ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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カテゴリ:日本とアメリカと( 72 )
話すベンザ
約束の時間にはまず遅れません。

と言うよりも、待ち合わせ場所付近にはかなり早い時間に現れています。
「余裕をもっておきたいから早めに……」
結果としてゆっくりしたいがために早足、
そんな本末転倒に苦笑してしまうことも。

鈍行電車の中、ニヤついているあの男はぼくかもしれませんよ。

約束に遅れることと、人生が2年短くなること。
ふたつからひとつを選べと言われたら、
迷うことなく後者を取ります。
これ、性分ですから仕方ないですね。


そんなわけで、家を出て
故郷である福岡県大牟田市まで要したのは26時間。


早めに着いたJFK空港ではあっという間に手続き終了。
思いっきりタバコを吸い、いくつかの関門を越え、
出発ゲート付近に着いたのは定刻2時間前。

「ここはどこなんだろう?」

フっ、とそんなことを考えていました。
物理的にはアメリカ領土なのですが、
すべての出国手続きはは終わっている。
帳面上、ぼくはどこの国にもいない。
ガラス1枚で仕切られた異空間。

アメリカのようでアメリカでないビルの中。
アメリカではないようでアメリカのビルの中。


よく晴れた冬のある日、
午前9時半の不思議な空間。
飛行機が見える窓際の席に座り、
春巻き、牛肉とブロッコリーの中華炒め、カリフォルニア・ロール
そんな朝食をとるカップルをボンヤリトと眺めていました。


到着ゲートから入国審査窓口までは遠かったです。
大牟田駅から新栄町駅までを歩いているような感覚。
成田・到着ターミナルでは日本を感じませんでした。
「着いた!」そんな実感がわきません。
ここもまた異空間。


この旅ではじめて日本を感じたのは羽田にて。
ウンコをするために腰を下ろした便座。
うっすらと伝わってくる温もりが、
「オカエリ」と身体に声をかけてくれたのです。

チャーシューと麒麟麦酒で乾杯をしました。
飛行機の時間まであと1時間半。




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by seikiny1 | 2010-03-11 17:01 | 日本とアメリカと
拒絶の音。承諾の声。
「ピーッ!」
思わずたたらを踏んでいました。
承諾の音がなぜか拒絶に聞こえてしまっていたんです。
ディスプレーを見ると「GO」。
その標示で非日常から日常へと戻りました。
地下鉄でメトロカードをスワイプした時のこと。



今回、最初に非日常から日常へと戻ったのは、
JFK空港で入国審査を受けた後でした。
それはいつまでたっても出てこない二つ目の荷物を待っているからでも、
取っ手の壊れてしまったスーツケースを前にして、家までの道程を思ったからでもありません。

ないんです。
鍵が。
鍵のことなんか2週間以上も思い出したことはありませんでした。
飛行機の中でさえ。

かなりあせってました。
人ごみの中でスーツケースを広げて、
アチラを、コチラをごそごそ……。
ここで見つからなくても、
ルームメイトに電話をすれば。
ビルに入ることさえできれば合鍵も隠してある。
最悪の場合、仕事場へ行けばスペアがワンセットある。
それなのに探さずにいられないんです。

あった……。
携帯電話、デジカメ、コンピューター。
「チャリン」
ケーブルをひとまとめにした小袋を動かした時にかすかな音が。

そこに入れていたことを思い出せなかったんです。
ただの偶然。
それはこの2週間袋を開かなかった、ということでもあるわけです。
この荷物が日常たり得なかったという。
次回は持っていくのをやめよう。
日本へ持っていった3冊の本は、1冊目の途中までしか読めていないし。
用心深いと荷物は多くなってしまいます。
このことは今回の帰国で母との間に見つけた共通項。

帰宅途中、最後の角にあるAngie's Deliでビールを2本購入。
シャワーを浴びて一杯。
薄くて爽快なアメリカの味、Coor'sの24oz缶。
ホッピーではなく、またこれが日常となっていきます。

帰国する前に
「当っているかもしれないから」
と番号のチエックを頼まれたロッタリー・チケットはどこへ置いたかな?

「机のある小部屋に置いたはず」
と思っていた万年筆が見つからないんです。
朝、出掛けにあちこち探したのですがありません。
仕事場に置き忘れたわけでもありませんでした。
それにしてもこれでけは一日中気がかりで、気がかりで。
穴の開きそうな運動靴でリレー大会の練習をしている感じです。

まだ日常の中で小さな非日常を生きています。
本日のチョンボ=2




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by seikiny1 | 2010-03-10 09:20 | 日本とアメリカと
念仏踊り
 運転免許証が失効して10年以上が経ちます。この先の人生で車と復縁することがあるとも思いません。

 アメリカでの車遍歴は置くとして、日本での車。最初で、最後の1台。
 ダイハツ コンパーノ・ベルリーナという車でした。
 
 ぼくよりちょっとだけ年下の、それはかわいいやつ。すぐにすねたり、泣いたりするのですが、そこがまたかわいくて。
 ちょっときつい坂なんかを登ると大きなとめ息をつく。時には、
「ねぇ、ちょっと休んでいこうか……」と吐息まじりに語りかけてきたり。

 たった一つだけの悩み。
 部品が手に入らないんです。メーカーに問い合わせても部品の在庫はなく、中古部品に頼るしかないありません。
 ただひとつの道は、スクラップ前の同型車を見つけて確保しておくこと。これでやっと、ほぼ1セット分の部品が手に入るわけです。ずいぶんと回りましたよ、スクラップ工場を。
 これは今でも旧車と呼ばれるものを愛する人には変わることのない悩みだと思います。特に日本車に乗っている方には。

 ヨーロッパのことは皆目わからないのですが、アメ車に関してはパーツの心配はほぼ皆無。1950年代以降の車だったら車種に関わらずほとんどのパーツを手に入れることができます。
「あ、キャブレターいっちゃった……」
 早ければ翌日には手元に届きます。コルベットのように有名な車だけではなく、ぼくがはじめてこの国で手に入れた1978年製の超マイナー車:Chevrolet Monzaの部品までが手に入るのにはちょっと驚きましたが……。

 アメリカでも日本でも、今年は政府によるエコ・カーへの買い替え補助が大人気でした。アメリカなんて満員御礼で、あっという間に札止めです。日本ではエコポイントなどで家電なんかの買い替えも進んでいるようですね。
 ま、車も、冷蔵庫も、洗濯機も買う予定は全然ありません。ひねくれ者のぼくは、ニュースに映し出される、買い替えに嬉々とする人々を冷ややかな視線を注ぐわけです。
「踊ってるわ」、「踊らされてるわ」、「オメデタイ人たちだ」と。

 アメリカでも大人気のプリウスですが、こちらでのパーツ供給はどうなっていくのでしょう?
 アメリカではなぜいつまでも部品が手に入るか。そのわけは、メーカーがある程度旧式となってしまった部品の鋳型をただ同然で払い下げるかららしいんです。持っているとどんどん税金が発生しお荷物になってしまう。「それじゃ払い下げて勝手に作ってもらおうか」そんな感じなのでしょう。もちろん、それを元に製造して商売になるからこそ、払い下げられる側も喜ぶのでしょうが。
 
 対する日本。
 保守部品製造義務は該当車種の製造打ち切りから8年。
 極端な話ですが、もし、明日、プリウスの生産が打ち切られたら、8年後の大晦日にパーツがなくても怒鳴りこむところはなくなってしまう。まぁ、世界のトヨタさんですから、そんなことはしないでしょうが。もしかしたらその頃はアメリカでの現地生産がはじまっていて、パーツを逆輸入することができるかもしれませんし。

 長く乗り続けるシステムのない日本では、「長く乗ろう」と思っても乗り続けることは難しいですね。車が山中で、雪の中でエンコしてしまうほど心細いことはありませんから。そういった危険を避けるためには、安心のために買い替えなければいけないわけで。

「もっと燃費のいいやつ出ましたよー」の声に首を縦に振るしか現状では方法がないでしょう。
 どんなにいい車でも、愛着があっても15年も経てば廃車。工場はエコ・カーを作るためにフル稼働。モクモクと煙を吹き上げながら。地球にやさしい物作りのために、地球に負担を強いる。世界中の工場がエコにならない限りこの環はほどけないでしょう、きっと。

「地球にやさしいですよ」なんて言われてもね。
「地球にやさしい」と思っているのだけれどそれほどやさしくはないはずです。それよりも、古い車を乗り続けるほうがどれだけやさしいことか。
 
 10年程度の寿命の物を買いつないでいくほどの公害はないんじゃないのかな、とぼくは思うのですが。地球にやさしくありたいなら、新車なんて買わないことが一番です。高速道路なんか1000円でも乗っちゃ全然やさしくない。いっそのこと全線1車線にして、巨大な中央分離帯を畑にしちまえばいいのに。こやしの匂いをぷんぷんさせて。
 
 政府も「買わせる」ことばかり考えずに「使い続けることのできるシステム作り」ををもう少し考えてもいいのではないでしょうか。
「修理できません」
「修理をするとかえって高くつきますよ」
そんな物作りはそろそろ見直されるべきでしょう。

「で、物作って売れなくなったら国が立ち行かんでしょう。どうしてくれんのよ?」
なんて僕にいわれても困るので、こんな時こそ政治家というおエライ方や大会社のお歴々、経済学者が頭をひねってください。
 カセット・テープなんてほとんど見かけることもなくなったけど、カセット・メーカーは生きています。CD屋は消えそうですが、大手レコード・レーベルも何とか食いつないでいきそうですよ。国単位でも何とか活路は見出せるでしょう。実際、ハイブリッド・カーなんてマジックを考え出して業界に新風を巻き起こす頭を持つ人がいるわけですから。

 物を次から次に買い替えさせるシステム。終わりのない経済発展を願い、邁進していく考え方・教育にも限界が見えてきているのではないでしょうか。
「上が必ずしも善であるとはかぎらない」
 そんな教育をするだけでも先々かなり変わるとは思います。進歩だけではなく、雌伏する、一歩下がってみることもまた素晴らしいことだと個人的には思うのですが。


「大きいことはいいことだ……」
 子供の頃にテレビで流れていた山本直純さんが出演していたCM。

「消費は美徳」、「内需の拡大」
 不景気になると呪文のようにどこからか聞こえてきます。

 そして
「エコ」

 こうして見てくると、われわれ全然変わってませんね。
 この数十年。いつの時代にも民衆は喜んで踊ります。踊らされます。政治家の、お金持ちの唱える念仏に、
「ありがたや、ありがたや」と随喜の涙を流しながら踊り続けるんです。

 買い替えというエコ……。
 そろそろ念仏踊りはやめて「ええじゃないか」でええじゃないか。
 
 もぷそろそろ来年のこを言ってもいいでしょう。
 新車買おうかな、チャリの。





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by seikiny1 | 2009-12-29 12:17 | 日本とアメリカと
お女郎からヒモつき、そして自由
 パーコレーターのことを考えていたら、初めてのアパートがあった近所のことが気になりだし、インターネットで消息をたどり擬似旅行をする。
 パン屋がとうに消えてしまったことは聞いていた。ドラッグ・ストアは2度の合併を経てRite Aidの看板で営業をしている。タバコとビールを買いに行っていたスペイン語訛りの老夫婦が経営するStar Marketというデリはやはり消えている。
 そんな旅の途中で思い出したのがMetro Cafeというイタリアン・レストランのこと。NYではレストランや商店の回転周期が短く、ある日床屋がフランス料理屋になっていたり、腕時計用の電池を買いに行ったのに占い師が座っていたりする。このレストランも痕跡すら残さず消えていた。

 この店が印象深いのは、料理ではなくやはりあの光景を目にしたからだろう。
 エスプレッソを飲みながら、ガールフレンド(後の奥さん)と笑いを抑えるのに難儀していた。

「どこまで伸ばすやろか?」
「あそこんバーんニキじゃなかね」
「うんにゃ、うんにゃ。あん調子ぎっとキッチンまでは余裕で行くバイ」
「裏口から出て行くかんしらんバイ」
「そんで表口から入ってきたらどぎゃんすぅか?」

 BGMの絞られたレストランに響く男の声。ぼく達はランチタイム最後の客となっていた。
 めがねをかけた、マネージャらしき男はもう10分以上は送受器を右手に握ったままだ。あっちへウロウロ、こっちへフラフラしながら。長い鎖につながれた飼い犬のように落ち着きがない。送受器と本体とはコイル状のコードでつながれている。とは言っても、何百回となく裏になり表になり、1回転、5回転……ねじれを繰り返すコードは伸びているときはいいものの、縮んでしまうとこんがらがってしまいい大きなダマをいくつも作り、解きほぐすことは困難そうだし、そんな実らぬ努力をする人もいないと見える。びっくりしたのはコードの長いこと、長いこと。10メートルはゆうにある。
男は入り口近くの壁に取り付けてある電話からテーブルの間を縫い、バーカウンター前を横切り、とうとうキッチンへと続く銀色の両開きドアの向こうへと消えていった。長い、長いコードをドアのにはさんだままで。
携帯電話はおろか、コードレス電話すら電器屋に並んでいなかった頃の話だ。

 そんなに長い電話線が存在する。そのこと自体にびっくりした。
 この国での電話というものは電話機の前に立って、あるいは座って使うだけではなく、歩きながら、他の部屋へ移って別の用事を済ませながら話すものでもあった。電話というものに、場所にしばられないために、電話線から少しでも自由になるためにそれを伸ばすことを思いついた人が、買い求めた人がいた。すっきりとまとまることよりも、ぐしゃぐしゃでもいい、電話線を伸ばすことを選んだ人がいた。
 笑いをこらえながらも、その電話線の長さがアメリカの自由の奥深さ、こだわりに見えてくる。小さなことではあるけれど、電話機の前から開放された時に人々はひとつの自由を手に入れた。そんな細々したことがこの国の自由を作ってきた。

 電話線の長くなるのがあと10年遅れていたら、エルビスやマイケルの登場も、月着陸も、黒人系大統領の出現も、他国への軍事介入も10年ずつ遅れていたことだろう。
 ひもつきの自由に飽き足らぬ人々は、更なる自由:ワイヤレスへ向けて心血を注ぎ、それでも歩きつづける。
 
 Sodium-Free, Free Ride, Buy One-Get One Free......
 この国で生活をしていると、生活のいたるところでFreeという言葉に出会う
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by seikiny1 | 2009-11-21 02:41 | 日本とアメリカと
道化師という生き方 (2)
 たったの3ヶ月だがホームレス・シェルターにいたことがある。シティーのものではなく教会に付属した定員10人にも満たぬ小さなところに。アパートを失ってまだ日も浅かった頃、公園のベンチで飯を食ってたら拾われた。自分ではは気づいていなくても、もう立派に<それ風>になってたんだろう。
 
 テレビに映る次期大統領と決まったオバマ氏の笑顔をを見ながら思い出していたのは、その当時の同宿人であった黒人Eの顔。休日の朝にはアイロン台の前で数時間を費やし、すべての洋服をプレスする。もちろんGパンにもパキッと折れてしまいそうになるほどにスプレー糊を拭きかけ折れてしまいそうな硬質の線を入れる。それが彼の生き方だった。矜持だった。シェルターでは酒を飲むことは禁じられていたけれど、「チェリー・ブランデーが好物なんだ」と路上でブラウンバッグに入れたビールで乾杯をしながらポツリともらす。
 
 当時いた5人のメンバーで唯一仕事を持っていたのがEだった。住むところはないが、仕事はある。普段はまだ夜の明けきれぬ前に一人だけ起きだして出かけていくのだけれど、雨の日には掃除が始まる直前まで寝ている。どうやら天気に左右をされる仕事をしているらしい、ということを知るのにそれほどの時間はかからなかった。

「おれの仕事かい?ピエロさ」
「……?」
「サーカスで玉に乗るピエロかい?」
 Eの体格は巨体の部類に入る。どう見てもそのシルエットとあのピエロが結びつかない。
「おれは玉になんか乗れないよ。そんなに器用にできちゃいない、同じ玉を相手にする仕事じゃあるけどあれよりはちょっと小さいな。キャディーなんて呼ぶ奴もいるけど、おれの仕事はピエロさ」
「キャディーか。あのゴルフ場の」
「毎朝、電車に乗ってわざわざロングアイランドくんだりまで出かけるんだけどね、給料がそんなにいいわけじゃないんだ。ただチップがよくってね。気前のいい男なんてゴルフセットをポンッとくれるんだぜ。もちろん現金のほかにさ。このシーズンでもう2つもらったよ。どんな仕事かって?簡単なことさ。バカやってりゃいいんだよ。クラブセットを抱えて全速力でダッシュしながら転んで見せるとか、池の中に腰まで浸かって見せたりとか、藪の中をはいまわってボールを探し出して打ちやすそうなとこにポイッと放るとか……。そんなのがおれの仕事さ。とにかくバカのふりをしてやってるだけで奴らは大喜びさ。満足してチップをはずむんだ。競争するみたいにね」

 まだまだ時間はかかるだろうが、少しずつ公平に公正になっていくだろう。同時にある者にとっては厳しい時代がやってくる。何かを手に入れるということは喪うということでもあるのだから。彼らにピエロという生き方が許されない時代になっていく。おどけていたくても。

 ピエロが消え、別のピエロが生まれる。
 老人は、ホームレスは鳩に餌を与え続ける。
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by seikiny1 | 2009-11-15 07:33 | 日本とアメリカと
道化師という生き方 (1)
「もう風物詩と呼べないな」
 この顔を見るのは今年に入ってから3回目だ。天に向けて逆立てた金髪の下のおどけた表情はニューヨークとは馴染みの深いものだ。
 Radio City Music Hallで毎年開催されるRockettsのポスターがホリデーシーズンの到来を伝えるのと同様に、これまでポスターの中にこの男の顔を見つけると「あー、もうすぐ春だなー」とどこかホッとした気持になっていた。しかし、今年は3月のマディソン・スクエア・ガーデン公演も終わり、地下鉄に冷房の効きはじめたころに再会を果たしていた。夏の間コニーアイランドで公演をするという。そしてつい先日、49丁目の地下鉄駅構内で再々会を果たす。ホリデーシーズンをまたいで、新年までリンカーン・センターでやっているらしい。ただし、この公演はいつものRingling Bros, Circusではなく古巣のBig Apple Circusら。景気の低下でNY以外での集客が困難になっているのだろうか。それとも沈んだ人々に笑いを取り戻すためにやってきたのか。

「サーカスに売るぞ!」
 僕らの時代には父親が子供を叱る際の殺し文句だった。だから町中の電柱の腹が極彩色のサーカスのポスターで埋まりはじめると落ち着かない。公園の運動場に設営されはじめるた大きなテントを見ても「見に行きたい」」という欲望や、興味よりも「早くどこかの町へ行ってくれ」という願いの方が強かった。
 少なくともあの頃の日本にはサーカス≒傀儡子といった側面が残っていたのだろう。

 そういう歴史があるからではないのだがサーカスは哀しい。ピエロがおどければおどけるほど、笑えば笑うほど哀しくなってくる。無邪気な子どもたちの歓声・拍手が更に輪をかけていく。楽しいメロディーの後ろには哀しみがつきまとう。5年前に見た最後のサーカスでは、かなりの数に上る中国人団員が時代を表わしているようで印象的だった。

 先日のNY市長選では「三選OK」と自ら条例をひっくり返した1ドル市長が当選を果たしたが、下馬評どおりにことは運ばず、接線の末というおまけがついた。 投票日当日、友人に
「どっちにいれるの?」ときいたところ
「もうひとりの候補者の名前ってなんだったっけ」そんな答えが返ってきたほどだったから。誰もが驚いたのではないだろうか。
 11月を投票日とするのは農業国アメリカの歴史と関わり深い。そういえば、あの日からもう1年が過ぎた。
 オバマ氏が大統領に選出された夜、ある男の顔が何度も、何度も浮かんで、そして消えていった。
 彼の職業はピエロ。
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by seikiny1 | 2009-11-14 02:29 | 日本とアメリカと
I voted!
この国にはいつになっても驚かされる。
いい意味でも悪い意味でも。

明日は大統領選の投票日であり、フリーフードの日でもある。
Starbucks、Ben & Jerry Ice Cream、Krispy Kreme Doughnutsでは投票をした人には無料で商品がふるまわれる。
昔、「トリスを飲んでハワイへ行こう!」という壽屋(現サントリー)の名キャッチコピーがあったけれど、この国では「投票をしてコーヒーをもらおう」ということになってくるわけだ。

まぁ、無料のコーヒー欲しさに投票する人はほとんどいないとは思うけれど、
<選挙=フリーフード>
といった公式はまず日本では思いつかないだろうし、受け入れられないだろうし、もし、そんな酔狂なことをする企業が現れたとしても、<投票をした証拠の提示>といった面倒くさい手順をはずされることはないだろう。
僕は日本で一度も投票をしたことがないのでわからないのだけれど、果たして日本ではそういった証明書のようなものが配布されるのだろうか?

この国ではあるらしい。
投票をした人には"I Voted!"と書かれたステッカーが配られるという。
もちろんそれはコーヒーやアイスクリームのためではなく、それを胸につけてもらってまだ投票していない人への啓蒙、あるいは投票者の自意識をくすぐるといった目的なのだろうけれど。
Krispy Kreme Doughnutsに限ってはこのステッカーを貼っていなければドーナツはもらえない。

事を大げさにするのが好きなのもまたこの国の特徴で、中には「これは永住件保持者(選挙権なし)、市民ではあるが何らかの理由で選挙権を停止されている人、郵送による投票を済ませた人(ステッカーはもらえない)たちへの差別である」と騒いでいる御仁もいるらしい。
まぁ、たかがコーヒー一杯やアイスクリームのワン・スクープに目くじらを立てる人がそう多いとは思えないのだけれど。
そういったこともあってか、Starbuckと、Ben & Jerry Ice Creamではカウンターへ行き"I voted"と言えば無料で商品がもらえるシステムをとったのかもしれない。
日本ではこういったことは起こりにくい。
そして、「そんじゃ、俺、選挙権ないけどコーヒーもらいに行ってみっか」とすぐ考えてしまうのもまた我々の悲しいところ。
僕もそんな考えが一瞬頭をよぎったが、Starbucksのコーヒーは嫌いで、アイスクリームは歯にしみるし、甘いものは苦手ときているのでなんの恩恵にもあずかれません。

企業には、「投票者が増えれば××氏に有利」といった思惑もあることだろう。
それでも、なんでもお祭り騒ぎにしてしまうこの国は好きだ。
節操のないバカ騒ぎにはいつもへいこうしてしまうけれど。

昨日は、ここ数年恒例になているNYCマラソン見物へ行き少し前に録画を観た東京マラソンを思い出していた。
国民に金をばら撒いたり、東京でマラソンをやったりまねっこばかりではなく、もっと人々が選挙に行きたくなるシステム、政策を思いつかないのかねー。
アイスで政権取れるほど楽じゃないから、ステッカーだけは配らないで欲しい。
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by seikiny1 | 2008-11-04 10:57 | 日本とアメリカと
The Winds of God: 空を仰ぐ
気づいたら口をあけているということがよくある。

 夏の空、冬の空、晴れた空、泣いた空、深夜の空、明け方の空。たとえ、それがどんな表情であっても、空はいつも元気を分け与えてくれる。
 小さい頃、よく道端で立ち止まり、通り過ぎていく飛行機を見上げていた。自転車で追いかけたこともある。気づいたら夜空を飛びぬけていく飛行機に見とれていることが今でもよくある。口をあけて。

 空が好きだ。
 こんな僕にもたった一つだけきらいな空がある。
 ぬけるように晴れわたった秋の空。2001年9月11日のことだった。飛行機は、なにものかに吸い寄せられるようにビルディングにめりこんでいった。
“This is KAMIKAZE attack! KAMIKAZE attack!!......”
と連呼するCBSラジオの声に、
「ちがう」
と、いちいち反論しながら朝を迎えた。たくさんの、相手を持たない言葉が闇にかき消されていくのを感じながら。

 今でも、あの時のざらついた気持ちがよみがえってくることがある。


 今朝は、めずらしく霧が出ていて、高層ビルの中ほどから上は雲に隠れて見ることができない。
 重たい空がたれこめていても、この時期のニューヨークは一年のうちでもっとも幸せな雰囲気につつまれる。ホリデーシーズンを迎え、凍てつく風に吹かれながらも、街を歩く人々の表情はどこか穏やかだ。この街の12月は、平和ということを感じ、考える時期でもある。

1941年12月7日
 日本軍による真珠湾攻撃が遂行され、アメリカは第二次世界大戦へ突入した。毎年この日には、新聞やテレビで特集が組まれ、人々は思い出し、識り、平和を喜び、その意味を考える(のだろう)。

1980年12月8日
 ジョン・レノンは自宅であるダコタ・アパートの入り口前で銃弾に倒れた。ひとつの時代の終焉。毎年この日には、セントラルパーク内にあるストロベリー・フィールドにさまざまなバックグラウンドを持つ人々が集い、夜中まで歌声が絶えることはない。

 空を見上げるとき、口があいてしまうのは無防備だから。「なにか」に備える必要はほとんどない。こんな時代に、環境下に生まれあわせたことを本当にありがたく思う。ほんの数十年前、空は恐怖の出入り口だったのだから。今でも、きっと地球のどこかではそうなのだろうが。
自分ではなにもしていない。たまたまそういう現場に居合わせているに過ぎない。

 平和は常にそこにあるものではなく、手に入れるもの。たいせつに維持し、育んでいくものであり、そうしなければならないもの。そんなことを強く感じさせてくれる映画だった。まさに感銘という言葉がぴったりとくる。
 先週の金曜日は真珠湾攻撃からちょうど66年目にあたる。そんな日に1本の映画がニューヨークで封切られた。タイトルは、
The Winds of God

 空を仰ぐ人の口が自然とあいてしまう日がいつまでも絶えることのないよう、ひとりひとりが何かを感じ、その一部でも行動に結び付けていかなければならない。この空は決して常態ではないのだから。
 身近にあるほんの小さなことでいい。

和をもって。
環をつなぐ。



The Winds of God



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by seikiny1 | 2007-12-11 08:34 | 日本とアメリカと
Behind the Bar-お湯をかけるだけ
 アメリカに来てまだ日も浅い頃。
 朝、ダンキンドーナツのカウンターに群がる大人たちを眺めながら不思議な気分になっていた。このチェーン店ではほとんどがU字型に作られていて、高さはお寿司屋さんと同じくらい。中では制服を着たオネーサンが、はたまたおばさんが。黙々とドーナツを片付ける事に専念している人もいれば、カウンターの中に言葉を飛ばすのに余念のない人もいる。それは、それはとても不思議な光景だった。
 朝から甘いものを食べる習慣のない僕にとっては。

 やっと普通に朝からドーナツを食べる事が出来るようになったのは5年も過ぎた頃だった。今ではまたほとんど食べる事はなくなってしまったけれど、それでも食べろと言われればアメリカの甘いエクレアの2、3本くらいはコーヒーで流し込む事が出来る。
 好き好んでドーナツを食べる事はもうないように思う。 
 自信と言うか、自負と言うか、自慢というかそんなものがある。これまで僕が食べてきたドーナツの量はアメリカ人が一生で食べるドーナツの量を軽く上回る、といった。僕の中にあるドーナツの入るほら穴はとうの昔に埋まってしまった。今でもふたが浮いている。

 お世話になったのはダンキンドーナッツ。
「常に新鮮なものを」というポリシーがあるのは日本のコンビニと同じで、毎日決まった時刻になると棚にあるものは廃棄処分になってしまう。違うのはそこからで、ゴミ袋に無造作に放り込まれたドーナツたちは店の前に、横に、裏にドカンと置かれる。決してゴミにまぜる事はなく、置く場所もゴミ置き場から少しだけずれている。しかも毎日数度、決まった時刻に。店によってはホームレス・シェルターに毎日配達したり。

‐ダンキンのドーナツは無数のホームレスの命を救ってきた事だろう。糖尿病患者も増やしたかもしれないけれど……。それでも<飢え>と絶縁する事は出来る。-

 大きな黒い袋を背負ったサンタがやってくる。
 のっしのっしと、仲間の誰かがドーナツを持ってくる。
 それからはドーナツの宴。時間が時間であればビールのつまみになったりもする。とにかくドーナツとは縁深かったあの頃。
 ダンキンだけではなく、ドミノピザへ行けばひまな時間であれば好みのトッピングで焼き上げてくれる店もあり、シャッターの下ろされたランチが主体のお店の前を歩けば袋に入れられた余り物が錠前に引っかけてあったりする。フォークやナイフナプキンまでを添えて。
 典型的なアメリカ人の食事パターンや献立はホームレス・シェルターで実施されるスープキッチンで身についた。その食材もいろいろな所から寄付されたものがほとんど。時として調理されたものまでが運び込まれる。何度かではあるけれど、巻き寿司に尾間にかかったこともあった。さすがに(幸いな事に)人気はなかったけれど。

 ニュースでも、また東京に住む人からもKrispy Kremeドーナツの盛況振りを聞かされた。
 延々と続く行列は一日中絶えないらしい。
 たしかにあれはうまかった。最初に食べた時はそれまでのドーナツに対する意識、思い込みを覆されたような感じがしたことを今でも覚えている。だから「ウマイ」という事には同意する。「今」、行列好きの日本人がその列につくこともうなずける。それでも「あの」味をそのまま輸入したのだろうか?という思いは消えない。

 ニューヨークでは卸売りが主体になってしまい直営店はほとんど姿を消した。そんなことよりも大きなことがある。それはあの店(会社)が単においしいドーナツを作っているだけではないということ。その製造の過程に携わる人に多くのhandicap(身体的障害)を持つ人がいるということ。Krispy Kremeが売れるということはそういった人達が社会に携わる機会が増える事でもある。ここまで日本は輸入したのか?してないだろうな。

 商社というものが介在するようになっていつの頃からか果実を輸入する事しかしなくなった。その種や、生まれ育ってきた土壌は忘れられ、時には故意に葬り去られる。日本には「仏作って魂入れず」ということわざがあるけれど今の日本はそんな国になりそうな気がしている。それはソウルのないソウルミュージックを聴くようなもの。聞くようなもの。L.L.Beanの服は定着したらしいけれどアメリカのアウトドア・スピリッツはそこまで行き渡っていないように思う。
 最大の調味料は愛だということをいつか忘れてしまい、現世利益という言葉を都合の良い様に理解する人々。またすぐに深くて長い不況がやってくるよ、このままじゃ。
 まぁ、商社にしてもビジネスなのだからしょうがないのかも知れないけれど。あと<少しだけ>魂もくださいな。

 ニューヨークにも無印良品の直営店が出来るらしい。
 ニューヨークと日本の牛角はまったくの別物。僕程度の人間はなかなか行けないし、行こうとも思わない。
 Nobuも日本とニューヨークでは違うらしい。
 残っていくのはなんだろう?

 コカコーラに心をときめかせたあの頃がやけに懐かしくなってしまった。たった一本の炭酸飲料の空きびんは僕を遠い世界に連れて行く。

 インスタントラーメンの父、安東百福さんが今年の正月になくなった。
 いつの頃からかインスタントラーメンはラーメンとは別物と言う頭で食べている。決して同じ物を求めていないし、探してもいない。ここまで昇華させるのにはたくさんの苦労があったことだろう。「お湯をかけるだけ」というところから出発し、ひとつの別文化を作りだした。

 あ、そろそろ手紙を書かなくちゃ。
 メールについつい頼ってしまう。

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○この記事を読まれて<なにか>を感じられた方。
ここを押していただけたらウレシイです。
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by seikiny1 | 2007-04-09 11:19 | 日本とアメリカと
平家物語ブルーズ
 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
 棚の前で高校時代の古文の時間を思い出していた。弁当でふくれたお腹を抱えて陽の当たる窓際で聞く先生の声は心地よく僕を夢の国へと引き込んでいく。
 ちなみにこの平家物語の冒頭部分は授業中ではなく、左とん平の『ヘイ・ユー・ブルース』で覚えた。たしか小学校の高学年だったと思う。少し調べてみると、スチャダラパーがサンプリングに使ったり、カンニングにカバーされたりとたまに水面すれすれまでは上がってきているみたいだ。

 腰の具合もだんだんとよくなってきたので、ここ数日は散歩をしている。今日はついでに録画用ビデオテープを探した。よくよく考えてみると最後にビデオテープを買ってから軽く十年は経っている。何軒かまわるうちに出てくるのは井上陽水の『夢の中へ』。
 なかなかみつからない。
 最初に行ったのはニューヨークに古くからある家電量販店チェーンのひとつ。棚の隅でやっと見つけたけれど従業員の誰に聞いてもその値段を知らない。
 次は日本でならイトーヨーカ堂といった感じのディスカウント・デパート。家電売場の一番端にある棚の最下段でやっと見つけることができた。SONY, TDK, MAXELL各社の数本入りのパックが乱雑に置かれている。一本あたりの値段を計算してみると1ドル50セントくらいか。うーん……。頭をひねりながら次の店をあたってみることにした。
 途中にあるスーパーマーケットを覗いてみるとサービスカウンターの奥にばら売りのFUJIのものがある。値段を聞いてみると2ドル98セントなり。微笑だけを残して消えることに。
 最後に行ったのは全米チェーンの大手オフィスサプライ・ストア。そこでもCDやDVDが笑っている棚の一番下でSONYのパック入りが申し訳なさそうにころがっている。値段は一本2ドル程度になる。結局ヨーカ堂まで戻ることにした。

「ある」と思っていたものが突然消えてしまっている事がある。金の事じゃない。
 実際には徐々になくなっているのだろうけれど、頭の中ではついさっきまで『ある』という状態が続いていただけにそのショックは大きい。探して、探して、その間に現実を考えてやっと落ち着いてくる。
 たしかにあの頃は中国製をはじめとする無数の有名無名のブランドが安売り、たたき売りをしていた。一本一ドルもしなかったと思う。あのメーカー群はどこへ消えてしまったのだろう?「売れる!」となだれ込んできた者達は「売れない!」とまた消える時も節操がないのだろう。さっさと見切りをつけて工場閉鎖、解雇、他のビジネスへと鞍替えをする。まぁ、よくて安物のCDやDVDへの乗換えといったところか。消え行くもの、移り行くものには誰もが無情で非常となることができるみたいだ。
 今、マスコミを賑わせている夕張市。実は僕にとってこのニュースはそれ程他人事でもない。福岡県大牟田市という僕の生まれ故郷がいつそうなってもまったく不思議じゃないから。
 かつては三池炭鉱で栄え、三井の城下町、炭都とすら呼ばれていたあの町。十年前の閉山で今は見る影もない。石炭が必要とされなくなり、炭鉱が消えた。町には仕事が必要なのに企業も消えた。て町からは少しずつ灯が消えこの先どうなって行くか僕にはわからない。まるでテープのないビデオデッキの前で腕組をして途方に暮れている男のようでもある。

 CDがレコード市場を凌駕しはじめた頃、レコード針のナガオカは一度倒産した。それでも残された社員によって細々とながらその生産は続けられその甲斐もあって復活する。今回探し当てたビデオテープはどれも日本ブランドのものだった。ネットで調べてみてもやはりそうで、あるネットショップでは百件以上ある商品郡の中で日本ブランド以外で見られたのはRCAとBASFが一件ずつのみ。Kodak, Polaroid, Memorexはとうの昔に手も足も洗い終えて今はピカピカのディスクを磨いているみたいだ。
 早い時期にアメリカブランドを駆逐してしまったがために貧乏くじを引いたのか?それともあれだけビデオデッキを売りまくった国としての責任感、企業倫理か(この国ではそれが法制化されていても何の不思議もないのだけれど)。できればただの貧乏くじではなく倫理であって欲しい。
 法は倫理が通用しなくなった荒野で獣を縛るためのものなのだから。

 高校時代に一番眠気を誘った科目は倫理と古文だった。なぜだろう、今その教科書を読んでみたいとたまに思うことがある。
 僕が死ぬ前にかろうじてバランスを保っている倫理が崩壊したら……。

 死の床に横たわる僕の耳に隣の部屋から「カチッ」という音が聞こえてくる。
(カーチャンめどうやらスイッチをいれたようだな。
 死んじまうんだからどうでもいいけど、あのクローン中国製じゃないだろうな。変なとこでケチったりするなよ。別にうらみはないが中国製はなんだかメインテナンスが悪いような気がしてな)

 平家物語は続く
 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす
 驕れる者久しからず、ただ春の世の夢の如し
 猛き者もついには滅びぬ。ひとえに風の前の塵に同じ。

 今日はまだ眠くならない。

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by seikiny1 | 2007-03-02 10:57 | 日本とアメリカと
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