ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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カテゴリ:日本( 23 )
変化しているようでそうでもない
 ちょうど昨年の今頃日本へ帰った。約十年ぶりの日本。
 沖縄で、福岡で、東京で酒を飲んだ。あれだけ誰かと毎日のように外で酒を飲んだのはどれくらいぶりなんだろう?

 興味のあった発泡酒も飲んでみた。点数は<マァマァ>。値段があと少し安いなら合格点。あの値段と、あの味のバランスを考えるとやっぱりビールの方に軍配を上げたくなる。その土地の生活者ではなく、素通りする人間だからこそこんな無責任な事が言えるのかもしれない。生活する身にとっては、数十円でも惜しい。こんな事を言っている僕だって、ニューヨークでは少しでも安いビールを探して歩いているんだから。

 僕の地元では、皆が集まって開く酒盛り(これも素敵な言葉だと思う)、飲み会の事を<飲み方>と呼ぶ。前回の日本では、寝る前に飲む数本のビールの他はほとんどが外酒。友達で集まってやった家酒の<飲み方>は東京でのたった一回きりだった。
 誘われて、予定された日に友人宅の玄関をくぐった。すでにはじめている先客たち。初めての人だったけれど、自己紹介をしてすぐ酒になる。
 部屋に入って最初に感じた事が、「<飲み方>のやり方も少し変わったな」、ということ・
 座卓には数本のお茶の入った大瓶のペットボトルが並んでいた。
 焼酎ブームの真っ只中ということもあり、焼酎が数本。
 紙パックに入ったお酒も数本。
 以前、日本ではあまり見かけることなかったウィスキーの大瓶。
 そんな光景に、少しだけ違和感を感じながらも根が好きなものだから杯を重ねる。

 次から次に人が玄関から入ってくる。座卓を中心に、皆が思い思いの場所に陣取り飲んでいる。つまみは乾き物、お総菜屋さん直送のもの、お刺身、キムチの大瓶そんなもの。部屋の持ち主以外は、お互い知り合い同士というのはすくなかったけれど、男中心の<飲み方>ですぐに場がくつろいでいく。
 部屋主のガールフレンドがこまめに飲み物を作ってくれる。ありがとう。
 プロレスラーのような身体をした本業がSPという男性は、背をちょっと丸め気味にして携帯用灰皿を片手に持ち申し訳なさそうにタバコを喫う。
 プロのキックボクサーは年末のタイトルマッチに向けての夢を語る。
 熟練のミュージシャンは目を輝かせて音楽のことを語りながら、周りへの気配りを忘れない。
 有名な空手家の投げるダーツの矢は、放物線ではなく直線を描き的に突き刺さる。
 昔、NYにいた、という男性は知り合いの、知り合いでついつい話が盛り上がってしまう。
 コスプレ雑誌の編集長とアダルトビデオの監督は裏話をしてくれる。

 昔と変わったようで、それほど変わってはいない。
 遠い昔だって、人が集まって、卓を囲んで飲む酒はきっとこんなものだったのだろう。これからもそう変わることはないだろう。テーブルに上がるもの、タバコのマナーなど小さい事は常々変わり続けていっても、皆で飲む酒というのは変わりはしない。
 人は、酒を飲むためだけに集まってくるわけじゃない。酒はたった一つの道具に過ぎないのかもしれない。人の環のことを考え、何かを確認しながら、そして楽しい空気の一部分となるために人は集まる。そして酒を飲む。
 いつの時代でも、どこの場所にいても、どんな人が相手でも変わることのない<飲み方>。そんな飲み方を大切にしていきたい。変化が激しく、速い時代にあるだけにこんな<飲み方>が大好きだ。悲しい酒、苦しい酒ではなく、楽しい酒をもっと、もっと増やしていきたい。

外酒の<飲み方>もいいけれど、家酒の<飲み方>の方が好きだ。

 ひとりで飲む酒もまた美味い。
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by seikiny1 | 2005-10-08 08:01 | 日本
スマイルは0円なのだろうか?
「大変申し訳ございませんでした。ご指摘をいただきましてありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。それでは失礼いたします」
ガチャーンッ!受話器を電話機本体に叩きつける。
「このクソババア、がたがた抜かしやがって!」
以前ある会社で見かけた(自称)有能な営業マンの背中。

 マニュアルやHow to本は日本のお家芸の一つと言えるだろう。書店を見回してみても<赤ちゃんの名づけ方>から<死出の心構え>まで、その類の本であふれかえっている。
 色々な人が、色々なマニュアルを自分自身の中に持っている。正しいものもあれば、間違ったものもあることだろう。本の中には押し付けられたものもあれば、自ずから選ぶものもあるだろう。自分で<よい>と思うものを人に勧めるのは人情だ。
 マニュアル化のおかげで、日本は様々な場面において世界に類を見ないほどの高い平均点を持ち、それを維持し続けることが出来てきた。日本の、日本人の平均点は飛びぬけて高いと思う。それだけに平均点からはずれてしまったものに対する目は厳しく、それは否が応でも目立ってしまう。あるところでは驚愕し、またあるところでは失望もし、腹もたってくる。
「なんでなんだ?」、「おまえ日本人だろ?」
 そこにあるべきはずのものが無いときの衝撃は大きく、一瞬たたらを踏んでしまう。その後の反応は人それぞれ。
 平均点の存在は、自分の求めているものと相手が提示するものがほぼ等しいという、ひとつの安心感を生む。その安心感は双方が高くても低くてもあるわけだけれど、やはり高いところから落ちた時の衝撃は大きいだろう。

 帰国した際に最初に言葉を交わしたのは入国審査官だった。<木で鼻を括る>という言葉がまさにピッタリの応対だった。安心感なし。
 気を取り直して国内線乗り継ぎのために、某航空会社のカウンターへ向かう。笑顔を絶やさず、きびきびと仕事をこなしてくれる彼女。安心感大。
「ふ、ふ、福岡行きの便に乗らなきゃならないんです」
見るからに気の毒そうに、あわてふためいた男性がカウンターに取りすがるようにしながら僕の隣で別の係員に事情を説明している。彼女もまた同僚と同じように笑顔を絶やすことなく、てきぱきと処理していく。彼にとって彼女は安心感最大であったことだろう。
 日本の企業では<接客>をひとつの商品とみなして、社員教育などに力を入れ対応をしているように思われる。それを商品とみなしていることの現われがチケットカウンターでのやり取りであり、その逆がお役人様なのだろう。
「お客様は神様です」。三波春夫はなくなってしまったけれど、そのことばは脈々と生きている。

 日本で日々を送るにつれそういったやり取りにも慣れた頃、最初にあげた有能な営業マンの背中が頭の片隅で見え隠れするようになってきた。
「どこまでが本当で、どこからがウソなんだ?」
 どこへ行っても似たような笑顔、買物をすれば必ず手を添えておつりを渡してくれ、買い物袋の取っ手の部分をキュッとねじって持ちやすいようにして渡してくれる。こんな人達も満員の地下鉄の中では我先にと席につき、無言でポーカーフェイスの群集の一人となってしまう。肩がぶつかっても知らんふりで通り過ぎ、もしかしたら逆ににらみつけられる事もあるかもしれない。こうして買物をして店を出た直後に舌打ちをされているかもしれない。
 笑顔の向こう側が全く見えない。
 笑顔と舌打ちはどの瞬間に交差して変わっていくのだろう?
 こういう事を考えていると、マニュアルになんだか空恐ろしいものを感じてしまう。人間という器には一定量のリミットがあり、水をあまりにも注ぎすぎてしまうとどこかでバランスを取らなければならない。願わくばその負の力を発揮している場面には居合わせたくないものだ。器の大きい人はいるかもしれないけれど、底なしの人はいないだろうから。

 ニューヨークのJFK空港で移民官の仏頂面を見ながら、なぜかここでも安心感に包まれた。

 死ぬまでに手にとって現物を読んでみたい本がある。僕にとっての幻の書。「接客マニュアル」。
 Smileは0円だそうだ。
 Smileが凍りつきませんように。
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by seikiny1 | 2005-02-20 14:27 | 日本
娼婦
 小雨の降る十月の那覇国際空港に着いたのは真夜中も近かった。喫煙所へと走る人を横目に荷物を受け取り到着ロビーへ。到着が少し遅れてはいたが事前にお願いをしていたタクシー会社の運転手さんは待っていてくれた。最終目的地である名護市到着までの約一時間、運転手さんと基地、産業、観光、環境破壊そして複雑に絡み合ったそれらについて話をしながら闇に包まれた沖縄本島を北上した。
 ブセナ・ビーチは夜目にも開放感にあふれ、清い風が流れていた。

 日本の観光立国化を唱える人々がいる。世界中の人に日本という国を、その文化を見に来てもらいお金を落としてもらう算段らしい。阿蘇山にある地獄・垂玉温泉を少しだけ丈が短い浴衣を着込んだ人々がそぞろ歩くのもそう遠い未来ではないかもしれない。
 <観光>を受ける側はただ施設を整え、後は座して待つだけで終わることは無いはずだ。例えが適切ではなく、しかもその職に就く人々には腹立たしいことかもしれないけれど<観光>という言葉の向こう側にある僕のイメージを話そう。
 <観光>を受ける側を人間の職業に例えるならば娼婦、ストリッパー、芸能人をはじめとする有名人といったなりわいの人々とダブッて見えてくる。自分自身のプライベートな部分を切り売りする、という意味で。そこには美しさ、欲望、珍奇さ、そういったものが満ちあふれている。個人の持つプライベートな面とパブリックな面の境界線が極めてあやふやになり、そこにひとつのビジネスが成り立つ。表面上それほど目減りは目立たないけれど、内面から情け容赦なく削られていってしまう。
 愛する子供たちを抱えながら家計が立ち行かなくなってしまった母親の中には、意を決して苦界へと身をゆだねる人もいることだろう。しかし、実際にそこへ足を踏み入れてみると、そこは身を売るだけで終結するような世界でないことに気付くはずだ。哀しい話ではあるけれど、文字通り身も心もボロボロになるまで食い尽くされることも珍しい話ではない。そういった世界では、ひと通り以上の覚悟が無ければ生きのびていくことは極めて困難なほど、<こちら側>で見ていただけではわからないことにあふれている。気の遠くなるほどの様々な事を背負っていく覚悟が必要とされる。
 島国で、ごく最近までほぼ単一民族で占められてきた日本。ひと口に観光立国などと言うけれど、想像も出来ないような問題が続出してくるのは必至だ。そこには移民問題もあり、治安の悪化につながるような材料には事欠かない。環境破壊は避けて通れない道であるし、これまでの価値観が根本からひっくり返されることも出てくるだろう。朝起きてドアを開けたら軒先に誰かがウンコをしていた、なんてことは日常茶飯事かもしれない。
 果たして自分自身の生活をそこまで犠牲にしてまで、外からのお金または開発によって起こるで<あろう>新たな雇用が今の日本には必要なのだろうか?そこのところをしっかりと見据えて、そのうえで覚悟を決めてかからなければ取り返しのつかぬ事になる。国の内部どころか、人間の内部までが今以上にズタズタになってしまう危険がそこにははらまれている。
 鎖国をする必要は無い。どう開いていくか?

 僕自身の事になってしまい恐縮だけれど、ホームレス生活の最後の三ヶ月間を一日中道端に座り込むことで過ごした。街を、街行く人々を眺めながら、接しながら。
 それまでに路上生活を約六年間送っていたのだけれど、<道端に腰をおろす>ということは僕自身にとってとても大きな勇気を必要とするものであった。そこに[坐り続ける]=[見続けられる]=[プライベートの切り売り]はやはり辛いものであった。持論で行くとこれもまた観光産業と呼べるものであるかもしれない。時の経過と共に次第に慣れはしたが、それはやはり日常ではなく本来の自分の姿とは異なるものであった。ただ、その三ヶ月間が<無駄ではなかった>と断言できるのは、幸いにしてその行為を自分のための精神修養であると置き換えることが出来たからだと思う。これに気付き、そう思い込んだのは幸運以外の何ものでもなかったと思う。この経験が無かったら、こうして今これを書いている自分は無かったと思う。「幸運であった」、と言うほかない。

 もし「今でも、そしていつまで続くかもわからない期間で同じことが出来るか?」、問われれば僕は沈黙するしかない。
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by seikiny1 | 2005-02-18 12:09 | 日本
第四のビール?
 ビールが好きだ。
 決して自慢できることではないが、一年三百六十五日欠かすことなくほぼ毎日飲んでいる。それほど好きだ。

 昨年の秋に日本へ帰るまでの数年間、僕の頭の片隅には常に発泡酒という言葉があった。「売れている」、「安い」、「ウマイ」そんな言葉がついてまわる発泡酒。帰国して早速飲んでみた。感想は?「こんなもんか。ウン、こんなもんだろうな」。まるで誰かにせせら笑われているような味だった。
 確かに売れてはいるようだ、ビールよりは安いようだ、そんなにまずくもない。全てにおいて極めて中途半端な印象を受けた。思い返してみれば様々な雑誌・新聞・録画されたテレビ番組等の広告でその存在を知り、勝手になにかの幻想を抱いていたのかもしれない。広告だからもちろん悪い事を言うはずもなく、確かに日本から来た人は「今、発泡酒がブームです」、とは言っていたが冷静に考えてみると誰の口からも「ウマイ!」という言葉は出ていなかった。日本へ帰り周りの人の評価を聞いてみても「ウマイ」という人はいなかった。そんな人達も家へ帰ると、ブツブツ言いながらもそろって発泡酒を飲んでいた。人によって理由は様々なのだろうが、そこに共通しているのは<仕方なく>。もちろん僕も例外ではなく、滞在先に帰る際には必ず発泡酒の入ったコンビにの袋をぶら下げていた。
 税制の壁があるからか?製造者の価格協定でもあるのか?発泡酒は中途半端に高くもなく安くもなかった。味のほうも製法の、原料の壁があるのかこれまた中途半端。そしてそれらを飲む僕達もお金持ちでもなく、また死ぬほど貧乏でもない。かといって酒をやめられるか?と問われればこれまた自分に都合のいいような返答しか出来ない。そんな僕達に政府が、製造元が、社会が「中途半端なおまえらにはこんなのが適当だよ」、とあざ笑って差し出したのが発泡酒のような気もする。あの味、物足りなさは自分自身の味なのだろうか?そしてまた次の晩にコンビニの冷蔵庫の前で「どれにしようかな?」、と迷いながら結局いつもと同じ銘柄を買ってしまう。そんな自分の姿がいつまでも頭の片隅に残る。

 アメリカにはモルツ・リカーというアルコール飲料がある。位置づけとしては日本の発泡酒のようなものだ。ただし、出しているメーカーは様々な弱小メーカーで日ごろビールしか飲まない人は見たことも、聞いたこともないかもしれない。独特のマーケティングでもしているのだろうか、それらを目にすることが出来るのは俗に<貧乏人>と呼ばれる人が多いエリア。間違ってもミッドタウンのフィフス・アヴェニュー界隈でお目にかかれることはない。その値段はバドワイザーなどの約三分の一から四分の一(五百ミリリットルで五十セント)程度で、とことん安い。これに比べると缶入りのコカコーラなどは高級品の部類に属する。
 モルツ・リカーを買う人はなにを基準に選ぶか?
 第一に値段。次にアルコール度数。最後に味。モルツ・リカーはアルコール飲料であること、貧乏人の味方であることに徹している。

 それの、その周りの全てが中途半端な発泡酒。
 値段だけを考えてみれば、二十年ほど前のビールのそれと較べれば格段に安くなっている。ただ、冷静に考えると単にそれまで無謀なまでの酒税をしいていたからに過ぎず、決して現状がいいという理由にはならない。
 確かに酒屋の冷蔵庫の前で悩むほどにビール類の種類も増えている。しかし、それは四大メーカーがそれぞれ銘柄を増やした結果に過ぎず、本当の意味での選択であるかどうかは疑われる。

 <国民総中流>と呼ばれてきた、自ら呼んできた我々には中途半端なものが一番似合う、という統計でも出ているのだろうか?数十万円もするワインがあるのだから五十円の発泡酒があぅてもいいと思うのだけれど。我々の一人一人がそういうものの出現を心の中で恐れ、拒んでいるのかもしれない。そんな心意気が日本をここまで支えてきたのかもしれないから。

 間接税と直接税の比率は今では四対六であるという。この数字が逆転するのにそう時間はかからないだろう。個人からの直接税の減収を避けて通ることは出来ないし、保険や老人問題など支出もまた大きくなっていくばかりだろう。日本で五十円の発泡酒が発売されることはまずないだろう。日本の社会の、経済の、個人の中ののシステムがそれを許さないだろう。
 中途半端というのは、なかなか出来るものではなくそれほど悪いものでもないかもしれない。

 去る週末にパーティーがあり、一本一ドル九十九セントのポルトガル産のワインを持参した。みんな喜んで飲んでくれていた。
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by seikiny1 | 2005-02-09 09:48 | 日本
言葉のマジック
 昨日、今日とニューヨーク発のブログはこの冬最大の積雪の話でもちきりなことだろう。今朝起きて外を見てみると三十センチほどの雪が積もっていた。
 雪の夜は美しい。降り積もった雪が街にお化粧をほどこしてくれる。歩道に積み上げられた黒いゴミ袋の山さえもその夜だけは、雪紋を描く雪山の風景に見えてくる。そのひとつひとつがきらめく雪の結晶の下には、普段とはなんら変わることのないゴミの山があるのだけれど。
 「雪山で遭難する人が最期に見る光景とはこんなものなのかな?」、と思いながら昨夜は夜の街を歩いた。

 雪の街を眺めながら、昨年出会った十代、二十代の人達の口から発された、似たような質問を思い出していた。
「セイキさんって、昔はヤンチャだったんでしょう?」
 そのたびに僕は「……」、という状態に一瞬だけ陥っていたわけだがなんとかその意味するところを察していた。
 どうやら最近では、僕らが使っていた<悪さ>が<ヤンチャ>という言葉に置き換えられているらしい。かわいらしく響かないこともないが、そこでやっていることは今も昔もそう変わってはいないだろう。中高生の頃、酒・たばこ・ケンカ・オートバイ・サボリ・早退・遅刻、そんなたわいもない(?)諸々の事を人は<悪さ>と呼んだ。もちろん自分達にもそういう意識はあったわけだが、あえて自ら<悪さ>と呼ぶことはなかったように思う。それはそこにやってはいけないこと、<悪>という意識があったからかもしれない。
 彼ら、彼女らは自ら<ヤンチャ>という言葉でそれらをひとまとめに呼ぶ。その質問を受けた時に、その言葉に悪の意識があるかどうかを確認するまで思い至らなかったのだが、やはり<ヤンチャ>は<悪さ>に較べると悪に対する認識、後ろめたさが薄いように思う。オブラートをかけることによって正当化しているのか、悪とそうでないものの境界線が極めてあやふやになりつつあるのではないだろうか。
 少なくとも僕らは悪を悪と知ってやっていた。

 日本語という言葉は誠に表現力が豊かな言語で、同じ事象であってもその時々の感情や環境をふくめ極めて多様な表現をすることが出来る。もちろん例にもれず、いや他よりも抜きん出て日々進化を遂げ様々な枝葉を拡げている。この言語を持つ民族として生まれた事に誇りと喜びを感じる。だが、気をつけなければならないのは-これは多言語に関しても言える事なのだろうけれど-それは使い方によっては容易に誤解を招き、意図的に使うことにより相手を煙に巻くこともたやすいということだろう。使いようによって様々な抜け道を作っておくことが出来る。言葉のマジック。これを無意識でやり出した時は、こわい時代の到来となることだろう。

 いじめ、登校拒否、殺人、自殺、リストラ、加害者、被害者、バブルなどなど。新聞の社会面を開くと様々な言葉が目に入ってくる。読む者にとってそれらの言葉から連想されるのは様々であろうが、実際の出来事に較べてみればとてもとても少ない画像しか頭には浮かび上がってこない、そしてそれはあっという間に通過していってしまう。その裏には身近な単語だけでは語りつくせない様々な出来事が潜んでいるにもかかわらず。
 登校拒否という言葉ひとつを取ってみても、そこには様々な原因や形態があるはずだが我々が思い浮かべることはといえば「かわいそうに」、「いかんなー」、「親は?学校は?」、「うちの子は?」、そんなところだろう。

 言葉そのものに惑わされることなく、その裏側にあるものに少しだけでも目を見開いていきたいと思う。いや、無意識に言葉というオブラートで事実を包み込む事をせぬように心がけていかなければならない。悪い意味での言葉のマジックを放置しておけば、殺人さえもが<ヤンチャ>という言葉で無意識に片付けられてしまうのもそう遠い日ではないのかもしれない。

 雪に埋もれた街を歩きながらそんな事を考えていた。
 雪の降りた日は美しいが、翌日には人や車で踏み荒らされてそれは泥やゴミと混ざり合い、本当の、時にはそれ以上の醜さを露呈する事を忘れずに。



 日本語については、vbayareaさんの記事『英語と日本語」を読んでずっと考えていました。
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by seikiny1 | 2005-01-24 10:35 | 日本
コンビニの列であまり待たされたことはなかった
「おっさん、これで何回目や?一体俺がいくつに見えるんや?」
 心の中では毒づきながらも、別の意思を持つ指先は財布の中から身分証明書をつまみ出す。三十歳頃まではこれがビールを買う時にキャッシャーのカウンター越しにとり行われる一つの儀式のようなものだった。
 ニューヨークでは二十一歳未満の飲酒は法律で禁じられている。買う方はもちろん売る方も厳罰の対象になるので、店側が神経質になってくるのも当然だ。
 この先も未成年の飲酒が無くなる事はまずないだろうが、もし日本が本腰を入れるのであればこれくらいやらなくてはならないのかもしれない。それに<二十歳未満>という法的な未成年と<高校を卒業したら大人>という慣習的なものの間に存在するギャップを埋めてしまわなければならないだろう。法規制をするのであればもちろん未成年=二十歳未満ということになるのだろう。こういったことは必要であるのかもしれないが同時に残念でもある。日本人が持つ良い意味でのいい加減さがまたひとつ消えていくようで。「そう、がみがみ言わなくても自分でコントロールできるならいいんじゃないの」、こういった事を言っていられないほどに社会は変わりつつあるのかもしれない。全てを規制され、法で固められなければ秩序が乱れてしまう情けなさ。

 自分がそうであったからではないが、未成年の飲酒に関して百%反対ではない。道路で吐きながら、ひっくり返りながら、翌日の頭痛に悩まされながら色々な事を学んできた。それらは教えられたからといってわかるものではなく、学ぼうと思っても学べないものだった。そしてやっとこの歳になって、少しだけだが酒の味がわかってきたような気もする。
 未成年の飲酒そのものよりも、自己の確立やコントロール。それ以上に周りの大人の方に問題があるように思う。新入生の歓迎会などで一気飲みを連発し、急性アルコール中毒になり死に至るなどの事件は論外ではあるけれど、そういう事件が起きる下地は誰が作ったのだろう?それをひとつずつ解きほぐしていかなくては何の解決にもならない。

 秋雨の降る深夜、約十年ぶりに実家の門をくぐる。冷蔵庫にはビールがなかった。母はビールを飲まない。疲れた足を引きずりながらビールの自動販売機を求めて夜の町をさまよい歩く。人にはあまり喋りたくない時もあり、そういった時に自動販売機は誠にありがたい存在なのだが、見つからないものはしょうがない。「ここ十年ほどの間にそれらはほとんど姿を消してしまった」という話はどうやら本当のようだ。ないものはしょうがない、あきらめてコンビニに入る。店の一番奥にある冷蔵庫の一画はビールや発泡酒で埋められていた。きれいに磨かれたガラスの扉に「当店では未成年へのアルコール類の販売はいたしておりません」、と手書きされた小さな紙が見える。
 それからは毎日のようにコンビニでビールや発泡酒を買っていたのだが、たったの一度も「身分証明書をお持ちですか?」という声を聞くことはなかった。もちろん何人も<それらしき>人を目にはしているのだけれど。僕が見た範囲では、あの類の紙はやはり店の立場を客に対して、学校に対して、警察に対して、常識(?)ある人に対して明確にする為だけのもの、ただの紙切れに過ぎないようだった。単なるひとつのフアッション。ポリ袋を下げて犬の散歩をし、誰も見ていなければ糞を放ったらかしにして歩み去る飼い主。その程度のものなのだろう。神社のお札でも貼っておいたほうがどれだけありがたいことか。
 レジに並べば、どこの店でも同じような顔をした店員さんが、同じように乾いた笑顔で、同じ様な言葉を口にする。気付いてみればコンビには質の悪い大きな自動販売機になってしまったようだ。店員さんの口から流れる「いらっしゃいませ」、「ありがとうございます」の声と昔の自動販売機から流れていた機械的な声がオーバーラップする。
 極めて中途半端な無機質な空間。

 コンビニは嫌いではない。「好きか嫌いか?」と訊かれたら迷わず「好き」、と答えるだろう。多くの人の答えもそうであろうと思う。コンビニとはそれだけ影響力がある存在なのかもしれない。

 コンビニに今の日本の縮図を垣間見た様な気がする。
 コンビニのあの手書きの張り紙が政府発行の印刷物に変わる時、日本はまた狭くなってしまうのかもしれない。
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by seikiny1 | 2004-12-30 09:37 | 日本
和洋
 今回はあまりきれいな話とはいえません。もしお食事中でしたらご勘弁下さい。

 あなたの家のトイレは洋式ですか、それとも和式ですか?
 物心ついた時に家のトイレは洋式でしたか?
 現在の日本家庭に於ける洋式トイレの普及率はかなり高いと思う。平均的な家庭に育った僕の家に洋式トイレがやってきたのは一九七五年前後だったと記憶する。多分このあたりが和式から洋式に移行するピークだったのかもしれない。そして奇妙なことに、これは日本の高度成長期の終焉の時期と一致する。人々はなにを求めて洋式に乗り換えたのか?そして物心ついた時から洋式トイレが身近に存在する場合、それはどんな影響を及ぼしていくのだろうか?
 僕自身を振り返ってみれば、トイレが洋式に変わった頃から自分の中の緊張感のようなものが少しずつなくなっていったように思う。そうしてそれは現在まで続いている。

 便所、トイレ、厠、御不浄、W.C.、はばかり、お手洗い、化粧室……。
 思いつくだけでも日本にはトイレに対する様々な呼び名が存在する。その中で日本人のトイレに対する距離感を最もよく現わしていると思うのが<御不浄>。「きよくはない」がそこに尊敬の念がこもっている。単に排泄を行う(不潔な)場所としてだけではなく、生活の中で何か別格の存在であるという意識の現われなのだろうか。そういう場で和式トイレにまたがるという行為は、知らず知らずのうちに毎日の生活に組み込まれた数少ない真剣勝負であったのかもしれない。

 一方、洋式トイレの長所は、まずリラックスできること。そして身体に障害を持つ人やお年寄りにもやさしく手を差し伸べているところだろう。また、映画のシーンなどに使われても画になる。和式だとそういうわけにはいかない。まさに生活に融け込んだ、あまり距離感のない存在ということだろう。
 洋式トイレに腰をおろしていると物思いにふけり、景色を眺め、本を読み、などなど心身ともにリラックスしているのを感じる。実際、僕に関して言えば様々なアイデアはトイレで浮かぶことが多い。それだけリラックスできている証拠だろう。ただ、学生時代に足を怪我した際、学校のトイレで「どうやってカタをつけるか?」と創意工夫する事を学び、「絶対にやり遂げる」という根性を身につけ、<痛みと排泄>を天びんにかけてそこから優先順位の存在を学んだようにも思う。そういう面では、洋式トイレは過保護なのかもしれない。

 いつもこんな事を考えているわけではない。ただ、今回の帰国では公共の場のトイレを使わせてもらうこと多く、そこには和式トイレがいまだに存在しているのを見てある種の安堵感を抱いていた。腰を下ろしたり、しゃがみこんだりしながら壁の一点を見つめ考えていたこともある。
 何よりの発見は和式と洋式の共存だった。それは多分衛生上の理由によるところが大きいのだろう。洋式一色に染まることなく、その場その場に応じて上手に使い分けることは大切なことであり、それは日本人の長所であるとも思う。この先、割合に変化こそ出てくるかもしれないが和式トイレが絶滅することはないだろう。同時に日本のトイレはきれいであり続けるとも思う。日本の公共の場にあるトイレがアメリカと比して格段に清潔なのは、管理する側の心配りもあるだろうが、それにも増して使う側のトイレに対する意識が違うからではないのだろうか。
 和式トイレがなくなり、公共の場のトイレが汚くなった時、日本人は日本人でなくなってしまうのかもしれない。

 自分自身の中に和式トイレ(真剣勝負)を持ち続けることにしよう。
 僕にとってこの毎日コラムは和式トイレなのかもしれない。一日に一度、真面目に物事に接し、考えてみる、ということでは。



 国会議事堂と議員宿舎のトイレを全て和式にしてしまえば、この国の政治も少しはましになるかもしれない。
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by seikiny1 | 2004-12-22 09:03 | 日本
チャリというかわいい名の皮をかぶった怪物
  チャイニーズ・レストランのデリバリー、オフィスへ書類を運ぶメッセンジャー、ここ十年程増えてきた趣味の人達など、アメリカで一番自転車が多い街はニューヨークだろう。
 そうは言っても、日本の地方都市の足元にすら及ばない。通勤、通学など個人の交通手段としてはあまり使われていない。以前はよく見かけていた地下鉄車両内へ自転車を持ち込む人も最近では珍しい。

 久しぶりに帰った日本は自転車国になっていた。そして、その量、マナーに度々閉口した。今、自転車は怪物になりつつあるのかもしれない。
 怪物は狭い歩道を前から後ろからやって来て僕の真横をかすめて行く。駅周辺や繁華街のかつて歩道と呼ばれていた場所に行儀悪く寝そべっている。そのくせ一台一台を注意して見てみると、鍵がかかっていなかったり、かごの中に忘れ物があったりと誠に日本らしい風景が見えたりもする。

 僕が通った小学校では自転車は免許制だった(仮免まであった)。四年生になると受験資格が出来る。筆記、実技そして車体検査の全てを通過しなければ自転車に乗ることは出来なかった。
 この怪物はもうすぐ手がつけられなくなりそうだ。実技はともかくとして、-法規とマナーの講習を受けた者のみ乗車可-という許可制などにしなければその暴走は止められないかもしれない。
 不法駐輪(放置自転車)という怪物に対しても、車と同じで全て登録制にする。
 上記二点をやった上で、違反者は積極的に取り締まり罰金徴収、違反車両には駐禁をバンバン貼り悪質なものは没収。その車両は払い下げて小腹を膨らませようなんて考えはやめ、違反車両をまとめて中国や東南アジアへ対してのODAの一貫として供給する。そうすれば無駄な税金を払うこともなくODAが宇宙船に化けることもなくなるだろう。新しい駐輪場は違反者から巻き上げた罰金でまかなえばいい。

 こんな荒技でも使わない限り、そうやすやすとこの怪物はおとなしくならないところまできている。

 日本人は<マジメ>な人種だ。ただ、結構ご都合主義なところもあって物事をいいように解釈してしまったり、「あいつがやるから俺もやる」的なところもある(自分自身も含めて)。そして<法>にはほとんどの人が従う。路上禁煙条例にしても、色々な論議は出たが条例が施行されたらほとんど全ての人が守っている。千代田区を歩いた時、「ここは日本か?」と思うほど誰もタバコを喫っていなかった。気付かずに喫っていると誰も注意こそしないが、なじるような目つきで通り過ぎるので、あまりの痛さにそこが千代田区であることに気付いたりもした。
 まだまだ民主主義や自治の歴史の浅い我々のDNAの奥深くには「オカミには従う」という言葉が埋め込まれたままなのだろう。法律は守る。
 昔聞いた話にこういうのがある。旧ソ連の高官が日本を訪れた際「アメリカにくれてやるんじゃなかった」、とつぶやいたそうだ。それは、共産国家にすれば素晴らしい国になるという言葉の裏返しだ。それほど我々は法(オカミ)に従順な民族なのだろう。

 長い目で見ていたって怪物はおとなしくならないと思う。どこかにホネのある政治家はいないものだろうか?いや、こちらの方が難しい問題かもしれない。

 怪獣だけやっつけても、卵は残る。「なんで怪獣が生まれたか?」という事を誰もが考えていかないと。

 自分の例ばかりなのだが、三十年前、僕の生まれた街の人口は十八万人だった。駐輪場もないのに自転車は散乱していなかった。現在それは十三万人となり、二階建ての駐輪場はあるが自転車はそこここにあふれている。何が起こったんだろう?
 町から旧財閥系の大企業が消え皆よその町に働きに行く。親達は、少しでも良かれ、と思い子供達を近場ではなく電車で一時間以上かかる都市部の学校へやる。むかし都会にいた人達ですら乱開発で住む場所がなくなり郊外への移転を余儀なくされる。そして企業だけが都市部に残る。そんな様々なことの鬼っ子の一人が、世間を騒がせている自転車問題なのだろう。あと一人の親がモラルの欠如。
 政治家、金持ち、教育者そして親たちは自転車問題で大騒ぎする前に、それこそ長い目で物を見て判断していかなければ第二、第三の怪獣が生まれてくる。臭いものにふたをするだけでは何の解決にもならない。

 そしてまた法制化。
 我々は頭を押さえつけられる。
 日本の民主主義(というものがあるならば)が潰えるのはそう遠い日ではないかもしれない。

 さぁ、自転車で出かけよう。


*1日々雑想:福岡自転車事情1というサイトに、法規上の自転車の位置が紹介されていたので付記致します。

*2日々雑想:自転車が溢れている理由にさらに突っ込んだ記事を書いてくださいましたのでフォローアップ致します。ー2004・12・21ー
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by seikiny1 | 2004-12-21 09:07 | 日本
マンガ
 眠りこける人、携帯電話に向かって小声で喋り続ける人、カップ麺をすすり上げる人、コーヒーを手に天井の一点をにらむ人、リラックスチェアをリクライニングにして目を閉じている人、ヒソヒソと話し込むカップル、コンピュータに向かう人、そしてマンガを読む人。
 日本に帰国した折り、メールをチェックするために数日に一度はインターネットカフェへ行っていた。というよりも、マンガ喫茶内に併設されたそれ、という方が正しいかもしれない。

 ここニューヨークにも古本屋チェーンのブックオフがある。地下一階、地上二階の売り場を持つそこへ初めて足を踏み入れた瞬間に変な感覚にとらわれた。違和感、とでも言うのだろうか。目に入ってきた光景が僕の持っていた書店のそれと少しずれていたからだろう。そこには、立つ者もいれば、座っている者もいる数十人の老若男女が思い思いの格好でジーッとコミックブックに目を落としていた。BGM、やたらと威勢のいい店員さんの声そしてしきりに繰られるページの音だけが聞こえてくる。「店舗内の一等地にマンガ?!」。二年程前のことだった。
 それまで僕の頭の中にあった書店の売り場地図ではコミックブックいえば店の一番奥か、階上だった。まぁ、それはあくまでも新刊を売る書店の地図ではあるのだが。
 東京に滞在していた際、探している本が紀伊國屋書店:新宿南店にあるという情報を得てそこへと向かった。真新しい高層ビルに囲まれた南店のドアを抜けた瞬間に、あの二年前の感覚がよみがえってきた。
 多分、日本最大の書店グループ、しかもそのフラッグシップ・ストアともいえるこの店舗の一階はコミックブックで埋められていた。

 日本の出版物で一番売れているものは何か?
 それはおそらく週刊誌にはじまりコミックブックに至るマンガなのだろう。街を歩けばあらゆるところで新品・新古品を販売しており、電車内、飲食店、公園のあちこちでそれを読む人も見かけるどころか、歩きながら読んでいる人さえもいる。電車のホームや網棚に置かれている本のほとんどもそうであり、読者は子供から大人まで。面白いマンガのほとんどには、原作者という存在があり(これなどは形態の変わった小説といってもいいだろう)。テレビのスイッチを入れればアニメがあちこちで放映され、映画の興行収入の第一位もアニメだと報じられている。
 先日、ある私鉄に乗っていた時に、本を読んでいる六十歳くらいの女性と隣り合わせた。なんとなく気になって、書店のカバーが付けられた本を覗き込んでみるとそれはコミックブックだった。

 これだけの量と層のマンガにとり囲まれている日本。マンガはもう娯楽ではなく一つのメディアと言えるだろう。使い古された言葉だがマンガ文化という言葉を改めて噛みしめた。そしてそれは読む(吸収する)という一次的レベルではなく二次的、三次的なレベルにまですでに発展しており、これからも続けていくことだろう。冒頭の喫茶内の風景というのもその一つの現れであると思う。それぞれのスタイルで上手に利用している。これは昼間の風景だが、夜になるとまた一段と変わってくるのだろう。聞くところによると、シャワー完備のマンガ喫茶もあるという。そういうものが増えてくれば、ゆくゆくはホテル業、不動産業にも影響を及ぼし生活のスタイルそのものすら変わってしまうかもしれない。

 マンガとは今に始まったものではない。僕の親の世代、いやその前から綿々と受け継がれ、そして常にある層からはハレモノ扱いをされてきたように思う。もうそろそろ文化として認められてもいいのではないだろうか?いや、認められないからこそマンガ文化は元気があるのかもしれない。
 アメリカにもマンガはある。多分こちらが先輩だろう。日刊紙の二ページは種々のマンガで占められる。ただ僕の勉強不足だろうか?そこに日本ほど文化を感じることが出来ない。娯楽の領域を出ていないし、社会への影響力は日本と比べてみると天と地の差があり、それは文化とすら言えないかもしれない。日本からの輸入品MANGAも英語になりつつはあるが、まだまだマニアのものでしかない。

 おそらく世界唯一の文化を持つ日本。もっとこいつを使っていかなくては。

 今年ニューヨークにも日本のマンガ喫茶が出来た。
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by seikiny1 | 2004-12-19 10:01 | 日本
銀紙
 「クリスマス」、と聞いて最初に思い浮かべるのは?

 僕の場合は銀紙。
 あれは多分、幼稚園の頃だろう。父親が奮発してそれまでには見たこともないような大きなカシワの足を買ってきた。あれは多分ローストされていたのだろう、と今にして思うのだが。食卓の上にいくつも並べられたそれらの足先に巻かれた銀紙がとてもまぶしかった。姉と二人で目を輝かせてじっと見つめていた。あれはアルミ箔ではなく、僕にとってはいつまでも銀紙。

 この時期、街はクリスマス・イルミネーションであふれ、寒風にもまれながらも人々は幸せそうな顔をして早足に歩く。この国が一年中で一番幸せに満ちあふれる時期。
 人々はクリスマスプレゼントの買い物に忙しく、足早に歩く。
 日本でクリスマスとビジネスそして宗教に関してあれやこれやと言う人が出てきたのはいつ頃なのだろう?今年もすでに何かで読んだ記憶がある。
 以前はクリスマスとは、教会そして家庭のものだったのだろう。起こりは宗教的なものだろうが、今それは裾野を広げ恋人達、友人達で祝われることも多い。プレゼントのやり取りも多く行われ、それに伴いビジネスとしても大きな節目になるわけだ。一説によるとアメリカの小売業の年間を通しての売り上げの数割はこの時期に集中するとも言う。

 宗教とビジネス?
 まぁ、その関係は複雑なものがあるだろう。僕は現状でもいいと思うのだけれど。
 プレゼントを交換するという行為よりも、一緒に祝うということが大切だと思うからだ。たとえそこに宗教的背景が全くなかったとしても、その日、その時間を共有し幸せになる。プレゼントには送る人達のそういう気持ちが込められた副産物に過ぎない。ギフトとはそういうものだと思う。
 我々は初詣に行く。クリスチャンの人が行くこともあるだろうし、我々のそのほとんどは<一応>あまり自意識のない仏教徒である。来年の人出は九千万人以上(あらためて考えてみるとこの数字はすごい。老若男女ひっくるめて七割強!) と予想されているらしいし。初詣に行けばそこでお賽銭をやりお願い事をし、お守り、お札、破魔矢などを買う。神社にしてみればこれは立派な年間最大のビジネスだろう。そしておまいりした人は一年の事を思い描き幸せな気分になったり、気分を引き締めたりとその日はやはり特別な日であり、それらに対する散財に対してはおおらかになる。
 苦しいことの神頼みに始まり、葬式にはお坊さんを呼び、結婚式は神前か教会で行い、子供たちは教会付属の幼稚園へ行ったり……、と我々と宗教の距離感はそんなものなのじゃないだろうか?僕はこの距離感はとても好きだ。とても日本人らしく感じる。だからクリスマスを祝う。キリストが生まれたからではなく、みんなで幸せな時間を送る日がある事を嬉しく思うからだ。そういう日が一年に数日くらいあったっていい。たとえそこに宗教というものが確実に存在したとしても、それはほんの小さな要素のひとつでしかない。クリスマスは宗教の枠を離れ一人歩きをし、ついて行く人がこれだけいるのだから。

 昔の大戦で、何の申し合わせもないのにクリスマスの日に銃火がやんだ、という話を聞いたことがある。
 クリスマスという日を世界で宗教の枠を超えて皆で祝って欲しい。
 敵も味方も。
 たった一日だけでもそういう日があって欲しい。
 それは決して他人まかせではなく、一人一人がそれを思うことで実現していくのだろう。自分に出来る事をやる。

 War is over
If you want it
War is over
NOW

 僕が一番好きなクリスマスソング。
 Happy Christmas (war is over)/ John Lenon

この日、誰もがそれぞれの銀紙を見つけることが出来るように。
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by seikiny1 | 2004-12-18 06:23 | 日本
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