ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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ロック魂(1)
「Hip Hopな生き方っすよねー」
 三年ほど前、十五歳ほど年下の友達、イケブクロのヤマちゃんは言った。その当時ニューヨークに三ヶ月ほど来ていた彼とよく一緒にあちこちに行ったものだ。
 ずーっと、この言葉が引っかかっていた。なんとなくその言わんとしていることはわからないわけではなかったけれど、はっきりとした姿が出てこない。それは奥歯の奥にはさまった玉ねぎの繊維にも似てなんだかむずむずする。たまに思い出してみては舌先でまだそこにあることをたしかめ、なんとか取ろうとしている。
 なんとか玉ねぎが取れるかもしれない。そんなヒントがここ数日の間に見つかったような気がする。

「おー、ロックンロールしとーねーっ!」(ロックンロールしてるね)
 若い頃、そんな言葉はよく飛び交っていた。とても感覚的な表現なので、正確に訳すことなんてできないけれど、
<ロックンロール>≒「型破り」、「破天荒」
そういう関係に近いのかもしれない。まぁ、それを使っていた僕達の間で、その言葉は一種の賛辞と言ってもそう遠くはないと思う。
「型破り」、「破天荒」
 その時代を生きたわけではないけれど、誕生時におけるRock‘n Rollの有り体というものはまさにそういうものだったように感じる。
 確かにHip Hop(詳しいことは知らない)にもそういう面があるようで、それが今、若い人たちの音楽の主流であるところも似ている。それでも「Hip Hopな生き方」、しかもそれが僕のものであるというのはどう考えて見てもしっくり来ない。自分の中でその言葉の奥がわからないし、なじむことができない。
「俺のどこがHip Hopなんだ!」
 そんな叫びにも似た疑問が時たま腹の底から衝き上げてくる。
 ものごとを定義づけることがとても苦手で、嫌いでもある。それは自分の裏返しでもあるのだろう。しかし、それでも気になってしまう。ヤマちゃんは僕の中になにを見ていたのだろう?なにを納得していたんだろう?そして何があの言葉と結びついたのだろう?そんな疑問を抱き続けながらも、本題のHip Hopというものに正面から向き合うことをせず、それを解釈しようとしないところに僕の怠惰さがある。それはいつの日か解決しなければならない僕自身の問題であり課題であることはわかっているつもりだ。

 二ヶ月ほども前のことだろうか。たまたまつけていたテレビに有名らしいRapミュージシャンが出ていた。対談の中で、ホストはこれまでのこと、新しく出たアルバムのことなど色々と彼にきいている。僕は本を読んでいたのだけれど、あるホストの質問に目を上げた。それは、
「Hip HopとRapの違いってなんですか?」、そういった意味の質問だった。彼の答えは、
“Hip Hop is where you are.”
“Rap is what you do.”
 これも「ロックンロールしとーねーっ」と同じく全く難しい表現だけれど、今まで雲をつかむようなことを続けてきた僕には納得の言葉だった。「な・る・ほ・ど」

 別に「この人にこれをきいてみよう」という意図は全くないのだけれど、会話の途中でそんな疑問をたまに人にぶつけてみたりしている。一昨日会った人にも、無意識のうちにそんな問いをぶつけていた。
「Hip Hopはストリートから生まれて出来上がっていった音楽だからじゃないかなぁ……」
 これも妙に納得ができた。
 イケブクロのヤマちゃんはそういう意味でHip Hopという言葉を使ったのかもしれない。カタチ、即ち在り方としてのHip Hop。さて、その魂はどこにあるのだろう?少なくとも僕らがロックンロー使う場合、それはカタチではなく魂を指すことの方が多い。もちろんあの当時そんなことを考えてはいなかったけれど感覚としてはつかんでいた。
 Hip Hopにも魂はあるはずだ。そうでなければ、これほど根強く長い間支持され続けるはずがない。どんな魂なのだろう?それを知るには少し年を取りすぎてしまったのかもしれない。うわべだけじゃ絶対に理解できないなにかがそこに必ずあるはずだ。いや、理解しようなんて思って手に入れたものはにせものだろう。それはそこで生き、感じることでしか手に入れることの出来ないものなんだろう。
 ロックンロールとヒップホップ。音楽という形態では全く別のものだけれど、その魂は似かよっていているような気がする。それは言葉にするとしたら、叫びとでも言うのだろうか。

 カタチという入り口から入っていく手段だってもちろんある。しかし魂を得るには果てしない道を歩いていかなければならない。カタチ、カッコというのはそういうものであることが多いから。どんないいい竿を持っていても釣りのへたくそな人は五万といる。

 そんなことを考えているうちに電車が駅に着いた。
 Hip Hopのヒントを与えてくれた名も知らぬRapミュージシャンと、名を知る友達。ありがとう。


次回へ「つづく」
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by seikiny1 | 2005-12-10 15:46 | 思うこと
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