせよ、約束を破られた者には<破られた>というその事実しか存在しない。どんなことが交通事故につながろうが、骨が折れたという事実が変わらないように。

 生きていく上での指針のひとつと言ってもいいほど忘れることの出来ない言葉がある。「言い訳をするな」。
 高校時代何かをやらかすたびに呼び出され、正座をさせられるのは担任の前でも、学年主任の前でも、生徒指導室でもなく決まって体育教官室だった。そこでのお説教の途中にM先生の口から漏れた言葉がこれだった。高二の夏休みに入る少し前のことだったと思う。とても厳しい人ではあったけれど、必要な時は身を挺して僕達を守ってくれた。それだけにこの言葉は重く、今でもで息づいている。あの日以来、自分のやったことに関しての言い訳はしない。理由の説明が必要な時にはそれを簡単にやるだけ。自分に非がある時は、ただあやまるだけ。物足りなさそうな顔をする人もたまにはいるけれど。
 そもそも、そういう状態に自分を追い込まなければすむ話なのだけれども、なかなかどうしてそうは行かない。これまでに何百回、何千回の「ゴメン」を言ってきたことか。気の遠くなるような話だ。

【約束】=くくりたばねること。
【くくる】=しばること。まとめること。束縛すること。
 と辞書にはある。個人を、社会をまとめていくには悲しいかな、ある程度縛ることが必要とされているのも事実だ。
 一時期、そんな事とはあまり関係のないコミュニティーで生活を送ったことがある。もちろんそこはアメリカ・ニューヨークであるのだから大まかな枠組みに縛られてはいたけれど。ただ、個人間には極めて基本的なおきてがあるのみ。お互いに対する尊重と理解でそこの空気は充ちていた。ただ、<人間>としての常識という不文律を破ってしまえばもう戻ることは出来ない。そこで大切なことは言葉や人種ではなく、人間であるということ。とても快適な時間だった。

 必ず守らなければ、従わなければならない約束事とそうでないものがあると思う。
 個人-個人、個人-集団(組織)、集団-集団。それがいかなる関係であろうとも、お互いが納得ずくで交わした約束事は守らなければならない。守る責任・義務がそこにはある。
 しかし、一方通行に押し付けられたものにその必要性があるとは思えない。そもそも、それが約束事といえるかどうかすら疑問だ。納得がいかなければ、議論をし、お互いが妥協をしながらも道を見つけていった上で約束をする。
 あとひとつ、約束事のうえにあぐらをかかない。「俺は水戸黄門だ」、といって土下座を強要する様な人間にはなりたくない。
 もし、再度徴兵令が布かれたらまずは拒否するだろう。イラクの自衛隊はいつ帰ってくるのだろう?ロシアには北方領土を還す気があるのだろうか?アメリカは沖縄をとうの昔に返還してくれている。しかし沖縄は元来日本の国土ではなく独立国であった。日本は沖縄<県>に対してあらゆる約束を果たして来ているのだろうか?アメリカはいつまで世界に約束事を押し付け続けるのだろう?言い訳などせずに、横田さんの遺骨を返すという約束を守って欲しい。
 頭を下げるのがいやなら約束は守ろうよ。

 自分の中にちゃんとした約束事を持つこと。

 そういったわけで、これを書き終えたら自分の中の毎日の約束事であるビールを買いに行くことにしよう。約束は守らなくてはいけないから。
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by seikiny1 | 2005-03-03 10:06 | 日ごろのこと
恭賀新春
 今日はチャイニーズ・ニューイヤーでした。
 三年ぶりにこの日チャイナタウンへ行ってきました。平日にもかかわらず、交通規制がしかれた街は様々な人種が肩をぶつけあいながらも、笑顔でひしめいていた。ドラや太鼓の音、獅子舞などあらためて中国の人たちの力を感じた一日だった。メインの通りにはまるでじゅうたんのように、様々な色の紙テープが層をなし中心の交差点の路面を見てみると、そこにはコンクリートの色は見ることが出来ず燃えた後の火薬でまるで小学校の運動場ようだった。

 歩き疲れ、人に疲れ、小龍包とビール。
 酔っ払って怠惰になってしまったので今日はアップできません。ごめんなさい。
 明日は平常どおりに営業いたします。
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by seikiny1 | 2005-02-10 13:34 | 日ごろのこと
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