ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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感じるの
 いやいやほんとうにこの街には色々なものが落ちている。サンクスギビング・デーの翌日、散歩の帰り道でのことだった。すっかり陽も落ちてしまった繁華街の中で道端に置かれている紙袋をついついのぞき込んでしまった。習慣というものはおそろしい。
「何なんだろう?」
「あたりに持ち主はいるのか?」
「なぜこんなところに、こんなものが?」
「さて、何に使おうか?」
 三歩ほど進む間に様々な思いが通り過ぎ、そして足は戻る。しゃがみ込み、使いそうなものを二つ取り出して手近に落ちていた新聞紙で手早くくるむ。数秒後にはその場を立ち去っていた。
(物を拾うコツのひとつに「スピード」というものがある。スピードを維持しつつも適当な判断を下すというわざは場数を踏んでいなければ出来ない。自分では結構早くなったつもりでいても、三歩プラス三歩。都合六歩分スピードが足りていない。それでも再度自分の部屋のゴミ箱に放り込まれる物もあるわけで、こちらの修行のほうもまだまだ途上といったところだ。)

 包丁のセットだった。暗くなった街を、たとえ新聞紙でくるんでいるとはいえ包丁を手に歩く男の図はあまりいいものではない。さっそく開店したクリスマスツリーの出店の先を曲がりアパートが見えてくるまではなんだか落ち着かない。この落ち着きのなさがまた人には怪しく映るのかもしれないけれど。物を拾うということもこれでなかなか大変なことだ。
 建物の階段を上がりながら頭の中にはもう砥石の音が響きはじめていた。
 明るい場所で見てみるとそれほどいい物ではなかった。それでも研いでみると存外使い勝手は良さそうだ。そうなってくるとどうしても試してみたくなってくる。試し切りがしたくてウズウズするのは武士の専売特許ではなさそうだ。それでもはやる気持ちをねじ伏せながら一夜をすごさなければならない。まぁ、旅行に行く前の楽しさと似ていない事もないなどと自分を説得しながら、その夜は酒で気持ちを落ち着かせることにした。

「魚をおろす時はねー、包丁じゃなくて刃先のほうの角度に神経を集中させるといいよ」
 ずいぶん前に聞いた板さんの言葉がよみがえってくる。図を描いてみれば簡単な、当たり前な道理なのだけれど、それを聞いた時にはまさに目からウロコが落ちる思いだった。
「見えないでしょー。刃先で感じるの。感じるの」
 また声がする。
 研ぎあがった包丁の刃先で「コツッ、コツッ、コツッ……」と感じる骨は「うん、うん。うまくいってるよ」と僕に話しかけてくる。その声を励みに包丁を引っ張っていくと、頭の中にある三枚におろされた哀れな魚の姿がだんだんと濃くなっていく。

 見えないもの、見ることのできないものは他の感覚を研ぎ澄まして感じていくよりほかに手はない。見えないものだからこそ他の感覚が大切になってくる。
 きれいにおろされた鯖の亡き骸の向こう側には目の不自由な人、身体に障害を持つ人達そして自分がいた。。情報を脳に入力する器官が作用しない人達は他の正常に働く器官でそれを補わなければならない。その結果としてよく使われる器官が通常の人よりも発達をしていく。それは彼ら、彼女らの宝物。僕らがどんなに努力しても決して手に入れることの出来ないものだ。なにかを犠牲にしたから、せざるを得なかったからこそ手に入れることができたもの達。それはハンディではなくアドバンテージと言ったほうが正しいのかもしれない。
 ハンディーキャップ。障害者。いやいや健常者といった言葉ですらこういったある器官が発達している人達をどこかで見下しているような響きがついてまわる。それは障害ではなく、ハンディでもなく、ましてや僕らが正常であるとも言えない。数の論理で全てを片付けることはできない。人の顔が様々であるように、こうした姿が〈特別なもの〉ではなくひとつの常態として意識下を通り過ぎて行く状態こそ普通ではなのではないのだろうか。かわいそうでもなく、大変でもなく、彼らの姿がそこの角で信号待ちをしているおじさんと同じように映る時。視点がそこで止まらずに通過していく時。そんな日がそろそろ来てもおかしくはない。
 僕らは決して健常者ではない。
 感じることの大切さ、それを忘れつつある単なる多数派に過ぎない。

 フジ子・ヘミングさんがまたカーネギーホールに出演するという。そんな記事をまな板の上にしかれた古新聞の中に見つけた。なにか少しできすぎた話のような気がするけれど……。



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○ブログ《ボーカンシャ》です。よかったらのぞいてみて下さい。
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by seikiny1 | 2006-11-27 03:51 | 思うこと
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