ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
お願い
当サイト・メインコンテンツ内にある全ての著作権は筆者に帰属いたします。無断転載及び流用は固くお断りいたします(トラックバックに関しましてはこの限りではありません)。
以前の記事
カテゴリ
太陽を盗んだ男<2>


<前回からのつづきです>
 別にスポーツ観戦を目の敵にするわけでもなく、そういった気もない。ただ僕が嫌いなだけで。それでもスポーツを観ながら熱狂する人々を冷めた目で観察している僕は確実にいる。
「なんじゃこりゃ……?」
 そんな言葉が僕の口をついて出て来た。SPORTS BARと書かれた看板のあるバーのドアを初めて押し開いた時のこと。二十年前の僕にはそういった知識が全くなく、SPORTS BARと言うからには小さなバスケットのコートがあったり、ネット付きのバッティングマシンがあったり、とそういった光景を想像していた。それくらいそのバーの入れ物は大きかった。しかし暗い店内には大きなモニターがいくつも置いてあり、それぞれ別のスポーツの違ったゲームを映し出している。あちらからも、こちらからも絶えず人々の歓声が聞こえてくる。
 まぁ、普通にビールを飲むことはできた。

 スポーツの試合のことをgameと呼ぶ。
 狩猟の獲物のこともgameと呼ぶ。
 ちょっとしたレストランのメニューを見るとmeat、poultryの次にgameの文字を見つけたりする。これも最初は「?」だったのだけれどよくよく見てみれば、野鳥や鹿肉の料理が並んでいた。そして恐れ入ってしまった。
 僕はハンターでもなく、ヒステリックな動物愛護者でもない。それぞれが、それぞれの立場で必要なことをやればそれでよいと思う。不必要なことさえしなければ。
 眠っている狩猟民族(ハンター)の血があそこまで人々を熱狂させるのだろうか?
 動物愛護者でもスーパーボールのゲームに狂喜するのだろうか?
 海の向こうで起こっている戦争をすらgameを見る目で見ている人がいないと誰が言えるのだろうか?「湾岸戦争の映像を見ながら狂喜していたアメリカの高名な政治家がいた」という記事を読んだことがある。
 なぜアメリカではここまでスポーツ<観戦>が盛んなんだろう?そんなに人々は退屈しているんだろうか?
 ゲームは勝たなければ意味がないのだろうか?「勝ち負けじゃない」というのは単なる言い訳で、美談でしかないのだろうか?
 産声をあげて以来、どうしてアメリカは常に戦争と関わりを持ち続けているのだろう?
 僕の血は本当に農耕民族なんだろうか?

 こんな僕でも野茂英雄選手以来、アメリカで活躍する日本人選手に興味はあるし力の入らない応援もしてきた。そのためにわざわざテレビをつけることはないけれど、新聞の記事に彼らの名前を見、その好調ぶりが伝えられると嬉しくもあり元気もつけられた。
 松井秀喜選手がニューヨークにやってきた時もそのニュースを嬉しく聞いた。その動向はやはり気になっていた。しかし、それも今年はなさそうだ。年末に観た一本のドキュメンタリーで僕のそんな小さな熱も冷めてしまった。今は興味がない。
 松井選手にイチロー選手の本を渡した、という彼の母校の恩師の気持ちが、その恩師が何を伝えようとしているかが僕にはなんとなくだけれどわかる。

 唯一残された<人>という面からのgameへのアプローチをなくしてしまった僕。またひとつスポーツ観戦が遠いものになってしまった。
 スポーツの中にドラマはあるだろう。それでもそれを観なければドラマが見れないわけでもない。血が熱くならないわけでもない。この暇人のぼくでもスポーツ観戦に関わっているほど暇ではない。

 さて、2006年。
 この時代に『太陽を盗んだ男』が出現したならば一体何を要求するのだろう?


 やっぱりストーンズはカッコよかった。
 キースの姿をカメラがとらえた瞬間に「カッコイイ」と思いつつも「(内田)裕也さん<に>似て来たな」、と思ったのは僕だけだろうか?そういえば裕也さんも『太陽を盗んだ男』に出演していた。
[PR]
by seikiny1 | 2006-02-11 11:55 | 思うこと
<< 冬の贈りもの 太陽を盗んだ男<1> >>
記事ランキング 画像一覧