ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
お願い
当サイト・メインコンテンツ内にある全ての著作権は筆者に帰属いたします。無断転載及び流用は固くお断りいたします(トラックバックに関しましてはこの限りではありません)。
以前の記事
カテゴリ
Behind the Bar-お湯をかけるだけ
 アメリカに来てまだ日も浅い頃。
 朝、ダンキンドーナツのカウンターに群がる大人たちを眺めながら不思議な気分になっていた。このチェーン店ではほとんどがU字型に作られていて、高さはお寿司屋さんと同じくらい。中では制服を着たオネーサンが、はたまたおばさんが。黙々とドーナツを片付ける事に専念している人もいれば、カウンターの中に言葉を飛ばすのに余念のない人もいる。それは、それはとても不思議な光景だった。
 朝から甘いものを食べる習慣のない僕にとっては。

 やっと普通に朝からドーナツを食べる事が出来るようになったのは5年も過ぎた頃だった。今ではまたほとんど食べる事はなくなってしまったけれど、それでも食べろと言われればアメリカの甘いエクレアの2、3本くらいはコーヒーで流し込む事が出来る。
 好き好んでドーナツを食べる事はもうないように思う。 
 自信と言うか、自負と言うか、自慢というかそんなものがある。これまで僕が食べてきたドーナツの量はアメリカ人が一生で食べるドーナツの量を軽く上回る、といった。僕の中にあるドーナツの入るほら穴はとうの昔に埋まってしまった。今でもふたが浮いている。

 お世話になったのはダンキンドーナッツ。
「常に新鮮なものを」というポリシーがあるのは日本のコンビニと同じで、毎日決まった時刻になると棚にあるものは廃棄処分になってしまう。違うのはそこからで、ゴミ袋に無造作に放り込まれたドーナツたちは店の前に、横に、裏にドカンと置かれる。決してゴミにまぜる事はなく、置く場所もゴミ置き場から少しだけずれている。しかも毎日数度、決まった時刻に。店によってはホームレス・シェルターに毎日配達したり。

‐ダンキンのドーナツは無数のホームレスの命を救ってきた事だろう。糖尿病患者も増やしたかもしれないけれど……。それでも<飢え>と絶縁する事は出来る。-

 大きな黒い袋を背負ったサンタがやってくる。
 のっしのっしと、仲間の誰かがドーナツを持ってくる。
 それからはドーナツの宴。時間が時間であればビールのつまみになったりもする。とにかくドーナツとは縁深かったあの頃。
 ダンキンだけではなく、ドミノピザへ行けばひまな時間であれば好みのトッピングで焼き上げてくれる店もあり、シャッターの下ろされたランチが主体のお店の前を歩けば袋に入れられた余り物が錠前に引っかけてあったりする。フォークやナイフナプキンまでを添えて。
 典型的なアメリカ人の食事パターンや献立はホームレス・シェルターで実施されるスープキッチンで身についた。その食材もいろいろな所から寄付されたものがほとんど。時として調理されたものまでが運び込まれる。何度かではあるけれど、巻き寿司に尾間にかかったこともあった。さすがに(幸いな事に)人気はなかったけれど。

 ニュースでも、また東京に住む人からもKrispy Kremeドーナツの盛況振りを聞かされた。
 延々と続く行列は一日中絶えないらしい。
 たしかにあれはうまかった。最初に食べた時はそれまでのドーナツに対する意識、思い込みを覆されたような感じがしたことを今でも覚えている。だから「ウマイ」という事には同意する。「今」、行列好きの日本人がその列につくこともうなずける。それでも「あの」味をそのまま輸入したのだろうか?という思いは消えない。

 ニューヨークでは卸売りが主体になってしまい直営店はほとんど姿を消した。そんなことよりも大きなことがある。それはあの店(会社)が単においしいドーナツを作っているだけではないということ。その製造の過程に携わる人に多くのhandicap(身体的障害)を持つ人がいるということ。Krispy Kremeが売れるということはそういった人達が社会に携わる機会が増える事でもある。ここまで日本は輸入したのか?してないだろうな。

 商社というものが介在するようになっていつの頃からか果実を輸入する事しかしなくなった。その種や、生まれ育ってきた土壌は忘れられ、時には故意に葬り去られる。日本には「仏作って魂入れず」ということわざがあるけれど今の日本はそんな国になりそうな気がしている。それはソウルのないソウルミュージックを聴くようなもの。聞くようなもの。L.L.Beanの服は定着したらしいけれどアメリカのアウトドア・スピリッツはそこまで行き渡っていないように思う。
 最大の調味料は愛だということをいつか忘れてしまい、現世利益という言葉を都合の良い様に理解する人々。またすぐに深くて長い不況がやってくるよ、このままじゃ。
 まぁ、商社にしてもビジネスなのだからしょうがないのかも知れないけれど。あと<少しだけ>魂もくださいな。

 ニューヨークにも無印良品の直営店が出来るらしい。
 ニューヨークと日本の牛角はまったくの別物。僕程度の人間はなかなか行けないし、行こうとも思わない。
 Nobuも日本とニューヨークでは違うらしい。
 残っていくのはなんだろう?

 コカコーラに心をときめかせたあの頃がやけに懐かしくなってしまった。たった一本の炭酸飲料の空きびんは僕を遠い世界に連れて行く。

 インスタントラーメンの父、安東百福さんが今年の正月になくなった。
 いつの頃からかインスタントラーメンはラーメンとは別物と言う頭で食べている。決して同じ物を求めていないし、探してもいない。ここまで昇華させるのにはたくさんの苦労があったことだろう。「お湯をかけるだけ」というところから出発し、ひとつの別文化を作りだした。

 あ、そろそろ手紙を書かなくちゃ。
 メールについつい頼ってしまう。

〓〓〓〓〓〓〓〓〓
○この記事を読まれて<なにか>を感じられた方。
ここを押していただけたらウレシイです。
[PR]
by seikiny1 | 2007-04-09 11:19 | 日本とアメリカと
<< たまたま 春がはじまり、そして冬はおわる >>
記事ランキング 画像一覧