ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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YOKOHAMA STREET
 霧が少しずつはれていく。

 サンディエゴに到着した日、そしてその翌日は晴れていた。
 幸だったのか、それとも不幸だったのか?
 日程がサンディエゴ・マラソンの開催と重ってしまい、しかも相棒の都合でダウンタウンに部屋を探さなければならない。やっとのことで見つけた空室は料金がいつもの倍以上はしたがやはり快適だった。久しぶりにビルの灯かりを見上げながら床につくことができる。ニューヨークと異質ではあるけれど、ここの匂いは南部、南西部のどの町よりもニューヨークに近い。身体のどこかが安心して心地よく眠りに落ちていく。
 夜半から広がりだした霧は町の光を幻想的に包み込む。それがはじまりだった。翌日のマラソンは曇り空。それ以来晴れることがない。来る日も来る日も曇り空で朝方には小さな水滴が混じっていることもある。「カリフォルニアの青い空」とはまったく縁のない日が続いている。
 今日聞いたのだけれど、この季節のことをgloomy June(うす暗い、陰鬱な六月)in Californiaと呼ぶらしい。
 そんなモヤの中、一昨日ロスに着いた。

 相方が予約を入れていてくれたモーテルに車がすべり込む。
 利便性を考えて拠点にすることに決めた町、そこは十八年前に三ヵ月ほど住んだことのある町だった。相方が口にしたモーテルのある通りに出る。その名前はすぐに記憶の片隅から引っ張り出すことはできたけれど、周りの風景になぜかピンとくるものがない。気候のせいなのかなにもかもに薄く雲がかかったように見える。記憶は美化されるものだというけれど、それにしても少し様子がおかしい。
 そんなことを考えながら窓の外に流れ行く景色を追っているうちに視界が開ける。実際はモーテルの敷地内に入り込んだのだから狭まっているはずなのだけれど、グングンとすごいスピードでしかも明確に広がりだしていた。
 あの頃とまったく変わらない視界。まるで時間の狭間に足をすくい取られたような気がしていた。実際には一瞬のことだろう、それでも自分の中ではしばらくの間なにが起こったのかがわからずにいた。
「ここだ!」
 あの日、ニューヨークからこの地に降り立ってアパートを決めるまでの数週間を過ごしたモーテルだった。名前(フランチャイジー)が変わっていたし、住所なんかおぼえているはずもない。着いてみるその時までまったく気づかなかったし、想像だにしていなかったのだけれど、そこはそこだった。フロントの男性までもがあの時と同じ口調で受付の手続きを済ませる。着ているシャツまでが同じに見えてしまうのは気のせいだろうか。

 今日も曇っている。不慮のことがあり、少しだけ自由にできる時間ができたのでなつかしい町で自転車のペダルを踏んでみた。少しずつ記憶の引き出しから顔を覗かせてくる通りの名。あの角ではあいかわらずYOSHINOYAが営業を続けている。たまに行っていた酒屋の前を通り過ぎ角を曲がる。
「こんなのなかったなー」というのがあちこちにあり、
「あの三ヵ月はこの季節じゃなかったからなー」と自転車を停めて並木道に咲き乱れる薄紫色の花にみとれる。新しいこと、古いことが交差しながら自転車は前へ前へと進んでいく。以前は車で通っていた道を十八年後に自転車でたどる。こんな日が来るとは想像だにしていなかった。足が動くにつれて不思議なことに脳みその方までやわらかくなっていくようだ。
 そして、着いた。
 もう消えてしまっていた。そこにはそれはもうなかった。引越しをしてしまったのだろう。あの頃毎日通っていたオフィスのドアには違う会社名が書かれていた。一ブロック向こうにはまたなつかしい風景がある。よく昼食を買いに行っていた日本風(?)ファーストフードのお店がはいっていた小さなモール。前まで行ってみるとそこもやはり変わっていた。以前は薄暗く、どこかあやしげな雰囲気を漂わせていた店もすっかり新しくなり店内は黄色に笑っている。見上げてみると、真新しいテントの上にひるがえるGRAND OPENINGの旗の横には違った屋号が記されていた。YOKOHAMA STREETはMIYOSHIに変わっていた。

 ほんのちょっとのつもりだった。
 それにしても十八年は長すぎたようだ。ひとりの人間が生まれ、高校を卒業するのと同じ歳月だ。YOKOHAMA STREETがMIYOSHIになってもなんの不思議もない(それにしてもどうしてこんなくだらないことを覚えているのだろう?いや、人間はくだらないものをいつまでも覚えているものだ。大事なことは忘れ、忘れてしまいたいことを消し去ることだってできる。さて、YOKOHAMA STREETは僕にとってなんだったのだろう?)。
 自分ではなにも変わっていないつもりでいても確実になにかが変わっている。あの頃に戻ろうと思ってももうそうすることはできない。最初はなつかしくて「あの頃と同じだ!」と思っていたこのモーテルですらあちこちにその歳月を見出すことができるように。少なくともあの古ぼけてしまったプール程度には僕もあちこちにガタがきていることだろう。

それでもここに帰ってくることができてよかった。偶然という名のイタズラに感謝している。

○この記事を読まれて<なにか>を感じられた方。
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○新しいブログ《ボーカンシャ》です。よかったらのぞいてみて下さい。
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by seikiny1 | 2006-06-09 12:45 | 旅のボヤキ
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