ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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カウンター
 カウンター。それはバーの、飲み屋の鏡と言ってもいいかもしれない。
 僕はバーや飲み屋では好んでカウンターのこちら側に腰をおろす。別に意味や「ここでなければならない」という事はないのだけれど、ドアをくぐると吸い寄せられるようにそこへ行ってしまう。時として、何も考えずにじっとカウンターの表面を黙って数分間も眺めていたりもする。

 その好みは分かれるところだろう。たぶん僕の立つ側のほうが不利(少数派)かもしれない。
 ニスの少し剥げ落ちたくらいのカウンターが好きだ。乾燥してしまい少しだけ亀裂が目立ち始めてきた天板。あちこちに小さなキズができている。ニスの剥げ落ちた箇所には酒が、水が、油がしみこんでそれでも毎日きれいに磨き上げられているためか独特の光沢を持っている。人々の涙を、汗を、笑いを吸い込んで、これからもふくらみ続けるだろうカウンター。決して作ろうと思っても作ることのできないもの。そんなカウンターに惹かれてしまう。
 昼間の光の下ではアラばかりが目立ってしまうが、夜のやさしい照明の下、それは妖しく僕に微笑みかけてくれる。
 そんな店ではスニーカーの底をキッチンの油で汚してしまったウェイトレスの女の子がとびきりの笑顔で迎えてくれたりする。そんなカウンターと女の子、そしてこれまたWAXの落ちてしまった床が僕をやさしく包み込む。少しぬるくなってしまったビールですら美味く感じてしまうのだから不思議だ。
 決してくたびれているわけではない。不潔なんかであるはずがない。適度にこなれてカドが取れているだけ。一所懸命でありながらも「きれいであろう」とするその姿に惹かれてしまう。

 古い友達にJohnというイタリア人がいる。父親から譲り受けたバーを切り盛りしている。彼の店は毎年八月の間クローズとなる。三週間は家族と共に、残りの一週間を費やして長い、長いカウンターは薄く削られその上にニスを塗られる。もちろん床にもWAXがけをしてそれこそ鏡のように磨き上げる。九月の連休明けにはお化粧直しをしたバーが客を少しだけはにかんだような笑顔で迎えてくれる。

 商売に対するどちらの姿勢が勝っているなんて誰も言うことはできない。考えること事態が無意味だ。ただの好みの問題に過ぎない。僕は九月にJohnの店へ行くとなんだか照れくさく、落ち着かなくなってしまう。ちょっときれいな女性とはじめて口をきくような感じで、それはそれで悪くはないのだけれど。なんだかもじもじしてしまう。

 バーのカウンター。それは女性に似ている。その好みも僕の女性の好みとダブルのだろうか?
 


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by seikiny1 | 2006-04-16 06:50 | 日ごろのこと
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