ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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Hoodie
 はじめは力石徹。二番目は小林麻美だった。
 力石徹はボクシングジムの片隅で縄跳びをしながら減量中。小林麻美は資生堂のCMの中でジョギング中。キーワードは運動、そして感想「カッコイイ」。これが僕とHoodieの出会い。あの頃はフード付きパーカーと呼ばれていた。いや、ヨットパーカーというちょっと間抜けだがかわいい名前でも呼ばれていた。
 ちょうど小林麻美のCMが流れていた頃、たしか中二の頃だったと思う、に最初のHoodieを手に入れた。もちろん流れに弱い僕が朝のジョギングの時にフードをかぶっていたことは言うまでもない。
 首の後ろにぶら下がっている袋がちょっとかっこよく見えた時代。それは僕にとってほとんど実用性のないものだった。それをかぶって町を歩く人はいない。その存在はちょうどズボンの折り返しのように何の意味も持っていなかった(ズボンの折り返しに意味があることは後になって知ったけれど)。単なるオシャレのアクセントに過ぎなかった。ダッフルコートがイギリス軍の防寒着として生まれたことは知っていたけれど、少なくとも僕の生まれた地域ではいくら真冬といえども誰もフードはかぶっていなかった。
 フードはただそこにぶら下がっているものだった。そのうちじゃまに感じはじめ、カッコイイという魔力も衰えはじめる。

 平日の午後のこと。人影もまばらな175丁目の薄暗い駅の構内。自分の足音がわかるほど静かな通路を歩いていて一瞬「ギクッ」として立ち止まってしまった。一人の男がまるでポスターのように壁に張り付いている。少しうつむき加減の男の顔はすっぽりとフードに包まれていた。その首から肩にかけてのラインがなんだかアヤシイ。
 それはまだ地下鉄の車両が今のような銀色のチューブではなく、隙間もないほどGraffiti Art(落書き)で埋め尽くされていた頃。そういえばGraffitiもあの頃と比べるとだいぶヘタクソになったように感じる。どうやら発表の場(output)のないエネルギーというものは廃れていくものらしい。
 閑話休題。
 あれは1986年の冬の入り口。自分の中の価値観がグッとひっくり返された瞬間。初めてフードが使われているシーンを見た。それが防寒のためか、はたまた他に目的があったのかそんなことはどうでもよく、もちろん知るすべもない。フードが使われている、という事実があまりにも大きかった。
 それでも僕自身がフードをかぶるまでは十年程がかかった。

 初めてそれをかぶった夜のことを今でも忘れることはない。ホームレスとなってしばらくたった頃、現金を手にするために空き缶をはじめて拾った夜のこと。あの時のフードは防寒のためではなく頬かむりとして僕をくるんでくれた。二回目からはそのフードの厚さの分だけ僕のツラの皮も厚くなったのだろう。もうフードをかぶることなく、「どうした、文句あるか?」といった感じでかえって堂々と振舞っていたことをおぼえている。人間とは、心の持ちようとは本当におかしなものだ。
 それでもこの街の冬の夜は寒くて長い。その数年あまりHoodieが手元にない日はなかった。あれなしでニューヨークの街中で帰る家を持たぬ事は自殺にも等しい。Hoodieは僕の家のようなものだったのかもしれない。
 フードをかぶることのなかった人間がそれを手放せなくなってしまう冬。しかしいいことばかりでもない。フードで周りから隔離される視界は極端に狭くなり、音も聞こえにくくなる。そのために危険にあった友達も中にはいる。いいこと悪いこと、どこかで帳尻が合うようになっているようだ。

 夜の道を住処とすることのなくなった今、フードをかぶることはない。と言うよりもHoodieを持っていない。僕の中の何かが「もう必要ないだろ」とつぶやいているのかもしれない。それでも街行く人の中に背を丸め、フードで顔を覆って歩いている姿が増えてくると、
「あー、冬が来たんだなー」と思う。
 Hoodieはニューヨークに冬の到来を告げる。

 必要のない、使い道のないただのアクセントであったHoodie。
 今では僕の中だけでもこれだけの顔を持つ。まだ知らない顔をもっと持っていることだろう。やはり一番印象に残っているのは地下鉄駅の構内で見かけた男。今でもあのシーンを思い出すと背中に汗がにじみ出てくる。

 すべての人、物事はいくつもの顔を持つ。日頃自分が目にしているのはそれのほんの一部に過ぎない。別の人にとってはまた別の顔が唯一のものであったりする。それでも同じ人、物事であることに変わりはない。いくつもの顔があってそれが出来上がっている。そのすべてがまがいのない本物。拒否することは出来ない。拒絶してはいけない。そこからは何も生まれはしない。できることと言えばすべてを飲み込んでその存在を認めること。もちろん目をつぶるのは簡単だけれど……。
 汗を拭く。身体を洗う。陽射しをよける帽子代わりとして。防寒用として。頬かむり。着物や布団の汚れ防止として。
 パッと思いついただけでも一本のタオルですらこれだけの顔を持つ。濡れたそれはとっさの武器としても使うことが出来る。笑顔も、怒った顔も、泣いている顔だってどれも本物の顔。一つだけを認めたり、否定したりすることは出来ない。
 全てがそれであり、それが全てではない。タオル。
 否定はしてはいけないことだし、許されることでもない。


 ここまでがつい最近まで僕が考えていたこと。
 数日前“Save the Hoodie”という言葉を聞いた。なんでもイギリスという国では公共の場におけるフード付き衣料の着用を禁止する法案が<真剣に>検討されているという。理由は安全・保安上の問題。少し前に犯罪防止のためにロンドンのあちこちに監視カメラが設置されている、というニュースを聞いた。フードをかぶった人の顔を確認できない、そんな理由もあってこの法案が検討されているのかもしれない。
「アホか……」これが正直な感想。
 悪いことをする奴はどんなことをしたってやる。それは古よりの世のならい。フードなんかなくったって、クルクルと額まで巻き上げられたスキーマスクを一瞬にしておろすこともできる。マフラーですらまたたく間に顔を覆うことが出来る。ストッキングをかぶることも数秒もあれば出来るだろう。それとも次はニットキャップ、マフラー、ストッキングまでが禁止されていくのだろうか?まるで中学校の生徒手帳に書かれているような薄っぺらな法律を作ろうとしている。
 BADBOYS(または風なフアッション)が目の敵にされているのかもしれない。全てをHoodieという言葉でいっぱひとからげにしてしまおうというその浅はかさと、中学教師のような目に<あきれる>以外の言葉が見つからない。
 その昔「エレキを弾く奴は不良だ」、と言っていた教師のようなものだ。もちろん学校ではエレキを弾くことは(表面上)禁止され、CAROLのコンサートに行くことも禁止。高校でもオートバイの免許取得は禁止。今のイギリスという国を思いながら頭の中ではそんな過去の日々がかけめぐる。

 力によって -その<力>さえもあやふやなものだけれど- なにかを否定してしまうことは簡単かもしれない。しかし、それでは何の解決にもならない。それを、それとして受け止めてそこからなにかを見つけていかなければ。

 それでもこんな法案が通ったら通ったで、僕はその国を是非見てみたい。
 どんな国なのだろう?


 SAVE THE HOODIE!!!
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by seikiny1 | 2006-01-14 07:20 | 思うこと
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