ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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五時前五分のサイレン
「今日は早く帰ってくるのよ!」
「何時まで……」
「昨夜みたいに晩御飯に間に合わなかったら承知しないからね!」
「九時半までには帰るよっ!」
「そうね。どんなに遅くてもそれが限度ね」
 モーテルの三階とプールの間で行われる母娘の交渉。新しい友達ができたせいか、プールの中から見上げる子供の顔は太陽を浴びてこころなしか愉しげに見える。どうやら昨夜は時間を忘れて遅くまで遊びすぎたようだ。子供には反省なんかよりも<そのとき>の方がよく似合う。それが子供らしさというもの。
 誰が、どこから、どう見たって、彼女の顔は楽しさ以外のなにものでもない。
 建物の外部に取り付けられた階段に座りタバコを喫う僕の横を母親がおりていく。
“Kids things……”と言いながら苦笑いを浮かべる彼女。その口もとには母親としての厳しさ、子供の成長の喜び、照れくささなどなど実に様々な感情がたたえられている。微笑みを返して時計に目を落としてみると、時計の短針は五を指していた。

 五という数字の奥に子供時代がよみがえる。
「五時までに帰ってこんといけんヨーッ!」
 遊びに出かける僕の背を毎日追ってくる母親の言葉。なぜ五時だったのだろう。
<便利な>と言うか、それとも<いまわしい>と言うべきか。僕の生まれ育った町では毎夕五時五分前になると(今はなくなってしまった)デパートのてっぺんからメロディーをともなった大きなサイレンの音が下りてきていた。町中のどこにいようとも誰もが時を知らされてしまう。「時間がわからなかった」では赤子の言い訳にしかならない。
 その日もいつもの声を聞きながら家を後にした僕。いつもと違っていたのは腕が重かったことくらいのはずだ。ちいさな手首には前日に父親からもらった大きなおふるの腕時計がぶら下がっていた。玄関のドアを閉めるなりそいつをいじじってニヤッと笑う。

「ただいまー」
 何食わぬ顔で帰ってきた僕の頭を母親はポカリと殴る。重たい左腕を振り上げてみると針はまだ五時をまわっていないのに……。そこでまたポカリとやられた。たしかに辺りはとうに暗くなっていた。出かける時に一所懸命に何回も逆転させた針はなんの助けにもならない。しょせん子供の浅知恵に過ぎなかったようだ。
 水辺での母娘の会話はそんなことを思い出させてくれた。頭の中でサイレンがなっている。
 さて、あの時の母はどんな顔をしていたのだろう?やはり先ほどの女性と同じ顔をしていたのだろうか。それとも鬼のような顔をしていたのか。真剣に反省していなかった証拠にまったく思い出すことができない。そして育った僕はこんな風である。
 さて、今、母親は僕のことを思ってどんな顔をしているのだろう?やはり先ほどの女性と同じ顔をしているのだろうか。ため息を交えながら。僕にできることと言えば、それが絶望のため息でないことを願うばかり。もう時計の針を戻すことはできないのだから。


 この夏、僕自身にはまったく関係がなく、したがってなんの恩恵にあずかることもできないけれどアメリカは今日から独立記念日の四連休に入った。いつもは出張者が目立つこのモーテルでも数日前からは子供の声がよく聞かれるようになってきている。朝方、表に腰を下ろしていると子供たちを乗せた何台もの車が道路へと吐き出されていく。この国最大の夏の日々。あの車の中ではどんな会話が交わされているのだろう?陽が落ちて帰ってくる車の中。そこでは疲れ果てた子供たちの寝息しか聞くことができないかもしれない。言葉はなくても密度の高い空気が充満している車内。それは子供たちから発せられ、それを吸い込んだ大人たちからまた吐き出されていく。濃いにもかかわらずとても軽やかな空気がゆっくりと循環していく車内。そしてそれをいとおしむかのようにする大人たち。
 世界のどこにいても家族でいることができる、ただそれだけで幸せなのだろう。

 僕にはたった一日のそれしかないけれど、そんな素敵な空気を思い出させてくれたいい休日だった。
 さて、あと数時間しかない休日の残りはビールでも飲もう。


 五時五分前ののサイレンのメロディーは「夕焼け小焼け」。


○この記事を読まれて<なにか>を感じられた方。
ここを押していただけたらウレシイです。



○新しいブログ《ボーカンシャ》です。よかったらのぞいてみて下さい。
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by seikiny1 | 2006-07-02 11:41 | 旅のボヤキ
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