ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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老人と子供のポルカ
 昨日の真夜中にそのニュースを耳にした時、ある歌が頭の中で流れ出した。
♪ズビズバー パパパヤー……やめてケレ やめてケレ やめてケーレ 「ストスト」……♪
 小学校一年生の頃のことだった。左ト全(ぼくぜん)というおじいさんが大勢の子供を従えて唄っていた『老人と子供のポルカ』の一節。小さい頃から変な<大人の歌>が大好きだった僕は『帰って来たヨッパライ』やクレイジーキャッツの歌を覚えてはよく唄っていた。しかし、そんな僕の頭を親はハタク。ただ、この歌は全コーラスを唄ってもハタカれることがなかった最初の歌。それだけにとても思い出深い歌でもある。
 歌詞は三番まであり、一番が「ゲバゲバ」、二番は「ストスト」、そして三番が「ジコジコ」。ほかの部分は一番から三番まで同じ。「(学生運動の)ゲバ」、「スト(ライキ)」、「(交通)事故」。当時のそんな大きな社会問題を誰もが「やめてケレ(もう沢山だ)」と思っていたのだろう、そんな気持ちを代弁したからこその大流行。僕の親にも少なからずそんな思いがあったのだろう。だからこそ頭が無事だったのに違いない。
 交通事故は今でも多いけれど、学生運動は自然消滅してしまったも同然。労働組合も骨抜きの御用組合が多くなってしまい、いまや「スト」という言葉は単なる春を迎える言葉、こぶしのおろしどころがわかっている脅し文句にしか聞こえない。さて、もし今この歌が出来るとしたら、「 」の中にはどんな文字が入るのだろう?

 こんな社会風刺の歌が出来、それがヒットするということはやっぱりいい時代だったのかもしれない。岡林信康、高田渡、井上陽水、吉田拓郎らのフォークシンガー達もそんな時代に生まれ、支持されていった。ロックの叫び声が聞こえ出す。それは誰もがもっと真剣に生きていた時代。
 たしかに社会主義は既に限界が見え、労働条件・環境も格段に改善された。それでも社会問題が消えてしまい誰もが幸せに暮らしているわけじゃない。むしろ問題は増え続けている。
 日本の事情に疎いのだけれど、最近社会を一刺しするような歌を聴いたことがない。少なくとも「大ヒットした」というニュースを聞かない。人々は叫ぶことをやめてしまったのだろうか?誰かに骨を抜かれてしまったのだろうか?気持ちのいいもの、癒されるものにしか反応しなくなってしまったのだろうか?
 今は「右目をつむって、左目に映るきれいな花だけを見て歩こう」そんな時代なのかもしれない。右の方で何か大変なことが起きている事は知っているのに。歌が生まれてこないのは問題だ。

 ニューヨークで二十五年ぶりに「ストスト」がはじまった。地下鉄と市バスが止まっている。それでも人々は仕事へ向かう。ある者は歩いて橋を渡り、またある者は別の交通手段を使う。今日のニューヨークの都市機能は麻痺状態にある。行くだけではなく、ほとんどの人がまた帰らなければならない。夜に入り気温はどんどん落ちてきている。それでも人々は家に帰りたい。家は帰るためにあるのだから。帰るために出かけていくのだから。
 テレビは通勤者のインタビューを流し続けている。
 朝には「一日分の給料を失うわけにはいかない(生活がかかっている)」そんな答が多かった。午後五時ごろの長距離列車のターミナル駅は押しかける人々でパンク状態。切符を買うために二時間待ちとのこと。
 疲れた顔をしている。朝よりその数は少なくなったとはいえ、それでもインタビューアーの、
「今回のストについてどう思いますか?」、という問いに
「不便だよね。困るよね。でも仕方ないんじゃない?彼ら(ストをやっている人達)も生きる事に真剣なんだから」。そんな声がいくつか聞こえてくる。
 なぜかホッとさせてくれる。自分の痛みだけではなく、他人の痛みをも理解して、理解しようとしている人達。そんな人達がこの国にはまだまだいる。<骨>のある人達が生きている。それはよく言われるように自分の<権利>に執拗に固執する人達だからではない。本当に「しょうがないね」といった顔をしている。問題を共有し、向き合おうとするこの国のもうひとつの顔をあらためて見ることができた。「いい」、「悪い」だけではなく「しょうがない」ということだってこの世にはある。

 たしかにストは迷惑な話ではある。それでもそういったものがなくて回っていく社会というのも不気味だ。妥協と計算で、何かを飲み込みながらすべてがスムーズに動くはずがない。そこからは不健康な匂いが漂ってくる。真剣にぶつかり合うこともたまには必要だと思う。爆発したい時は、しなければならない時はそうするべきだ。それが変化球だっていい。
 ストでだけではなく、すべての社会問題(人と人とのぶつかりあい)に対する姿勢がずれてきている。予定調和、見て見ぬふり。そんなものと平和は全くの別物。ぶつからなければいい、というものでもない。そんな調和はいつの日か根底から崩れてしまう。
 叫びたい人もいっぱいいると思う。それでも叫べなくなってしまったのか、今は。守るべきものは何なのか?それが変わってしまったのか。

 そろそろ現代の左ト全に現われてほしい。
「やめてケレ」の言葉は<迷惑な連中>とやり玉にあげられてしまう当事者にだけに発された言葉ではないはず。社会そのものへの言葉でもある。
『鉄骨ブギウギ』
『保険ブルース』
『郵貯でチャチャチャ』 そんな歌を聴いてみたい。
 笑いと叫びは紙一重。

♪おお神様神様 助けてパパヤー
(たすけて~!)
 そんな言葉でこの歌は終わる。叫び。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『ボヤキTV』というのができました。

 ニューヨークの日系誌に三年ほど連載している僕のコラム『犬のボヤキ』とこのブログをあわせたようなコンセプトで作っていただいています。ニューヨークの街角でブツブツと言っている動く僕を見ることができます。
 正直言って「観て欲しい」と「観ない方がいいんじゃない」という気持ちが半々です。

 まぁ、これからもボヤいていきます。直らないでしょう。



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by seikiny1 | 2005-12-21 17:39 | 日ごろのこと
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