ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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通過駅
 約束の時間の十分前に着いた。とりあえず相手に電話を入れてみる。留守電。
 約束の時間が来た。再度電話を入れる。留守電。
 約束の時間から十五分が過ぎた。電話を入れる。留守電。
 約束の時間から三十分が過ぎた。電話を入れる。留守電。
 場所は地下鉄の駅を指定されただけ。「そこへ着いたら電話を下さい」と。どうしようもない。相手を探すにも探せない。

 人の用事で見知らぬ人と会うことになっていた。相手にとってはビジネス。まさかすっぽかされるなんて思ってもいなかった。しかし結果は……。往復の時間を含めると一時間ほど<無駄にして>しまった。やはり不快感は残る。

 初めての場所。そこは僕のアパートから特急の地下鉄で約二区間しか離れていない。実際に電車の乗っている時間は十分ほど。それでも改札を抜ける前から異質な匂いを感じていた。ある意味なつかしい匂い。そこにはちょっと昔のニューヨークの匂いがあった。もっと奥でもこんな匂いのしないところもある。そういった場所の匂いはアメリカ的で、最近のニューヨークに近いもの。匂いの粘度がとてもうすくなってしまっている。僕が降り立った駅周辺には言葉を変えると「なにが起こっても不思議ではない」、そんな臭いが立ち込めていた。
 午後の二時だというのに通る車はほとんどない。三百六十度見渡して見ても人の姿は五指に欠ける。まず<店>というものがほとんどない。
「こんなところが残っていたんだ」
 これが正直な感想だった。

「どんなとこだろう?」
 前日の夜、地下鉄の地図を広げながらボーッとそんなことを考えていた。少しだけうきうきしている自分がいる。たとえそれが十分という時間の向こう側でも、見知らぬ土地というものには心に波をかきたてられる。それは旅なのだから。旅の楽しみの一つ、それは「まだ見ぬ土地を思い浮かべて見ること」。
 この<すっぽかされた地>。僕にとっては間違いなく旅だった。そして少しだけ冷たい風に吹かれながら旅人は
「じっと待っているよりも」と思ってしまう。すぐに気の向くままに足をすすめる。
 ステッカーの貼られているアパートの窓。乱雑に並べられたゴミ箱たち。凸凹の植え込み。おりたシャッターが目立つ目抜き通り。通り過ぎて行く車の種類。道端にたたずむお年寄り。テントが傾いてしまっているデリ。そんなヒントからこの地のこと、ここに住み暮らす人たちのことに思いをめぐらせる。いつの間にやら頭の中もすっかりと旅モードに切りかわっている。
 キョロキョロとしながら歩いていると、目のはしばしに小走りに急ぐ人の姿が映りはじめた。よくよく見てみると遠くの方から電車が近づいてきていた(この駅から電車は地下ではなく地上を、高架の上を走りはじめる)。
「まだ間に合う」
「間に合うかもしれない」
 そんなリズムが残されている町。知らないところですべてが行われ、そして消えて行くことはこの町にはまだまだ少ないのかもしれない。
<こんなこと>でも起こらなければおりることのなかったであろう町。いつの間にやら<すっぽかされた>ことよりも、その駅で降りたことの方がズンズンと僕の中で大きくなっていく。

 あきらめて帰宅した。詫びの電話もかかってこない。昨夜の地図をあと一度広げて見る。
 降りたことのない駅のなんと多いことか。しばし呆然としてしまった。「名前を聞いたことはある」、「よく通り過ぎる」そんな駅のなんと多いことだろう。ここにもある。そこにもある。あそこにもある。そしてそこには想像も出来ない何かが待っているのかもしれない。
 途中で降りる旅。それは目的地にたどり着くことよりも素晴らしく、そして苦しく厳しい旅なのかもしれない。通り過ぎるのはとても簡単なのだから。止まること。停まること。そして泊まること。これもまた旅。
 飛行機で世界地図を塗りつぶして行くのもまた旅。人にはそれぞれあった旅のスタイルがある。旅、それはそれぞれの地図、ガイドブック、そして自分の隙間を埋めていくこと。そして今の僕の旅は、気の向いた駅で各駅停車の電車から飛び降りること。目的地へ行くことではなく途中下車の旅。そんな旅が僕の隙間を埋めてくれる。
 埋めるもの。それは必ずしも地図やガイドブックでなくてもいい。目に見えない物だっていい。それぞれがそれぞれのできる範囲で隙間を埋めていく。途中下車をする勇気があれば何かが変わる。
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by seikiny1 | 2006-04-05 07:27 | 日ごろのこと
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