ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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交差点にて
 誰もが〈生きる〉ということに必死だ。
 そして僕は車の行きかう交差点で信号待ちをする。意識しているわけではないのだけれど、心のどこかで「生きよう」と、思っているらしい。寝て、起きて、仕事をして、飯を食って……。

 オーストラリアのプールでは折からの悪天候を避け、迷い込んだオス鰐が捕獲されたらしい。
 山に食物の少なくなった今、食べ物を求めて熊は里へと下りてくる。撃ち殺されてしまう。殺してしまうことしか道はないのか?
 ただ、死ぬためだけに飼われ、生きてきた鳥たちは隣人が風邪を引いてしまったがために一群が〈処理〉されてしまった。そうしなければならなかったのか?その一群と人間がなぜかダブってしまう。
 吉野家の牛丼は再開されたのか?にニューヨークに来る日本人観光客に人気の食事はステーキだ。肉はレアで食うのがうまいらしい。
 アメリカの裏辺りでは今でも戦争が続いている。政策としての「死なないため」というところとははるか遠い所で。それでも戦場にいる者達は「死なないため」に戦っている。「死なないため」と「生きるため」は等号で結ばれるているだろうか?
 将軍様の国では「死なないため」に生きようとする人間の姿は否定されているのか?どう見ても人々は笑顔で死にそうになっているように見える。安楽死、名誉の死という言葉が頭をよぎる。

 人間たち。がむしゃらに生きている。〈生〉というものにしがみついて。ただ、死ぬためだけに生きている。死ぬために生きようとする。少しでも幸せな(?)死を求めながら。
 人間の生は他のすべてのものに優先するほど貴いものなのか?それを尊ぶがあまり、他の生をあまりにも容易に左右していないか?
 僕達は絶対者でも、全知全能でもない。

 信号が青になった。
 左を見て、右を見て渡りはじめる。次の一歩で電池が切れてしまうかもしれないのに。

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○この記事を読まれて<なにか>を感じられた方。
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by seikiny1 | 2007-02-08 08:18 | 思うこと
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