ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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ウーの家
 茶碗、皿、コップ、弁当箱、はしやはし入れ、スプーンやフォークの柄、歯ブラシ、などなど。身の周りのすべてが《ブー・フー・ウー》で占められていた時期があった。幼稚園の頃のこと。
 当時はやっていたテレビ番組の登場人物(?)は仔豚の三兄弟。名前を<ブー>と<フー>と<ウー>といった。そう、童話「三びきのこぶた」を題材とした物語。
「あの物語は僕達にどんな問いを発していたのだろう?」
 そんなことを最近考えている。もちろん、まっとうな、答えはわかっているのだけれど、どこかでなにかが消化不良をおこしているしている。

 ご多分にもれず僕は<ウー>のファンだった。レンガの家を作った末っ子。勤勉かつ賢明で思いやりをあわせ持っていた。どうやら人は自分にないものにあこがれるらしい。そしてこの時期にレンガ造りの建物の街、ニューヨークに対するあこがれの下地は作られたのかもしれない。

 あたりまえではあるけれどレンガや石造りの建物は長持ちする。この街では築百年を越える建物はザラで、しかもまだまだ現役として活躍中。「たっていて当然」といった顔つきをしている。生まれながらの家を受け継ぐ人も多い。そんな人にとって「マイホーム」というのは夢ではなく、単なるひとつの現実であるに過ぎないのかもしれない。夢を他の部分にかける余裕もまたそこから生まれるのだろう。家は「建てるもの」ではなく「受け継ぐもの」であり「伝えていくもの」。そんな人達をうらやましく思う人もいるかもしれない。
 家の買い替えなどの不動産投資も<ウーの家>だからこそできること。この国では<ブーの家>を買う人は少ない。耐用年数の長い家に住むからこそ生まれる生き方や考え方もまたあることだろう。
 そして今でも<ウー>になりたくてこの街にやって来る人もいるはずだ。

 しかし、
「ブーの家はだめなのか?」
「フーの家だっていいじゃないか?」
 レンガで囲まれた部屋の中でそんなことを考える。
 外敵や環境から身を護るための家。堅実であることはたしかだ。それでも「外」と歩調をあわせることによってはじめてなり立つことのできる家、流されることをも計算に入れた家を否定することはできない。開口部分を多く取り入れた日本の家屋を見ていると拒絶ではなく「調和」という言葉が思い出される。
 <ウーの家>は絶対ではない。

 僕が寝起きしている<ウーの家>も軽く百歳は超えているだろう。それでも背筋を伸ばして立っている<ウーの家>。そんな壁に囲まれているとたしかに安心感はある。それでもやはり老いを隠すことはできない。こまめに病院へ行き検査・治療をしておかなければ病気になる事だってある。がんばれ大家さん!
 前回の記事をアップしようとした時にそれは起きた。インターネットの接続を待っていると
”modem can not find dial tone.“
なるメッセージがモニターに現れた。ためしに受話器をとって耳にあててみる(僕の家はダイアルアップ接続なので)。
- 無音 -
(電話代は払ってある。もしなにかの間違いで接続を切られたとしても警察・消防への電話はできるようになっているはず……)
 出した結論は
「線切れだな」
 その日は風が強く大雨も降っていた。どこかで電柱が倒れた可能性もなくはない、焦ってもしょうがない。しばらく待つことにした。

 数時間たって受話器を取り上げてみる。
- 無音 -
 どうやら室外の線切れではなさそうだ。ということは室内。それは少なくとも「修理代数十ドル也」を意味する。次の瞬間に僕は懐中電灯を持って立ち上がっていた。まずはジャックのついたボックスから電線を追う。何度も、何度も上塗りを施され角がなくなりようやく線とわかる年老いた電話線を追いかける。数分後、台所の棚の後ろで別のジャックを発見することができた。さっそく電話機のプラグを差し込んでみると
「プー」
 つながっていた。数十ドルがセロになった瞬間。

<ウーの家>だって無条件で頑丈であるのではない。
 前回の記事の内容が電話に関するものだったのでその思いも強かった。複雑な感情が交差する。そしてトップランナーではなくてもいまだに電話は第一線にあるコミュニケーションの道具であることを実感した。たとえそれを使うことは少なくても「つながっている」という安心感が与えてくれるものは大きい。
 正直に言ってしまえば、その数時間ちょっとした孤立を感じていた。まるで無人島にでも流されたような不安。「つながっている」ただそれだけでもなんと安心できることか。

 数年前、僕は消息を断った。つながりを自分の意思で断ち切った。
 受話器の中の無音という名の音を聞きながら考えていたことは家族のことだった。
「もう自分で電話線を切るのはよそう」


○この記事を読まれて<なにか>を感じられた方。
ここを押していただけたらウレシイです。



○新しいブログ《ボーカンシャ》です。よかったらのぞいてみて下さい。
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by seikiny1 | 2006-04-28 09:38 | 思うこと
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