ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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電話交換手
 ビルの狭間を歩いているだけではなかなかわからないが、ニューヨークにも意外と裏庭を持つ家は多い。僕のアパートの裏にも庭がある。そして毎年この季節、首をかしげたくなる風景を目にする。はす向かいの庭では今年も突如としてチューリップ並木が現れた。工場生まれの花たちよ。
 こう言う僕も毎朝一番にすることは、と言えばバスルームの窓際に置かれた四つの鉢植えたちに声をかけること。彼女たちも工場生まれだ。
 最近では植物を種や球根から育てる、ということが<あたりまえ>ではなくなってきているのかもしれない。春の終わりの頃、すっかり花を落としてしまったチューリップ並木。また突如として消えてしまう。

 電車に揺られながら突拍子もない言葉が浮かんできた。
<電話交換手>
 英語ではtelephone operator。すっかり忘れてしまっていた言葉。僕が生まれる以前はバスガイドと共に女性にとってある種「花形」の職業であったらしい。女性が専門職を持って社会に出るという面から考えてみても大きな足跡を残しているはずだ。そういえばBG(ビジネス・ガール)という言葉も古い映画や本では目にする。女性が仕事を持つことが当り前の今、OLという呼び方すらなんだか古めかしく感じてしまう。当たり前のことはあまり呼び名を必要としない。
 社会の変遷と共に生まれ、そして消え行く職業。

 今では電話交換手という名の職業はほとんどないだろう。駅で改札をする人の姿もほとんど見かけることはなく、足場を組んで一日中看板を描いているおじさんも見ない。そして球根を庭に植える人も。
 地球の人口は減るどころか増えているはずなのに、どうも職種のほうが少なくなってきているような気がしてならない。その反対で感じるのは<工場>の増加。そこで働く人々、生活をそれに頼る人々。僕はシステム化されてしまった農場、漁場、牧場なども工場と呼んでいる。

- ヨーロッパへ行ったときの事。ちょっとした店の間口ほどもある自動(?)販売機に何度かお目にかかった。いくつにも分けられた小さなガラスの扉の向こうには、サンドイッチ、コロッケ、飲み物からはじまり歯ブラシまで種々雑多なものが並んでいる。コンビニの自動販売機。時折、裏側の扉が開き、従業員さんが品物を補充する姿がなぜだかホッとさせてくれる。 -

 今では電話交換手も駅の改札員も工員の手で作られている。工場で作られた彼ら、彼女らはトラックで運び込まれ電気というご飯を食べ続けながら夜通し働く。愚痴も言わず、賃上げ交渉もしない。機嫌が悪くったって客にあたりちらすこともないが、気分がよくてもオマケしてくれることもない。たまには耐震基準を大幅に下回るビルが建ったりすることもあるようだ。雇用の増加で工場を誘致する自治体。環境汚染で泣く人。あっけないほど突然に消えてしまう工場。
 子供の頃に本で目にした<夢>のような生活。それに近いものが僕の隣では今も成長を続けている。ひとつ間違えば悪夢となってしまう夢。夢という言葉にはたしかに不思議な力があるみたいだ。

 アメリカには自動販売機が少ない。日本と較べれば「ない」に等しい。その一番の理由は治安が「悪い」。お金や、金目の物を無人の状況下に置くことは危険この上ない。治安がかつての日本ほどよくなり、それが続いた時この国はどうなってしまうのだろう?想像するだけで背筋が寒くなってしまう。アメリカ、世界最大の消費国(無駄遣いの国)にとって治安の悪さは必要悪なのかもしれない。この上にバランスを保ちながらなんとか存在している国。

 夜の街をボンヤリと歩く。ボンヤリと浮かび上がっている一画が目に入った。閉店時間をとうに過ぎた銀行のロビー。そこには十台ほどのATMがたたずんでいるばかり。なぜだか目をそらしたくなる。
「昔、銀行員という職業があった」ということにならなければいいのだけれど。



 また遠くでパトカーのサイレンが鳴っている。



○この記事を読まれて<なにか>を感じられた方。
ここを押していただけたらウレシイです。
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by seikiny1 | 2006-04-18 09:41 | 日ごろのこと
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