ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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鏡をのぞき込むおばあちゃん
鏡をのぞき込むおばあちゃん

 今日の古女房は少しだけ濃い口紅をしていた。
 そんな彼女の横顔を目端に引っかけながら穴蔵へともぐりこむ。痛む腰をかばいながら下りる階段はいつもより長く急で、週末のプラットフォームはいつもより冷たく、そしてせまい。
 やっと来た電車に乗り込んでみると偶然にもBAHAMAだった。
 
「やっぱり素顔のおばあちゃんでもいいや」、と昨日の想いはまたたく間にどこかへと吹き飛んでしまう。

 今は腰痛のため離れているのだけれど、ここしばらくお世話になっているところがある。
 最初にそこへ足を踏み入れた時の印象はBAHAMA。BAHAMAに繰り広げられた日本の海水浴場をイメージするとピッタリとくる。さすがの僕も「……」となってしまったくらいだから。
<砂漠に水をまく>という言葉があるけれど、とりあえず今の自分を見ているもう一人の僕は「似ているよ」とささやいてくる。左手にバケツを持ち、もう片手にはひしゃくを持ちながら人の錯綜する海水浴場をくねくねと歩きながら水をまく。どこをどう通って来たなんてわかりはしない。そんな僕が歩いている。たった一杯のひしゃくの水でそこになにかが芽生えるなんて信じてはいないけれど。なにかが変わると思うから。まいた水はみるみる間に乾いた砂に吸い込まれ、振り返ってみてもその跡すらわからない。そんな南の島のビーチを歩いている。
 そこがアラスカになることなんてないだろう。流氷が流れ着くことは天地がひっくり返ってもない、そう断言できる。それでもその地をニューヨークにしてみたい。ニューヨークになって欲しいという願いがある。もしかしたら手が疲れ、しびれ、腰が折れてしまい一海水浴客になってしまうかもしれない。いつニューヨーク行きの飛行機に乗りこんでしまうかもしれない。それでも取りあえず水をまいていこう。
 毎日目にする南の島のビーチの光景は一向に変わる気配すらない。それでも目を最初の日と今の二点だけに据えてみると少しだけだけれど変化のある事に気付いたりする。てんでバラバラだったビーチパラソルもどこかに統一感が出てきたような……。いや、そう見えるだけか。それでももビーチハウスに上がる際に軽く足を洗っている人は少しずつだけれど出てきたみたいだ。
 このビーチがニューヨークそのものになることなんて絶対にありえない。それでもジョージア辺りの小さな海水浴場になる日は来るかもしれない。もう少しだけこのひしゃくを使ってみようか。

 口紅とは言わない。たまに鏡をのぞきいこんでくれたらそれでいい。


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○この記事を読まれて<なにか>を感じられた方。
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by seikiny1 | 2007-02-25 12:02 | 思うこと
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