ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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「なにか」
「なにか」のために「なにか」をやるのではなく、「なにか」をやったら「なにか」になった。
 僕の中での偽物と本物の違いはそんなところにあるのかな、と最近よく思う。どんなに贅をつくした庭園でも雑草の生い茂る裏山には遠く及ばない。酔っ払うために飲む酒より酔っ払っちゃった酒の方が格段においしい。フランス庭園とジャンルわけされる庭を前にして何の感慨も起こらなかったのは、僕自身の中になるそういった面が影響を及ぼしているんだろう。

 高校生の頃だったと思う。森村誠一原作の角川映画『野生の証明』が製作された。テレビのコマーシャルから流れてくる言葉は「男は強くなければ生きていけない。 やさしくなければ生きていく資格が無い」。たしかほんとうのやさしさとは強さに裏打ちされたもの、そんなことがよく言われていた時代だった。その頃でもこういった論理になぜか違和感を感じていた。
「人にやさしくしようと思ってやさしくするの?」
「やさしくなるために強くなるの?」
 それははっきりとした形を持ってはいなかったけれどどうしても納得がいかず、いまだにひきずっている。やさしくするためにやさしくするのはどうしても自分の中で納得がいかない。何かの結果としてそこにやさしさがあるのが自然の形、後から思ってそれが<やさしさ>と気付くのが本物だと思う。それは二度と再生することの出来ないもの。
 最高の料理は愛があるもの、という思いは今でも変わらない。

 ちょっとした言葉で人を傷つけてしまうことがある。自分ではまったく気付いていない場合がほとんど。ある時そのひとから、または人づてに聞かされることがある。そして落ち込んでしまい、反省もする。「注意しなければならない」とも思う。しかし、それ以降そういった言葉を吐かなくなっても自分自身の根底が変わっていなければ、やはりいつかどこかで人を傷つけてしまう。それが自分の真の姿。表面だけ取り繕ってもそれを変える事はできない。だからこそひとつ、ひとつを大切にして生きていきたい。
 ちょっとしたこと。
 とんでもない。それはちょっとしたことなんかじゃない。そこにその人の歩んできた道が凝縮される。そんな滴をあちこちで落としながら歩いている。同時に色々なものを拾いながら。
 かといって、「なにか」のために「なにか」をすることは決して悪いことでもない。本人にその意思さえあればその過程で「なにか」に通じない様々なものを拾い集めていることに気付くはず。気付いたからといって別にどうということはなく、ただ背中のかごに放り込んで歩くだけなのだけれど。それでもそのかごの中に「なにが入っているか」ということを知っておくことは大切だ。それはかごの中のたくさんの「なにか」がある日「なにか」になる道。

 身体を鍛えるためだけにジム通いをする気には全くなれない。なにかのスポーツを楽しんだ結果として健全な体が得られる、という偏った信念に近いものが自分の中にあることに気付く。もちろんその道を歩けば、全然知らなかった「なにか」に出会えることはわかっている。それでも僕のどこかで「不純だ」という叫び声が聞こえてくる。そこまで深く考える必要はないのだろうけれど、どうしても考えてしまう。ただの怠け者の言い訳に過ぎないのかもしれない。それでも納得のいかないことができない。

 これはきっと焦点の問題なんだろう。
 焦点を定めると合理的ではあるけれど、なぜか悲しみがともなう。
「なにか」をやる時その先にある「なにか」ではなく焦点の定まらない目でもっと先にある「なにか」を見つめている自分に気付く。それはなんなんだろう?

 本を出した(書いた)時、僕の目は一体何を見つめていたのだろう?
 本が出た後、それが読む人によって全く違った印象を与えていることを知る。それがとてもうれしい。本は僕の手を離れて一人で歩いて行ってくれる。
人間は計り知れない感情、感覚を持っている。

 人の笑顔は最高の贈り物。
 笑顔をもらうために自分で全く意識して「何か」をやっていない時のそれは最高だ。だからたまにはまじめに生きていこうと思う。そんな、いつくるともわからないゴホウビをもらうために。

 やっぱり僕は怠け者なんだと思う。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『ボヤキTV』というのができました。

 ニューヨークの日系誌に三年ほど連載している僕のコラム『犬のボヤキ』とこのブログをあわせたようなコンセプトで作っていただいています。ニューヨークの街角でブツブツと言っている動く僕を見ることができます。
 正直言って「観て欲しい」と「観ない方がいいんじゃない」という気持ちが半々です。

 まぁ、これからもボヤいていきます。直らないでしょう。



『ボヤキTV』》←コチラです!
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by seikiny1 | 2005-12-31 12:39 | 思うこと
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