ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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カテゴリ:アメリカとの距離( 6 )
ニューヨーク・ニューヨーク
 どうしておなかが減るんだろう?
 どうして腹が落ち着くと眠くなってしまうんだろう?
 気つくとソファーで眠ってしまっていた。フランク・シナトラの歌声『ニューヨーク・ニューヨーク』を遠くに聴きながら。そういえば、初めてのストーンズのコンサートでは、♪Start Me Up!!♪ミック・ジャガーのシャウト直前までこの曲が流れていた。

 テレビはまだNYCマラソンの実況をやっている。まだかすんでいる目にゴールラインを抜ける喜びと苦しみがミックスが映る。そんな顔の後ろで朗らかに唄うシナトラ。携帯電で話しながら、ipod nanoで自分の姿を撮りながら、国旗を打ち振りながら……。様々な人が思い思いのスタイルでゴールインし、大きな醤油せんべいのようなメダルをかけられていく。

 地下鉄を降り地上への階段を上るにつれ大きくなってくる歌声。59丁目と8番街の角に設けられた屋外ステージにはアレサ・フランクリン『Respect』を大きく前かがみになりながら黒人女性が熱唱している。♪Just a liittle bit. Just a little bit......♪ささやくようなバックコーラスを従えて。
 そう、ここからゴールまでは500m足らず。
「もうちょっと。あと少し……」
 歌の横を駆け抜けていく人たち。足を引きずりながら、5歳児の歩くよりな速度の人、車椅子のホイルを手で回し続ける人、ボランティア・ガイドに手をとられた盲目の人、後ろ向きに走り始める人もいれば、いきなりダッシュをきめはじめる人もいる……。ひと悶着の末、係員に排除された昨年のゼッケンをつけた女性がバツの悪そうな表情で脇道へと消えていった。
 Just a Little bit.
 それぞれのゴールを目指して。

 スポーツ観戦は嫌いで、ハロウィーン・パレードなんてまっぴらなぼくだけれど、NYCマラソンだけは別だ。この7年間、欠かすことなく早起きをして応援を続け、天候の危ぶまれた今年は前夜にテルテル坊主を作るほどだ。11月の第1日曜日は、自分の意思で人ごみに飛び込んでいく唯一の日だ。

 ゴールの方からはまたシナトラの甘い声が間延びしながら聞こえてくる。この歌を初めてこの国で聞いたのは砂漠の中だった。ニューヨークへ向かうバスの休憩で立ち寄ったドライブインの中、テーブルの上から流れていた。

 24年前の思い出に浸っているとどこか見覚えのある姿が通り抜けていく。
 昼飯の準備をし、食べ、昼寝の最中も走り続けていた彼女。1歩、1歩……。無数のカウントダウンを続けながら。道路脇にある「ゴールまで●×マイル」の表示は時に彼女を絶望の淵に追い込んだかもしれない。それでも数字は裏切ることなく減り続けてきた。
"Just a little bit!!"
10時過ぎにブルックリンの4番街を走るランナーの中で見かけた女性だった。
 どうして彼女を覚えていたのだろう? 
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by seikiny1 | 2009-11-08 04:21 | アメリカとの距離
アメリカン
 最初のアパートはFurnished(家具つき)だった。それでも足りないものがあり、近所のドラッグ・ストアへ早速買い物に。
 今ではもう見かけなくなってしまったドラッグ・ストア・チェーンGenoveseという店へ。
 Westclock社の白いめざまし時計、Dickinson'sのWitch Hazel、それとパーコレーター。ほかにも何か買ったはずだが思い出せるのはこれだけで、そのかわりに蛍光灯でてらしだされた中途半端に明るい店内をよく覚えている。まずびっくりしたのは目覚まし時計が棚から突き出た金属製の棒にぶら下がっていたこと。もちろんプラスチックのパッケージに入っていたのだけれど、
<目覚まし=箱入り=置く>
 という公式が見事にくつがされてしまった。隣には、その頃、ぼくの中でアメリカの象徴のような存在であったZippoのライターのざらついた表面が蛍光灯の光を反射しながらやはりぶら下がっている。箱になんか入ってはいない。

 パーコレーターがほしかった。
 水を入れ、金属製のメッシュ部分にコーヒー粉を入れてふたをするだけ。あとはガスコンロの上置き火をつける。
 仕掛けとしては水の熱対流でコーヒーを抽出していくというもの。沸騰してきた水は一度ふたの部分に取り付けられたつまみに吹き上げられコーヒー粉の上へ落ちていく。つまみは透明なのでそこに映る茶色い水の濃さで「もうそろそろかな……」と適当なタイミングを見計らってコンロから下ろす。

 いつか映画で見たシーン。題名は忘れてしまったが台所に立つスティーヴ・マックイーンの姿が焼きついている。小さなフライパンでフォークを使いながらスクランブル・エッグを作る。横では沸騰をしているパーコレーターが茶色い水を噴き上げている。そんな映画のひとコマの中で暮らしたかった。もちろんそれを見てからはスクランブル・エッグを作るときにはフォークを使うようになったし、マックイーンがやるようにフライパンの中で大量のケチャップを混ぜ込むようになっていた。もちろんビン入りのやつで。
 朝起きて一番にパーコレーターのコーヒーが飲みたかった。スーパーへ行けば透明のつまみだけがスペア・パーツとして売られている。そんな中で生きていたかった。

 パーコレーターでコーヒーを沸かさなくなってどれくらいが経つだろう?
 引越しを繰り返すうちに荷物は減って、増えてを繰り返し、その中身は自然と入れ替わっていく。気づいてみるとぼくのアパートのキッチンにもドリップ式のコーヒー・メーカーの定位置ができており、代替わりまでするようになっていた。ひとりになってからはわざわざ一人用のコーヒー・メーカーを買う始末。いつの間にかコーヒーの公式の中からパーコレーターが抜け落ちてしまっており、しかもそれに気づいていなかった。

 イースト・ビレッジにある日本レストランでサイフォン式のコーヒーに再会したときに感激はしたがただそれだけのこと。パーコレーターのような魔力は持っていない。
 コンロの上でぐつぐつと煮えたぎるのだから、通に言わせれば味も香りもあったものではなく、コーヒーと呼ぶことすらはばかられる代物かもしれない。それでもあれがぼくのアメリカの味。おしゃれなフラスコからではなく、薄っぺらなやかんのようなものから直接カップへと注ぐ。最後のほうになってくると、ザラリとしたコーヒー豆の苦味が頻繁に舌に触わる。それがアメリカの味だった。

 アメリカン・コーヒーが飲めたあの頃。決して主張をしないコーヒーの香りは互いにサラリとした関係でいることができる。
 久しぶりにドラッグストアでパーコレーターを探してみようか。
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by seikiny1 | 2009-11-06 05:41 | アメリカとの距離
30年
 どこをどう叩いてみても〈文学〉だとか〈本〉なんてものが出てきそうもない人だった。ポマードでテカテカに固められたリーゼントが自慢のY先輩。仲良くなってしばらく経つと、会話の端々に登場するホールデンという名前の男がぼくの頭のはしっこにも住みだし、おぼろげながらも像を結ぶようになってきた。そいつがどこに住んでいるのかてんで見当もつかず、ついにこらえきれなくなったぼくは訊いてみることにした。その足で本屋へ走った。それほどに彼は魅力に満ちていた。

《ライ麦畑でつかまえて》
 いま、ぼくがここにいる契機となった様々なことのひとつにこの本の存在、そしてホールデンがある。ここには、それまでぼくが抱いていたアメリカというオメデタイ国の底に潜む翳、そしてあの頃の自分があった。

 思い起こしてみると、もう30年以上も読み返していない。数年前にブックオフの$1コーナーの中に見つけ、「久々に読んでみるか」と買ってはみたものの、つい最近まで本の山の中腹に埋没したままになっていた。言い訳ではないけれど、本というのは自分の中の旬に読むのが一番いい。

 そんなぼくに再読のきっかけを与えたのは、先日、ブルックリンの図書館から借り出した《サリンジャー選集 短編2》。誰かが引いた赤い傍線が目障りだったが、それ以上に「こんなんじゃない!」という翻訳への不満から消化不良を起こしてしまっていた。あの本は旬を知らせるために、僕の手元へとやってきたのだろう。

「あのときの感動はなんだったんだ!?」
 そんなことにならない保障はどこにもない。
 時のヤスリにかけられた古い記憶は美しくなる。先日、掌にとってみた朝顔の種はたしかに40年持ち続けていた記憶のものより小粒だった。
「今、この本を再読してみて、あの時と同じものを感じることができるだろうか?」
 不安よりも、自分自身に対する興味がまさり、約30年ぶりの《ライ麦畑でつかまえて》を開いた。

 ぼくは確実に齢をとった。
 けれども感動には曇りも、錆もない。ホールデンはあの時のままページの中を動き回り、今にも隣に腰をかけてぼくの顔をのぞきこみながら喋りかけてきそうなほどにみずみずしい。齢をもはねのけてしまうほどに。
 ホールデンは言う
「何ひとつ変わらないんだ。変わるのはただ。こっちの方さ。といってもこっちが齢をとるとかなんとか、そんなこといってんじゃない。厳密に言うと、それはちょっと違うんだ。こっちが、いつも同じではないという、それだけのことなんだ。オーバーを着ているときがあったり、隣に別の友達がいたり……」

 内容は言うまでもなく、訳がすばらしい。冒頭で引き込まれたリズムは最後まで衰えることなく流れ続け、やがて霧の向こうへと消えていく。
 短編集の方には《ライ麦畑でつかまえて》の試作となったものも含まれていたが、とても単純ではあるのだけれど、とても気になる箇所がある。突きつめると、ぼくのイライラの根源はこの一点に凝縮をされている。
 それは「熱いチョコレート」。
 学校を去ることになったホールデンは、スーツケースを下げて恩師の自宅へ寄る。あらかた話も終わり、辞去しようとする彼に「熱いチョコレートでも飲んでいかないかい?」とすすめる恩師。
 これは「熱いチョレート」でも「ココア」でもなく、「ホットチョコレート」とやって欲しい。もちろん、日本にいた頃のぼくはホットチョコレートなんて知らなかったが、それでもホットチョコレートで押し切って欲しかった。ホットチョコレートのリズムなんだ。読者に親切である必要なんてないのだから。
「ん、そろそろだ……」
 読みはじめた《ライ麦畑でつかまえて》では、件の箇所が気になりどうも落ち着かない。
「!」
「!!」
 さすが。野崎孝さんという訳者は「ホットチョコレート」でいってくれていた。
 彼のすべてが注ぎ込まれ、花開いたのが《ライ麦畑でつかまえて》という作品なのだろう。ここでは絶対にホットチョコレートでなければならない。文化を知っているというよりもセンスの問題だ。短編集の訳者はアメリカへの留学経験があり、当然、ホットチョコレートという飲み物の存在を知っていたことだろう。対して野崎さん兵役で満州へは行ったが、アメリカ留学の経験はない。それでも、ここではホットチョコレートなのだ。才能というのは少しずつあちこちに小さな花を咲かせていくことをいう。

 訳者にそこまで求めるのは酷だとも思う。実際、「あんたやってみなはれ」と言われても、まずぼくには出来ない。また、同じ野崎さんの手によるヘミングウェイを読んだ際にはこれほどの感銘を受けはしなかった。やはり、日本での《ライ麦畑でつかまえて》に関しては、原著者と訳者の波長がぴったりと合ってしまった幸運な事故といった面が強いと思う。もちろん訳者のそのときの精神状態までをも含めて。

 消化不良を起こした後に、短編集の訳者によるあとがきを読んだ。そこには、
「とてもではないけれど、自分のレベルではこの言葉の魔術師のような作家のことばを到底訳しきれない……」
 そんな独白にも似た記述が最後の部分にあった。そのうえ読者からここまでつつかれたのでは浮ばれない。ごめんなさいね。






 今日、たまたま寄った紀伊國屋書店ニューヨーク。アメリカ文学の集められたテーブルで《ライ麦畑でつかまえて》を見つけた。手にとって発見した違いが表紙。帯に隠されているが、かつてピカソのイラストのあった箇所はブランクとなり、巻末までページを繰ると、訳者によるあとがきも削除されている。気になって、自宅へ帰り調べてみると、
「原著者との新たな契約により書籍に掲載することができなくなりました」とのことで、〈訳者によるあとがき〉全文を出版社である白水社のHPに収録することで双方を立てている。
 頑固、変わり者、キチガイとすら言う人のいるサリンジャーさん。かなりの年齢のはずですが、まだまだご健在のようです。

 数年前、村上春樹さんが訳した《キャッチャー・イン・ザ・ライ》。
 こちらの方はまだ読んでいない。そのうち出会いがあるでしょう、ブックオフで。いい出会いとなるような予感はありますが、お楽しみはいつものように先送りにしておくこととします。出会いというのはそんなもんなんだ、と言い訳をしながら。
 初体験の相手がその人の人生に大きな影響を与えることがある。
 野崎孝さんの訳が初体験の者と、村上春樹さんだった人では遠くに見えるアメリカの姿、そして自分自身もまた違ってくるのだろう。それはどんな姿なのだろう?
 とりあえずぼくは、この本に若くして出合えたことをうれしく思い、約30年を経て再読するチャンスを与えてくれた偶然に感謝する。
 もちろんY先輩にも。
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by seikiny1 | 2009-10-16 10:31 | アメリカとの距離
「味がしない」存在感
 思いつめる性質だと思う。
 とはいっても、生き死にに関わるようなところまで行ってしまう大物であるはずもなし、かなりな部分がいい加減で出来上がっていて、そんな証拠を総合して<AB型説>が出たりする。血液型は知りません。

「あ、そう。しょーがないね」 
 思いつめていたわりにはサラリとしていた。それほどまでこだわっていなかったということだろう。どちらかと言えば「どーでもいい」というグループの方に属するんじゃないかな。それでもたまに食べたくなる。「食べたい!」ってほどじゃないけど。
 アメリカで子供時代を過ごした人たちにはまったく別の思い入れがあるんだろうね。これは食事というよりも文化に近い気がする。
 マカロニ&チーズ。

 先週から食べようと思っていた。食べたいと思っていたわけではなく、食べようと思っていた。それでも先週土曜日の時点で今日の昼飯のメニューとしてすでに織り込まれている。そこにこだわっているのか、そうでないのか自分でも今ひとつわからない。
 店へ行ってみるとあいにく売り切れで、ぼくの順番が来ても無駄話に余念のないお兄さん。裏の台所から補充される気配はない。少し残念だったけどあっさりと別のものを注文した。

 まさかこんな日がやってこようとは。
 初めて口にしたのは、アメリカへ来て日も浅い頃のこと。印象は「不味い」ではなく「味がしない。よくこんな物ニコニコしながら食えるなー」といったところ。もしかしたらこちらの方が「不味い」とはねつけるよりも評価としては下なのかな。たしかカッテージチーズそんな印象だったと思う。
 
 2度目はスープキッチンで。
 チリ・コンカーン、フライドチキン、ミックスド・グリーン、ロースト・ターキー、ポーク・チョップ、マッシュポテト&グレービー、ミートローフ……。思い返してみると、本当の意味でのアメリカの食事を口にしたのはあの頃だったんだろう。自分の好みでメニューを選ぶことはもちろんできない・出されたものを詰めこんでいくだけ。
 もし、それ以前の状況で暮らし続けていたとしたら、あれほど徹底してアメリカの食事を口にすることはなく、いまだにマカロニ&チーズという選択肢はないはずだ。しかも、当時はどこかに「今食っておかないと……」という危機感があったのか、食べていた量も並大抵じゃなかった。

 これまでの人生で「うまいなー」と心の奥底から呟いた事はないように思う。単純に味の評価として。
「うまいなー」はいつも目に映るもの、場の雰囲気、同伴者、季節、精神状況など様々な要素の総合評価で、味のみでの判定を下したことがない。失礼な言葉を使わせてもらうと、「うまいなー」のどれもが味にかんしては「OK」だった。というよりもそれほど深く考えない。ちなみに、何かに対して評価を下す時にアメリカ人はよく「OK」という言葉を使う。アレが大嫌いなんだ。

 飽きがこない。
 家庭料理のポイントは意外とこんな所にあるんじゃないかな。飛び切り美味でも、特別でもないのに無性に懐かしくなったり。

 正直言うと、マカロニ&チーズが品切れとわかった時、少しだけくやしかった。
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by seikiny1 | 2009-09-11 05:24 | アメリカとの距離
So Far Away
 出発の前日であるというのに実感がまったく湧いてこない。コーヒーを片手にタバコを吸っていると口をついて歌が出てきていた。そういえばあの日もこの歌だった。

 一回目とは比べ物にならないほどに緊張感がない。グリーンカードを手に入れたという事実よりも、もっと大きなものが心のひだに染み込んでいたのだろう。二回目の帰国の朝、早起きをしすぎてしまった僕は、もうやることもなくなってしまい、カーサービスが迎えに来るまでの二時間余を新しくできたコーヒーショップで過ごすことにした。

 あれはまだ緑色の看板がマンハッタンを凌駕してしまう前のこと。耳慣れないStarbucksという店名をやっとおぼえた頃だった。静かな音楽の流れる、照明の落とされた店内は週末の朝であるというのに人の姿はまばらで、コーヒーの香りとカップルのささやくような声しかない。アパ-ト前の横断歩道を渡りながら玄関に本を忘れてきてしまったことに気づいたのだけれど、春先の陽射しは「ま、いいか」という気持ちにさせてくれる。

 それでも、紙コップのコーヒーがそろそろぬるくなりかけた頃にはガラス窓の向こうの風景にも退屈をしはじめていた。そんな時にあの歌が流れはじめた。スピーカーからではなく、頭の中のどこかで誰かがつぶやくように歌っている。どうしたわけで流れはじめたのか、なぜその歌であったのかはわからない。歌はリピートボタンを押されたかのように終わることなく延々と流れつづける。

 気づかぬうちに、これまで自分が歩いてきた道をふり返り彼方に忘れてきてしまったものを見つめていたのかもしれない。

 どこまで続くかわからない道にため息をつきながら、はるか遠くにうっすらと映る蜃気楼のようなものを見ていたのかもしれない。

 物理的な距離の変わることはないのだけれど、精神的な距離というものには振幅がある。日本を捨てるようにして出てきたことに比べれば、一時帰国など大したことはない。そんな半分捨ててしまった生まれ故郷、家族の顔を思い浮かべていたのかもしれない。

 昨日よりもいくらか寒さがやわらいだとはいうものの、今朝は小雨が降り続いている。スーツケースを持った係員が笛を鳴らし、タクシーに合図を送る。僕はホテル前の車寄せ近くに腰を下ろしコーヒーを飲んでいる。あの日と同じ曲が口をついて出てきていた。

Dire Straits 「So Far Away」

Here I am again in this mean old town.
And you’re so far away from me.
And where are you when the sun goes down.
You’re so far away from me.

So far away from me.
So far I just can’t see.
So far away from me.
You’re so far away from me.



 明朝、日本へ帰ります。






 そして朝になりました。
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by seikiny1 | 2008-12-25 23:21 | アメリカとの距離
多期多会
 あまり着ることのないコートに久しぶりに腕を通す。ポケットからライター-が出てきた。
 BIC社製のライター。
 小学生の頃に憧れた四色ボールペン、タバコを喫いだした頃に父の机から失敬した白いライター、冬に外で喫うタバコの先は細長く伸びる、デザインを同級生に自慢したこと、火の大きさの調整が難しく風のある日は難儀したこと、18歳の頃最初にアメリカ製と出会った時の衝撃、チャイルドロックが付き出した頃の煩わしさ、炎が真っ黒なススを出す事を知った時のちらかったアパートの部屋、ガスの減りがはやくなった事に気付いた時にそばにいた友人の顔ぶれ、アメリカでフランス製を発見した時の新鮮さ、ボールペンの滑らかな書き味とすぐインクがボタること、などなどこれだけのことを容易に思い出すことが出来る。

 一体、人の記憶の中にはどれだけの<もの>が詰まっているのだろう?
 記憶=もの、と言っても決して言い過ぎではないかもしれない。ものは記憶という引き出しを開けるための鍵でもある。たった一本の鉛筆の中にも、人はそれぞれ別々のものを見いだし過去に遊ぶことが出来る。もし、この世からものが消えてしまったら多くの記憶はほこりをかぶってしまい二度と引き出しの中から姿を現さなくなってしまうかもしれない。
 風に舞う新聞紙、空きビンが互いにぶつかり合う音、底のすり減ったスニーカー。様々なものが無作為にその姿を現しては記憶を引き出していく。またそれらには記憶だけではなく新しい発見にも満ちあふれている。それまではただ憧れの四色ボールペンだったものの軸をひねってみて開けてみる。そこに今まで考えてもみなかったメカニズムを発見する。それを考え出した人のこと、研究に伴う努力、「なぜ研究者は白衣を着るのか?」、「緑のインクの使い道は?」、などの疑問。記憶と反対側からも色々なことが流れ込んでくる。
 ものとは過去との接点だけではなく、未来への接点でもある。まるでよく出来た関節のようでもある。Flashpoint.

 生きていくということは常に新しい<物>、<者>と出会い、懐かしい<もの>と再会を果たしていくことなのかもしれない。
 無駄な消費をする文化は好きになれないが、僕らはあらゆるものに囲まれて生きている。周りを包むもの達に目を見開いて歩いて行こうと思う。自分を見つめる為に、行く先を見極める為に。

 子供の頃から好きだった場所がある。文房具屋。久々に帰国し、かなりの時間をあちこちの文房具屋で過ごした。そこには憧れ、思い出、そして未来が詰まっていた。色々なものを手にとって眺めては棚に戻すことを繰り返す。ニューヨークに帰ってみると鞄の中からは筆ペンと小さな縦書きノートしか出てこなかった。
 昔、憧れていたこの国に住み暮らして得た最大のものは、自分の中の日本という<もの>。僕は日本への鍵というものを拾いに、アメリカへ来ているのかもしれない。
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by seikiny1 | 2005-01-07 09:10 | アメリカとの距離
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