ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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人生ゲーム
 案の定たいした時間はかからなかった。
 ホリエモン→堀江貴文代表取締役→堀江貴文容疑者、堀江貴文
 その呼び名や、敬称の変化が人々に与える影響は大きい。同じ人間なのに。変わっているのは昨日よりヒゲと髪が伸びたくらいだろう。昨日のヒーローが一転して悪人になってしまう。今ではこういったことは世のならいなのかもしれない。しかし、はたから見ているといつも一抹の無常観を伴う。
 悪いことも(たぶん)やって来たことだろう。その一方では良いこともたしかにやってきている。マトモなところだってある。大きな流れを作った人でもある。直接に間接に影響を受けた人も数知れないことだろう。さて、この世に精練潔白の人がどれくらいいるのだろう?少なくとも僕という名のガラスはあちこちに傷が付き、端っこはかけ落ち、大きなひびが何本も入っている。まめに磨いていないとすぐに曇ってしまう。
 ひびが入った窓ガラスは換えなくてはいけないのだろうか?捨て去られて、こっぱみじんに踏みつけられなければならないのだろうか?
 マスコミばかりか経済界、政治家も手のひらを返す。まるでジャンケンでいんちきをする子供のように。
 はしごを外されてしまった堀江さん。これからどこへ行くのだろう?

<株>というものには全く縁がない。これから先もそれが生まれることはないだろう。
 僕のこれまでの人生で唯一手に取った株券は《人生ゲーム》のそれ。おもちゃの株券。勝ったことはほとんどなかったように思う。それが<株>という名のギャンブルとの僕の出会いであり別れ。
<マネーゲーム>という名の大きなゲームに参加している人や団体なんかどうだっていい。しかし、虎の子の貯金や退職金を元手に株に投資していた小口の人もいたことだろう。自称「被害者」の人達。その人達にとって、数十万円、数百万円という損害はとても大きく頭にきている人も多いことだろう。それこそ「殺してやりたい」と思っている人だっているはずだ。
 しかし、株は貯蓄や商売とは違い<投機>というゲームの一形態に過ぎない。ゲームである以上勝ちもすれば負けもする。様々な情報や統計があり、それを分析する。それもまた楽しいのだろう。知的なゲームと言うことも出来るけれど、バクチであることに変わりはない。情報がある分だけサイコロバクチより安全であるかのように見えるのだろうけれど、それは「資産運用」というオブラートにくるまれた正真正銘のバクチ。負ける人がいなければ、勝つ人はいない。バクチにいかさまがつきものであるのもまた世のならい。
 バクチで負けてしまったからといって胴元に全責任をかぶせることは出来ない。バクチでお金が生まれるかのように見えるけれど、それは幻に過ぎない。プールされたお金がその中で動いているだけ。その場にあるお金そのものが増えることも減ることもない。潮は満ち、そして引いていく。空が泣いたり笑ったりするように、勝って、負けてそれがバクチ。どこかでバランスが取れるようにできているみたいだ。
 運。それを誰かのせいにしてしまうことは出来ない。

 堀江さんの<これから>が気にかかる。
 彼は日本という国を短い間に通り過ぎてしまったつむじ風で終わってしまうのだろうか?社会的な再生はしばらくの間は無理だろう。それでも彼という人間がこの世界にいることにはなんの変わりもない。一度泥を舐めた彼に立ち上がって、再び這いのぼって欲しい。その姿を皆に見せて欲しい。彼の人生の第二章にとても興味がある。
「許さない」人ばかりではないはず。《人生ゲーム》の中でも、台風にあったり、仕返しをされたりしながらもマス目をたどっていけば必ずゴールにたどり着くことが出来る。そこが億万長者の土地である必要なんてない。どれだけゲームを楽しめたか。どんな人生だったのか。それがこのゲームが今でも愛される理由だろう。
 決して『GAME OVER』の文字で画面が凍りつくことのないゲーム。

 数年前のこと。久しぶりに人生ゲームを手に入れた。
 お札の最低金額、マス目の記述、職業などに変更は見られたけれど基本的なことは変わっていない。スタートがありゴールが必ずやって来る。ゴールの直前にやってくるのが決算日。人生の決算をそこでやる。株券を売ったり、家を売ったり、借金を還したり。そこで自分という人間の価値をはじきだす。
 子供の頃から、そして今でも気にかかってならないことが一つある。
「子供一人に付き○万ドルもらう」というもの。
 この感覚がいまだに理解できない。人生は金が全てなのか?

《人生ゲーム》
 それは「人生のゲーム」なのだろうか?
 それとも「人生はゲームだよ」と教えてくれているのだろうか?
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by seikiny1 | 2006-01-30 08:53 | 思うこと
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