ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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“Morning!”
 陽射し。
 文字通り身体が陽に射(刺)されているよう。あぶられているよう。十日以上も華氏九十度を超える日が続いている。テキサスに入ってからは街中を自転車でまわっているのでこの暑さはかなりこたえる。モーテルを出る時には氷でいっぱいだったアイスコーヒーも、飲む頃にはホットコーヒーになっている。
 それでもフォートワースでの仕事はあらかた終わった。それなのに相棒の都合でここから動くことが出来ない。こちらでも刺されている。

 テキサスの人。のんびりとしているようだけれど、この地に射す日の光のようなものを感じることが多い。射られるようなまなざし。決して熱はないのだけれど。イタイ。
 東洋人を見慣れていないせいもあるのだろう。ニューヨークに比べて白人の率がかなり高いことを感じる。もちろん都市によってはメキシカンの比率がかなり高い、などの差はあるけれど、それ以外の人種をアマリ見かけない。
 特に男性の視線がイタイ。熱くないだけにイタイ。目が合ってこちらが微笑みを送っても、それを投げ返してくれる人はあまり多くはない。やはり「住む」ということになると僕たちにとってこの地は少しきびしいものがあるようだ。「お客さん」である間はまだ良い方なのだろう。

 それは蔑視なのか、それとも警戒なのか。閉ざされた心の中はうかがいようもない。街中を歩く人の数はニューヨークと比べものにならないほど少なく、そのほとんどがスーツを着込むか、ハイヒールを履くかしている。
「何かが足りない」
 やっと気づいたこと。それは若いアンちゃん、ネーちゃんがいないことだった。口の悪い連中に言わせれば「いてもいなくてもどうでもいいような連中」となる人々がいない。数十万、百数十万の人口を抱えた町の中心部なのにに彼らの姿を見つけることはとても難しい。スーツを着た町。ハイヒールで踏み固められた町。そんな中で有色人種(?)を見かけることもまた少ない。白い町。汚れのない(?)町。
 有色人種?
 彼らにも白という色がある。決して無色ではなく《白》という色が。白が無だと決めてかかっているのは彼らだけなのかもしれない。「白はどんな色にも染めることができる」、と言うけれど人間の場合、事はそう簡単ではないようだ。ただ、彼らの多くが「染まりたくない」、と思っている「染まらない」、と信じているだけなのではないだろうか。ニューヨークですらそれを感じることがたまにある。人種の混ざり具合の低い他所の土地ではなおさらのことだ。
 こんな風景を目にしていると、都会の条件に<人種の混合率の高さ>というものがはいるのもそう遠い日ではないような気がしてくる。

 先週末はサンアントニオにいた。二泊したモーテルの近所の看板はスペイン語で埋められている。。
 どこの町にいても移民が集まっているエリアはなぜかホッとさせてくれる。「同類相憐れむ」などと言う人もいることだろう。それでも彼らにしか、僕らにしかわからない<なにか>、そんな空気が流れ満ちている。呼吸をするとそれが胸いっぱいに広がり緊張がほぐれていく。だからこそニューヨークの街はやさしいのかもしれない。

 ホームレスの頃、空き缶のリサイクル場で口げんかをしているやつがいた。黒人が黒人のことを「ニガー」とののしる。
「どうして黒人同士なのにそんなことを言うんだ?」、彼は苦笑いをしながらも答えてくれた
「黒人には黒人にしかわからない事情ってもんがあるのさ」
 それは、日本人が。中国人が。朝鮮半島の人が。それぞれがそうであるのとも似ているのかもしれない。同じ肌の色をしている者同士の事情。
 色が同じでも、違っていてもそれは結局何の関係もないのかもしれない。色、それは単なるこじつけ、言い訳に過ぎないのかもしれない。ただ言えることは、世界は常に弱者を必要としているということ。


 数日前の朝だった。モーテルの朝はどこもあわただしい。それぞれが、それぞれの行き先に向かう。
 駐車場の向こうの方では親子連れのように見える二人が車に荷物を詰め込んでいた。ミニバンのルーフの上には荷物を入れるためのボックスがつけられている。よく見るとそれは手作りだった。新しい木目が日の光を照り返している。
 七、八歳くらいに見える男の子と父親はぴったりと息が合い黙々と仕事をこなしていく。父親のいでたちはと言えば、モーテルには不似合いな、しかしその爽やかさが朝の光に良く似合うチャコールグレーのスラックスとブルーのシャツ。どちらもきちんと折り目が入っているのが遠目にも良くわかる。なぜか、<古きよきアメリカ>そんな言葉を思い出させる光景だった。
 フロントにコーヒーをもらいに行った際、その二人連れとすれ違う。少し離れてはいたけれど、親子の口が合唱でもしているかのように
“Morning!”と揃う。父親とばかり思っていた男性は近づいてみるとどうやらおじいさんのようだった。お孫さんを連れての旅。この旅であの小さな二つの目は何を見、そして感じるのだろう。
 

○この記事を読まれて<なにか>を感じられた方。
ここを押していただけたらウレシイです。



○新しいブログ《ボーカンシャ》です。よかったらのぞいてみて下さい。
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by seikiny1 | 2006-05-25 13:08 | 旅のボヤキ
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