ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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ひまわり: Where It All Begins
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 もうこの夏は終わりつつあるような感覚がある。
 5月初旬のまだ春浅いシカゴを皮切りに一気に800マイルを南下。炎天下のテキサスで数週間を過ごした。砂漠の中の町での日々、そして「やけた」という言葉がぴったりのロス。かたやモーテルの部屋では、連日エアコンが最強の風を吹き出しこごえている。
 この一週間ほど、午前中はモーテルの部屋同様にウィンドブレーカーと仲良くしている。それほど肌寒い場所へとやってきた。街行く人々の格好を見るとスプリングコート(秋物かもしれない)をまとったり、中にはフリース製のマフラーを巻いている人をさえ見かける。
 ひとつの夏が終わり、そして秋を迎えつつあるように僕の身体は理解しはじめている。

 7月15日。今、僕はサンフランシスコにいる。
 日本ではまだ夏休みにさえはいっていない。それなのに僕の中ではすでにひと夏が終わりかけようとしている。

 夏は本当に終わりつつあるのだろうか?

 季節、それは基本的に一年という周期単位でくり返される。四季があろうと、夏だけであろうといつまでも、いつまでもその軌道の上を回り続けることにかわりはない。この街でそんな簡単なことを日々感じ続けているわけだ。
「ひとまわりしたな」
そんな感覚が僕をとらえて離さない。もっともそれは一年ではなく、二十年という軌道なのだけれど。とにかくひとまわりした(しようとしている)。
 この街、サンフランシスコ。すべてが一度終わり、始まった街。そしてまた始まろうとしている。
 1986年9月30日
 成田発のシンガポール航空便はロスへ到着した。サンフランシスコ行きの乗り換え便へと向かう僕の頭の中では移民官の“Go Ahead!”の声がいつまでもこだましていた。この国ではじめて地に足をつけた町。はじめてこの国で普通に生活をする人たちとふれあった町。それがサンフランシスコだった。ちょうど二十年を経て、奇しくも僕はこの町に帰ってきたことになる。
 たった数ヶ月の間だったけれどロスに住んでいたこともあった。それでも訪れようとすら思わなかったこの町。まだ季節が巡ってきていなかったのだろう。
 その町に今僕はいる。
 この二十年。春もあれば夏もあり冬もあった。そうそう秋の日々もだ。
 今、また新しい季節が始まろうとしている。それは夏なのか、それとも冬なのか?予想だにできない。それがいかなる季節であろうとも受けとめて暮らしていくしかない。吹雪の翌日が真夏日であるなんてことはこの軌道上では決して珍しいことではないのだから。

 前の休日にはこの足で町を歩いてみた。
 街路樹のわきに生える一本のひまわりが僕を引き寄せる。こんな所にひまわりを植えている人がいた。そしてゆっくりとひまわりを見つめるのは何年ぶりのことだったのだろう。最後に見たのがいつだったのかすら思い出せない。のぞきこんでみるとつぼみの奥にはしっかりと夏が存在していた。子供の頃の夏休みの象徴、ひまわりの黄色い花びらがそこにはもう準備万端整えて夏の来るのを待ちわびている。
 この国に来て、ひまわりといえば、ピーナッツのような豆菓子に変わっていたのだけれど二十年目にしてまた夏の花となる。次にひまわりを見つめるのはいつの日のことなのだろう?その日にはきっとこの日のことを思い出しているに違いない。いつ、どこで見つめるかはわからないけれど、この日はひまわりの黄色とともに僕の中に残っていくことだろう。
 
 二十年目の夏。

 冒頭のピンボケ写真。
 ここから僕の春夏秋冬は始まった。サンフランシスコのバス・ディーポ。ここでサンフランシスコ国際空港からのバスを下り、また六十日間のバスの旅に発った。そして今帰ってくる。
 現在は待合室としての機能はなく、それでも時の風化にまかせるように当時の姿のまま残っている。なにもするわけではないのにただそこに存在し続ける。この国のこんな面が限りなく好きだ。


 この旅の表の目的が仕事であることは間違いない。疑う余地はまったくない。
 それでもその裏に敷かれた<意>というものを考えさせられてしまう。一つの周期を終えて。それは僕自身の存在確認といったものであるのかもしれない。カミサマのいたずら。
 僕の中にはここへ来る、そして二十年後に戻ってくるというDNAが存在していたのか?またまた偶然と必然という言葉に行き当たってしまった。

さて次はどんな季節が来るのだろう?


○この記事を読まれて<なにか>を感じられた方。
ここを押していただけたらウレシイです。



○新しいブログ《ボーカンシャ》です。よかったらのぞいてみて下さい。
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by seikiny1 | 2006-07-16 09:42 | 旅のボヤキ
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