ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
お願い
当サイト・メインコンテンツ内にある全ての著作権は筆者に帰属いたします。無断転載及び流用は固くお断りいたします(トラックバックに関しましてはこの限りではありません)。
以前の記事
カテゴリ
ラーメン食堂の女
「ほんとうに頭にきた時には笑いしか出てこないんだ」
 5年前に出会った人がそんなことを言っていた。

「ハンバーガーを食う気はしないな」
 湿度満点の嵐が通り過ぎた街は30度を越していた。
 暑い日のラーメンも悪くない。色々考えた挙句にラーメン屋、いや、ラーメン食堂に行くことにした。僕の中ではSOSラーメンという名で通っているお店に。
 アメリカには<SOS>という俗語がある。
 Same Old Song, Same Old S●●、……
 色々な解釈があるけれど、要は(いい意味でも、悪い意味でも)、「昔ながらの」、「あいかわらずの」といったところだろう。
 お昼時のピークを過ぎたラーメン食堂。それでも8割がたの席は埋まっている。僕のニューヨーク史が始まったその時にはすでにここにあったこの店は、かたくなにSOSを守っている。いや、決して守ろうとしているわけではないのだけれど、なぜかSOSになってしまっているのかもしれない。

 ドアを入った途端に、
 スタッ、スタッ、スタッ……
 一人の女性が前を歩き出す。「いらっしゃい」を言うでもなく、「こんにちは」と笑顔を向けるでもない。ただ、ただ、スタッ、スタッ、スタッ……。その後姿からは見事なほどにぶれが感じられない。
「ポンッ」
 小さな音を立ててメニューがカウンターに落ちる。
 スタッ、スタッ、スタッ……
 一言も発することなく彼女は去って行った。腰を下ろしながら〈眉ひとすじ動かさず〉という言葉が久しぶりによぎる。

「俺は客なのになー」
 腹がたつとまではいかないけれど、40パーセントの呆れ、35パーセントほどの不快感に包まれてメニューに目を落とす。
 こちらは笑顔で現れたウェイターさんに、僕のSOS。味噌ラーメンと水を頼んだ。

 安くて早いのはこの店のSOS。ものの5分とたたないうちにSOSが出てくる。味の方もSOS。うまくもなく、まずくもない。中庸だとか、凡庸だとかいうものはこんな味がするのかもしれない。ただ、チャーシューまでもがSOSで弁当屋のチャーシューといい勝負だ。一応、ラーメン食堂なのだから、あと少しの工夫か情熱のかけらくらいは味わってみたい。いや、消費税、チップ込みで15ドルもする、うまくもないラーメン専門店が繁盛するこの街でそれを願うのはぜいたくか。
 そんなことを考えながらラーメンをすすっている間にも、
 あちらで「ポンッ」
 こっちで「ポンッ」
 スタッ、スタッ、スタッ……
 時折、彼女の音が聞こえてくる。
 その頃になってくると、先ほどの梅雨空のような気持ちもすっかりと晴れ上がり、僕の胸は期待で高鳴りはじめていた。
「やってくれるかな?」
「ポンッ」
 麺をすすっている僕の横に落ちた。その後に続く足音がもう頭の中では鳴っているのに……。「シャッシャッ」と別の音が聞こえてきた。ごみでも落ちていたのか、腰を曲げた彼女が合皮製の椅子を2度ほど掌で払っている。なにを言うわけでもない。
 スタッ、スタッ、スタッ……

「今日は近所に来たの?」
 カウンターの中にいる人との会話が聞こえてくる。どうやら、隣は昔この店で働いていた人のようだ。その人に対する気持ちの表れが「シャッシャッ」だったのか。

 勘定を済ませた頃、僕の期待は最高潮に達しようとしていた。それをなんとか押さえながら席を立つ。
「ありがとうございました!」 カウンターの中から飛ぶ声にこたえながら右を向くと、いた、いた。
 出口付近にたたずむ彼女は、右斜め上45度の視線のまま通り過ぎる僕を無言で送り出してくれた。眉の毛一本すらも動かさないで。期待は裏切られなかった。
 いいショーを見せてもらった。通りに出ると笑いがこみ上げてくる。怒りの笑いではなく、笑みというものに近いやつが。

 笑えないことというものはそうそうあるもんじゃないらしい。



〓〓〓〓〓〓〓〓〓
○この記事を読まれて<なにか>を感じられた方。
ここを押していただけたらうれしいです。
[PR]
by seikiny1 | 2007-08-10 06:51 | 日ごろのこと
<< 雨の日 愉しみ >>
記事ランキング 画像一覧