ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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カテゴリ:ニューヨーク( 17 )
ペーパーウェイト
「それがさー、講演で日本へ行ったときのことさ。
時間があったから、なんとなく会場準備の様子を見てたんだ。
びっくりしたのは、まず体育館の両端にしゃがみこんだ2人が手にしたひもをピンッとはるんだ。
ギターの弦みたいにまっすぐにね。
次に伸びきったひもに折りたたみ椅子の足を合わせて並べていく。
二人の男は長さをはかりながら横に移動して……そんなことを繰り返していくんだ。
もちろん演壇では歪みを監視する人が小さな修正の指図をしながら」
カウンターの向こうにいるJohnが笑みをまじえて問いかける。
「で、どうしてそんなまねをすんだ?」
「……いや、わからない……」
Davidは苦笑まじりにつぶやいた。



「まったくバカなことをやるよね。さっさと並べちまえばいいものをさ」

「いや、よくわかんねぇけど、
こんなとこからゼロ戦やwalkmanが生まれたんじゃないかい」

「いやー、ほんとだよね。まったく彼らの思考回路はどうなっちまってんだろう」

あの苦笑は何を物語っていたんだろう。



ブロードウェイで信号待ち。
南にはこのエリアの顔、ビルボードが雨ににじむ。
最近はLCDタイプが主流になってきていて、
真ん中の特等席では踊るMichelobの茶色い瓶が2本、いや3本。
上にはTDK、そのまた上に2段重ねのTOSHIBAが、
不規則な積み木のように危うげなバランスで連なっていく。

右肩越しに見上げたTOSHIBAやTDKの赤い文字。
なぜか感じるのは空虚さだった。
20年程前、Cup Noodleのビルボードが登場したときの、
どこか誇らしさにも似た胸の高鳴りが少しだけ再生され、
光る積み木と交叉し離れてゆく。

北には、小雨をうっすらと染めながら移動を繰り返すBarclay Capitalの青い電飾。
少し前まではLehman Brothersの緑色が雨粒を乱反射させていたところだ。

角の”MAXIE'S Restaurantの赤いネオンサイン。
"IE'S" と "ant" の赤い灯が消えてしまっている。
文字の欠けたネオンほど哀しく、憂鬱にさせるものはない。

青に変った信号を渡り楽器屋の前。
「最後のホームレス」と言われている彼、
説得に応じ、ついに廃業してしまったのか、
$4500の値札を下げたダブルネック・ギターの入るショーケース前にいつもの姿はない。


爆弾騒ぎがあったからなのか。
雨降りのせいなのか。
月曜日だからなのか。
季節のはざまに立っているからなのか。
それとも自分を映し出しているだけなのか。
今朝のタイムズスクエアは、予算不足で手入れの行き届かない公園のよう。
ボンヤリと水銀灯が灯っているような。
看板ばかりがやけに目立つ。
パーカーののフードにあたる雨粒を感じながら、
煙の立ち込めるバーで10年以上前に交わされた会話を思い出していた。


仕事場。
四角いペーパーウェイトを書類の辺と平行に直す。
体育館に張られたひもの理由は
「気がすまないから」としか説明できなかった。

ペーパーウェイトがわりの石でも拾いに行こうか。 




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by seikiny1 | 2010-05-04 08:12 | ニューヨーク
廃墟
ニューヨークに春の訪れを告げるもの。
サイドウォーク・カフェ。
通りに面したカフェ、レストランが歩道にテーブルセットを出しはじめる。

コンクリート、レンガ、石で出来上がった街。
綿密に設計をされた公園。
大地は人間という神が想像したもの深くに眠る。
そんな街では風物詩もまた人工のもの。
ここ数年の新顔は透明プラスチックのカップ。
温度計の表示と薄茶色のアイスコーヒーを手にする人の数が同期する。



ここしばらくの天気具合はなぜか東京と似ている。
不具合、と言ってもいいほどに寒暖の差が激しい。
30度を超す夏日。
数日後には10度を切り長袖の世話になる。
初物好き。
俗に言われる江戸っ子と似た気質なのか。
コートの背を丸めながらの屋外での食事シーンも珍しくはない。


歩きながら見ているのか、見ていないのか。
自分ですらわからない。
そんな視線はたしかにある。
屋外地下、吹き抜け沿いのカフェ。
テーブルの出されていない敷石はやけにくたびれて見える。
雪の翌朝に歩いてみても、
昨夜の手がかりを見つけることはむずかしい。
そんなエリアであるのに敷石にはまったく艶がない。

陽に灼け、塩をまかれ、零下をひと冬の間抱き込み……。
敷石はくたびれてしまったのか。

通り過ぎながら映っただけだから、
時間にして30秒程度。
見つめていたのは5秒にも満たないだろう。
車道を横切る頃には意識が飛んでしまっていた。



暗闇。拾われることのないゴミ。通りの奥に起こる匂い。
隙をうかがうチッポケな犯罪の眼、眼、眼……。
ナポリには1980代ニューヨークと同質の空気が立ちこめていた。
あの頃を思い出させるに十分な落書きの中に埋め込まれた地下鉄。
Graffitiのセンスだっていい。
作ったものではなくできあがったものなのに。
乾いた風景を見ながら郊外へ。


電車を降りて歩く。
グレープフルーツほどもあるレモンが枝にぶら下がる。
ポンペイ遺跡へ行ったのは炙られるような暑さ、熱さの日5月だった。

廃墟群。
かつて町として機能し、繁栄をしていた。
食堂、居酒屋、風呂屋、スタジアム、
上下水道も完備していれば、
風俗店もありGraffitiもある。
人々に埋め尽くされた町は、突如、火山灰の下に埋れた。

悲劇を思わせる材料に事欠きはしないのだが、
帽子をかぶっただれもが乾いた観察者の目でかつての繁栄の上をなぞる。
1900年という時間は人を冷静にするに十分な時間なんだろうか?


ミッドタウンに埋め込まれた敷石。
そこに廃墟となってしまったニューヨークを見ていた。
2010年04月14日朝。

朝の肌寒さのためか人影のない広場。
人の手によるものは、
出来上がったときに動くことをやめてしまう。
まるで地球の表面に焼き付けられたシミのよう。
生命を吹き込むことのできるのは創造主である人間だけ。

自然は愛しく、恋しい。
それでも、ぼくは都会がなくては生きていくことはできないだろう。
人は苦手だが、好きでもある。
窓辺に佇む庭に棲む猫のような距離感で生きてゆくことのかなう場所。
都会。
少なくともぼくにとっては。

数年後、
ぼくというカタチはこの地上に存在をしていないかもしれない。
数千年後に石膏を流し込まれるカタとしてだけ地底深くに転がるだけで。




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by seikiny1 | 2010-04-18 09:37 | ニューヨーク
目クソ鼻クソを嗤う
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口に含んだ枝豆が空っぽの時は寂しい。
取りあげたムール貝が空っぽでも、それほどがっかりはしない。
「スープの中に落ちているだろう」という希望があるからなのか。

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はずれだった……。
酒を飲みながらこんなことを考えていた。
もうちょっとましなことを考えればいいのだけれど。
別にくやしくて仕方がなかったわけではないけれど。

それにしてもニューヨークには空っぽのムール貝のような人が多い。
この街がそうなのか、この街がそうさせてしまうのか。
それとも運が悪いのか、僕自身に問題があるのか。
空の貝殻をつなぎ目のところでふたつに分けてスープをすくい啜る。
あわよくば沈んでいる剥き身のありつこうと。
山盛りにされたムール貝。そのすべてが空っぽだったらどうしよう?
ムール貝のワイン蒸はスープが一番おいしいんだけど。

この街の魚屋で買う貝類の多くは、塩水につけておいても口を開くことはない。
なにかを拒絶するように。


あー、湿っぽくなった。カレーでも作ろう。
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by seikiny1 | 2008-07-28 06:27 | ニューヨーク
消えゆくもの
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<text>は下です(↓)




宝くじを買って帰る。

腹の底で喋る黒人男性。
目がとろけている白人女。
Ray Charales風の車椅子に乗った男。
腰をおろしたミルクケースの上から、あちこちにチャチャを入れるプエルトリカンの男。
誰もが傍に茶色の紙袋を置いている。

リカーストアを出て、家へと向かいながら鉄柵にとまっている鳩の姿を思い出していた。



今日は七夕。NYの天気は曇り。
織姫と彦星は会えるかな?
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by seikiny1 | 2008-07-08 09:08 | ニューヨーク
欲望の街
画像をクリックで拡大版です。

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by seikiny1 | 2008-06-19 08:35 | ニューヨーク
月の後姿
「どんな人だろう?」
「どんな顔をしてるんだろう?」
 あたりまえのことだけれど、後ろからでは人の顔を見ることができない。だから早足で追い抜いて、ちらっつと振りかえったてみたりする。

 昨日とはうってかわり、今夜は寒く、その上風まで吹いている。
 5mほど前を手をつないで歩く三人連れ。ちょうど僕の歩調と同じで、しばらく彼女たちの後姿を見ていた。
 母、娘、祖母か?
 
 顔が、表情が見えない分、後姿はうそをつかない。
 空にはきれいな満月が。

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by seikiny1 | 2007-11-24 09:09 | ニューヨーク
One Bill Breakfast
 ベンダー(屋台)で買うBagel+Coffeeの朝食は1ドルだった。One bill(紙幣)breakfast。コーヒー豆の値上がりのせいか,、少し前から1ドル25セントで売る店が増えはじめ、最近ではその値段で落ち着いたかにみえた。
 先週のこと、Bagelをたのみ、25セント硬貨2枚を出したところ、
“One more quarter.”という声が返ってくる。また、25セント上げる店が出てきた。
 昨日は別のベンダーで買ってみた。依然として50セントのまま。どのみち、ニューヨーカーの朝の定番が1ドル50セントで定着する日もそう遠くはない。

「拳銃をガソリン券100ドル分と交換」
警察にはたったの5時間で421丁の拳銃が集まったらしい。
クリーブランド市での話。

「拳銃不法所持者の有効な情報提供者(匿名可)に1000ドルの懸賞金」
これまで、約2500人を逮捕、約1500丁の拳銃を押収、懸賞金として約87万5000ドルが支払われてきたそうだ。
ニューヨーク市での話。


 石油不足からガソリンの値段はガロン当たり3ドルを超えた。
 先週会ったアパートの大家は渋い顔をしながら、
「今年の冬はやばいぜ……」とつぶやく。摂氏2度の朝、ラジエーターはカチリともいわない。
「あ、卵が」、「お、牛乳も」、「え、ビーフまで」
 このところ値段の上昇にばらばらに、それでも頻繁に気づく。現状を考えればしかたないとも思う。ただ、この20年でこんな経験をしたことは一度もない。
 次にくるのは?
 ビールらしい。
 原材料であるホップは3倍に、モルトは70パーセント価格が上昇しているそうだ。値上がりだけではなく圧倒的な品不足らしい。オーストラリアやヨーロッパの大干ばつに加え、アメリカでは折からのエタノールブームでホップやモルトからトウモロコシへと乗りかえる農家が急激に増えているらしい。
 新聞のインタビューに「いやだけど、しょうがねーな。まぁ、好きなやつはいくら出しても飲むからな」、と答えていたバーの客がいたけれど、まぁ、それはそうだ。それでもやっぱりビールはいたいなー。

 ニューヨークでの物価はスライス売りのピザを基準にするといい。20年前は1ドル。今は2ドル。忠実にその時の正当な物価を反映している。不思議なことに地下鉄の料金がいつもシンクロをしてあとを追う。「2ドル25セントのピザが目立ち始めてきたな」と思っていたら、どうやら地下鉄の方も値上げの準備中。

 421人がそれぞれの理由でガソリン券を手にした。中には金銭的な理由のあった人もいただろう。
 銃があふれた社会は嫌いだ。それでも、どんなに金に困っても僕は1000ドルのために親友を売ることができるだろうか?たとえばの話。
 人間が金に弱く、コントロールされるのは今も昔も変わっちゃいない。
 人間は支配することをどこかで望んでいる。

 刀狩
 廃刀令
 武装解除

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by seikiny1 | 2007-11-21 01:35 | ニューヨーク
Lost in Translation
 別に意識しているわけではないけれど、「近代美術館」と言う。”The Museum of Modern Art”とフルネームで呼ぶ。MoMAと呼びたくない。

 封切の映画を観ることはほとんどなく、最後に観たのがいつ、どこで、なにだったのかすら思い出せない。映画はもっぱら近代美術館で観る。年会費を払い、会員になってしまえば、上映される映画をいくらでも観ることができるから。僕の中で映画の位置はその辺りにあるのが心地いい。
 地下にある映画館では、時おり、遠くを走り抜けていく列車の音が響いてくる。まだうす明るい館内には見かける顔があちらにも、こちらにも。開演時間を新聞に目を落としたり、なじみの人とおしゃべりしたりしながら待っている。あかりが落とされてから入ってくる人もおり、終演後に見渡してみるとガラガラだった席がほぼ埋めつくされていることもそう珍しいことではない。
 先週の日曜日には、遅まきながらLost in Translationを手ぬぐいでマスクをしつつ観た。開演直後、前に腰を下ろした女性の香水がくさくて、くさくて。
 内容は「フンフン」といったところ。外国に暮らす身である僕は共感できるところもあったけれど、日本人でもある僕には「?」と言うところももちろんある。映画=娯楽の僕の目には、そつなく作られた優等生の作品という印象だった。もちろん、監督の年齢やキャリアを考えたら拍手喝さいものかもしれないが。

 外に出てみれば、あたりはすっかり暗くなっておりおなかのほうも少しさびしい。人ごみを見ていると。なぜかビールが飲みたくなってくる。そういったわけで向かったのが、少し前の記事にも書いたラーメン食堂。
 無言で「ポンッ」と放り出されたメニューの落下地点であるテーブルへとつく。
 まぁ、ラーメン屋の定番とでも言うべきビールと餃子、それに味噌ラーメンを注文することに。ちょうどその頃、隣の席に年配のウェイターさんが注文の品を持ってくる。フランス語でおしゃべりにこうしていたカップルは、料理の量にびっくりしたのか。それとも、イメージと実物のはざ間にはさまれてしまったのか、一瞬の沈黙があった。それでもまた、楽しそうに、そして、おいしそうにカツカレーとチャンポンをたいらげていく。
 最後の餃子をビールで流し込んだあとだった。お皿をさげに来た、先ほどとは別のウェイターさんが隣のテーブルを見て、「ギョッ」とした顔をする。それからは、ひたすら平身低頭であやまりはじめた。どうやら、麺のほうが注文のものとは別のものだったようだ。その言葉がわかっているのか、わかっていないのか、あっけにとられている二人。それでも、彼が謝っていること、どうやら料理に「なにか」問題があったことはわかった様子だ。麺をはさんだ箸は宙で止まってしまい、その行き先を忘れてしまっている。ウェーターさんはすっかり相手を飲み込んだあと、カウンター奥にあるキッチンの方へと走り去っていった。
 「災難が去った」とでも思ったのか、その後二人にはまた楽しい時間に戻ってきた。

 ニコニコ顔の彼が再び彼らの真横に立った。まだ湯気の立つ大きなどんぶりを持って。
「さぁ、ご注文の品です。Enjoy!」
ほとんど食べ終えられた最初のどんぶりをさげ、新しいどんぶりをテーブルに置いて去って行く彼の後姿はどことなく満足感にあふれている。一方、さらなるどんぶりを置かれた二人は。
 顔を見合わせて、再度の絶句のあとに苦笑。それでも足りないのか、僕のほうに笑いかけてくる。
 それでも、 僕がラーメンを食べ終える前には新たなるどんぶりを完食し、立ち上がる。うらやましい胃袋だ。

 しばらくして、器を下げにきた先ほどのウェイターさんの後姿はどこかさびしげだった。
 よく見てみると、あるべきはずのものがテーブルにない。
 チップは0ドル。
 習慣の違いか、それとも腹が立ったのか?
 今となっては、彼にその真の理由を知るすべはない。

 NY在住の異国人。異国から訪れる人たちにはニューヨーカー接し、彼らもそう思い話しかけてくる。
 この街に一日、いや一時間でもいれば誰でもニューヨーカーになれる。それは、それぞれの人の持つ習慣や性質の違いに巻き込まれていく言ということもできる。
 ニューヨークはやっぱり不思議な街だ。不思議な力を持つ街だ。



ニューヨーク近代美術館 上映スケジュール

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<なにか>を感じられた方。
ここを押していただけたらうれしいです。
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by seikiny1 | 2007-09-16 06:57 | ニューヨーク
パニック
 まるでパニック映画のひとこまを見ているようだった。

 外でランチを食べているときに見たつむじ風は予兆だったのか?
 ばらばらになった新聞紙は、弧を描きながら空に吸い込まれるように舞い上がっていく。
 食後のいっぷくを楽しみながら見上げたビルの間に見え隠れする小さな空は、だんだんと黒味を増していっていた。
「雨がきそうだな」
 そういえば、昨日の予報では月曜、火曜と傘のマークが出ていた。今朝、なにげなく見上げたビルの壁には、「大型のハリケーンがノースキャロライナ州を通過中」との赤い電光掲示が出ていた。話はそれてしまうけれど、ハリケーンを”She”で扱う感覚は好きだ。
 条件はそろっている。

 それでも、のんきなもので、ボーっとしながら10分ほど街を見ていた。
 再び目を上げたときには、西の空に雨が降り始めていた。こちらでは曇り空ながらもしずくのひとつも落ちてこないのに、あちらではかなり大粒の雨が落ちている。
 そうこうしているうちに、西の方から駆けてくる人の群れを追うように雨が近づいてきてしまった。雨はどんどんと人間を追い越していく。
「ポツン」と来た瞬間に立ち上がり、雨の足音に追われぼくも走り出していた。
 逃げ惑う人々の中には転げてしまう者、屋台や信号待ちの車にぶつかってしまう者、買ったばかりのランチを落としてしまい踏みつけられる者、そんな人たちがまるでブラウン運動のようにぶつかり合いながら思い思いの方向へ走っていく。信号なんか守っている場合ではなく、まさに上を下への大騒ぎだった。
 そんな人たちをよけながら走っているうちに、とうとう雨に追いつかれてしまい、ほんの数秒間でずぶぬれになってしまった。

 われわれはなんと椿事に弱い生き物なのだろう。学んでも、忘れやすい動物なのだろう。日ごろ心に言い聞かせていることなんか、ほとんどの人にとって無用のちょうぶたうのようだった。
 それにしても自然の力のなんと大きく、その前で僕たちがいかに無力であることか。

 30分ほどして見上げた空はもう青空で雨のかけらもない。
 そういえば、あの日も抜けるような青空だった。
 ニューヨークは、明日、9月11日を迎える。
 この6年間でなにが変わったのだろう?なにかが変わったのか?



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○<なにか>を感じられた方。
ここを押していただけたらうれしいです。
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by seikiny1 | 2007-09-11 08:53 | ニューヨーク
雨の日
蛍とリスのいる街
鳥のさえずる樹の下で駆け回るネズミたち
固くなったパンを鳩にをやる老婆、その向こうでは駆除に頭を悩ます人
エレベーター・エスカレーターのない駅がほとんどなのに、バスのほとんどが車椅子用の昇降機・座席を持つ
空港では固定料金のイエローキャブの列、たむろする白タクの運転手たち
木の生い茂る庭を空中に持つ人がいて、トンネルに住み暮らす人もいて

30度を越す猛暑の翌日に、15度の日がやってきた
自ら落とした種で再生を繰り返す朝顔
隣の庭では、越してきたばかりの女性が除草機で朝顔を刈りとっている

さてどこにはいりこもうか?





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○この記事を読まれて<なにか>を感じられた方。
ここを押していただけたらうれしいです。
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by seikiny1 | 2007-08-11 07:36 | ニューヨーク
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